夜遊び
※ 前話を少し修正しています。
しばらく眺めていると、ロッコに袖を引かれていることに気づく。顔を向けると、広場を指差し「……行こう。」
そうだった、あまりの迫力に止まってしまっていた。せっかくなので見て回ろう。
途中の屋台で冷えた瓶ビールと、おつまみにザリガニの姿焼きを買い、人混みを縫い歩く。
炭火で焼かれていたザリガニは意外と泥臭くなくイケていた、これにはルルさんも納得のようです。
「おぉ、プリプリしているっ!」「レモンをかけたら更にっ!」とか嬉しそうだ。
一番最初に行ってみたのは、不思議な種族の女性が歌う場所だった。
巨人の奏でるしっとりとしたギターの音調に、空気が揺れるようなくぐもった歌声を響かせている。
「ありゃあ、海人族じゃな。こんな陸地で見るとは珍しいがの。」
「海人族?」
「海中での行動が可能な種族での、大陸から離れた孤島なんぞに集落を構えちょったり、海底洞窟に住処を作ったりしとるのう。あいつらは海中で会話しよるからの、わしらには到底出せんような音を出しよるんじゃ。」
現に今聞いている音は、心臓に直接響いてくるような不思議な感覚だった。
海人族の独特の歌声も合わさり、彼女の醸し出す雰囲気に目が離せなくなっている。
顔や体の中心部はほぼ人と同じ見た目だが、体の外側に行く程に鱗が密集している。耳は鋭利で独特なヒレのような形をしていた。
種族としては、鱗により覆われているほど能力が高く魅力的に映るようで、歌い手の女性はそこまで能力が高い方ではないらしい。ただし、他種族からしたら全くの逆評価になるとの事。
つまり、目の前にいる女性は美しかった。
『音に魅せられている』といえば可笑しな表現かもしれないけど、そうとしか言いようがない。不意に歌い手の彼女と目が会うと、茶目っ気たっぷりにウィンクされてしまう。
相当な間抜け面をさらしていたのだろう。俺のそんな反応を見てルルさんも笑っていた。
「海人族の歌手に虜になる男性は多いですからね」とのこと、いやはやお恥ずかしい所をお見せしたようで。
珍しくガンジーに手を引かれ次に向かったのは、火魔法をうまく操る小人族の見世物屋だった。
中央には、小人族の3人が一段高い壇上に上がり、指先で細く炎の線を作り出し絵を描いている。
子供の頃、手持ち花火で見える光の跡で遊んだように、決して消えない炎で空中に綺麗な模様を作り出していた。
最初は単純な花から、動物になり、果ては美女の裸体まで、今は何か複雑な建物を描いているようだ。
サイズも大きく魔力と神経を使うのだろう、人数も5人に増えている。
周囲に乱雑に置いてあったビールケースに座り、ガンジーや小鬼族達と見続けている。
そのちょっとした間に、ルルさんとイゴールさんが、近くの屋台で色々な飲み物や串焼きを買ってきてくれていた。
ーーあぁ 平等院鳳凰堂だっ
小人族たちが描き続けている建物が、徐々に形を成してきた。その精密な絵画は日本に住む者なら誰もが知る所だ。
俺が大きくうなづいているのを不思議そうに見てくるロッコとガンジーに、財布から10円玉を取り出して説明してあげるとちょっとだけ目を丸くして壇上の小人族達に拍手していた。フードからモンテも飛び出しそうになっていたので、慌てて押さえておく。
少しして、隣の席からハットを持った小人族が1人回ってきた。
中を見ると、硬貨や紙幣がぎっしりと詰まっているからチップ入れなのだろう。
自分らの人数も考慮して、ちょっとだけ奮発してお札を数枚入れてみると「アンタはいい日本人だね」とニヤリと笑って隣へと移動していった。
次に向かったのは、一際大きく腹に響く重低音を出している一団だった。
ステージを設置し、そこでは昼間目にした美しいエルフの一団が半裸のような衣装で演武を披露していた。両サイドには大きな和太鼓が設置されており、息のぴったりあった音を鳴らしている。
ドンッと一度鳴るたびに、エルフの男女が鏡写しにズレなく舞う。
ドンっとさらに鳴り響けば、足を踏み鳴らし、体を叩き、綺麗に前に出る。
ドドンっと鳴れば、今度は組討ち、宙を舞い、華麗に体をさばいている。
音の感覚が短くなり、曲調が早まるたびに一団の舞もレベルが上がっていく。
魔力を纏い、通常ではできないような跳躍を繰り返し、観客に息をつかせずに舞い続ける。衣装の一部が宙に舞う。
エルフ達の動き一つ一つに、和太鼓のシンプルながらも体の芯に届くような音が鳴り響く。
