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第76羽 キスまつり

 〜学園地下ダンジョン〜



 飾り気のない石造のテーブルに色とりどりの弁当が並べられ、それぞれの蓋が開けられていく。パカッ。


「名付けて"ラブラブ愛夫妻弁当"だにゃ♥」

「はい優勝!」


 俺とクロネの弁当は、二人で早起きして手分けして作ったものだ。二段弁当になっていて、それぞれ相方の分のご飯の飾りつけを担当した。

 クロネが飾り付けてくれた俺のご飯には、海苔の鴉と桜でんぶのハートが描かれている。さらに海苔で"愛"とメッセージが書かれていた。すごい。好き。

 俺はそこまで凝ったものは作れないので、猫型に切った海苔と、ハート型に切ったハム。単純だが悪くない出来だと自負している。


「愛してるぞ。クロネ」

「うちもにゃ。ご主人」

「クロネ……」

「ご主人……」

「クロネ……」

「ご主人……♥」


 ニニの方からおほんおほんと咳払いが聞こえたので、この辺にしておこう。ダンジョンでの色ボケは良くないと前に教えられたしな。


「しっかし、よくもまあそんな恥ずかしいものを堂々と出せますわね……」

「よせやい、照れるぜ」

「褒めてませんわ」

「拗ねんなって、ちゃんとお前の分もあるからさ」

「拗ねてませんわ」


 俺はニニの下僕として、これまた手作り弁当を要求されていた。余った食材やらを使ってついでに作るだけなのでそんなに手間はかからない。

 ……それにこいつの境遇を考えると『面倒だから買ってこい』と言うのは流石に気が引ける。


「安物だからお嬢様の口に合うかはわかんないけどな。味付けは失敗してないはずだ」

「ふふっ、むしろ楽しみですわ。前々から庶民の弁当には興味がありましたの♪」


 パカッ。ご飯に海苔で"バカ"と書かれていた。

 あのご飯、確かクロネが詰めてたよな。


「やりましたわね腹黒猫?」

「にゃらははは、なんのことにゃ?」


 いまほっこり癒しパートなんだからバチバチするのやめてくれるか君ら?


「ごめんなナギサ。騒々しくて」

「う、ううん! とっても楽しいです、先輩……っ!」

「そうかあ?」

「えへへぇ……学校で誰かとお弁当食べるの、はじめてだから……いつもはボク、トイレの個室で──」

「よ、よければ明日からも一緒に食べよう! な!?」

「え!? で、でも……い、いいんですか……?」

「ああ、屋上で待ってるから」


 ナギサのお弁当は小さいが、彩りと栄養バランスを考えられた素朴なお弁当だった。特に皮に焦げ目のついた焼き魚が食欲をそそる。母親の愛を感じて、なんだか懐かしい気持ちになる。


「気を取り直して──いただきます」

「いただきますにゃ」

「いただきますですわ〜」

「い、いただきますっ」


 めいめい、用意した弁当に舌鼓をうつ。やっぱりクロネの手料理は格別だ。疲れた身体に染み込んでくる、冷めても美味しい濃いめの味つけ。好き。


「はいご主人、あ〜ん♥」

「クロネも、あ〜ん」


 ぱくっ。ぱくっ。二人で腕を交差させて同時に甘じょっぱい玉子焼きをほおばる。この食べさせあいっこも慣れたものだ。いいだろこれくらいカップルだぞ。


「バカラス」

「うん」

「わたくし、手が疲れましたわ」

「そっか」

「まあ義手なんですけどね」

「スルーしたのになあ」


 返事の代わりに、金魚のように口を開けて待つニニ。

 これはつまり、俺に食べさせろということだろう。こうなるとニニはテコでも動かない。仕方なくミートボールを放り込んでやった。




 ────

 ──




「ごちそうさま」

「ごちそうさまにゃ」

「ですわっ」

「ご、ごちそうさまぁ」


 米粒一つ残さず、綺麗に食べ終えた。

 腹八分目だ。満足満足。これで午後の探索も頑張れそうだな。


 俺が弁当袋を片付けていると、ニニが鼻歌混じりに紙の包みを取り出しテーブルに置いた。青と白の水玉模様で、サイズ感は弁当箱と同じくらいだ。


「あれ、2個目か? 足りなかった?」

「食後のデザートですわよ♪ デザート♪」


 カサリという軽快な音と共に包みが開かれる。

 ほんのりと甘く香ばしい香りが広がる。包みの中にはハートや星、鳥や動物らしきものを形どったサクサクの焼き菓子──つまりは手作りクッキーだ。


「お前にも特別にくれてやりますわ、バカラス♪」

「サンキュー」


 気まぐれか? 弁当のお礼のつもりだったとか?

 珍しいこともあるもんだ。

 けどこいつ、そもそも料理なんてできたんだっけ……?

 ニニは期待の籠った目でこちらを見てくる。


 手渡されたハート型と思しきクッキーを、恐る恐るひとくち齧ってみる。


  サク……


「……ん!」

「どうですの? どうですの?」

「うん! イケるイケる!」


 砂糖と塩を間違えるというお約束もなく、味はそう悪くない。形は歪でところどころ焦げているが、それも手作りの魅力というやつだ。素材もいいものを使っているのか、口当たりもいい。

 隠し味なのか、ほんのりとフルーツの風味も感じる。なんだろう、キウイか?


