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海町へ魚を食べに行こう! 2

 

 吾郎ちゃんのドタキャンで出発が遅れた上に、竜騎兵の意外な弱点もあり、結局その日は道中に見つけた廃ホテルで一泊する事になった。


 周囲が寝場所の確保だったり、見張り場所の確認、周辺地域の安全確保など、はたまた一助二助をどこで休ませるかで忙しく立ち回っている中、おれの背後には好奇心を抑えきれない少年が付きまとっていた。


 「なあなぁレン、ちょっとだけ周り見てきてもいいか? なっいいだろう? ちょっとだけだからー」

 

 俺の毛皮を掴み、さっきから同じこと何度も言ってきている。傍にいるロッコはすでにおかんむりだ。

 なにより男の言う『ちょっとだけ』ほど当てにならないモノはない。


ーーただなぁ、野営で使う薪のような物は持ってきてないんだよなぁ。道中で一泊する予定じゃなかったしねぇ。


 ちらりとケイ君の方へ目をやると、走り疲れたランバード達の世話や野営準備で忙しくしている。


 ふぅ、まぁ……いっか。


 「………じゃあ、ちょっとだけな?」


 とこれもまたフラグにしかならなようなセリフを吐き、ヤーシャと一緒に薪代わりになる物を探しに行くことにした。近くに大きめの公園を見つけていたから、そこに行ってみよう。


 一応ガンジーとロッコも付いてきてくれているので、まぁそうそうなことは起きないとは思う。

 そんな事を考えていると、バックパックのポケットに収まっていたモンテが『忘れるなっ』とばかりに足に飛びついてきた。


 ………あっ、付いてきてたんだ。ホント酒の事になると抜け目がないねー。



 外に出ると、夕闇が街中を包んでいた。


 オレンジ色の淡い光が、建物の影を引き延ばしているが、その中に俺たち以外の人影はない。

 何かあった時のためにと、ヤーシャには子供用に調整した杖を渡してある。それを浮かれる気分のままに振り回す度にロッコに小突かれていた。


 ぶーぶーと文句を垂れているヤーシャを尻目に、モンテを頭に乗せたガンジーは沈んでいく夕日を静かに眺めている。


 ふと気になった。


「……ガンジーって、夕日好きだよね?」

 何度か今の光景を見たことがあったから。


「……うん。」

 俺にしかわからないような微かな笑みを浮かべて、また歩き始めた。

 少し離れたところから野犬の吠え声が聞こえてきている。もしかしたら、付近にワーグの群れでもいるのかもしれないな。


 廃ホテルを出て歩くことしばし、緑豊かな公園に到着した。



 季節のこともあり、枯れ枝がよく落ちている。

 ヤーシャとロッコの三人でカゴの中へと入れていく。


 「おいっ レン!! あそこ誰かいっぞ!!」


 公園の中を一人で歩いている男の子を見つけた。


 ニットキャップを深ぶりしマフラーを付けている。

 体は急所だけを革で補強したような簡易な防具を付けてはいたが、靴はボロボロのスニーカーで、腰につけている武器もろくに手入れされていないような短剣だった。


 ヤーシャが大声をあげた瞬間、後ろにいたロッコに肩を叩かれていた。そうだね、ちょっと不用心すぎるね。


 当然ながらこちらに気づいた少年は「あっ!」と口を動かし、腰の短剣に手をかけている。

 それを確認したガンジーが無言で俺の前に出てくる。モンテはそそくさと毛皮のフードの中に隠れている。余談だが、モンテのためにわざわざ作ってもらったやつだ。



 「「……………………………。」」



 お互い見つめ合い数十秒が立つが、どちらも動かない。


 なんとなく気まずくなってきたし、何より横からヤーシャが「なーなーなー、話し掛けようぜー、いいだろー」としつこく腕を掴んできていたので、周囲を警戒しながらも話しかける事にしよう。