魔法で作り出された鮮やかな光に照らされ、男女のエルフ共に引き締まった体を汗で反射させていた。
「アルニアの武術を舞いにアレンジしたもののようですね」とはルルさんの談。
これには、俺たちや小鬼族だけでなく一角族も目を奪われていた。
お祭りのような広場を、瓶ビールとつまみを手に持ち、ぶらりぶらりと歩き回る。
落ち着いて見ると、そこには様々な人たちがいた。
賭場で大負けしたのか、何か燃え尽きたように項垂れて座り込む冒険者もいれば、やたらに羽振りよく騒いでいる集団もいる。女性の楽しそうな笑い声もあちこちから聞こえて来ていた。
ここにいるだけで、何をするわけでもないのに楽しめている。
そんな中、モンテがフードの中で酔いつぶれ寝始めたのを確認していると、ちょっと目を離した隙にロッコが走っていってしまった。いつもクールなだけあって油断してしまった。
慌てて追いかけるが、人混みが多い中で小柄なロッコはスルスルと抜けていってしまう。俺たちの呼び声も、周囲の喧騒に飲まれて届いていない。
幾つかの屋台や人混みを横切り、やっと捕まえた。
「ロッコ……、急に走ったりしちゃダメだろう? すぐに逸れてしまうよ?」
そう言って手を握るが、ロッコの視線は別方向に向けられている。
つられて見渡してみると、どうやらアダルトなコーナーにさしかかってしまったらしい。
簡単な仕切りで隠された一角では男女が人目も憚らずイチャついている。中には同性同士が乳繰りあっている姿も目に入った。
隅に置かれた大きなソファーには、怪しい臭いのする煙を水パイプで吸っているグループもいる。其の内の一人は何か空中にいるかのように、一点を見つめて動いていない。
「ここはまた……。」
後から追いついたルルさん達も、若干の場違いさを感じているようだ。来た道を戻ろうとしたが、適当に走って来てしまったため道順が分からない。
「とりあえず、この場所は抜けましょうか。」そういって一角を突き抜けて歩いていった。
いつのまにか中央広場も抜けてしまっていたようだ。進むほどに、少しずつ周囲にいる客層が変わってきている。
明らかに焦点が定まっておらずヨダレを垂らしているような人や、何を売っているのか分からないような屋台、こちらを探るように見てくる薄汚れた浮浪者逹も増えてきていた。ろくな明かりもない場所で、客引きをしている娼婦もちらほらと見受けられる。
やっぱり来た道を引き返そうかと言おうとしたところで、背後に数人ほどの男達がいるのに気づく。
獣人やドワーフにエルフ、明らかに友好的じゃない笑みをニヤニヤと浮かべていた。
ーーかなり……不穏な空気だな
背後にいた彼らを見ていると、いつの間にか彼らの仲間と思しき連中が前方からも集まってきている。
前後を挟まれじわりじわりと近づいてきており、ふと気づくと周囲にいた浮浪者や娼婦はいなくなっていた。
「何か用ですか?」と声をかけてみても、一向に返事が返ってこない。それどころが少しづつ相手の人数が増えていっており、十数人はいるだろう。
ぶっちゃげて言おう………ファンタジーならではの展開に胸を躍らせている。
多分こういう事もあるんじゃないかなとは思っていたので、心の準備は万端だったしね。
現に一角族は無理やり抑えてはいるようだが、明らかに口角が吊り上がり始めている。ロッコも首を曲げてコキッコキッと骨を鳴らしている。
こういった柄の悪い場所にいるゴロツキたちには、強烈な一発をかましてやるのが基本だと、何かのヤンキー漫画にも書かれていたので、とりあえずはそれに従っておこう。
今後、安全にハンター街を利用するためにも、こういう連中には上下関係を叩き込んでおく必要がある。
その想いを込めて、皆んなを精一杯応援しようと思います。
一応、相手が得物を抜くまでは素手でということだけは、ちゃんと言い含めておくのを忘れていない。
あと、ルルさん達には離れてもらっていたが、イゴールさんは明らかにワクワクし始めている。気をつけていないと途中参戦しそうな勢いだ。
そうこう考えているうちに、俺に向かって「てめえ、日本じーー」と言いかけていた奴を、ロッコが殴り飛ばしてから乱闘が始まった。
その際、後頭部から地面に叩きつけられていたので、ちょっとドキッとしてしまうが、彼の髪型がボリューミーなドレッドヘアだったので大丈夫だろう。
それと、相手の口上を全て聞かずに始めてしまったことにも、若干罪悪感を感じている。シチュエーション的に大事な場面だったんじゃなかろうか?
