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大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
三章 外に出かけてみよう
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ビジネスマン

 海町の御一行と別れたあと、屋台で作られたごちゃごちゃとした細道をさらに奥へと進んでいく。

 それまでは食料品や日用品の売買が主だった品揃えだったが、少しづつ魔物素材を扱っている店が増えてきた。どうやら奥に行くほど冒険者向けの店になってくるようだ。

 それでは当初の計画通りに、素材を買い取ってくれる業者を探すことにしようか。

 

 アルニアも国によっては別言語らしく、共通語として日本語をよく使っていた。看板に書かれている文字も日本語がほとんどだ。

 何やらきになる露店商には、イゴールさんが積極的に掛け合っていく。

 

 基準にしているのは、一番多いマーダーアントの甲殻だけど、横から聞いているだけでも買取価格にはかなりの差が出ているね。

 イゴールさんはその全てをメモに記入し、これはと思った露店主には名前を聞いておくのを忘れていない。

 ここへきて、持ち前の遠慮のなさや図太さが存分に発揮されている。


 周囲をキョロキョロしている俺たちを引き連れていることもあり、最初はただのおのぼりさんかと舐めてかかっていた店主たちも、イゴールさんの勢いと豪放さの中にあるしたたかさに気づき、タジタジになっている場面もままあった。

 鍛冶場での交渉担当は伊達ではないようです。


 「あああんっ こん若造がボケとんのかい? この品質をみたらわかるじゃろうがい。そこらに並んどるもんとは質が違うんじゃぞ。

 上から吹っかけとるつもりかもしらんが、周りには腐るほど同業者がおる。

 ワシらはケツに火がついとるわけじゃないからのぅ。後から泣きついてくるのはそっちじゃぞ? んん?」


 などと激烈に突っ込まれ、それまでのポーカーフェイスが崩れてしまう、やや涙目な若店主もいたりしたけどね。俺が店主の立場だったら『あうあうあう』としか受け答え出来なかったかもしれない。それほどの剣幕だった。


 ただ、実際に周りの店に並ぶ素材と、俺たちが持ってきた素材は物が違うのは事実だった。

 うっすらとした魔力の残滓というか浸透率というのか、きっと見る人が見たらわかるのだろう。手にとって眺め始めた瞬間に明らかに目の色が変わる店主も多い。


 どれ位の量を持っているかは決して明かさず、わりかしいい条件を提示してきた店には少量ずつ売りさばいていっている。あまりにも吹っかけすぎている店主には「じゃあいいわい」と早々に退散するが、後から焦ったように呼び止める声が聞こえてくる。


 相手の出方を見ているのもあるだろうが、とにかく今回の売買で少しでも多くの商人を知り、顔を繋げるのが目的のようだ。


 見ていると、世間話ついでに情報収集も欠かさないのはさすがとしか言いようがない。

 どうやったら、会ったばかりの人に彼処の奥さんは浮気しているらしい、という話にまで発展するのかほとほとに疑問だった。ああいったコミュ力こそ、商人としては必要な能力なんだろう。


 普段のガサツで酒好きな一面が強すぎたせいで、こんな場慣れした商人っぷりにはつい感心してしまうよね。売買交渉に関しては、もう安心して任せておこう。


 仕事中のイゴールさんには申し訳ないけど、その間俺たちは周囲の環境を見て楽しませてもらおうかな。

 一角族は常に周囲を油断なく警戒していたけど、さすがの小鬼族たちも楽しそうに視線をチラチラと動かしているしね。


 ーーそらそうだよね。


 看板でも見ているだけで楽しい。

『マーダーアントの甲殻キロ◯◯◯円』『解体請負無料』『オーク素材高価買取中』などなど、古ぼけてさび付いたような看板に無理やりペンキで上書きしている。


 中には使い捨ての携帯電話の販売や、型の古いPCをテーブルに数台並べて『10分◯◯◯円〜』というのも見かけていた。


 家では見慣れていたけど、アルニア人たちがパソコン画面にキーボードを打ち込む姿もちょっと面白い。


 冒険者のパーティなんだろう、エルフとネズミのような耳と尻尾を生やした獣人が画面を眺めながら、「第二エリアの南東にワーグの大規模な群れが現れたらしいよ」「北西には黒蟻のソルジャークラスが何匹かいたらしいけど……どうする? 狙ってみる?」「高台行ってハーピーの羽毛狙いでもいいけどなぁ」と顔を寄せて話し合っている声が聞こえてきた。

