思春期対策
さてさて、ヤーシャとミーニャの獣人兄妹をウチで面倒みることになった。
まぁ、そらそうだろう。
話を聞いていたら、今更都心部に無理して戻ったっていい事なんか一つもないようだし、獣人夫妻と過ごした時間は少なくても、戦友として特別な絆を感じているアルニア人達の側にいた方が何かと安心できるだろうしね。
ウチにはルルさんも居候しているし、見た目年齢の近いガンジーとロッコもいるのですぐに馴染めると思っていたのですが……
庭先では、今日も元気にヤーシャが泣かされています。
いや、別にいじめられている訳ではない。
ガンジーに初めラリアットで負けたことが悔しいのか、毎日のように突っかかって行っているのだ。
最初の頃は、ちょっとした保父さん気分で2人を嗜め、仲直りをさせようと涙ぐましい努力をしていた。
一緒にトランプをやって見たり、吾郎ちゃんの背中に乗ってみたり、全長2メートルになっていたと噂の近藤くんをみんなで探しにいったりと……それでも中々心を開いてくれない。
逆にミーニャちゃんは、素直で何をやっても目をキラキラさせて楽しんでくれる。
特にモンテや緑小人にはぞっこんらしく、いつも誰かを追いかけ回して遊んでいた。
そして、庭に小さな花壇を作って、お父さんとお母さんの花を緑小人達と仲良く育てている。
ただなぜかヤーシャは、いつも喧嘩のきっかけを探しているかのようにガンジーに絡んでいく。
その様子を見ていると、将来の進路はヤのつく仕事しか思いつかないほどだ。
ガンジーはというと、基本的に無関心なのだが、それが余計に腹がたつのだろう。
相手にされないとわかると、すぐに手を出してくる。
そうきたら、ガンジーとしても軽く返すしか無くなるわけで……。
んで、そのガンジーにとっての軽くというのは、そりゃもうどエラいもんで……そら、泣くわ。
……んーどうしたものかね
とりあえず、一回ちゃんと話してみるか。
ということで、縁側にヤーシャを呼んで面談中です。
「ねえ、何でいっつもガンジーに絡んでんの?」
「アイツが透かしってからだよっ ぶん殴ってやろうと思ってんだよっ」
「…………そんな事、しちゃダメなんだよ」
「うっせぇよ馬鹿っ」
以上。
ダメだ。大学デビューでミスるような俺に、多感な不良少年の心を解きほぐすなんてできない。ハードルが高すぎる。あと、馬鹿って言われて落ち込んだ。ミーニャちゃんとモンテが慰めてくれている。
庭の片隅で頭を抱えてウンウン唸っていると、側に控える一角族がちょっと笑って言葉を投げかけてきてくれた。
「私はむしろ好ましく思いますけどな。ヤーシャも男ですから」
「ガンジーに喧嘩で勝ちたいってことが?」
「ははは、あれほどあっさりとやられていれば、圧倒的な実力差はさすがにわかるでしょう。そうではなく、彼はきっと強さを学びたいのだと思いますよ。今後妹を守っていくためにも」
なるほど、ヤーシャも脳筋の類か。
じゃあ、とりあえず体を動かさせればいいんだろうか?
……小鬼族や一角族の鍛錬は子供には厳しすぎるだろう? うーん……
口から「シュッシュッシュ」と音を出し、シャドーしながらロッコがジョギングを終えて帰ってきていた。……そのトレーニング、お前に意味あるの?
でも、おかげで閃いた。
不良少年とボクシングといえば黄金パターンだ。
これならば彼の餓狼のようなハートを満たすこともできるだろう。
すっごい嫌がるロッコに、必死に頼み込んでヤーシャにボクシングを教えてもらう事にした。
ヤーシャもブスッとはしていたけど、しぶしぶ了承してくれた。やっぱり興味はあるらしい。
次の日からトレーニングが始まった。
タイヤを引かせて走らせる、もちろんロッコを積載済み。ピクリとも動かずその日は終わる。
翌日、早速逃げようとしていたので、ランバードとロープで結んで町中をダッシュ。
この時は意外に意欲的に頑張っていた。
ヤーシャの強い要望により、ロッコとグローブを着けてのスパーリング。
ヤーシャ関節決められ泣かされる。実戦は甘くないという事を学べたかもしれない。
体を横八の字にロールさせる奥義の伝授。
樹海にはクマが居なかったので、仕方なく吾郎ちゃんとタイマンはらせようとするが、近づいた瞬間尻尾で張り倒されていた。
などなど、ロッコと話し合い思いつく限りの効果的なトレーニングを試していく。
町中探したが丸太を拳で打ち込める場所がなかったのは残念だった。
最近、民家で見つけたボクシング漫画にロッコと2人でハマっているが、それは決して影響していない。本当だ。
その結果、日に日にヤーシャの心根が真っ直ぐになっていくのを感じる。
瞳の色も、以前のぎらついていた時期に比べると大分落ち着いてきていた。
少々落ち着きすぎな気もするが……。
「ヤーシャ、お前もそろそろ次のステージへと進む時期だろう?」
「……なんの事だよ」
「明日、ガンジーとリベンジマッチをしよう」
「……………」
「はははは、なんだ不安か? 大丈夫だ、今日までやってきた自分の努力を信じなさい」
「…………」
「大丈夫、負けたって失う物は何もないだろう? それにその時はまたロッコといっぱいトレーニングすればいいじゃないか? 人生なんてトライ&エラーの繰り返しだぞ」
「……」
次の日、秒殺されて地面にうつ伏せで泣いているヤーシャに「この鬼畜がっ」「下衆野郎の極み」「脳みそ沸いてんじゃねえかっ」と散々罵倒されてしまった。
泣いて泣いて、泣き叫び、怨嗟の限りを俺にぶつけ(ちょっと傷ついた)、心の鬱憤を全て吐き出したようなヤーシャを背負い、家路につく。
その時に前々から言いたかった事を口にしてみた。
「あのさあ………そんなに急いで強くなろうとしなくていいよ。
もうちょっとゆっくり大人になってくれていいよ。
ここにいる間は俺たちがちゃんと守るから……」
グスグスと背中で泣いているヤーシャを背負い直し、良い話風に締めてその日は家に帰って行った。
側にいた一角族の視線が冷たいのは、気のせいだろうと思いたい。




