34 そのころの古巣6
ブックマーク・評価をいただきました皆様ありがとうございました。
皆様からいただきました反応のおかげで前向きに書くことができています。
※ 第三者視点です
Sランククラン『鋼の戦線』は4つのパーティーで構成されている。
勿論、クエストによっては多少のメンバーの入れ替えをすることはあるが、基本的なパーティーのメンバーは固定されている。
その4つのパーティーはパーティー単独としてそれぞれAランクもしくはBランクのパーティーである。
クランのランクについてはクランを構成するパーティーそれぞれが持つギルドポイントとクラン独自が持つギルドポイントとの総合評価を元に決められている。
その4つのパーティーのうち、『鋼の戦線』においてケイン率いる通称『ケインパーティー』はAランクのパーティーである。
そんなパーティーのリーダーであるケインはある目的で『鋼の戦線』のクランハウスへとやって来た。
その目的はただ一つ。
クランマスターであるガルムにトミーがこのクランを去った経緯について最終確認を迫るためだ。
ケインとしては、トミーとガルムとでは内心どちらを信用するべきかは既に決まっている。
しかし、けじめとして、また、重い決定をするためにはそれは必要なことだった。
「あ~、そういえばそうだったかもな~」
ケインがクランマスターであるガルムに対し、トミーがクランから去ることになったいきさつについて確認を求めた。
ケインがトミーから聞いた内容を突きつけたところガルムはそう言ってとぼけた回答をした。
(明確に否定はしないってことか)
ぎりっ、とケインの歯が軋む音がする。
『鋼の戦線』は先代のクランマスターが急に亡くなりその後ガルムが半ば強引に自分がクランマスターになると押し通してきた経緯があった。
ケインやヴィクトールはクランマスターの地位に興味はなく、冒険者としてやっていければそれでいいというスタンスだったのでその地位には特別関心を持っていなかった。
実際、クランマスターが変わってもケインの冒険者としての仕事に変わりはなかったし影響もなかった。
しかし、トミーがクランから去ったあの日からケインは自身がクエストをこなしていくのにどこか違和感をぬぐえなかった。
それに加えて報告書などの事務仕事の負担もある。
そして今回改めて確認してみてはっきりわかったことがあった。
ケインの勘が告げるのだ。
――このままこのクランにいるべきではない、と。
正直Sランククランに所属しているというステータスは冒険者業界においては金看板だ。
そこから抜けるということは誰がどう考えてもマイナスである。
しかし、ケインは決意した。
「俺は抜ける。俺のパーティーの連中もだ。世話になったな」
こうしてSランククラン『鋼の戦線』からケイン率いるAランクパーティーが離脱することになった。
「ふん、馬鹿な奴だ」
ケインがドアから出て行った後のマスタールーム。
ガルムは執務室の椅子にふんぞり返りながら、そう吐き捨てた。
ガルムからすればSランククランを辞めるということは愚の骨頂である。
Sランククランに所属していれば難易度ランクSのクエストまで、つまるところほぼ全てのクエストを単独で独占的に受任することができる。
その場合の利益は大変なものだ。
金も名誉も手に入る。
夜の街に行けば女どもが放ってはおかない。
まさに冒険者の中でも最高峰の存在であるのがSランクという頂である。
(しかし、Aランクパーティーのケインが抜けるのは痛いな。このクラン独自ポイントで辛うじてSランクは保てるが早いうちに何か手を打つ必要があるな)
ガルムがそう考え込んでいるとガルムのパーティーの一人がマスタールームに駆け込んできた。
「マスター、冒険者ギルドからお客様がいらっしゃってます。いかがされますか?」
「ギルドから? 何の用だ? まあいい。通せ」
「くっくっくっ。まさかこんなタイミングでこういう話が来るとはな」
冒険者ギルドからの使いの者が帰りマスタールームではガルムが一人笑いをこらえていた。
「失礼しやす……ボス、どうされたんで?」
腹心のダニーがマスタールームに入ってきて不思議そうにそう声を掛けた。
「おう、ちょうどいいところに来た。ダニー、仕事だ。ギルドからの指名クエストだ」
「へい。で、いったいどんな案件で?」
「北の森の『女王蛾』と『しびれファレーナ』だとよ。お前のパーティー、A昇格目前だったろ? ちょうどいいからお前らが行け」
「了解しやした。で、出発はいつで?」
「急だが2日後、明後日だな」
ガルムの言葉にダニーは一瞬考え込んだ。
「どうした? 何か不都合があったか?」
「いえ、ヴィクトールの旦那の報告書も出さねーといけやせんし、準備でアイテムの買い出しにも行かないとと思いやしてね」
「アイテムなら俺たちのパーティーで持ってるやつをやるよ。わざわざ買うのはもったいないだろ」
「それもそうっすね、じゃあ、それをいただきやす」
「ああ、あと、ヴィクトールの報告書だが、昔出したやつを適当に写して出しとけ。どうせギルドもろくに見やしねーだろ」
「へい、ボスがそう言われるんでしたらそうしやす。その方があっしも楽ですんで」
ダニーはそう言ってマスタールームから出て行った。
「くくっ、しばらく使いどころのなかったアイテムも使えて一石二鳥だな。最近魔道コンピューター絡みの支出が多いからな。節約できるところは節約しねーとな」
ガルムはそうほくそ笑んだがこの選択が誤りであったことがわかるのはそう遠くない未来であった。




