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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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お爺ちゃんズの頼みごと


「レン殿、今日のご予定はどうなっていますか?」

「本日は大変お日柄も良く、弓の鍛錬にはもってこいの日ですね?」

「今晩どうでしょう? 弓遊びでもしながら果実酒と洒落込みませんか?」



 ここ最近、あの手この手で弓の訓練に誘ってくる鬼教官ルルさんをなんとか躱して、今はお爺ちゃんズの工房に遊びにきている。


 ここはいつ来ても熱気に満ちている。

 鍛治場だから当然というような冷めた話ではなく、職人たちの熱いソウルのようなものが充満している。


 現にお爺ちゃんズに弟子入りした小鬼族の男の子も、真剣な表情でたたらを吹いている。

 その近くでは、アゴールさんが上半身裸で槌を振り下ろしていて、暑苦しいほどにムキムキだ。


 熱された鉄を打ち付けるごとに赤い火花が飛び散り、顔を照らす。

 会話は一切ないが、その分の何かが伝わって来る。そんな気がする。


 普段は適当なウゴールさんですら、やたら男前に見えるから不思議だ。



 そんな圧倒されんばかりの職人技を鑑賞し、今は工房奥の居住スペースでウゴールさんとアゴールさんの三人で囲炉裏を挟んで昼食休憩を取っていた。


 イゴールさんとお弟子さんは、もう少し作業を続けるようだ。時折、奥の方から音が聞こえて来る。



 時間になると、いつものように近所に住まう小鬼族が食事を運んできてくれている。

 詰所で料理番をしている女の子でいつも元気に挨拶しながら持ってくる。前もって確認しに来て、俺の分までちゃんと用意してくれている出来た子だ。


 今日のメニューは山菜うどんか。ハンター街で食材を大量に仕入れたこともあり、メニューのレパートリーが増えている。


 緑小人たちがノリノリで育て上げている山菜は、味わい、歯ごたえ、お出汁、どれを取っても絶妙に美味かった。

 一緒についているオニギリを食べながら、しばしズズズッズズッという音だけが家屋の中に聞こえていた。



 お出汁を最後の一滴まで飲み干した後、膨れたお腹をさすりながら、居間から見える庭の楓を眺めていた。

 もう葉は赤く染まり、秋の深まりを告げている。


 ーーそろそろ、焼き芋の季節だなぁ……… 今度モンテにサツマイモが何処に育っているか聞いておこう



 そんな事を考えていると、爪楊枝でシーシーやっているウゴールさんから声をかけられた。



「…………そうじゃそうじゃ、忘れておったわい。のうレン殿よ、儂等ジジイどもにも、ちいとランバードとの仲を取り持ってくれんかのぉ?」


 意外な申し出に振り向いてみると、ウゴールさんだけでなくアゴールさんまでこちらを見て頷いていた。



 余談だが、最近になってやっとお爺ちゃんズの見分けがつくようになってきている。


 全員で見比べてみると、なんとなく細身で目つきが鋭いのがイゴールさん。

 体の輪郭がゴツゴツしくマッチョなのがアゴールさん。

 そして、ややぽっちゃり体型の垂れ目気味なお爺ちゃんがウゴールさんだ。


 もう、名前を間違えて怒られることもなくなってきた。



「………また、急にどうしたんですか?」

 これまでお爺ちゃんズがランバードに特別関心を示していたことはなかった。中々気難しい性格をしていることもあり、そこまで関わろうともしていないようにも見えていた。



「まぁ、必要な時は誰かの後ろに乗せてもろうたらええしと思って気にせんかったんじゃが……、ほれ、儂等よく採掘場に行くじゃろう?

 そん時にのう、荷車押していくのもしんどうなってきたんじゃ。町の舗装なんかもうガタガタじゃしなぁ」


「なるほど。確かに重い鉄鉱石を運ぶのは骨でしょうねー」

「そうじゃろう? しかもこのアゴールの阿呆が弟子ができたからいうて、やたら張り切って鍛冶仕事しとるんじゃ。

 そのせいで、イゴも儂も連日のように採掘作業しとるんじゃぞ。

 岩巨人のガキンチョがよう手伝ってはくれるが、それでもしんどいもんはしんどいんじゃ」


 ウゴールお爺ちゃんがからかうように、使用済み爪楊枝をアゴールさんに投げつけていた。

 アゴールさんはジロリと睨んで、飛ばされてきた爪楊枝を囲炉裏に向かって嫌そうに弾いていた。



「んーーー、事情はよくわかったんですが、正直言ってランバードは向いてないかもしれないですね」

「なんでじゃ?」


「いえね、この前買い出しにいった時に思ったんですけど、ランバードって荷物あんまり載せれないんですよ。

 あの子らは足の速さと立体的な機動力が売りですけど、それを助けてるのは翼なんですよね。

 そうなると、翼の動きを阻害するような荷物の置き方はできないんで、乗り手のリュック位しか積めないんです」

 