 ガンジーにアイコンタクトを送り、ゆっくりと少年に近づいていった。



「す、すいません」

「? 何で謝るの?」


 近くで見るとやはり幼い。

 帽子から見える髪の毛は黒く、肩口まで伸び放題だ。肌は汚れており、体も細く、ロクな生活を送っていないのかもしれないな。

 寒いのだろう、マフラーを口元までずり上げて、怯えたような目をこちらへ向けて謝ってくる。

 一応、敵意はない事を示すために両手を見せながら来たのだけど……。



 「あ………いえ、僕、な、何も持ってないです! すいません………」

 終始こちらに怯えるように視線を彷徨わせ、か細く消え入るような声で話している。

 手に持っている短剣も切っ先がブルブルと震えており、降ろそうか降ろすまいか迷っているようだ。


 「あー、僕らは物盗りなんかじゃないし、君をどうするつもりもないよ。というよりも、君、一人なの? 大丈夫?」


 今にも側にいって絡みたそうにしているヤーシャを手で後ろに押しやると、今度は後ろから顔を覗かせ興味津々で観察している。


「あ………いえ、仲間はいるんですが、今ちょっと離れてて…………。」

 周囲にせわしなく目を動かしている。俺の腰にぶら下がるスコップに視線が動いた。


「答えたくなかったらいいんだけど、この辺のコミュニティの子?」

 ストリートチルドレンがもはや珍しくも何もない昨今だが、やはりこれ位の子の一人歩きというのは不安になる。


「いえ……………僕は一応冒険者です………」

「まじかヨーーー、お前何歳だよっ! しかも日本人だろうっ?」

 俺が口を開くより前に、ヤーシャが反応した。『冒険者』というワードはこの年頃の子には起爆剤にしかならないよねー。

「ヤーシャ……」


「う、うぁじゅ、十二歳だよ。」

 好奇心をむき出しにしてくるヤーシャに気圧されている。


「俺とほぼタメじゃんかっ、すーげー。なーなーその短剣ってよ、本物だよな?」

「う、うん」

「マージーカーヨー、かっけぇええ。戦士じゃん戦士!!」

「そ、そうかな? はは」


 不躾なヤーシャを止めようとしているのだが、こちらの視線と手から逃れウロチョロしながら少年に話しかけていく。

 その様子を、ロッコがため息を吐きながらで見ていた。ちなみにガンジーは公園の入り口付近に移動して周囲を警戒している。


 男の子を脅えさせると思っていたのだが、予想に反して男の子が気持ちを楽にし始めている。やっぱり同年代だからかね。


「オレ、ヤーシャってんだけど、お前は?」

「うん、アキト……。ヤーシャは何をしてるの? この辺はコミュニティとかないよ?」

「オレたちはさー、町に行ってんだけどよぉ、一助と二助がどんくせーから今日キャンプすんだぜー。」

「?」


ーーおっと、このままじゃいらない事まで喋りそう。


 ヤーシャの肩に手をおき、

「僕らはコミュニティー間を行き来してる商人なんだ。今は護衛と一緒にキャラバンを組んで移動してるところなんだよ。アキト君だっけ? 仲間とはぐれたわけじゃないんだよね?」


「ーーあっ」

男の子が喋りかけようとした時ーー


「ーーアキト、お前こんな所にいたのか? 探したぞ」

 

 声のした方へと目を向けると、長剣を腰にさした二十代くらいの日本人の冒険者と少し離れた距離で短槍を肩に担いだ若い女性がこちらへと歩いてきていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 



「そうでしたか、キャラバンでの移動中で……」

「えぇ、予定を大幅に遅れてしまいましてね。」

「なるほど、まぁこの辺りは比較的エリアレベルも浅い所ですし、大型の魔物も滅多には見ませんから大丈夫でしょう」


 コウスケさんという日本人冒険者一行は数人でパーティを組んでいるらしい。

 その中でもアキト君は見習い中とのこと、ちょっと目を離した隙に逸れてしまい手分けして探していたようだ。


 そのアキト君とヤーシャは公園で、短剣を交互に構えながら遊んでいた。

 本人達はいたって真面目な訓練のつもりらしいが、どこかどうみてもチャンバラごっこにしか見えないのはご愛嬌だろう。

 一応、キエさんという若い女性冒険者がお守り代わりに傍についていてくれている。その横には退屈そうにしているロッコもいる。


 なんとなく、公園で子供達を見ているお父さんの気分をガンジー含めコウスケさんと味わっていると、ケイ君らしき人物が公園の端からこちらに手を振って呼びかけているのが見えた。


