留守番中のドワーフ兄弟
ドワーフのウゴール視点です。
「アゴ、ウゴ。
儂がレン殿と買い出しに行っとる間、留守番しかっと頼むぞい」
今日も今日とて小鬼族の娘さんが飯を持ってきてくれよる。
怪我が十分に治っておるし、さすがにそこまでは申し訳のうて一度断った事があるのじゃがのぅ。
何でも、衛兵隊で作られる食事をそのまま持ってきているだけじゃからと、毎日変わらず届けてくれよるんじゃ。
家事なんてろくに出来んじじい共を気遣ってのことじゃろうに、全くもって頭がさがるわい。
イゴールとアゴールの三人で囲炉裏を挟んで、そのことに感謝しながら飯を食う。
『頂きます』ちゅう言葉が心から出る瞬間じゃな。
それにしても、工房兼住居に選んだ民家は随分と古いタイプじゃったが、ジジイ共の心にはマッチしておった。囲炉裏がまた格別に心地よいのう。
「ーーウゴ、聞いとるんか? 心配なのはお前じゃぞ。
レン殿がおらんから言うて、夜中いかがわしいサイトなんか見にいくんじゃないぞい?」
「ーーアホかっ! 思春期じゃあるまいし、そんなことせんわっ」
儂が心穏やかに味噌汁啜っておったら、とんでもなく品のないことを言い出しよった。だいたい如何わしいサイトっちゃなんじゃい。儂はそんなモン見た事もなかし、見ようとも思わんわいっ!
……まぁ、たまたまソレっぽいサイトに、不可抗力で飛んでしまったことはあるかもしれん。それは否定せん。
「「……………」」
品のないドワーフジジイどもを相手にするのもアホらしゅうて、沢庵の歯ごたえを静かに味わう。
そんな儂の大人な対応にグウの音も出らんようじゃのぅ。まったく……。
「…………せめて、履歴は消すんじゃぞ?」
「……………お前の趣味がドワーフ全体の趣味じゃと思われたらたまらんわい」
「ーーじゃから、見んち言うとるじゃろうがっ!!」
猜疑心に満ちた目を未だに向けてくるイゴールを送り出し、今は食後の茶を堪能しとる。
……まったく、どんだけ信用しとらんのじゃアイツは。どういう人生を送ってきたら、あんな風にしか人を見れんようになってしまうんじゃろうのう。さもしい奴じゃ。
茶の香りが心を浄化するようじゃの。至福至福。
そんなリラックスタイムを邪魔するかのように、ドカドカと大きな音を立ててアゴールがやって来おった。儂の目の前にドカリと座り込み、囲炉裏に釣られた鉄瓶から茶を注ぐ。
アゴもアゴで……ガサツじゃのぅ。なして儂のように品良く立ち居振る舞えんのか、同じ兄弟でこうまで違うとは出生を疑うわい。
「ウゴ、鉄鉱石が足りん。採掘場行くからお前も手伝え。」
茶を一気に飲み干し、言うてきよった。
「この前行ったばかりじゃろうがい。どんだけ使うんじゃお前は。」
あんだけ採掘した鉄鉱石をどうやったらこんな短期間で使い切るんじゃ。弟子にも教えとるっちゅうても限度があろうに。
……ほんに、アホほど鍛治が好きなヤツじゃわい。
「ガンジー坊ちゃんたちの採掘場は質がええ。
こんな品質はアルニアでもそうそうお目にかかれんかったぞ。
それがあんだけ十分な量あるんじゃ、鍛冶師としてヨダレが出そうじゃわい。
しかもここにゃあ、作った得物を十二分に発揮してくれる猛者ばかりがおる。
飯も若い娘さんが用意してくれて、鍛え甲斐のある若弟子も入ってきおった。
こんだけ環境が整うとったら、クソしとる時間も勿体無い位じゃい」
「食後じゃぞ、言葉選ばんかい。
そんな事じゃからドワーフはデリカシーがない種族じゃ言われるんじゃ。
……まあ、ええわい、付き合うたる」
仕方がないのう。
ここで付き合わんかったら、ブチブチ文句言われるのは目に見えとるし、イゴールが帰ってきた時に何言われるかわからんからのう。
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荷車にカゴとツルハシを積んで、ジジイ2人でえっちらおっちら採掘場へと向かっていきよる。
アスファルトの道路の名残はあるが、もう樹々の根っこが好き放題に侵食しとる。
横ではわけわからん食虫植物が蠢いとるし、緑小人はターザンごっこやっとるしで、魔境ここに極まれりじゃな。
ついさっきもどっかでエライ重いモンが墜落した音がしよったが、まあここらじゃようある事じゃ。どこぞのカブトムシが暴れとるんじゃろう。
