魔王、星の使徒に紛れ込む
斯様な一幕もあり、ある晴れた昼下がりでは無いものの、著名な童謡に出てくる “売られる子牛”の如く、やや物悲しい瞳をした吸血令嬢が沙織に連れて行かれる。
「ふむ、噂に聞く “どなどな” じゃな」
「些か否定はできない光景だが、此方も大変だぞ」
薬物研究の際、愉しげに彼女の唾液を採取していた張本人のリーゼロッテに語り掛け、開け放たれている聖堂の入口を視線で示した。
警備の使徒達と押し問答している群衆の内、血液希釈液の点滴投与を受けられるのは十数名に過ぎない。
「選別するにしても、どうやって罹患者達を納得させるのですか。状況次第ではかなり揉めますよ、魔王殿?」
額を右掌で覆ったイルゼ嬢が少し広げた指の隙間より、澄んだ碧眼を向けて返答を求めてくる。
「そうだな……」
俗にトリアージと呼ばれる医療上の行為がフランス語に由来する事から、凡その理解も及ぶように選択的な治療はナポレオン政権下で、軍医総監のドミニク=ジャン・ラレー男爵が考案した取り組みだ。
同様の立場でも、日露戦争時に脚気患者の大量発生を看過した藪医者だと森鴎外が揶揄される一方、彼の男爵は共和派の平等主義者として地位に関係なく治療の優先順位を決めた事で名高い。
他にも衛生兵の創設など近代軍隊に通ずる強いフランス軍に寄与したのはさておき、この惑星での慣習を鑑みると処置不可を示す “黒タグ” の扱いは誰にもしない方が無難だろう。
「取り敢えず、この場にいる全員の診察はしておこう。星読みの司祭殿、連れてきた青銅のエルフ三名だけでは心許ない、其方の治癒師にも手伝って貰えるか?」
「元より、我ら使徒は遍く惑星の子らに手を差し伸べるのが本懐なれば、ただ……」
穏やかな微笑を浮かべた御仁が頷きつつ、伺うような視線を第六位の使徒イルゼ・リースティアに向ける。
組織内に於ける宗教的な序列を慮り、上位者に判断を委ねる意図が透けて見えた。
別に悪意などは感じられないが、責任を伴う事柄であるため、少し逡巡してから彼女は吐息を漏らす。
「警備担当の武装使徒も含め、聖堂の人員を協力させましょう。尤も、余所の領主が街中で姿を晒す訳にもいかないので、私は早々に引っ込みますけどね」
「相も変らず、人間というのは面倒だのぅ」
「致し方無い、“郷に入っては郷に従え” だ」
長い笹穂耳をげんなりさせたリーゼロッテの頭頂が身長差で手頃な位置にあったので、柔らかい瑠璃紺色の髪を撫でながらポフっておき、星神の聖印が刻まれた外套のフードを深く被る。
同様の恰好をした青銅のエルフ達も、長年の中で培われた術式を纏い、青肌や尖った耳を調整して人族への擬態を済ませていく。
「ん、準備は万端… では、一仕事といくのじゃ!」
「「了解ですぅ~♪」」
意気揚々と動き始めた医療班や聖堂に所属する治癒師達に続き、皆の護衛など兼ねた俺も表通りへの一歩を緩りと踏み出した。
森鴎外は作家として有名なので忘れがちですけど、頂点の総監に上り詰めた陸軍医でもありますね。其方では脚気問題で酷評を受けたりしてますけど……
長々と執筆活動をしていると山あり谷ありですけど、皆様の応援で筆を走らせることができてます。物語に関わってくれる全ての人に感謝(*º▿º*)
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