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海町へ魚を食べに行こう!

「ヒャッフーーーーーーーー」



 目の前を真っ白なランバードに跨り、上機嫌で駆ける獣人族の男の子がいた。

 

 少し長めな赤髪を寒風にたなびかせ、大きな国道を思うままに進んでいる。

 防寒具として、真新しい革鎧の上に猪の毛皮を羽織っていた。そんな彼のやや後ろには、温和そうな笑顔を向ける小鬼族の青年がいる。

 彼の乗るランバードは灰褐色の色合いが強く、先ほどの白いランバードよりも一回りは大きくガッシリとしていた。


 その二人は、もちろんヤーシャとケイ君だ。

 子供は風の子という古い言い回しを体現しているような走りっぷりだ。よほど浮かれているのだろう。


 「おーーーい、二人ともーーーー、あんまり離れたら危ないよぉーー」


 かなり距離があったけれど一応届いたようで、ケイ君が軽く手を挙げ応えてくれた。

 

「ほんに、ランバードで駆けることが好きなようじゃのぅ。ようもこんな寒い中で………見てるだけで凍えるわい」

 そんな彼らの姿を見て、俺の後ろに座っているイゴールさんは肩を竦めていた。


「本当ですねぇ。でも《フォア》も《ラルク》も嬉しそうですねぇ。………《正一》、フリじゃないからね?」

 俺とイゴールさんの会話を聞いたからなのか、同じランバードとしての矜持なのかはわからないけれど、今にも《正一》が翼を広げて駆け出そうとしていた。


 《正一》の体を落ち着かせるように撫でていると、その黄色く猛々しい瞳をこちらに向けて「クルゥウ」とつまらなさそうに鳴いていた。


 そんなランバードの心地よい弾みに身を揺らしながら、周囲をゆっくりと見渡す。


 近くには、それぞれのパートナーであるランバードに跨っているガンジーとロッコ。

 同じように革の防具の上から白狒々の毛皮に包まっているが、サイズがやや大きいようでスッポリと埋まっているように見える。

 今にも眠りそうなトロンとした目は何時もの事。額に埋まる鉱石の色と同色の瞳をこちらにチラリと向けてくる。


 その周囲には、小鬼族騎兵隊に加えて一角族が数人で囲んでいる。


 ランバートの突進を最大限に生かした長槍を構える騎兵隊。

 熟練の冴え渡る腕を惜しげもなく披露してくれる弓兵隊。


 そして彼らを守るように位置しているのは見事な一本角を生やした一角族たち。

 たくましい背中にはそれぞれの得意とする得物を背負っているが、どれもがドワーフのおじいちゃん達が鍛え上げた逸品ものだった。

 時折イゴールさんが、得物の使い勝手を本人たちに確認しては何やらメモをとっている。


 そんな俺たちの中心であり、先頭を闊歩しているのは………………竜騎兵(笑)こと一助と二助の二頭だった。


 背中と両脇にはこれでもかというほどの荷物を背負い、さらには小鬼族を二人乗せている。小岩のような巨体をズンズンズンズンズンと、国道をまっすぐに進んでいた。

 その威容は、邪魔するものあらば踏み潰し、叩き伏せ、丸呑みにしていく。

 

 そして二頭の気分が盛り上がれば、


 ーーーゴォオォオォオオオオ


 樹海では決して許してもらえなかった炎を、思う存分に吐き出していた。後に残るのは、魔物達の燃えかすのみ。



 「二人ともーーーーー、離れすぎたら巻き込まれて、ホ・ン・ト・ウに火だるまにされるよぉぉ!!」

 「なんちゅう呼びかけじゃ………。冗談じゃないから笑えんわい」

 

 呆れたような声が背後から聞こえてきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 前回、ハンター街にいく道中で知り合ったローさんとは定期的にメールでのやりとりをしている。


 話題はここ最近の社会状況や、自立コミュニティ間での情報のやりとり。たまに回覧板のように魔物の目撃情報に注意が必要な群の発見、そして半鬼達の被害報告なんかもまざっていてかなり有益だった。


 半鬼に関しては、ここ最近交易商人の被害が多発しており、問題になっていた。そこで近隣のコミュニティー同士でキャラバンを組んでの移動ということが、最近では増えているようだ。


 さて、そんなメールのやりとりをしながら、ビジネスのお話も当然進めている。

 先日届いたやけに改まったメールがこれだ。



『拝啓、レン殿


 日毎に寒気加わる時節となりました。皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。


 かねてよりお話しておりました私共海町との交易に関してですが、近々こちらにお越しいただくことはできませんでしょうか?