後頭部を抑えて悶えている彼の友達だろう、背後から殴りかかってきていたリザード族の男を背負い投げ、地面に叩きつけているのは小鬼族だった。
続いてきていた虎獣人は、もう一人の小鬼族にカウンター気味の掌底打ちで迎えられ、地面に膝から崩れ落ちている。
さすが、真面目な小鬼族なだけあって体術にも粗がない。よく鍛錬してあるね。
不意に俺の側を風が通り抜けたと思ったら、ガンジーの正拳づきを食らい吹き飛ぶ熊獣人だった。
ガンジーが俺を得意気に見上げてきていたので、頭を撫でておく。
その頃には、周囲から全員が飛びかかって来ていた。
獣人もドワーフもエルフもいる。口々に俺に向かって何かを怒鳴りつけながら挑んでくるが、一向に輪の中心にいる俺までは拳が届いてこない。
ロッコに殴られ、小鬼族に小突かれ、一角族にぶっ飛ばされ、ガンジーに沈められる。
途中、人垣をかき分けて、周囲のどよめきと共に乱入してきた大物風の巨人族もいたが、今は目の前で一角族に髪を掴まれ引きずり回されている。
アルニア語で何かを必死に喋っているが、謝っているのかもしれないな。
今度ルルさんにお願いして、軽くだけでも習いはじめてみよう。
他に、いかにも血の気の多そうな狼獣人たちが参加してきたが、最初にロッコに相手どられ、今は小鬼族達に跨られマウントポジションで殴られていた。
途切れることなく次から次へと現れる挑戦者達を、ウチの子逹は念入りに捻り潰していっている。
いつの間にか周りにはアルニア人冒険者達が集まり、凄い盛り上がりようになっていた。遠くに見えていた怪しげな屋台まで側に来ている。
「おいおいおいアイツは”血風のジン”じゃねえか? あのチッコイのに遊ばれてるぞ!」
「巨人族ぶん回す奴なんて初めて見たぞ! なんなんだあの一本角の野郎」
「”黒狼旅団”の1パーティが相手になってねえじゃねえか!? どうなってんだっ」
「牛獣人を何で一発で仕留めれてんだアイツっ」
どうやら、途中参戦してきた中には有名なグループや冒険者も含まれていたようだ。
そういった相手を千切っては投げ、千切っては投げするたびに感嘆の声や囃し立てる指笛の音、ド派手な大技が決まれが歓声が巻き起こる。
俺は、途中で買っていたトカゲの串焼きをかじりながら、円の中心でそれを静かに観戦している。
たまに近くに飛びこんでくる冒険者は、ガンジーや側にいる一角族が全て捌いてくれていた。
それらが延々と続くと思えた数十分後………
……目の前では、挑戦してきたアルニア人冒険者たちが死屍累々となっていた。
地面の上でうめき声をあげ、かすかに動いている者もいるが、円形に出来上がった舞台上で平然と立っているのはウチの子たちだけだ。
あれだけ騒がしかったギャラリー達も、今は静まり返り固唾を飲んで動向を見守っている。
一角族に小鬼族、横にはガンジーとロッコが控える中、俺が徐に一歩前にでると周囲の視線がさらに集まってきた。
多分、場の空気に当てられたんだと思う。
地面で伸びる彼らを睥睨し、
「………次は、無ぇぞ?」
一度は言ってみたかった台詞を必要以上に低い声で決め、食べ終わった串を指でピンと弾き飛ばした。
気分はVシネだ。
やりすぎたかな?と思いはしたが、これ位で丁度良かったらしいね。
ーー数秒の沈黙の後、周りからは爆発のような大歓声が巻きおこった。
「………でも、アイツ何もしてねえよな?」という冷静なツッコミもあったけど、そこは聞こえないふりをしておきます。