 チラリと画面へと視線を向けると『魔物目撃情報掲示板』と書かれている。


 ーーほう、あんなのもあるのか。今度見てみよう


 その後もイゴールさんの後ろをゾロゾロとついていきながら、冷やかしがてらに屋台を覗いていく。


 心の中で期待度MAXだった武器や防具の類のお店も発見できた。


 ズラリと並べられた刀剣類に槍や斧、モーニングスターのようなゲームの中でしかお目にかかれないような武器の類には、正直いって興奮してしまった。中には何の素材を使っているのかわからないものや用途不明の形状のものまである。


 ついついデジカメのシャッターを押しまくり、店主に怒鳴られたのは仕方がないことだろう。


 防具類に関しても、形を真似た日本の甲冑風の物からプレートアーマー、レザーアーマーにチェインメイル等、なんというかハンター街は………厨二心を刺激しすぎる。

 鼻息が荒くなってしまっている俺を見て、ルルさんに若干引かれていたのは正直辛かったが、それを差し引き大満喫だ。

 帰ったら、是非ともお爺ちゃんズにおねだりして作ってもらおうと心に誓った。

 ガンジーの侍スタイルとかちょっと似合うと思うんだよね。


 それからもテンポよく掛け合うイゴールさんと露店主の交渉術を見て学びつつも、ロッコやガンジーが離れないように気をつける。

 バックパックからモンテが飛び出しそうになっていた時はさすがにちょっと焦ったよ。とっさにルルさんが体で隠してくれていたおかげで助かったけどね。



 結局半日程かけて、ハンター街の魔物素材買取店を渡り歩き、すべての素材を売り払うことができた。

 結果は驚きの、予定していた額の3倍近い金額。やはり他の素材に比べての品質の良さが段違いだったらしい。

 目ざとい店主は、イゴールさんを通じて何とか情報を聞き出そうとしてきたり、自分の店と専属契約を結んでほしいと申し出てくる者まで出てきていたが、そこは軽く受け流しておこう。


 とりあえずはローさんに教えられていた、オススメの宿屋へと向かっていく。

 初めての観光ということもあり、食事も忘れ楽しんでいたけれどさすがに限界が近い。疲れと空腹から、みんなちょっと無口になってきているしね。


 建物の壁やシャッターには、ペンキで好き勝手に店名や道案内等を書き殴られ、様々な宿屋やお店の広告代わりにされていた。几帳面な日本人には到底できない荒っぽさほ感じる。こういうのを見ると、ハンター街というのが本当に独自の文化を築いているのを実感できる。


 それらを頼りに、うねりにうねった込み入った道を進んでいき、やっとで着いた宿屋は…………、

 ぶっちゃげて言うと、古びた2階建てのアパートだった。


「……ここ、ですかね?」

「……うん、ローさんにもらったメモには確かにココって。」

 不安そうに俺に聞いてくるルルさんとは、同じ気持ちだった。


 外壁を無理やり塗り替えて派手なオレンジ色にしてはいたけれど……宿屋名は『あけぼの荘』。

 なんの捻りもない。


 斬新?な宿屋を見上げていると、何かを揚げたようないい匂いが漂ってきた。

 そちらへと目を向けると、一階の駐車場では屋根と風除けが作られた簡易的な食事処兼酒場になっているようだ。今もいろいろな種族が利用しているのが見える。


 もう、他を探す気力もないし、お腹も減ったしでとりあえず此処でいいや。皆にも確認したところ「任せる」との事だったので、思い切って足を踏み入れた。

 アパートの階段前には急ごしらえで作られたような掘っ立て小屋があり、そこで料金を支払った。

 渡された指定の部屋番号へとそれぞれが向かっていく。


 むき出しの階段と廊下を渡り、中に入ると予想通りの……1K。6畳の広さで砂壁、バルコニーは無し。トイレはついているがお風呂はなしという、苦学生や売れない芸人さん御用達のアパートだ。タンスの中にはややカビ臭い煎餅蒲団が人数分、自分で敷けということだろうね。


 そこに今日は、イゴールさんに、俺、そして一角族が1人寝る。

 荷物を置いたら、ぎゅうぎゅうだった。


 正直言って最悪だ。


 モンテとガンジー、ロッコの3人は、ルルさんと小鬼族の女の子との相部屋にしておいた。

 やや広めの部屋らしいのが今は心から羨ましい。

 