 寒くなるにつれ、魚の身も引き締まり、たっぷりと油の乗った美味しい料理を肴にして、お互いの交流を深められればと考えております。

 つきましては、ご都合のよろしい日程等御座いましたら、教えていただければ幸いです。


  年末に近づき、仕事も一段と忙しくなる時期かと思いますが、無理だけはせず、お体を大切にしてくださいね。


 海町代表 ローより』



 この文面で大事なのは『美味しい料理を肴に』の部分だろう。この前ローさん達が特に喜んでいたのが果物と果実酒だったからね。


 俺たちにしてみれば、そこら中に実りに実っているものだからか全く貴重性は感じていいなかったし、イゴールさんも果実酒作りでバカスカ消費しているため、感覚が麻痺していたらしい。

 ただでさえ貴重な果実を酒にして、なんのためらいもなく飲みまくっていたのはよほど衝撃だったらしく。もし、余裕があるのなら是非とも果実酒も欲しいとのことだった。


 だからこその念押しだろうね。


 …………ふふふふふ。

 

 安心してくださいローさん。

 あなたの気持ちはしっかりと受け止めましたっ!

 つまり、一緒に呑もうぜっって事だよね? 

 ぃよしきたっ、とことん呑み明かそうじゃないですかっ、活きの良い魚をあてにして!!


 正直言って、お刺身をここ2年近くは口にしていない。ローさんのメールを読んだ時からすでに口の中が刺身をスタンバイしている気がするほどだ。


 これは是が非でも、なんとしてでも行かねばなるまいよ!



 ということで、色々と準備をし始めたのだが…………やはり荷運び役がいないという問題が浮上してきた。


 先日、捕まえた漢ヤギを連れて行こうともなったのだが、樹海の周辺部を抜けるには少々リスキーじゃないかという事で却下。

 魔物からしたら、ただの生き餌だしねー。


 それならランバード達に荷車を引かせるのはどうかという話は、ランバードの立体的な機動力という武器を完全に潰すことになるのでこれも却下。


 みんなでウンウンと頭を唸らせていた時、ふと何気なく庭先へ視線を向けると………気持ちよさそうに地面で背中を掻いて大欠伸をしている吾郎ちゃんが目に入った。


 そしてその次には、彼のぼよんぽよんとしたお腹に目がいく。



 「……………決めた。吾郎ちゃんを連れて行こう。」

 「「「え?」」」

 「ルルさんからも再三に渡って注意されているように、吾郎ちゃんは最近ダラけすぎています。

 せっかくなので海町まで散歩がてら連れ出そう。


 ………いいね? 吾郎ちゃん?」



 という、有無を言わせぬ決定をした。



 その結果……、



「「「吾郎ちゃーーーーん」」」

「「「どこに行ったのーーー」」」

「「「おーーーい」」」


 朝から姿を消した吾郎ちゃんを皆で探すはめになった。


 必ず家の前に来ておいてと言っていたにも関わらず、まったく姿を見せようとはしない。

 まったく困った子だ。これはちょっと本格的に甘やかしすぎたかもしれないと反省していると、


「レン殿っ、まさか吾郎ちゃんっ、我々と同じように白い霧に攫われたのではーー」

「ーーああ、大丈夫大丈夫それは無いから、心配はしなくていいですよー。」

「「「?」」」


 ルルさん達が妙に真剣に表情で吾郎ちゃんを探しているものだから、何事かと思ったが……そうか、そんな風に繋げて考えてしまうのも無理からぬことだったな。

 最初にちゃんと教えておけば良かったね。


 と言うのも、緑小人の情報網を駆使すれば、吾郎ちゃんがどこで何をしているかは丸わかりだった。

 もっと具体的にいうと、どこの採掘場で、どんな体制で、ふて寝しているのか丸わかりだった。

 

 まあ、これだけ呼びかけても頑なに動かないのならば仕方がないね。

 何か他の代案を考えなきゃなぁ、そう考えていると意外な子達が名乗りをあげてきてくれた。



 吾郎ちゃんファミリーの長子と次子である《一助》と《二助》が、鼻息荒く俺たちの前に鎮座していた。


 体格は、吾郎ちゃんに比べるとふた回り以上は小さくなるが、それでも小岩のようなでかさがある。

 これなら十分ということで、今日の日のために準備していた吾郎ちゃん用の革製荷具をうまく調整して、二頭のサイズに合わすことに。


 その結果出来上がったのが、体の両サイドと背中にこんもりと果実や野菜を積み込んで、樹海特性果実酒の樽を載せ、その上には轡を持つ騎手と荷物番兼護衛役の小鬼族が二人がこれ以上ないほどのドヤ顔で跨っている図式だ。


 相当な重量であるはずにも関わらず、一助、二助の二頭は平然としている。

 むしろ平然と出来ていないのは俺だった。


 ーーぬぉぉおおお、竜騎兵だああ、とうとう我が町にも竜騎兵が誕生したよぉおお!!


