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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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星見酒


 家の住人達は寝静まっている。


 肌寒くなってきた夜に、軽く着込んで縁側にあぐらをかいて座っていた。



 少し前までは、ヤーシャとミーニャちゃんがドタバタはしゃぎ周り、それを叱り付けるルルさんの声が聞こえていたが、今はもう深い夢の中にいるようだ。


 


 シンとした空気の中、少し離れたところからは、フクロウや夜鷹の変わった鳴き声が聞こえて来る。



 ーーホウホウホウ

 ーーキュキュキュキュ



 夜空には大きく丸いお月さまが出ており、うっすらと樹々の影を形作っていた。


 いつから決まったのかは定かじゃないけれど、月に一度満月の日にはモンテと縁側に出て月見酒を楽しむようになっていた。



 ただし飲むのは俺一人。



 もはや定位置にもなっている俺の膝の上には、あぐらをかいて腕を組み、フンスと気合をいれているモンテがいる。


 一度お猪口に入れた日本酒を進めてみたが、顔を横に振っていた。



 ……本気だな



 張り詰めた空気を出しているのはモンテだけではなかった。


 縁側に対面して、ずらりと目の前に勢揃いしているのは緑小人のモンテ親衛隊の面々。


 各々真剣な表情でモンテの顔を見上げていた。






 ーーカッカッカカカカッカ




 アスファルトを小気味よく刻む音が樹海の町に響き渡ってきた。

 徐々にその硬質な音は近づいてきている。



 もう間近というところで、リズムが変わった。



 ーーカツカツカツ



 一歩一歩を踏みしめるように。


 イチョウトレントが以前ぶち破った塀の壊れた跡から、静かに堂々と姿を表すモノがいた。




 月明かりをその純白の体に反射させているのはホワイトディアだ。



 雄々しく五又に別れた鹿角を見せ付け、筋肉で張り詰めたその体躯は、とにもかくにも美しかった。


 お猪口を口に付けたまま、一時魅いってしまった程だ。



 ただ、そんな呑気な空気を出しているのは俺だけだった。

 モンテや親衛隊達はいまにも弾かれ、飛び出していきそうな雰囲気だ。



 それもそのはず、ここ最近では『樹海の略奪者』とまで囁かれているホワイトディア。


 緑小人達には因縁の相手だった。

 特に畑で野菜作りに精をだしている緑小人達にとっては憎き相手だ。


 そんな、緑小人達の気を知ってか知らずか、その美しい体を誇示するように悠々と庭に入ってきている。



 そのタイミングで、モンテの手が振り下ろされた。




 ーー伏兵がいたのかっ




 ホワイトディアが入り込んだあたりの草木には、何人もの緑小人達が隠れていた。

 手元にはお手製の泥だんごがしっかりと握られている。


 今日の夕方からせっせと作り貯めておいたものだ。

 今の今まで、あれはてっきりただの泥遊びだと思っていたけども。



 それをホワイトディアめがけて一斉に投擲し始めた。




 ーービチャビチャビチャ




 腹に、背中にお尻にあたり、たまに顔にもあたったり、ホワイトディアはそれはもう嫌そうだった。


 それはそうだろう、誰だって出会い頭に泥だんごを投げつけられてはたまったものじゃない。

 特にホワイトディアは見た目からも綺麗好きなようだし、余計にストレスだろう。



 結果、数歩後退していた。




 ーーお? いけるか? 