 そう、これは実は少し困っていた。

 今後、ハンター街や海町との交易が定期的になるようであれば、何かしら馬車のようなものを用意しなければいけない。

 まあ、この前みたいな爆買いのような量になることはないとは思うけどね。



「………なるほどのう、たしかに荷運び目的では不向きじゃのう。

 それに、ランバードに乗れるようなったとしても儂等パトロールはやらんから、そないに意味がないかもしれんのぉ」

「そうは言うても、今後の事を考えるんじゃったら何かしらは必要じゃぞ。レン殿、なんぞ良い代案はないんかいの? 」


 思案げに顔をしかめさせ、こちらに振ってくるお爺ちゃんたち。実を言うと、思いついたことがあった。


「たまに見かけるヤギなんてどうかなぁと思うんですよ。

 ヤギってもともと足腰が柔軟なんで、多少の悪路は平気で飛び越えていくらしいですよ。


 それに樹海で見かけるヤギは体が大きいですしね、当然馬力も結構強いんじゃないんですかね? 

 足にはならないかもしれませんが、樹海の荷運び役には最適じゃないかと思うんです」


「それはええかもしれんなあ!」

「………………」

 ウゴールお爺ちゃんがポンと手のひらを叩き、笑顔になった。対してアゴールさんは何か微妙な表情をしている。


「……アゴールさんはどうですか?」

「ふーむ……エエとは思うが、野生の獣を生け捕りちゅうのは中々難しいかもしれんぞい?」


 ーーそれは確かに思います


「そうですね……捕まえ方に関してはネットでいろいろと調べてみましょう」







 ということで、その翌々日にはお爺ちゃんズと小鬼族騎兵隊を連れ立ってヤギの捕獲に向かう事になった。

 昨日はみんなで作戦会議を開き、ヤギ捕獲のための準備に費やしていた。



 ヤギの群れの位置に関しては、緑小人達に聞きながらわりかし楽に見つかった。




 今は、俺と一角族、狩りのアドバイザーとしてのルルさんに何やら面白そうな事をすると聞きつけ後から付いてきたロッコとヤーシャ、そしてドワーフの3人がそれぞれ草薮に隠れてヤギの群れを監視している。



 9頭の群れの中、目立つほど大きな角を生やしたヤギが4頭いた。

 ルルさん曰く、樹海のヤギ達は雄雌共に角があり、雌の方がやや小さな角なのが特徴だそうだ。


 目の前の群れの中で特に目立つのは、黒と白のまだら模様で毛の長い雄ヤギだ。体格も一番大きく、骨太でどっしりとしている。

 頭部に生えた二本の山羊角は、どのヤギたちよりも太くて立派だった。周囲の反応を見るに、きっと序列が一番上なのだろう。堂々としている。





 さてさて、今回考えた作戦を簡単に言うと追い込み猟だ。


 群れの位置を確認した後に、少し離れた場所にある樹々に、ロープをコの字型に張り巡らし、即席の定置網のようにしておいた。

 あとは大きな声や音を立てながら、その場所に追い込んでいこうというシンプルなものだ。

 


 草薮に隠れながら、みんなでハンドサインを出し合い、所定の位置へと移動していく。



 前日お気に入りの戦争映画を上映したことが原因だろう、ハンドサインにみんなノリノリだった。


 顔の横で拳を握る停止サインはもちろんのこと、目視確認の合図である人差し指と中指を自分の目に向ける仕草。

 顔の横で指を回す攻撃開始のサインに、相手と自分を交互に指差す動きなど、それぞれが面白がって好き勝手にやっている。

 悪ノリも多分に含まれていた。


 かくいう俺もその一人だったが、あまりに無秩序で意味不明なサインが多くなったため、一旦集合しなおしてハンドサインは禁止することになった。



 気をとりなおして、再度散会する。


 今度は打ち合わせ通りの位置へとたどり着き、機を伺う。

 手にはそれぞれ、鍋やフライパンを持ち準備は万端だ。いかにもワクワク顏のヤーシャはルルさんと一角族の側につけている。


 少し離れたところにいるお爺ちゃんズに目を向けると、無言でうなずき返してきた。    

 横に身をひそめるロッコに視線を合わせ、手に持つ鍋とお玉を握りしめる…………同時に草薮から飛び出した。



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