30.私達が出会うまで(王国編24)
少し言いづらそうに、サイモンは口を開いた。
「エリザは……その、父親が分からないと言う事です」
「あぁ……」
ベアトリスは納得の表情だったが、アリュシアーデは訳が分からない様子だった。
「え、だって、オトネル子爵の愛人……でしたのでしょう?」
「母親の調査をした際、彼女には付き合っていた相手が、複数いた事が判明しました。本人は否定していたそうですが」
理解と共に、どんどん表情が険しくなるアリュシアはそのままにして、セルリアンが尋ねた。
「そういう場合、貴族院では父子鑑定が出来た筈だが?」
判定用の試薬は高価で、申請の手間もお金もかかるが、裕福な子爵家が出せない額ではない。
「やっていませんね。本人達にも、無理に知りたい事ではなかったんじゃないですか?」
サイモンの口調にも皮肉が滲む。
「本物だったら疑った事を詰られるし、偽物だったら取り返しがつかない、という所でしょう」
ベアトリスの言葉は達観したものだった。
セルリアンは何となく、帝国は薬学が発達していることを思い出していた。そのような例を幾つも知っているのかもしれない。
「やっぱり、クリスタ様には私の妹になっていただきましょう! お父様に頼めば、何とかなるかもしれません」
クリスタの家庭環境に憤慨しているアリュシアーデを、セルリアンは宥める。
「駄目だ、アリュシア。確かに私や君は、他の者より多くの権限を与えられているだろう。だからこそその力を、無理を通すために使ってはいけないんだ」
「でも、このままではクリスタ様は……!」
「アノ~ チョッといいデスカ?」
間の抜けた声が近くから聴こえ、二人が驚いて振り返ると、ベアトリスの『侍女その2』――リカが、二人のソファの近くにしゃがんでいた。
「あ、あ、あなた……!」
「おチつイテ、オふたりトモ。くりすた、だいじょうぶダカラ」
リカはそう言ってにっこり笑い、ベアトリスが苦笑しながら解説した。
「ごめんなさいね。リカが見てきたこと、そのまま伝えても納得してもらえないと思って、遠回しに話してきたけれど、リカは、クリスタさんは『まだ』大丈夫だと言っているの」
「まだ……?」
「えぇ。家庭環境は良くないけど、体罰等はないし、食事もしているわ」
「……メイドの真似をさせられているのでは?」
セルリアンが気になっていたことを尋ねる。
「それはないそうよ。というか、毎日、領主のお仕事で、そんな時間ないわね」
それはそれでどうなのか、と思ったのを感じたのか、リカが弁明するように言った。
「くりすた、シゴトきらイデハナイ」
「……子爵や義母、義姉と話すより、お仕事をしている方が全然楽しそうだったみたい」
「だからと言って……!」
ベアトリスは頷いた。
「勿論、このまま放っておく訳じゃないわ。だけど実際問題、仕事が出来る『唯一の跡取り』を、子爵が養子に出す訳はないわ。それに婚約者の家、リュクス伯爵もクリスタを離さないでしょう」
「アノこんやくしゃハだめ。いえノなかデモ、そとデモ、ズッート、あねノほうトイチャイチャしてる」
リカが渋い顔で、手を左右に振って補足する。
この言葉に、アリュシアーデがまた眉を吊り上げる。
ベアトリスの目も全く笑っていない。
「このクズ……失礼、婚約者の処理も含めて、少しづつ対処して行きましょう」
『クズ』はともかく(全員そう思っていたので)、今、『処置』でなく『処理』って言いませんでしたか? とは、誰も聞き返せなかった。
基本的な方針は、クリスタをあの家から離すこと。
その目標に向けて、彼らはそれぞれに役割を振って、動いていく事となった。
そして、クリスタの様子は、逐一リカが見に行く事になった。
「あの家は使用人が居つかないので、いつでも募集しているらしいわ」
「タマニシカこナイ、しよーにんデモ、OKサレタ」
リカは、すでにオトネル子爵邸のメイドとして登録しているらしい。
それでも、どこか心配そうなセルリアンにリカは、強く言い切った。
「だいじょうぶ。くりすた、トテモつよイ!」
実際に見て来た彼女の保証に、少し気分が軽くなった気のするセルリアンは、しかし続いた言葉に固まった。
「ドコカ、うちノあるじニにテルカラネ!」
リカの主は、言うまでもなくベアトリスだ。
今さらだが、セルリアンはクリスタが、どのような性格か知る機会がなかった事に気づいた。
もう自分の側近も、王太子妃もその気になっているが(幼馴染に至ってはそれしか認めない勢いだ)、こうして見ると、自分とクリスタは、本当にまだ何も始まっていないのだった。
セルリアンは去っていく、王太子妃とその侍女の後姿を見送りながら、気が遠くなりそうだった。
(……まぁ、何とかなるか)
ベアトリスに似ているなら、兄やアリュシアーデにも気に入られるだろうし。案外、自分の配偶者としては、これ以上ない条件かもしれない。
(ずっと、未来は決まっていると思っていた)
第二王子として、兄を支えて、国のために力を尽くす……それ以外の道は無いし、悩むこともない。すべては単純で簡単な事だった。
だけど、今は、この先どれくらいあがけば、君の手を取れるのか……それまで、君がどれだけ苦労するのか、考えただけで泣きたくなる。
実際会ったら振られるかもしれないし、どうしても合わないという事もあるかもしれない。
(それでも、勝手に積み上げて来た、この想いは真実だから)
君に会って、君と好きなだけ話して、笑い合えるようになる為に、自分は喜んで道を外れる。
予想もしたことのなかった未来へ向かって、セルリアンはしっかりと歩き始めた。
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…本編はここまでです。
…明日、書籍発売日記念で『エピローグ』を掲載予定です。
…書籍用の特設サイト(https://books.tugikuru.jp/202511-kuzu-38245/)を読んでいただいた方はご存じだと思いますが、『オトネル子爵は何も知らない』で、子爵にチクリと嫌味を言ったメイドはリカです。
…この『リカ』についてのお話が、書籍書下ろしになりました。忍者少女のお話に興味を持たれた方はぜひ!どうぞ~♪




