エピローグ
…………☆
街道沿いに走っていた侯爵家の馬車は、目的地に着くまでに、何度か休憩を挟んだ。
その一つ、旅人の食事処であるログハウスの前、重厚な木で作られたテーブルとイスに二人は座っていた。
周囲には何もなく、見晴らしの良い場所であったが、腕に覚えのある御者兼侍従たちが、さりげなく二人の警護に当たっていた。
「美味しい!」
地元で採れた果実を使った、素朴な焼き菓子を頬張って、嬉しそうに少女は笑った。
「そうか、良かった」
それを青年は、紅茶の入ったカップを片手に微笑んで見ていたが、頭の中は高速回転して、少女の好みを次々採集しては解析していた。
(クリスタはブルーベリーが好きなんだな。この先での果実の名産地は……)
彼女の好きな食べ物、花、色、なんでも知りたかった。
セルリアンの中で、今までほんの少ししかなかったクリスタの為の場所全てを、早く埋め尽くしたかった。
外側が完ぺきに整っているため分かりにくいが、セルリアンはクリスタに夢中だった。
二年前、初めて学園で話しかけた時からそれは続いていたが、距離があったので抑えられていた(抑えきれない部分は、ローリエ・リュクスの足を引っ掛ける等して解消していた)。
今は、距離がないので感情はあふれんばかりである。
それでも王族として、第二王子として培った鋼の自制心で
『クリスタを怖がらせてはいけない』
と懸命にセーブしている。
「あ、今そこに……!」
クリスタが突然立ち上がったので、急いで、しかし相手から分からないようにセルリアンは、彼女を守れる位置に移動した。
「やっぱりネコー!」
黒白ブチ猫を見つけた彼女は、驚かせないように少し離れた場所でしゃがみこんで、おいでおいでと手を振った。
食事処で飼っているのか、首に赤いリボンが付いている猫は、差し出されたクリスタの手にすり寄った。
「かわいい~」
大喜びするクリスタを見ながら、お約束のように『君の方がかわいいよ……』とうっとりしながらセルリアンは思った。
そして、ふと出逢った時を思い出した。
「そういえば、君、昔から猫好きだったよね」
「え?」
目を見開いて、自分を見上げるクリスタを、『なんてかわいいんだ……!』と感動しながらも、セルリアンは焦った。
幼い時に出逢った事は、クリスタには言ってなかった。
(そんな頃から知っていたなんて……)
ずっと探していた訳ではないが、重い男だと思われ、嫌われるのが怖かった。
不思議そうに自分を見ていたクリスタは、猫がゴロっと転がると、「きゃあ!」と、すぐそちらに夢中になった。
ほっとしたセルリアンだが、いつか言わなければならないとは思っていた。
(長い、長い話になるけど……)
ただ三年前から、クリスタの日常についての報告を定期的に受けていたとか、彼女の為だけに貴族学園の規約を改善して、『特待生』の食堂の使用を無料にしたりしたことは、絶対に言う気はなかった。
すべての準備が整った後で話した兄は、己の妃からは何も聞いていない筈だったが、なぜかすべてを知っていた。
余裕の笑顔で「いつでもお前たちを応援しているよ」とセルリアンを激励してくれた。
その後話した、父、国王陛下は、少し悩んでいたが、クリスタが『フィデル伯爵』の縁者と知ると、何か納得したように、「好きにしなさい」と言ってくれた。
「手が必要だったらいつでも貸す」とも。
最後に話した母には怒られた。なぜもっと早く知らせてくれなかったかと。
セルリアンの婚約者について何かおかしな空回りをしていたらしい。
クリスタの状況を話すと、もっと怒られた。虐待が疑われた時点で連れて来なさい! と。
だから城に連れて行った時には一番先に知らせた……ら、王家専用エリアのエントランスで待っていた。この国の王妃様が。
そしてクリスタを紹介するや否や、いきなり彼女を抱きしめた。
「これからは私を母と思っていいのよ」
と告げられて、クリスタは気を失いかけたので、あわてて引き離した。
色々あったが、自分は家族に恵まれているのを改めて実感した。
そして彼らは、そのまま、クリスタの恵まれた家族になってくれるだろう。
ようやく彼女に自然と手を貸せるようになった。
何を話しても嫌われないと信じられる日が来るのは、まだまだ遠くだろう。
しかしセルリアンには、それまでの日々も、楽しく愛しいものとなるのが分かっていた。
例え留学先のロードサイトで変な男に絡まれたり、おかしな女に言い寄られたとしても、隣にクリスタがいるなら、きっとそれなりに。
……そうして、王国の第二王子殿下と、少し変わった子爵令嬢は、これから先にある激動の日々を『今までより全然マシ!』とばかりにひらりとかわし、いつまでも幸せに暮らしました。
~王国編 HAPPYEND!
…ここまで読んでいただいて、本っ当ーーーに、有難うございました!
…皆々様の元にあふれんばかりの幸運が訪れますように(>_<)/
2025/11/09 チョコころね
…セルリアンは入学してきたクリスタが成績優秀であった事を利用して、何度も話しかけております。クリスタは『王子様なのに生徒会もやってて大変だな』位にしか思ってませんでしたが。
…二人はもちろんロードサイトで、『変な男に(セルリアンが)絡まれたり、おかしな女に(クリスタが)言い寄られた』りします。お約束です。
★書籍版書下ろしには2編入っております。
『忍者&侍女なリカの話』…兄王太子が何故すべて知っているかとかも。
『その後の彼らとこぼれた話』…父王が『フィデル伯爵』の名に反応したとかも。
★また、書籍購入特典として、帯に付いているQRコード(表紙の折り返し部分の方です! 裏表紙や書籍についているアンケート用のQRコードではありませんよー)を読み込んでいただけると読める特典として
『リュクス伯爵は間に合わない』
というローリエの(気の毒だけど、仕方ない部分もアリな)父親話が付いております。
……全て、読まなくても本編には影響はありませんが、設定好きな方とか脇役から語られる主人公の話が美味しい方には、それなりに楽しめると思います!