 まあ、持ってきていた魔物素材を全部売り払っていたのは唯一の救いだったね。

 なにわともあれ、荷物を置いて一息つきましょう。


 年季の入ったちゃぶ台を囲み、昭和を思い浮かべる花柄電気ポッドから注いだ白湯を飲み、むさい男3人で話し合う。

 腹も減ってはいるけど、とりあえずは埃を落としたい。じゃあ、風呂でも行くかという話でまとまった。もちろん俺とイゴールさんには、その後にこそお待ちかねがあるのだけれどね。


 備え付けのバスルームなどと言う贅沢なものはないので、一階にある共同風呂へとタオルと石鹸を持って向かっていく。途中でモンテとガンジーを誘っていくのも忘れない。

 あと、イゴールさんは何も持っていないので、掘建小屋でお金を払って買っていた。

 そういうサービスもあるらしいね。というかまんま銭湯だよね。


 脱衣所で服を脱ぎ、ガラリと引き戸を開けてみると、

 

 ーーへえ、お風呂は意外と綺麗で広いんだな。


 どうやらこの宿屋を勧められたのは、ローさんの嫌がらせではなかったらしくてちょっと安心した。ごめんね、疑ってました。


 ずらりと横並びで体を流し終えたら、十人は入れそうな大きな湯船に男四人でどっぷりと肩まで浸かった。「あ”ぁぁっ」という謎のうめき声は種族問わず共通のようだった。


 ーークゥゥゥ、毛穴が開くぅう。


 湯船に洗面器を浮かべて、そこにモンテを放り込む。

 もし別のお客さんが入ってきたら自慢のフィギュアだと言い張るつもりだったが、その心配も無さそうだ。きっと穴場なのだろう。


 途中から、女湯の方でルルさんたちのキャッキャとした声が聞こえてきて、さらにご満悦な時間だった。

 しっかりと汗と汚れを洗い流し、ガンジーにせがまれ髪を拭いてあげた後は、お待ちかねの酒場へ直行。


 カウンターに座り、「とりあえずビール」の一言に涙が出そうになったのは許してほしい。


 風呂上がりのビールに極上の幸せを感じながら、カウンター越しに酒瓶を眺めていく。

 さすがは冒険者が集う町、やたらと度の強いお酒ばかりが並べられている。


 俺のフードからこっそり蔓だけを伸ばし、ちゃっかりとビールを飲んでいるモンテはすでに酔いが回ってきている。

 酒好きだけど、体が小さいから弱いというなんとも低燃費な飲んべえなんだよね。まぁ風呂上がりでもあるしね。

 イゴールさんは最初からスコッチをストレートという男前チョイスだ。

 喉が焼けるような酒をさらりと流し込み「兄弟たちにゃ悪いが、お先にじゃ」とどこかいぶし銀に味わっていた。 

 ーー渋いね、お爺ちゃん。


 ちなみにガンジーにはコーヒー牛乳を頼んでおいた。

 両手で大事そうに持ち、美味しそうにちびりちびりと飲んでいる姿が何とも癒される。なんか最初は騙されたと思ったけど、こうやって落ち着いてみるといいもんだね。肩肘貼らない感じが特に。

 あけぼの荘、これからも贔屓にさせてもらいます。


 少しすると、何やら視線を感じた。

 顔を向けてみると、ガンジーの隣に座っている柄の悪い冒険者たちが目に入る。どうやら子供がカウンターに座っているのが気に入らないようだ。仲間内とわざと聞こえるように話し始めた。


「おいおいおい、いつからここはお子ちゃまの店になったんだ?」

「チッ、せっかく酒飲みに来たってのに、隣でミルク飲まれちゃたまんねぇよ。」


 それに気づいたイゴールさんが、俺や一角族を目で制止した。

 そそっとガンジーに近寄り、耳元で何か囁いている。

 それに軽く頷いた直後、


 ーーパァアン!


 冒険者に裏拳を入れていた。


 席に戻りながら「酒場では冒険者になめられちゃいかんからの」ということだったらしい。

 さすがですね。

 ちゃんと加減もしていたようでその辺も一安心。

 当の冒険者は鼻血をブチまけ、大の字で気を失っている。相方の男が慌てて頰を叩いているが、あれはしばらく起きそうにないな。

  

 どうやら、この手の事はよくあるようで目の前のマスターは笑っていた。

 そして周囲からは一目置かれている、ガンジーが。


 途中から、交代で風呂に入っていた残りの小鬼族や一角族もやってきた。

 もういい加減腹ペコだったので食事でもと思った所、ルルさんとロッコ、そして小鬼族の女性陣がお風呂から上がってきて合流してくる。


 「「折角来たのに、宿屋の食事で済ましたくない」」


 と声を揃えて訴えられたために、みんなで夜のハンター街へと繰り出す事になった。


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