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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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弓の指導員②



 仕方がない、気を取り直して次の狩りポイントにいこう。




 樹海で良く見かける『デブ兎』というのがいる。


 体がビーチボールサイズの丸々とよく肥えた兎なのだが、転がるように樹海を走り回る姿が子供達に人気で、よく町中を追いかけ回されている。

 走っていると見せかけてたまに本当に転がっている奴もいるという、中々に愉快な存在だった。

 


 デブ兎の肉だが、これがまた脂がのっていて非常に美味い。

 彼らも放置しておくと結構な勢いで増えていくので、食材がてら定期的に狩っていくことを推奨されている。

 

 

 そこまで仕留めるのが難しい獣でもないので、次の獲物にと考えデブ兎の痕跡をたどっていくと、木の根元に穴が空いている場所を見つけた。


 その周辺には、数匹が鼻をヒクつかせながらうろついているのが見える。

 風船のような体つきのデブ兎が一匹穴の中に入っていくところも確認できたので、ここが巣なのは間違いない。



 彼らにギリギリ感知されないだろう距離で三手に別れ、それぞれが機をうかがっている。

 最初の一矢は私がすることになり、それを合図とする事にした。



 ふむ、小鬼族たちもそれぞれがベストな位置取りをしたようだ。自分が狙う獲物も定めている。


 よし行ーー




 『GUUEEPPP』




 そう思った矢先に、私の隣に居座るバカトカゲが盛大にゲップを吐き出した。


 静けさ漂っていた樹海に、品の無い音が響き渡っている。

 小鬼族が驚いたようにコチラを見つめていた。絶対に私だとは思われたくなかったので、犯人の横顔を急いで見るとかなり満足げだ、よほどスッキリしたのだろう。

 

 最低だ、匂いもマナーも最悪だ。



 その上、おデブとはいっても相手は兎だ。

 今の大きな音に気づくと猛然と転がるように逃げ去っていく。


 「う、射てぇ!!」



 


 …………当たらなかった。




 

 虚しく地面に突き刺さった矢を引き抜きながら、草薮の中で欠伸をしている吾郎ちゃんを睨みつけている。



 「まあ…………まあまあまあまあまあ………さっきはちょっと食べ過ぎちゃったんですよ。出ちゃったものはしょうがないでしょう?」

 「そ、そうですよ。それにあんな豪快なゲップは、生き物として男らしいというか………」



 そんな苦しいフォローをしてくる小鬼族たちを横目に、吾郎ちゃんは仰向けに寝そべり、背中を地面に擦り付けて気持ちよさそうだ。



 ーーくっ なんて、腹立たしい姿だ。帰ったら絶対レン殿に告げ口してやるっ




 怒りをなんとか抑えながらも、樹海の中を獲物を探して移動する。


 このままでは、狩人デビューの日が丸坊主ということにもなりかねない。それだけは避けたい。

 なんでもいいから狩れそうなものをと考え周囲を見渡していると………あれは何だろう?



 最近になって樹海の生き物にも慣れて来たと思っていたが、これまた見たこともないような生き物がいる。



 ーー蟹……だろうか?


 

 焦げ茶色だったり、薄い茶色だったりとそれぞれ個体差があるが、テレビなどで見かけるようなサイズの細長いカニが3匹ほど木の幹にいた。



「……あれは、なんという生き物か知っているか?」

 小鬼族に確認してみるが、2人とも首を横に振っている。



 

 しかし、なんというか………美味そうだな。


 茹でたりしたらいい色になりそうだ。

 そして、熱々でプリプリな身にポン酢でもつけて食べれば………いかん、ヨダレが垂れそうだ。



 私のそんな想いが通じていたのか。

「捕まえるぞ?」というと、2人とも意欲的な顔でうなずき返してきた。



 しかし困ったな。あの甲殻、間違いなく硬そうだ。



 樹海の生き物は、どんな生き物も中々の魔力持ちばかりだ。見た目で舐めると手痛いしっぺ返しをくらうことになる。

 

 あの蟹には弓は少し効率が悪いだろう。


 弓での狩りという趣旨は違ってくるが、この際狩れればなんでもいい。


 ーースリングでいこう


 木から落としたところを足で抑え、トドメをさせばいいだろう。



 軽く打ち合わせをし、それぞれが携帯していた手ぬぐいに石を乗せ、手元で回し始める。

 今回は吾郎ちゃんもやることがないようで、静かに見ている。



 他の2人ともアイコンタクトでタイミングを計り、一斉に投石しようとした瞬間ーー


 こちらの気配に感付かれたのか、一斉に蟹たちが動き始めた。



 ーーなんだ、あの素早さは!? マズイ、逃げられるっ



 全員が咄嗟に投石するが、焦った事もありクリティカルには程遠い当たりだった。

 それに見た目通り頑丈なようで、甲殻の端に数発当たる位では全く堪えていない。



 ーーくそっ だめか


 