 

「おっ。どうやら野営の準備が終わったようですね。僕らはこれで戻ります。」

「はい。お話できて良かった。こんなご時世ですから、情報こそが何より大事ですからね」

「はははは、こちらこそありがとうございました。お互い、気をつけていきましょう。」


 そういって、軽く握手を交わした。

 キエさんとアキト君ともお礼と別れの挨拶をしたのだが、遊びまわっていたせいでアキト君のマフラーが少しずれていた。


 初めてみる彼の無邪気な笑顔は、犬歯だけが綺麗に抜けていた。



 ニコニコとした表情で俺たちを待つケイ君と合流する。

 同年代の友達と遊べて、ご機嫌なヤーシャの相手をしながらケイ君がこちらへと視線をよこしてきた。それに笑顔でうなずき、廃ホテルへと戻っていった。



 ヤーシャを他の小鬼族に預けると、ケイ君は俺たちの所へと戻ってくる。

 その表情はもう笑っていない。


「ケイ君、どうだった?」

 唐突な俺の質問に、うなずきを返してくる。


「全部で九人ですね。廃ホテルを見張れる位置にも一人いました。」

 ーーやっぱりか。

 俺の横で顔を見上げているロッコに目を向ける。


「ロッコは、何か訊かれた?」

「人数、家の場所。………あと荷物の中身と目的地も。」


ーー確定かな。


「僕は遠目からだったため確認できなかったんですが………」

 ロッコの言葉に無言で考え込む俺へ、ケイ君が聞いてきた。


「間違いないと思うよ。

 三人とも耳を隠していたし、多分コウスケ君の犬歯は差し歯だろうね。色味がちょっと不自然だった。

 前に話に聞いた事があるんだ。彼らは正体を隠すために牙を抜いている場合があるって。

 女性のキエさんは上手く口元を隠して話していたしね。


 ……………それにアキト君だけど、子供にしては魔力が濃すぎるんだよね。」



 ネットやテレビでしか見た事はなかったが、彼らは『半鬼』の特徴に合致していた。

 何より………彼らの魔力や魂は、何となく人ではないように感じとれた。


 


 その日は警戒を強めて休むことに。

 ヤーシャには周辺で魔物の群れの痕跡を見つけたからと言ってあり、いつでも逃げれるようにと言っておく。


 ホテルの入り口から奥まったところで、思い思いに休んでいる。

 

