表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大学デビューに失敗したぼっち、魔境に生息す。  作者: 睦月
二章 樹海の町の住人たち
27/66

エルフ視点③

 それから私たちは、樹海の奥地へと連れられていった。


 私を含め、怪我の重い者は巨鳥に乗せられている。


 腰を支えられながら跨るとき、こちらを振り返りジッと睨みつける巨鳥と目があった。

 あまりの迫力に、ゴクリと生唾を飲み込み「し、失礼する」とつい声をかけて跨ると、また前を向きなおしていた。

 かなり賢く気位の高い生き物のようだ。今でも少し怖い。



 また、仲間の遺体を綺麗に布で覆い、丁重に扱い運んでくれてもいる。

 それを見て、少し彼らに対する警戒心は薄れていた。



 奥に進んで行くにつれて建物が増えてくる。

 


 不思議な町だった。


 

 我々が住んでいた都心部ではあまり見られないような、木造りの家がポツポツと立ち並んでいる。 

 アルニアの家造りともまた違った趣のある建物だ。


 そして、そのどれもが樹海の植物に覆われていた。

 屋根や柱には蔓が巻き付き、古い家屋と樹々が融合している。



 アスファルトの道路には樹々の根が侵食し、ところどころで電柱や自動販売機が横に倒れ、車は乗り捨てられているような有様だった。

 だがそれに蔓や苔、名も知らぬ植物が絡みつき、独特な美しさが生まれていた。 



 文明を感じられはするが、何百年前に森に侵食されたといっても通じるようだ。


 

 大きなニワトリのような魔鳥が我が物顔でうろつき、それを一飲みにする大型のトカゲ。

 目の前を小虫が飛び回っていると思えば、どこからか伸びてきた透明の何かに捕食されていた。


 どこからともなく聞こえてくる大きな虫の羽音、その度に日本人の男は足を止め周囲を油断なく見渡していた。彼のような存在ですら、危険視する生き物もいるようだ。



 そして何より驚いたのは、この町のいたる所に緑妖精が住み着いていることだろう。

 植物を小さくしたような姿に手足を生やし、無邪気に遊びまわっている姿はまさに緑の妖精。


 エルフの長達から聞いた事があった。

 強く清浄な魔素の満ちる森では彼らが住み着くと……。

 それは自然を何より大切にするエルフにとっては聖地も同じ場所、決して汚してはならない場所だと。



 そして、そんな緑妖精達に誰よりも群がられている日本人が、とても不思議な存在だった。




 私とドワーフの3人は一軒の家に連れて行かれた。


 庭では多くの緑妖精達が住まい、思い思いに遊んでいる。

 畑にある作物も、よく手入れされており青々と実っていた。


 驚いた事に庭の隅には、樹齢を重ねた大きなトレントもいた。妖精達と戯れている姿は心を落ち着かせてくれる。


 それぞれに部屋をあてがわれ案内される。

 私は女性である事を気遣ってもらい、個室を用意してもらっていた。


 女性の小鬼族(治療されている時に教えてもらった)に、もう一度怪我を簡単に見てもらい、畳の上に布団を敷いてもらうと横になった。


 すぐに飲み物を持ってくると言い残し、彼女が部屋を出て行く。



 天井を見上げ、痛む身体を動かしうつ伏せになる。

 綺麗に洗われた真っ白なシーツと干されたばかりの布団の香り。





 枕に顔を埋めて……声を押し殺して泣いた。



 無事に生きている事、生き延びれた事、仲間を犠牲にした事、見捨てた事、助けれなかった事。………ただ、ただ……怖かった事。

 頭の中がグチャグチャで考えがまとまらないけれど、とにかく涙が止まらなかった。


 有り難い事に、小鬼族の女性はしばらく部屋に訪れなかった。

 




 翌朝、襖をノックする音で起こされた。


 返事をすると昨日と同じ小鬼族の女性が入ってくる。

 傷を消毒しなおし、添え木の固定を確認し、新しい包帯を巻き直してくれる。

 それが終わると、一度部屋を出てすぐに盆に朝食を載せて持ってきてくれた。

 


 暖かいお粥と味噌汁、そして漬物。

 

 利き手の骨が折れていたので、小鬼族の女性に食べさせてもらう。熱すぎないようにレンゲですくって、息を吹きかけ口に運んでくれる。

 子供の頃に熱を出して母親に看病されているような気分だった。


 ゆっくりと味わいご馳走になり、今は緑茶を入れてくれていた。



「……あっそうだった、今日レンさんがお話を聞きたいそうなんですけど、どうします?」



 小鬼族の女性に茶を渡されながら尋ねられる。



「レンサン?レン……殿? というのは皆を指揮していた方の事ですか? それならいつでも構いません。こちらの都合なぞ、お気になさらないでください」

「それでは、昼過ぎ位に来てもらいましょうか?」


「………はい、それでお願いします」

 泣きはらして腫れぼったくなった目を気遣われているのが、少し恥ずかしかった。





 襖を静かに叩く音がする。来られたようだ。

 布団から起き上がり、正座をして姿勢を正し「どうぞ」とお声がけをした。


 レンとよばれていた日本人が入ってきたのを確認し、深々と床に手を付き頭をさげる。


 この国の最上級の敬意と謝意を表す作法と習っていた。

 そして、面目をかなぐり捨て、相手に心からの気持ちを見せるやり方だとも。


 命を救われ、犠牲になった仲間の尊厳すらも守り、そしてこれほどの手厚い看護を施してくれるお方だ。この作法を使うのは今なのだろう。



「この度は、仲間と私の命を助けて頂き、誠に感謝いたします。その上このように手厚く遇して頂き、どれほどの感謝をしてもし足りません。

 このご恩をお返しするために何かできることがあるのであれば、遠慮なくおっしゃってください」



 それを見て慌てたように顔を上げさせ、そこまで大したことはしていないと、アタフタしながら話す男の顔を……意外に思い見つめてしまった。

 


 そのあと、お互いに名乗り合い、レン殿に請われ私の知る限りのことをお話した。

 テレビやネットでの情報は知っているが、詳しい社会情勢には疎いとのこと。


 一時間以上は話し込んでいたのかもしれない。

 私たちの部隊の話、今回の作戦、仲間の犠牲などを話した時には、本当に悲しそうな目を向けてくれていた。

 最初に感じていたイメージとのギャップもあり、妙に印象に残ってしまった。


 ーー こんな目で……地球人に見られたのはいつ以来だろうか?



 そこからもレン殿の質問に答えていた。

 すると、お茶を盆に乗せて小鬼族の女性が静かに入室してきた。


 レン殿が一瞬彼女に目をやると、私を見詰め直し改まった様子で話し始めた。



 「ルルさん。貴方のこれまでの経験、境遇を聞いて、口が裂けても気持ちを理解できるとは言えません。


 ですが、ここにいる間は魔物はもちろんの事、あなた方に危害を加える存在を立ち入らせはしません。それが、今は私たちにできる唯一のことでしょう。


 どうかゆっくりと怪我の治療に専念して、今後の身の振り方をお考えください。

 あと、何かあればこの治癒士のリナに言ってくださいね。貴方のことをとても心配していましたから」



 地球に来て……ずっと誰かに言って欲しかった言葉を、言ってもらえた気がした。


 涙を堪えるのが難しくなり、頭を下げることで顔を隠していると、静かにレン殿は退室されていった。




エルフ視点、あと一話分だけ短く続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