 そう諦めかけたその時、すぐ隣から「 ーーグワァァ」という聞いたこともないような野太い鳴き声が聞こえてきた。それと同時に別方向から、衝撃がきて転がされてしまう。



 土に塗れながら誰かと一緒に数回転したあと、咄嗟に体制を整え相手に向き直るが、私に飛びかかってきていたのは新人の小鬼族だった。


「つっ 一体何をーー」

「ーー吾郎ちゃんの様子が変なんですっ」


 彼が焦ったように指差す方向には、吾郎ちゃんが狂ったようにドスンバタンと暴れまわる姿があった。


 もう一人の小鬼族が必死になだめようとしているようだが、一向に効果がないようだ。

 周囲の樹々に体当たりし、地団駄するように足を踏み鳴らし、時には尻尾をそこら中に振り回している。一体どうしたというのだ。




 「「ーーあっ!」」



 気づいたのは、側にいた小鬼族と同時だった。


 蟹の仲間がまだいたのだ。



 自分たちの仲間を助けるためなのか、自衛本能か……とにかく吾郎ちゃんの尻尾の根元に2匹ほどくっついていた。その大きなハサミに思い切り挟まれて、尻尾の肉が変形しているほどだった。



 ………あれは痛いだろうなぁ




 どこぞのお笑い芸人のように、盛大にリアクションを取っている吾郎ちゃんを見て、ついつい笑ってしまった。

 そしてタイミング悪く、痛みにもがく吾郎ちゃんとバッチリ目が合ってしまった。

 



 ーーいかん、これは絶対に怒るぞ




 案の定、こちらに一気に走り寄ってきた。

 蟹を私になすりつけようとでも言うのだろうか? あんなハサミで挟まれたらたまった物じゃない。吾郎ちゃんの頑強な体だからこそ痛いで済んでいるのだ。



「こ、こら吾郎ちゃん。じっとしてれば小鬼族たちがとってくれるからっ おいっ コッチにくるなと言ってるだろうっ。……ちょっと本当に……笑ったのは本当に謝るからっ 向こうに行けっ!」


「ーー吾郎ちゃんもルルさんも、いいからじっとしていてくださいっ 蟹を外せないでしょうっ」


「……あれ? うわっ もう一匹いますよっ」

「ちょ、ちょっと あぶっ危ないっ」

「うわっ 残りも来たっ ハサミっハサミがぁっ!」



 吾郎ちゃんから蟹が離れるまで、樹海の中を四人でてんやわんやしながら走り回った。樹海の生き物は本当にナメたらいけない。



 当然だが、付近にいた獲物はみんないなくなってしまった。蟹たちも気が済んだのか颯爽と姿を消していった。







 きっと、ツキを逃したのだろう。

 その後も狩りは一向に上手くはいかなかった。


 大ヤギの群れにはあっさりと逃げられ、大蛇にも出会えず、樹海のカラスには阿呆と笑われてしまう。


 カニに挟まれるというハプニングはあったものの、一人お腹いっぱいにご飯を食べれて満足そうな吾郎ちゃんとは正反対に、今や弓兵隊はどんよりしてしまっている。



 私も吾郎ちゃんの背中に揺られながら、指導員としての不甲斐なさに落ち込んでしまっていた。


 

 「…………はあ、済まないな。今日は君たちの初実践を上手くいかせることで狩人としての自信を付けさせたかったのに………」



「「へ?」」



「いやな、最初から緊張していただろう? 訓練の時はうまくできていたのだし、あとは場慣れさえ出来ればと思っていたんだ。…………こういうのは最初の経験が後々まで残るものだし………」



「ああ………それで今日はそんなに………」

「ん?」


「…………自信なら、十分ありますよ。

 だって樹海一の狩人ルルさんに認められて弓兵隊に配属になったんですもの。

 弓術や狩りに関しては樹海でトップクラスってことじゃないですか? 

 そりゃあ最初からうまく行けば文句無しでしょうけど……」


「ルルさんに筋が良いって褒められた時は本当に嬉しかったですし、今日だってちょっとでも良いところを見せようと思ってたんですよ。

 それで、また褒められようと…………結局空回りになっちゃいましたけどね ははは」



「……そう、なのか?」


 

「ちょっと僕らが気負いすぎてたみたいで……すみませんでした。気を遣わせてしまったみたいですね」

「次回はもっと肩の力を抜けるようにしておきます。ご心配おかけしました。

 …………というよりも最初の経験が大事というなら、今回に勝るものはありませんよ?」


「子供の時からの憧れだった吾郎ちゃんと狩りができて嬉しかったですしーー」

「ーーそんな吾郎ちゃんに乗って弓を射るルルさんも最高でしたよっ!  流石、森の民ですね、絵になります! 帰ったら友達に自慢しようと思ってるんですよ?」


「あーあー、こんな事ならレンさんにお願いしてデジカメを借りてくればよかったなぁ……。そうだっ、町に帰ったらレンさんの家にいって記念撮影しましょうよ。ねえ、吾郎ちゃんもいいでしょう?」


 大人になったとはいっても、まだまだ内面は子供心が色濃く残っているのだろう。目をキラキラさせて、私や吾郎ちゃんに話しかけている。


「い、いや、写真はちょっと。…………でも………そうか、それなら良いんだ。

 うん……私もちょっと急ぎすぎたのかもしれないな。これからは少しづつ経験を積んでいこうか?」

「「はいっ」」


 元気よく返事を返してくる小鬼族たちを見て、吾郎ちゃんが得意気にこちらを振り向いてきていた。

 軽くペチンと叩いておいた。



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