 そう思った矢先、ホワイトディアは甲高い鳴き声を月に向かって投げかけ、その雄々しい角ごと顔をプルプル振るわせている。



 泥は綺麗に払われた。



 近くにいた投擲部隊はその飛沫をもろに浴びてしまい、転げ回っている。

 目に入って痛そうにしている子も入れば、新しい遊びのようにキャッキャと逃げ惑っている子もいた。


 相変わらず緊張感の長続きしない奴らだ。




 ホワイトディアはさらに前進していく。



 その際に縁側の前を堂々通り過ぎるが、一瞬だけチラリと一瞥してきたので片手を上げて挨拶しておく。

 モンテにはジトっと睨まれてしまったけど。



 そのモンテがきつく口を引き絞っている。



 ホワイトディアはとうとう畑のほど近くにまで進んでしまった。

 このままではいつもの如く、丹精込めて作った野菜たちが食い荒らされてしまう。



 だが、そうはさせない。



 畑の前に待ち受けるのは、頭からツルをいっぱいに伸ばした長ツル部隊だ。

 自前のツルを手に持ち、時代劇の鎖鎌のようにヒュンヒュン振り回している。



 モンテが頷いたのと同時に攻撃を開始した。




 ーーペチーン、ペチンペン、ペチン




 周囲から勢い良く叩きつけられるツルに対して、ホワイトディアは本当に鬱陶しそうだった。


 それを確認してモンテが立ち上がる。


 それが合図だったのか、ちょうどホワイトディアの上空から飛びかかってきたのは、緑小人の剣士部隊だ。樹々の枝に隠れていたようだ。



 ここ数ヶ月、ただの遊びでチャンバラごっこをやっていたのではない……と思う。



 チャンバラ遊びの中選び抜かれた精鋭達が、ホワイトディアの背中に飛び乗り小枝を振り下ろす。


 小枝で背中をペンペンと叩いている。


 長ツルのペチンペチンに加えて、小枝のペンペンも加わり、もう本当に面倒くさそうだった。見ている俺まで申し訳ない気持ちになってくる。



 さすがに我慢の限界だったのだろう。



 体を盛大に揺らし、背中に乗っていた緑小人たちをいっぺんに振るい落としていく。

 ブルルルンと息を盛大に吐き出したかと思うと軽く、ヒョイっと畑まで飛び越えていってしまった。

 

 しっかりと畑の中に着地すると、ゆっくりとむしゃりむしゃりと作物を食べ始める。





 ーー勝負……あったな



 周囲にはorzの格好の緑小人たち、地面を悔しげに叩くもの、トレントお爺ちゃんに抱きついてグズっているもの、モンテも悔しそうに俺の腹に抱きついてきている。



 今回も完敗である。



 モンテをとりあえずフードの中に放り込み、事前にカゴいっぱいに用意していた野菜や果物を、いつものように畑の横に置いてやる。

 さすがに全部食い荒らされちゃうのは、俺としてもちょっと困るし。



 それに気づくと、待ってましたとばかりにホワイトディアが食べに寄ってくる。



 彼の立派な角を眺め真っ白な美しい体を撫でていると、様子を伺っていたのか、群れの仲間がやってきた。

 その子らにも用意していたカゴをだして置いてやる。



 しばらくは、未だグズるモンテを慰めながら、ホワイトディアの群れに見入っていた。






 月明かりに反射して、今では夜空に浮かぶ星のように輝く馬体の美しさを堪能し、うまいお酒をちびりちびりと味わっている。


 飲んでいる銘柄はハンター街で見つけたものだ。


 店主曰く、東北地方からわざわざ仕入れたという日本酒、その名も『ブラックドラゴン』。

 香り高く口触りにやさしい極上の酒に酔いしれ、用意していたツマミを堪能する。ナスのお浸しにサンマの開き。レモンの風味が絶妙です。



 ーー美味いなぁ………そろそろ、ローさんにも連絡しておくかなぁ







 ひとしきり腹一杯になるまで食べきったホワイトディア達は、一頭一頭と庭から出て行く。



 結局最後まで残っていたのは、最初にきていた群れの長。


 彼が外の道路に向かうのに着いていき、見送りがてらに「じゃあ、また来月遊んであげてね」そういって手を振り彼らが樹海の奥に帰っていくのを眺めていた。



 時折、月明かりに照らされた白肌が、樹々の合間からキラリと光って見えているのを、しばらくじっと見ていた。



 その頃には、モンテも機嫌を直しフードの端からこっそりと顔を出していた。ツルを伸ばして俺を突いてくるが、きっとお酒が飲みたくなったのだろう。


 大丈夫、ツマミもお酒もちゃんと残しているよ。




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