 ランバード達はロビーの隅で重なり合うように寝息を立てている。

 一助と二助だが、結局入り口である強化ガラスを強引に破壊して中に入ってきた。今はそれぞれがお気に入りの場所を見つけて、のんびりとお休み中だ。


 防火用の赤いバケツを見つけたので、その中に公園で集めた枯れ木を燃やしている。外はすでに真っ暗になっており、焚き火の明かりだけが周囲を照らしていた。


 俺の膝にはモンテが寝ており、傍のソファではロッコとガンジーが座ったまま眠っている。

 ヤーシャは一人掛け用の座椅子で毛皮に包まってぐっすりと寝ていた。


 火を挟んだ正面に、果実酒をちびりちびりとやるイゴールさん。隣にはケイ君が座り火の番を勤めていた。



「…………やはり、気になるんか?」

「………えぇ」

 イゴールさんから分けてもらった酒を軽く飲みながら、火を眺めている。


「話に出てきおった少年の事かいの?」

「はい。彼の………何と言えばいいのかわかりませんが、気配のようなものが………もう人ではないような気がしたので」


 ケイ君が俺の顔を見つめてきていた。


「無理に聞こうとは思わんが、レン殿には不思議な力があるじゃろう。

 そのレン殿が感じたことなんじゃ、そうハズレはしとらんのじゃろうのぅ………」

「レンさんは………どうされたいのですか?」


 真っ直ぐな目で俺を見てくるケイ君に、言葉を返そうとすると、

 肩に背後から大きな手を置かれた。


 振り返ると、一角族の一人が「見ていただきたいものがあります。」とのこと。

 ついてこようと腰を上げかけたケイ君とイゴールさんを座らせ、俺は一角族に連れられていった。


 階段を上へと登り、結局屋上まで出た。


 半月の朧げな明かりがゴーストタウンの廃墟の影をうっすらと映し出している。

 黒一色の街並みを、見張りのもう一人がある一点を指差していた。彼に近づくと、

「この指の先を」


 言われるがままに見張りの腕に横から目線を合わせる。


 夜闇に多少慣れてきたとはいっても、よくわからない上に遠いようだ。何か民家を指している位にしかわからない。

 諦めようとした矢先ーー


 金属の硬質な音が聞こえた気がした。

 続けざまに何かを叩きつけるかのような重い音とガラスが割れる音、遠くではあるがはっきりと聞こえてきた。


「あの建物で何者かが争っているようです。」

 一角族の言葉を聞いた時、人の怒鳴り声も聞こえていた。

 静かな夜の中には異質な声。重なり合うように女性の甲高い声も聞こえてくる。


「………昼間の半鬼たち?」

「先ほどから複数人の声や音を確認しています。可能性は高いかと。」

俺を呼びに来た一角族とは別の、見張りが伝えてくる。


「どうされますか? 部隊を組んで偵察を?」

「……こっちに向かってくる様子は?」

「今のところありません。ホテルを見張っていた者も、日暮れと同時に消えていきました。

 周辺に彼らの気配はありませんし、多分仲間と合流したのだと思います。」


「……………土地勘のないところで、夜間戦闘は避けたいね。

 今以上に周囲の警戒を強めて、もしこちらを襲ってくるようなら迎撃。そうでないのなら、朝方様子を見にいこうか。」

「「はっ」」


 一階に戻ると、周囲にもその事を伝えた。

 空が白み始めるまで、傍に愛用のスコップを置きじっと炎を見つめていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ヤーシャとランバード達に護衛の人数だけを残し、夜中争いがあった民家へと近づいていく。

 すでに得物は抜いていた。


 ただ半鬼とは言っても、相手は人だ。

 俺のそんな緊張が伝わっているのか、いつも以上に空気が張り詰めていた。


 先に家の中を偵察に入った小鬼族からはすぐに合図が帰ってくる。魔物がいたようだ。

 門や壁から一気になだれ込むと、そこにはワーグが数匹で誰かの遺体を貪っていた。


 汚れにまみれた赤茶色の毛並み。大型犬並みの体だが、その手足は太く、口周りを真っ赤に染めて牙をむき出し唸りを上げている。彼らが飛びかかるよりも先に、一角族が切りかかった。

 途端に戦闘が始まるが、樹海の周辺部に比べれば雲泥の差がある相手だ。そう時間をかける事なく片付けた。


 ワーグ達の屍体の中、先に群がられていた冒険者の遺体が二人分あった。

 すでに食い荒らされていたこともあり、無残ではあったがその内一つはキエさんだと確認できた。念のため口の中を確認すると獣のような犬歯がある。


 野営をしたであろう民家の中に慎重に入っていく。明らかに内部で争った跡があった。

 窓ガラスの残骸、刃物が突き立ったような傷、蹴破られたよ扉など、さらには壁や床に血が飛び散っている。

 

 より激しく争っている形跡があったのはリビングだった。



 部屋の壁に寄りかかるように、血の海に沈むコウスケらしき冒険者の遺体は首が引きちぎられていた。


 対面の壁には………見たこともない化け物が長剣と複数の槍で壁に串ざしにされている。頭にはナイフと矢が突き立っていた。

 


 異様な魔物だった。



 髪の毛は一部を残して抜け落ち、目からは血を流して白目部分が真っ赤に染まっている。

 顔の骨格は獣のように面長、そして口からはおよそ人とは思えない大きく鋭利な牙が不揃いに生え揃って見えている。


 体は筋肉は盛り上がり、所々の皮膚が裂け下の真っ赤な肉が露出、そこには生乾きの血が汚れと共にこびりついていた。


 何より目を引いたのは、破れてボロボロではあるがその生き物が纏っている物。


 確かに見覚えのある服と…………そして引き千切られかけた首元のマフラーだった。


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