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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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閑話 武と心③

 それからは、お互いの一挙手一投足を見逃さずに木刀を打ち付け合う日々が続いた。


 あまりに楽しそうに激しく立ち会う我らを見て、他の一族の者たちも触発され試合を申し込んでは来るが、徐々に俺やランにかなう者は少なくなっていく。

 我も我もと教えを請いにくる者、技を盗もうとする者も一気に増えていった。

 そこはやはり武に貪欲な一角族よの。凄まじいまでの吸収力で、ぐんぐんと実力差を埋めていく。

 中には、図抜けた才覚を発揮して独自の動きを追求し始める者まで現れてくる。朝の鍛錬は、より一層強い熱を発していた。


 それでもやはり……俺の意識にはランの動きが色濃く残っている。


 少しでも時間が空けばランの動きをイメージする。

 俺がこう動けば、あいつはこう出る、この前はこんな返し方をしてきた。

 ならば今度はこれはどうであろう。

 俺がイメージで奇策を弄すれば、あいつの不敵な笑みまでもが見えてくるようだった。

 ーー小癪よのぉ、ククク。



 その甲斐もあったのか、俺がランに勝ち星をつけることが徐々にでてきた。

 だが、なかなかに勝ち越すことはできぬ。

 以前そのことを本人に愚痴ってみたが「お前より私の方がお前を理解しているということだ、ふふふ」と笑っておった。

 「ならば俺はお前よりもお前を理解しよう」そう言うと、なぜか一時期目を合わせなくなりおった。



ーーーーーーーーーーーー



「………もう。ここ最近本当に生傷が絶えませんよね? ショウさんもですけど、ランさんも。」

 いつも通り、医務室でリナ殿に手当を受けておる。

 以前は朝の鍛錬後だけだったのが、今は夕にも打ち合う事が増えてきたおかげで、さらに医務室に足を運ぶ事が増えた。

 最初の頃はリナ殿も小言を挟む事があったが、今ではほぼ何も言わん。諦められたようだ。

 だが、そうか。ランもよく来よるのか……。


「ふふん、あいつに誰よりも届いているのは俺だからな、あいつの傷はほとんどが俺がつけた傷よ。」

「ーー何で自慢気なのか全然わかんないですからっ! まあ、でも本当にここ最近は2人でよく一緒にいるのを見かけますけど…………ずっと訓練……なんですか?」

 中々手厳しいツッコミをいただいた所、リナ殿がやや声のトーンを落として聞いてきた。


「……訓練か、訓練とは少し違うかもしれんな……。

 今はあいつをもっと深く理解するために一緒にいる気がする。

 多分あいつも同じであろう。

 技術力という部分ではそれほどの大差は感じぬ。

 身体能力にしても、男女の差はあれどそれぞれに利点もある。

 だから、あとはどれほど知ることができるか次第なのだろうな?」


 そうなのだ。いつしか訓練というよりも、得物を打ちつけあい語り合っているような気がしてきていた。悪戯に言葉を重ねるよりも、立会い中の方がランの想いを鮮明に掴めているのだ。

 