それにしてものう……いつも儂らが使うルートには、渡し板敷き詰めたりして道を確保してはおるんじゃが、こりゃ中々骨じゃわい。
そろそろわしらもランバードデビューを真剣に考えんといかんじゃろうな。レン殿が帰って来たら打診してみよかの……。
しばらく進んでいくと、急に視界が開けよる。
目の前に見えるのは中央に向かって窪んだ大きな採掘場じゃった。
中心には真新しい土の山が積まれとるが、あれは放置しとったらそのうち鉄鉱石を含む岩に変わっていくんじゃ。たまにゃ綺麗な鉱石も取れたりするがの。
岩人の御二人が儂らドワーフのために用意してくれた特別な場所じゃ。
まあ流石に広さが運動場位になっておった時には、レン殿がガンジー坊ちゃんとロッコ嬢ちゃんのおデコをコツンとしておったがの。やりすぎてしもうたんじゃろうのう。
わしらが採掘場に入ると、嬉しそうに寄ってくるボテっとした体型の岩巨人のガキンチョがおった。
採掘場に入り浸っとるアゴールがそりゃもう可愛がっとる。
「おお、チッコイの何じゃ今日も手伝うてくれるんかい? 感心じゃのう、ウチで飼っとるモノグサジジイとは大違いじゃな がははは」
とかのたまいながら、こっちを指差して笑っとるわ。そんな事言うとったら手伝うちゃらんぞっ。
チッコイのがええ子なんは間違いないがのう。
まあ、チッコイゆうてもワシらは見上げとるんじゃがな、岩巨人の子供はでっかいからの。
カツーンカツーンと硬質な音を響かせながらツルハシを振り下ろしていく。
出てきた鉄鉱石を背後に積んどきゃ岩のガキンチョが運んでくれよるのはほんに助かるわい。
ーーん?
「ーー ぬおぉっ こりゃっチッコイの! 運んでくれるのはエエが、つまみ食いも程々にしとかんといかんぞ。三分の一は無うなっとるっ このままじゃ日が暮れるぞい………」
カゴに入れた鉄鉱石を軽々と運びながら、ひょいぱくひょいぱくと口に中に放り込んでおる。ガンジーぼっちゃんやロッコ嬢ちゃんもそうじゃが、ガキンチョはつまみ食いの規模がちがうわい。
「ぐはははは そんくらい良かろうがっ、子供は食って寝て遊ぶのが仕事じゃぞ 孫に菓子買うてやっとるようなもんじゃあ その分、ジジイがしかっと働けぇい」
アゴールが目を細めながら笑うとる。ほんにガキンチョに甘いのう。
「…………しゃあないのう、ほれ」
キョトンとした表情?でこちらを見てきとる岩のガキンチョに、今出てきたばかりの鉄鉱石を放りなげたったら嬉しそうに頬張りよった。
昼過ぎ頃、持ってきとった握り飯で昼食をとっておる。
ガキンチョはたらふく食うて満足したのか、腹をこんもりさせて仰向けに寝転がっとった。
………ええのう、ワシもあんな生活がしたいのう。
……ということで、採掘場を抜け出してレン殿の家に向かっておる。
アゴールがごちゃごちゃ言うとったが、シエスタタイムじゃ言うて放置してきた。
まったく、あいつはドワーフ過ぎていかんの。
それよりも、今日は天気もええし、縁側でオセロ打つには最適じゃわい。
獣人兄妹もおるし、行ってみたら誰かしらおるじゃろう。
気持ち歩調が弾みながら、歩いて行くとレン殿の庭が見えてきよった。
おっ、リナちゃんがおった。ミーニャと二人で花壇の世話しておるらしいの。
緑小人達もよう手伝ってくれておるらしく、花壇にはすみれ色とオレンジ色の花が見事に満開じゃった。
あんまり楽しそうじゃったから邪魔しちゃいかん思うて、今はそっと縁側から居間に上がり込み、茶を沸かして飲んでおるところじゃ。
いつもは騒がしいヤーシャも、最近ではランバードの世話係として頑張っておるようじゃし、静かなもんじゃのう。なんぞテレビでもつけてみようかのう。
そう思って、リモコンを探しておったら、”たまたま”パソコンが目に入ってきよった。
ーーどれ、最近の社会情勢を知るためにパソコンでも……
「あれ、お爺ちゃん。今日はお一人なんですか?」
リナちゃんが縁側に腰かけ笑いかけてきよった。
「ちと仕事に根を詰めすぎてしまってのお、息抜きじゃわい」
「じゃあ、オセロのお相手でもしましょうか? 私結構うまいんですよ? ふふ」
咄嗟に座り直したが、内心ドキドキが止まらんわい。
決して、”決して”何ぞいらん事しようと思ったわけじゃないからの!