 その感動をデジカメの連射機能に乗せて迸らせていると、背後で首を傾げている方が一人。


「……ルルさん?」

 何やら物言いたげな表情でこちらを見つめてくるルルさんに聞いてみると、

「……この子らでは、ランバードの足に到底付いては行かないのではないでしょうか?」


「……………あぁ、ルルさんってイグアナが走った所見た事ないんだっけ? 本気出したら……アイツらすっげーー早いんだよ? まぁランバードみたいに長距離は無理だろうけど、周辺部さえ抜ければどうにかなるしねー」


「また、そのようなご冗談を……」

 俺の言うことがイマイチ納得できないのか、やや困ったように諌められた。


「まあまあまあ、付いて来れそうになければ、周囲が合わせればいいだけだし、なんとかなるよ、ね?」

「はあ、まあレン殿がそうおっしゃるんでしたら……」

 いまいち納得できていないルルさんを尻目に、海町への準備は着実に進んでいく。



 今回はただの初取引というだけだったので、イゴールさんを連れてさっと行って刺身と酒飲んで帰ってこようと思っていたのだが、意外にもヤーシャが同行したがった。


 ヤーシャのランバード《フォア》も成鳥になり、十分走れるようになったこともあり遠乗りに興味があるようだ。

 それに、前回の買い出しでの話を聞いてから、俄然外の世界にも興味を持ち出したらしい。


 まあ、付き添いとしてケイ君を連れて行けば問題ないだろう。ヤーシャはケイ君の言う事だけはしっかり聞いているからね。

 

 一助と二助を中心に据えてその後ろにヤーシャとケイ君そして俺に岩人兄弟という配置。

 それらをグルリと囲むように小鬼族騎兵隊を配置し、等間隔に一角族を据えて樹海の外、周辺部へと足を踏み入れた。

 

 ちなみにルルさんに関しては、今回は色々とやることもあるし、ミーニャちゃんが寂しがるのでということで居残り組だ。




 俺たちが外へ出た時には、すでに魔物たちは獲物を見つけ殺気立ち始めており魔物どうしで小競り合いが発生。

 一角族を始めウチのメンツも武器を握り直し、すでに戦闘体制に入っている。

 血の匂いをいち早く嗅ぎつけた、マグイや青鳶たちが次々と魔物を貪り始めていた。



「それじゃあ、一助と二助のペースに合わせていくことに………えーと一助? 二助? どした……!?」


 最初の打ち合わせ通り一助と二助の周囲を守りながら進んでいくため、指示をだそうとしたのだが、当の二頭が何やら怪しげな仕草をしている。


 何かが喉にせり上がり喉元が膨れ上がっていた。

 さらには、今にも吐き出しそうに口を大きく開けている。


 たまーに吾郎ちゃんファミリーの若い子たちが、イタズラで火を噴く姿のような気が………、


「ちょっ…………やっばっ!! マジでっ!? 総員ッ退避ぃいいっ!!! 背後にまわれぇぇえええ?!!」


 全員が即座に指示通り下がった瞬間、先頭にいる二頭の口からは映画でしか見たことがないような火炎放射が凄まじい勢いで吐き出された。


 ーーゴオウゥゥウッ ゴォオォオッ ゴオオウッ


 パニクっているうちに目前にまで迫っていたゴブリンとオークが、見事に炎に飲み込まれた。

 そのまま火炎を扇状に吹き散らす一助と二助。


 そばまで来ていた大百足は瞬時に熱で体が丸まり即死、白狒々は熱波にあたり悲鳴をあげて逃げ出している。

 遠目からこちらを睨んでいるオーガも、どうやら二の足を踏んでいるようだ。

 文字通り火達磨となった魔物たちからは、肉の焦げたえも知れぬ独特な匂いが周囲に充満してくる。その強烈な匂いに逃げ出す魔物たちも多い。



 呆気にとられる俺たちの頬を、一助二助のブレスが煌々と照らし続けていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 どっどっどっどっ とガニ股でどこか間の抜けた走り方をする一助と二助を先頭に、俺たちは順調に先へと進んで行く。


 思った通り、吾郎ちゃんファミリーは本気で走ると中々早い。

 樹海周辺部を抜けるときに見せた本気走りにはイゴールさんも驚嘆していた。


 ただし、予想外なところに代償があった。


 イグアナやトカゲ類が全力で走る時には、胴体をうねらせるのをご存知だろうか?

 気がつくと、鬼気迫る表情でエチケット袋を握りしめる竜騎兵達の姿があった。


 吹きそうになったのは内緒だ。


 やはり竜騎兵という特別な職業は、生半可な気持ちで務まるものではないようだね。俺には到底できそうにない。

 一応、周辺部を抜けてからは極力全力疾走させないように注意をしているので、大分楽にはなっているようだけども。

 

 それ以外はいたって順調。


 正面に群れている魔物がいれば一助と二助の豪快なブレスをお見舞いし、遠くにいる魔物に関しては弓兵隊がしとめ、背後や側面からくる魔物に関しては騎兵隊が対応していくことで安全はしっかりと確保されている。


 いやぁそれにしても……ヤーシャのランバードの乗り方ってちょっと変わってない?


 戦闘のパートナーというより、走りのパートナーというイメージなんだろうか。

 ランバードに掛かる負荷を一番に考えている繊細な走り方だった。重心移動とか特にね。


 ケイ君の方へと視線を向けるが、あからさまにこちらを見ないようにしているのが余計に怪しい。


 ーー絶対 、英才教育してるよね?


 ランバード達の納屋が、元ヤンの走り屋が経営する整備工場に思えてきたよ。

 

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