「……………もう恋人みたいですね? ランさんも似たような事を言われてましたし。」

「ほう、小鬼族はこういう風に恋人を作っておるのか? 思った以上に剛毅じーー。」

「ーー違いますからねっ!」


 恋人か。

 確か一番深く理解しあっている関係とかなんとか、以前レン殿のレイトショーで観た映画で言っていたのを覚えている。



 医務室から戻ると、屋敷の井戸端でランが汗を拭っておった。また型稽古でもしておったのだろう、そばには木刀が立てかけられている。


「おいっ ラン。」

「……なんだ?」

 桶から汲んだ水で顔を洗いながら、こちらへ返す。

 俺がいる方へとわずかに顔を向けていた。


「今度の非番、付き合え。」

「なんだいきなり? 訓練か?」

「いや、訓練ではない、いや訓練か?」

「こっちが聞いておるのだが………珍しい誘い方だが、わかった空けとこう。」

 首からかけていた手ぬぐいで顔を拭き、首を傾げながら了承していた。



ーーーーーーーーーーーー



 樹海の奥には泉ができている。

 きっと緑小人たちの魔法で生み出した水が、地面に吸いきれずに上がってきたのであろう。

 以前、巡回中に偶然見つけたものだった。


 まだ小さくはあったが、静かで気の休まる場所だった。


 それから暇を見つけては通っていたが、少しづつ泉が大きくなるにつれ、樹海の生き物たちが集まってきている。

 真夜中にふらりと訪れた時は、滅多にお目にかかることのできないホワイトディアを見たこともある。誰にも伝えていない俺の秘密の場所だ。


 そこへ、今はランを伴ってきている。


 水面に陽の光が反射して風で波立つたびに光を零していた。

 その様子を、目を細めながら見ているランの横顔があった。

 鋭く切れ上がった瞳に、小高くツンとした鼻、薄い唇には仄かな朱色が差している。

 レン殿の血を色濃く授かった証でもある黒目に、美しく艶のある黒髪を後ろで束ねていた。


 以前、戦闘の邪魔になるからと言って髪を切ろうとしていたのだが、咄嗟に止めた事がある。

 「なぜだ?」と聞かれ「惜しいのだ」としか言葉はなかった。それ以来、切ろうとはしていないようだ。


「美しい場所だな。」

 泉のほとりに近づき、腰をかがめて水面を見つめ始めた。

 対岸にはデブうさぎが数匹転がっているのが見えた。


「ああ、以前偶然見つけたのだ。

 心を鎮めるのにはいい場所でな、それ以来たまにこうして訪れている。」

 ランの斜め後ろへと歩を進めた。


「ふふふ、お前には余程似合わぬことを言う。」

 振り返らずに、笑っている。


「そうか?」

「そうだとも。」

 少し離れた木から、鳥の鳴き声が響いていた。



 どれ位そうしていたかはわからぬ。このまま心地よい時間を過ごすのもいいが、今日は目的が違う。

「……では、立ち会おうか?」

「ここでか?」

 背後に立つ俺を見上げ、怪訝そうに問いかけてくる。

「応、ここがいいのだ。」



 小さな泉のほとりで、ランと向かい合う。

 木々のざわめきに耳を済まし、木刀の切っ先をお互いに突きつけあっている。

 ここは、俺の落ち着く場所だ。いつもよりも気持ちがどっしりと坐っている。

 立会いの時にはいつも気を鎮めているつもりであったが……まだまだ甘かったようだ。


 ランの視線、呼吸、意識の先。

 いつもよりも視えている気がした。



 ーーあぁ、なるほど。

 最初の立ち会いの時、ランはこのような心境だったのだろう。


 相手のいかな動きにも、心を動じぬように。

 静かに心を波立たせぬよう俺の事を見ていたのだろう。


 ……これでは勝てるはずもなかったな。

 俺の動きや感情は、よほど分かりやすかったことだろう。


 お互い動かずに静かに正対し続けている。


 ーー穏やかだ。


 特に勝ちたいとも思わぬ。

 だが、負けるとも思わぬ。

 これまで幾度となくランの動きを頭の中に焼き付けてきた。

 あらゆるパターンを考えた。それでも未だに対応できぬ時がある。


 ならばと、わからぬ部分はいつも力任せに押し切ろうとする。

 俺が負けるのはいつもそういう時だ。


 ーーそれが今はない。


 あいつの動きではなく心を映し取ろう、そのためならどれほどの時間が必要でも構わぬ。

 今ならば……。


「………お前は俺を知っているか?」

「…………ああ、私はお前を誰よりも知っている自信があるぞ。」

「俺もお前の事を誰よりも知っている自信がある。」


「「………………。」」


「………だが、足りん。

 どれだけお前の事を考えて、どれだけお前を理解しようとしても、今一歩足りぬ。」

「………何が足りぬ?」


「……わからん、だから今はお前の心を視ようとしているのだ。」




 ふと、視えた事があった。


「そうか、俺はお前が欲しいのか。」

