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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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夜のハンター街

 露店市場を練り歩き、屋台を覗きながら歩いている。

 光源は近くの建物や電柱から強引に引いてきているらしく、屋台には裸電球が適当にぶら下がり、街中を怪しく照らしていた。また、その光に寄ってくる大小様々な羽虫達も、見た事がない物が少なからずいた。

 それにしても、昼は商売人が多い感じだったが、夜は雰囲気がガラリと変わった。

 明らかに血の匂いのした冒険者に加えて、派手な格好をした男女も多い。肩を抱き合い、そこら中で酒盛りの声と喧嘩の怒声が聞こえてくる。


 中には一風変わった奴もいて、病的にブツブツと呟いている日本人冒険者にいきなり胸ぐらをつかまれそうにもなった。その直後には、一角族が張り手一発で吹き飛ばしていたけどね。

 まぁそれはともかくとして、目的は夕食だ。それも出来れば大衆的なところがいいね。こちとら女子供連れだし(あくまで見た目は)、いきなりハードな所へトライするのも馬鹿らしい。無難が第一でね。


 食事をしようと考えると、目に付く看板は『豚丼屋』『おでん・煮込み肉鍋屋』『アツアツ串揚げ』『焼肉』『お好み焼き』など、看板だけみれば馴染み深い気もする。


 ただ………食材が怪しすぎるんだよね。


 煮込み肉鍋屋には何の肉を煮込んでいるのかは一切書かれていなかった。

 匂いは相当うまそうだったんだけれども……。


 豚丼屋も何処産かは書かれていなかったので、思い切って店主に産地を聞いてみると「豚なんかそこら中にいんだろうがよっ」と浅黒い肌のダークエルフさんが不機嫌そうに言ってきた。

 うーん、オークを食べるのはまだちょっと抵抗が……、だって明らかに人型だしね。アルニアではあたり前なのかと思って振り返ると、ルルさんも微妙な表情だった。


 串揚げ屋には、聞く以前にまな板の上にネズミの尻尾が数本転がっていたし、焼肉屋も以下同文な感じだった。


 ……なんというか、そこそこ度胸の試されるディナー難民状態だ。無難な選択というのが一番難しい注文に思えてきた。


 その中で、カエルの炭火焼をやっているお店があった。


「……ごめん、ちょっとトライしてみてもいい?」

「えっ? あのカエル、をですか?」

 ルルさんが意外そうな声で聞き返してくる。どうやらアルニアのエルフから見てもカエルはゲテモノに部類されるらしい。


「うん、一応食用ガエルというのを聞いた事があるし。」

「まぁアルニアでもカエルを食うとる国はあるにはあるがのう……。」

 あご髭を扱きながら興味深そうに眺めているのはイゴールさんだ。口では敬遠していても、若干食指が動いているのが伝わってくる。

 そりゃそうだ、今の状態でこの香ばしい醤油の香りは空きっ腹に効きすぎる。


「だが……、あの水槽の中に入っているカエルだろう? 紫と赤のまだら模様だぞ? ファストフードにしてはちょっと挑戦的すぎではないか? せめて食用なら、もう少し落ち着いた色をしていそうなもんだが……?」

 ルルさんが店主に隠れて指し示す方には、ちょっと大きめの水槽に蠢いているカエルたち姿があった。なんとか水槽から抜け出そうと、同族を足蹴にしてぴょんぴょん飛び上がっている。


「「「…………。」」」

 さすがに、ルルさんの指摘に黙り込んでしまうが……、


「……いや、食べてみましょう。この街ではあれ位のハードルはザラのようですしね。」

「まぁ、匂いはええしのうぅ。味付けも濃いめのようじゃし、そうそうハズレはせんじゃろう、儂も一本もらおうかのう。」

「わ、私は遠慮しておきます。」


 結果、俺とイゴールさんは購入してみる事に。

 彫りの深いの顔をした派手な赤髪の店主さんに恐る恐る注文すると、ニヤリと擬音がつきそうな笑みを浮かべ、紙で簡単に包み手渡してきた。

 カエルはチキンのような味とも聞いたことがあるので思い切って齧ってみると、食感は鳥よりもグチャッとはしているが、濃厚な醤油の甘ダレが絶妙だった。

 その瞬間、店主さんの「な?」という自慢気な声が聞こえてきた。

 よく見てみると瑞々しい肉の間には切れ目が入っていた。そのお陰で、濃厚な甘辛い醤油ダレが存分に沁み入っているようだ。ハフハフじゅるりっとおよそ肉とは思えないような音を立てて頰張っていると、小鬼族や一角族も興味深そうに眺めていた。

 せっかくなので、横に並べてあるトカゲの塩焼きも買って皆にも渡していく。やはり美味かったようで、しばらくは食べる音と「うまっ」という単語だけが聞こえてきていた。それを見て、店主のお兄ちゃんはさらに笑みを深めていた。


 まぁ、ルルさんを始め女性陣は決して食べようとはしていなかったけど。

 なんせ、見た目がグロテスクだからね。


 他にも屋台を冷やかし歩いたところ、腹が減った時には凄まじい攻撃力のあるスパイシーな香りに全員の意識が引っ張られてしまった。

 周囲の店と変わらずに、簡単なテントにテーブルと椅子を並べただけの『華麗屋』というストレートなネーミングの店に、満場一致で入っていく事になった。

 何より決定的だったのは、カレーの香辛料は”どんな物”でもカレーにするという一点だろう。

 みんなして自然と保険をかけてしまった。


 暖簾を潜り店に入ると、店主は兎耳を生やした中年男性が1人。気持ちよく笑いかけ「いらっしゃい、適当に座ってくれ」との一声。他の客もそこそこ入っており、どうやら人気店のようだ。

