エルフ視点③
それから私たちは、樹海の奥地へと連れられていった。
私を含め、怪我の重い者は巨鳥に乗せられている。
腰を支えられながら跨るとき、こちらを振り返りジッと睨みつける巨鳥と目があった。
あまりの迫力に、ゴクリと生唾を飲み込み「し、失礼する」とつい声をかけて跨ると、また前を向きなおしていた。
かなり賢く気位の高い生き物のようだ。今でも少し怖い。
また、仲間の遺体を綺麗に布で覆い、丁重に扱い運んでくれてもいる。
それを見て、少し彼らに対する警戒心は薄れていた。
奥に進んで行くにつれて建物が増えてくる。
不思議な町だった。
我々が住んでいた都心部ではあまり見られないような、木造りの家がポツポツと立ち並んでいる。
アルニアの家造りともまた違った趣のある建物だ。
そして、そのどれもが樹海の植物に覆われていた。
屋根や柱には蔓が巻き付き、古い家屋と樹々が融合している。
アスファルトの道路には樹々の根が侵食し、ところどころで電柱や自動販売機が横に倒れ、車は乗り捨てられているような有様だった。
だがそれに蔓や苔、名も知らぬ植物が絡みつき、独特な美しさが生まれていた。
文明を感じられはするが、何百年前に森に侵食されたといっても通じるようだ。
大きなニワトリのような魔鳥が我が物顔でうろつき、それを一飲みにする大型のトカゲ。
目の前を小虫が飛び回っていると思えば、どこからか伸びてきた透明の何かに捕食されていた。
どこからともなく聞こえてくる大きな虫の羽音、その度に日本人の男は足を止め周囲を油断なく見渡していた。彼のような存在ですら、危険視する生き物もいるようだ。
そして何より驚いたのは、この町のいたる所に緑妖精が住み着いていることだろう。
植物を小さくしたような姿に手足を生やし、無邪気に遊びまわっている姿はまさに緑の妖精。
エルフの長達から聞いた事があった。
強く清浄な魔素の満ちる森では彼らが住み着くと……。
それは自然を何より大切にするエルフにとっては聖地も同じ場所、決して汚してはならない場所だと。
そして、そんな緑妖精達に誰よりも群がられている日本人が、とても不思議な存在だった。
私とドワーフの3人は一軒の家に連れて行かれた。
庭では多くの緑妖精達が住まい、思い思いに遊んでいる。
畑にある作物も、よく手入れされており青々と実っていた。
驚いた事に庭の隅には、樹齢を重ねた大きなトレントもいた。妖精達と戯れている姿は心を落ち着かせてくれる。
それぞれに部屋をあてがわれ案内される。
私は女性である事を気遣ってもらい、個室を用意してもらっていた。
女性の小鬼族(治療されている時に教えてもらった)に、もう一度怪我を簡単に見てもらい、畳の上に布団を敷いてもらうと横になった。
すぐに飲み物を持ってくると言い残し、彼女が部屋を出て行く。
天井を見上げ、痛む身体を動かしうつ伏せになる。
綺麗に洗われた真っ白なシーツと干されたばかりの布団の香り。
枕に顔を埋めて……声を押し殺して泣いた。
無事に生きている事、生き延びれた事、仲間を犠牲にした事、見捨てた事、助けれなかった事。………ただ、ただ……怖かった事。
頭の中がグチャグチャで考えがまとまらないけれど、とにかく涙が止まらなかった。
有り難い事に、小鬼族の女性はしばらく部屋に訪れなかった。
翌朝、襖をノックする音で起こされた。
返事をすると昨日と同じ小鬼族の女性が入ってくる。
傷を消毒しなおし、添え木の固定を確認し、新しい包帯を巻き直してくれる。
それが終わると、一度部屋を出てすぐに盆に朝食を載せて持ってきてくれた。
暖かいお粥と味噌汁、そして漬物。
利き手の骨が折れていたので、小鬼族の女性に食べさせてもらう。熱すぎないようにレンゲですくって、息を吹きかけ口に運んでくれる。
子供の頃に熱を出して母親に看病されているような気分だった。
ゆっくりと味わいご馳走になり、今は緑茶を入れてくれていた。
「……あっそうだった、今日レンさんがお話を聞きたいそうなんですけど、どうします?」
小鬼族の女性に茶を渡されながら尋ねられる。
「レンサン?レン……殿? というのは皆を指揮していた方の事ですか? それならいつでも構いません。こちらの都合なぞ、お気になさらないでください」
「それでは、昼過ぎ位に来てもらいましょうか?」
「………はい、それでお願いします」
泣きはらして腫れぼったくなった目を気遣われているのが、少し恥ずかしかった。
襖を静かに叩く音がする。来られたようだ。
布団から起き上がり、正座をして姿勢を正し「どうぞ」とお声がけをした。
レンとよばれていた日本人が入ってきたのを確認し、深々と床に手を付き頭をさげる。
この国の最上級の敬意と謝意を表す作法と習っていた。
そして、面目をかなぐり捨て、相手に心からの気持ちを見せるやり方だとも。
命を救われ、犠牲になった仲間の尊厳すらも守り、そしてこれほどの手厚い看護を施してくれるお方だ。この作法を使うのは今なのだろう。
「この度は、仲間と私の命を助けて頂き、誠に感謝いたします。その上このように手厚く遇して頂き、どれほどの感謝をしてもし足りません。
このご恩をお返しするために何かできることがあるのであれば、遠慮なくおっしゃってください」
それを見て慌てたように顔を上げさせ、そこまで大したことはしていないと、アタフタしながら話す男の顔を……意外に思い見つめてしまった。
そのあと、お互いに名乗り合い、レン殿に請われ私の知る限りのことをお話した。
テレビやネットでの情報は知っているが、詳しい社会情勢には疎いとのこと。
一時間以上は話し込んでいたのかもしれない。
私たちの部隊の話、今回の作戦、仲間の犠牲などを話した時には、本当に悲しそうな目を向けてくれていた。
最初に感じていたイメージとのギャップもあり、妙に印象に残ってしまった。
ーー こんな目で……地球人に見られたのはいつ以来だろうか?
そこからもレン殿の質問に答えていた。
すると、お茶を盆に乗せて小鬼族の女性が静かに入室してきた。
レン殿が一瞬彼女に目をやると、私を見詰め直し改まった様子で話し始めた。
「ルルさん。貴方のこれまでの経験、境遇を聞いて、口が裂けても気持ちを理解できるとは言えません。
ですが、ここにいる間は魔物はもちろんの事、あなた方に危害を加える存在を立ち入らせはしません。それが、今は私たちにできる唯一のことでしょう。
どうかゆっくりと怪我の治療に専念して、今後の身の振り方をお考えください。
あと、何かあればこの治癒士のリナに言ってくださいね。貴方のことをとても心配していましたから」
地球に来て……ずっと誰かに言って欲しかった言葉を、言ってもらえた気がした。
涙を堪えるのが難しくなり、頭を下げることで顔を隠していると、静かにレン殿は退室されていった。
エルフ視点、あと一話分だけ短く続きます。