 意識せずに、言葉の方が溢れてでてきた。


「は!?………な、何を言っているのだ? 立ち会い中ぞっ!」

 一瞬の戸惑いの後、ランの眉尻が上がっている。

 怒らせたか? だが今は置いておこう。

 それよりも、俺はこいつに伝えねばならぬことができた。


「ラン。お前を抱かせてくれぬか?」

 目を見つめている。言葉よりも想いを込めて。


「ーーお、お、お前はどれほど阿呆なのだっ! 抱かせろと言われてハイという女がどこにおるかっ!」

「ぬっ お前は俺に抱かれるのが嫌なのか? ………それは……悪いことを言ったな。」


 想いの丈を素直に伝えたつもりであったが、どうやらランにとっては迷惑な事であったらしい。火に油を注いだように怒っておる。

 しかし、なぜだ!? 「応。」と返してくれると思っておったのだが……。


「ーー今更しょんぼりするなっ! それに嫌などとは……。」

「ーーほう……嫌ではないのか?」

 ふむ、何やら俺の早とちりだったようだな。


「ぐっ………第一お前は、何故いきなり抱きたいなどと言って来たのだ!」

 顔を赤くし、目尻には涙を溜めている。 


「俺を一番理解しているのはお前であって、お前を一番理解しているのは俺だ。

 ふふふ………世間ではこういう男女を恋人というのだぞ? この前映画でも言うておったろうが阿呆め。」

 なんじゃ、こいつは女子のくせに恋愛知識もないのか? 

 俺の話にランは呆気に取られているようだ、口をポカンと開けている。


「阿呆はお前だ………そういうのは好きという感情が先にーー」

「ーー好きに決まっておろう。嫌ならばこれほど一緒にはおらんぞ?」


 木刀の構えを下ろし、ランの方へと近づいていく。

 先ほど見えた美しい横顔を今は正面から見つめている。

 困惑しているのか?ランの 顔が茹であがったかのように赤くなっておる。口もパクパクさせている。


 足元へ木刀を捨てた。


「今日はお前から勝ちを取りたいとは思わぬ。そもそもこんな気持ちでは勝てる気もせん。

 ラン…………応えろ。」


 以前は隙のない、相手を切るような鋭い目だと思っていたのだが………今はとんだナマクラのようだ。

 目は潤み、右へ左へと瞳が泳いでいる。

 俺に目を合わせようと頑張ってはおるみたいだが、どうも上手くいかぬようだな。

 いつもは微動だにせぬ木刀の切っ先ですらプルプルと震えておる。


「………ククッ……ハハハハ。」

「ーーっ、何が可笑しい! まさかお前っ私をからかっておるのかっ!!」


「嘘はない。俺はそんな男ではない。

 俺のことを一番理解していると言うておったではないか、わかるだろうが」


「くっ……ぐぅ、で、では何を笑うっ」


「だが、勝てぬと言った言葉は撤回しよう。

 今のお前なら、100立ち会うても100勝てるぞ」

「んぐぅ……ぐっ ず、ずるいぞっ」


「ずるくはない。お前の心が弱いだけだ。はははっ」

「わ、笑うなっ そ、それでも………ずるいのだぞっ」


「…………そうか、俺はずるいか?」


「…………あぁ、ずるい」


 観念したように木刀を下ろし、ブスッとした様子で呟きよった。



========================



 それ以来、樹海の泉で逢引を重ねている。

 最初の頃は気恥ずかしさもあった。

 レン殿のお側付きを交代する時の引き継ぎでは、ランが俺の顔を見れないこともあった。

 茹でダコのようになっていたので、レン殿に訝しがられるのではとヒヤヒヤしたものだった。

 巡回の組み合わせで2人きりになった時、会話の最初の一言を考え込んでしまう事もあった。なぜか上手く言葉を出せなかったのだ。


 だが、それも今では懐かしく感じる。

 幾度も互いの心と体に触れ合っているうちに、ランが身ごもることになったのだ。

 体調不良を訴えていたので、リナ殿に診てもらったところ間違いなかった。


 以前ハンター街へ初めて行った時に、レン殿と隣り合わせで酒を飲む機会に恵まれた。

 酔っていたのだろう。つい零してしまったのだ、今の自分の充足感を。


 伝えた瞬間に ーーつまらん話をしてしまった、と後悔したものだったが……。

 

 レン殿が穏やかな目で「おめでとう、良かったね」と、短くも情の籠った言葉を掛けてくれた。

 改めて胸が満たされていくのを感じた。その後、猪獣人の御仁にも酒をご馳走してもらった。


 俺は………今が只、嬉しいのだ。




これで3章は終わりです。


投稿がかなり間延びしてしまい申し訳ございませんでした。にも関わらず、ブクマ、評価をしていただけた皆様には本当に大感謝です。


次章もある程度出来上がり次第投稿していく予定ですので、よろしければまたお付き合いください。

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