 メニューもシンプルで、チキン、ポークにミックスなど、それ以外の素材は不明確なため、ちょっと怖い物見たさで試してみたい気もするが、とりあえずは店主おすすめのシーフードにしておこう。

「海鮮素材、今日入ったんだよ」とにこやかに言っていたので「もしかして海町のローさん?」と聞くと驚いていた。

 何でも固定の仕入れ先で、仲もいいようだ。そういえば、ローさんに勧められていた店にここの名前も入っていた気がする。

 周囲を見るのに夢中で聞き流してしまっていた。

 注文するとすぐにきたので、魚介類のふんだんに入ったシーフードカレーを、今は無心でガッツいている。複雑に何種類ものスパイスを混ぜ合わせた深みのある味付けに、エビやホタテが程よく混ざり、プリプリとした食感が堪らない。そばに置いてある冷水を一気に飲み干し、


 ーー旨しっ


 俺の様子に興味を持ったらしく、ガンジーとロッコが横から覗き込んできた。ためしに一口づつ食べさせてあげよう。

 はい、あーん。

 無感動に口を動かす事しばし。

 ちょっと驚いていたが、次第にスパイスが効いてきたらしく、普段わかりづらい表情を2人共一斉にしかめている。

 笑いながら水を渡して飲ませてあげると、もう食べる気をなくしたようだ。ポケットから採掘場の石をさっと取り出し、飴のように口に放り込んでいる。

 ミルクを二つ注文すると、それを見ていた店主も同じように笑っていた。


 さてさて、風呂も入ったし、腹も膨れた。

 今は食後の水をちびりちびりと飲んで、人心地。


「これからどうしようか?」という話を皆としていると、「ハンター街の中央広場は行ってみたかね?」と店主さんに聞かれる。


 昼間行った時には、今ではボロボロの廃墟同然となったデパートの駐車場に、各コミュニティから訪れた人達がテントやシートを広げて商売していた。

 ローさんガイドによると誰でも好きに出店できる場所だそうだ。見た目はまんまフリマだった。

 いろんな物が売ってありそれなりには面白かったが、夜になるとまた雰囲気がガラリと変わるらしい。

 簡易的な屋台の飲食店だけはでなく、様々な大道芸人たちも集まるようで、ハンター街での夜遊びに迷ったらとりあえず中央広場というのがお決まりとのこと。どうやら観光名所でもあるようだ。


 その情報を教えてくれた人の良さそうな店主にお礼言い、店を後にした。


 露店市場が密集している通りをしばらく突き抜けて歩いていくと、次第に音楽が耳に入ってき始めた。

 それも一つだけではなく、色々な国や文化のリズムがごちゃまぜになって聞こえてくる。

 広場の方に向かう人間も増えてきて、明らかに足元がおぼついていない人もちらほらと出てきている。

 流れに乗って人混みに続いていくと、徐々に音が大きくなり始め、視界の端に飛び込んでくる色合いも変わってきている。

 それまでは裸電球一色だったのが、色とりどりの明かりが見え始めていた。


 露店市場を抜けきり、広場に数歩入っていくと、目の前にいた人の背中がそれぞれ別方向に向かって動き出し、視界が一気に開けた。


 まず目に入ってきたのは、ジャグラーに火吹きのリザード族の大道芸人達だった。

 酒を口に含んだと思ったら、空に向かって盛大に炎を吹き上げた。それを見ている人たちが面白そうに声を上げている。離れている俺たちにまで熱気が伝わってきた。


 視線をずらせば、中央ではジャンベのような打楽器をリズミカルに打ち鳴らすドワーフに、それに合わせて踊る薄着姿の獣人の踊り子たち。彼女たちの汗ばんだ肌が明かりを反射して、妖艶な色気を醸し出していた。

 獣人族にしかできないような、しなやかで躍動感のある舞に圧倒され、それを囲み口々に囃し立てているギャラリーたち。


 やや外れた場所では、ギターを持ったワイルドな巨人男性に合わせて、見たことの無い種族の女性が歌っている。

 周囲には樽や木箱を椅子にして思い思いに酒を楽しみ、うっとりと体を寄せ見つめ合うカップルたち。

 

 奥まった場所では、円形に作られた壇上で、重い打撃音を響かせ半裸で殴りあう男が2人。周囲には柄の悪そうな冒険者が派手な女を引き連れて、口角泡を飛ばす勢いで声援を飛ばしている。

 壇上のうちの1人は人気のファイターらしく、女性からも黄色い声が上がっていた。

 金でもかけているのだろう、遊びとは思えない熱狂ぶりだ。


 また、別の一角では地面に敷いたシートの上に、派手派手しい色のクッションを敷き詰め、セクシーな女性の腰や肩を抱いて侍らせていたり、何やらそばにある簡易テントの中に男女で消えていっている。

 そこからかすかに漏れ聞こえてくるのは、女の生々しい嬌声だった。

 デパートの中でも怪しげなライトが付いており、時折男女が出入りしているのが見えている。


 あらゆる音楽に、リズムに踊り、そして人々の感情が混じり合い、全てが統一性の欠片もない光景だった。

 ところ狭しとさまざまな人種が行き交い、笑い合い、怒鳴り合い、時には殴り合ってもいる。血と汗が飛び交い、そして酒気が漂う。

 いたるところで大きな篝火が炊かれ、その炎の揺らめきがさらに熱気を煽っていた。


 今わかる事は……この街は、この広場は、エネルギーに満ち溢れているということ。

 入り口に立つだけで、アルニア人達の体温を感じとることができる。


 俺は、デジカメの存在も忘れ、しばらくその光景に魅入ってしまっていた。


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