庭ではミーニャと緑小人達の歓声が聞こえてきよる。
それを聞きながら、縁側に座って2人でパチリパチリと交互に打っていく。
あぁでもない、こうでもないと楽しそうに頭をひねっているリナちゃんを見てつい零してしまった。
「……元気になってよかったのお」
「え?」
儂の誰にともなく言うた言葉に首を傾げておる。
「あぁ、すまんの。最近、たまに落ち込んでおるような気がしていての。気になっておったんじゃ」
庭では、どうやら緑小人たちのチャンバラ大会トーナメント選が繰り広げられておるようじゃ。その白熱した試合をミーニャちゃんも楽しそうに観戦しとる。
儂の言葉を聞き、リナちゃんは恥ずかしそうに自分の失恋話を話し始めよった。
自分の好きだった子と友達が付き合い始めたこと、それに対して中々整理がつかずに悶々としてしまっていたこと。
色々悩んだ結果、今はその2人が幸せそうにしているのを見て、素直に一緒に喜んであげれるようになってきた事。
そこまでを一気に話し終えたところで「あっ ごめんなさい、自分ばかり話してしまって」と申し訳無さそうに謝ってきおった。
「ええよええよ。男は聞き役になるぐらいが丁度ええ。
わしはリナちゃんの笑顔は大好きじゃ。その手伝いができるなら嬉しいもんじゃ。
それにのう………わしらを助けてくれた時に、最初に笑いかけてくれたんはあんたじゃ。
手当しながらのぅ。
あん時の笑顔は今でも忘れられん…………じゃからアンタの笑うとる顔は好きじゃ」
「……あ、ありがとうございます」
嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに笑っておった。
「それにリナちゃんは幼顔で乳があるからのぅ、笑顔でさらにグッとくる男は多いと思うぞい?
じゃから……もうチョイ谷間が見えるようにした方がええんじゃないかのう?
こう、こうな?」
自分の胸を寄せて上げる仕草をしてみた。
男は視覚で恋をするもんじゃからな、恋愛には大事なエッセンスじゃろう。これからもっともっといろんな経験をして、良い女になっていかんとのう。
「………サイっテー」
あんなに暖かった視線が嘘のようじゃった。
場の空気は氷河期じゃな。背筋が凍るわい。
ーーおかしいのう……。酒場女はこれで喜ぶんじゃがのう……。
結局、家まで探しに来たアゴールと岩巨人のガキンチョに引きずられ、採掘場まで連れ戻されてしもた。
老体に鞭打たれ家に帰った時には、それはもうカラダ中がガタガタの汗みどろになっておったわい。
その分、今風呂で呑んどる果実酒は格別にうまかいがのー。
「これっアゴ、ヌルなってきとるぞいっ しかっと火焚かんかっ」
「………わかったわかった、ちょい待てい。……なんじゃあ偉そうに」
風呂場の外で、ぶつくさ文句言いいながら薪を焼べとるわい。
今日一日付き合うたったんじゃから、当然の権利じゃろがっ。
ふぅう……あとは、イゴールがええ日本酒を持って帰ってきてくれるのを、期待しておこうかのぅ。