「ナギサちゃんもどうぞっ♪」

「あ、ありがとうございます……先輩っ」


 魚型のクッキーを手渡され、ほおばるナギサ。急いで食べた方がいいと思ったのか、ハムスターみたいにほっぺたを膨らませている。小動物なんだよなあ。


「…………ふふっ」

「なんにゃ?」

「仲間外れにされて悔しそうですわね〜?」

「別になんでもいいにゃ」

「そ〜んなに食べたいなら仕方ありませんわね〜♪ ありがた〜く受け取りなさい!」

「話を聞けにゃ」


 横面にクッキーを押し付けられて、渋々といった様子で受け取るクロネ。


「なんにゃこれ? ブタ?」

「ネコですわ! ネ・コ!」



   サク……


「うん。食えるにゃ」

「それ褒めてるんですわよね?」


    サクサク……


「まあまあにゃ。おかわり」

「しょ〜がないですわね〜♪ 恵んであげますわ♪」


  サクサクサクサク……


       サクサクサクサク……


 あんなことをいいつつ、クロネの手は止まらない。あれ、クロネ流のツンデレか? ひょっとしてわりと好みの味だったのかな? ニニのやつも心なしか嬉しそうだ。




 俺たち4人は20枚近くのクッキーをぺろりと平らげてしまった。意外とやるじゃないか、お嬢様。


「あ、あの……美味しかったです、ニニ先輩っ。こ、こんどボクも、なにか作ってきますねっ!」

「あら。殊勝な心がけですわね♪ 特別に下僕2号にしてあげてもよろしくてよ?」


 うんうん。ナギサも屋上でお弁当食べる約束したしな。下僕2号云々は置いといて。

 

「ご主人ご主人っ♪ ほっぺにクッキー残ってますにゃっ♪」

「え? どこどこ?」

「こ・こ・にゃんっ♥」


 クロネは俺に真正面から抱きつくと、ぺろりと頬を、というかほぼ唇の端を舐めてきた。




 突然のクロネの行動に、一瞬、場の空気が固まるのを感じる。




「く、クロネ、流石に人前でそれは恥ずかしいんだけど──」

「にふふふっ♥ ごしゅじん♥ かわいいにゃ♥♥♥」

「………………え? く、クロネ?」


 クロネはすりすりと何度も頬を擦り付けてくる。ここまでの過剰なスキンシップは家ですらなかなかない。


 ──あれ? なんか、様子がおかしいぞ?


 触れる肌が熱い。

 よく見ると目の焦点があってないし、顔も真っ赤だ。

 まるで酔っ払ってるみたいな──


「ごしゅじんのにおい、だいすきにゃ♥ だいすきにゃん♥」

「う、うん……?」

「うち、もう、しんぼうたまらんにゃん♥♥♥」

「わああぁああ!?」

「ちゅう〜っ♥」


 クロネに羽交い締めにされたまま、無理矢理何度も唇を奪われる。いつもの甘々なやつじゃない。飢えた獣のような力づくの行為だ。気を抜いたら喰われる。


「おま──ちょっ──やめっ──!?」

「ど、どうしたんですのクロネ!? 落ち着いてくださいまし!」

「ニニ!? さっきのクッキーなんか入れた!?」

「えっ、砂糖とか、小麦粉とか、あとマタタビとか──」

「なんで!? なんでマタタビ!?」

「えっだって、猫はマタタビが好きなんでしょう?」


 原因お前のクッキーかよ!!!

 確かに猫はマタタビが好物だが、食べ過ぎると酔っ払ってしまう。マタタビクッキーを食べたクロネも、同様に泥酔状態になってしまったんだろう。なんじゃそりゃ!


「にゃんにゃんにゃん♪ ごしゅじんっ、ごしゅじん♥ おいしいにゃん♥ ちゅ〜っ♥」


 ど、どうするんだこの状況!? クロネに乱暴するわけにはいかないし──かといってこのままじゃ、子どもに見せられない展開に──


「こ、こら! いったんバカラスから離れなさい腹黒猫!」

「にゃ……? うっさいにゃちちぶたッ!」

「きゃあ!?」


 後ろからニニに引っ張られたクロネは、俺の上から退いてニニをテーブルの上にゴロンと押し倒す。助かった──けど、これは止めないとマズい!


「じゃまするならこうだにゃっ♪」

「んむうっ──!?」


 クロネはニニに馬乗りになって四肢を押さえつけると、そのまま唇を重ねてしまった。





   えっ


        えっ?



  な──なにやってんのあいつら!?!?



「にゃんにゃんにゃん♪ ちちぶたのくちびるもぷるぷるだにゃん♥ マタタビクッキーのあじがするにゃん♥ ちゅ〜っ♪」

「んーっ!? んーっ!?!?」

「おらおら♥ ちちぶた〜くやしかったらにげてみろにゃん♪」


 俺の彼女が俺のクラスメイトと"いちゃいちゃにゃんにゃんらぶらぶちゅっちゅ"している。なんだこの悪夢は。脳が破壊されそう。


「おいニニ、クロネは俺の彼女だぞ!?」

「ぶはっ──そ、そんなこと言ってる場合ですの!?」

「あ、そ、そうだった。いま助けるからなクロネ!」

「助けが必要なのはわたくしですわ!!」


 我に帰った俺がテーブルに飛び乗ると、クロネはひらりと反対側に逃げてしまう。クロネに散々弄ばれたニニは、死んだ目になっていた。


「にゃぎさちゃん♥ みいぃつけたっ♪」

「ひ……ひいいいっ、ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

「にゃんにゃんにゃん♥ おびえたおかおもかわいいにゃん♥ たべちゃうぞ♥ にゃっ♥」


 テーブルの陰に身を隠していたナギサをロックオンしたクロネは、俺が止めに入る間もなく抱き寄せてしまう。


「ちゅ〜っ♥」

「んーっんーっ!?」

「にゃんにゃんにゃんっ♪ おさかなのあじだにゃ〜♥」


 間に合わなかった。無垢な唇は、獣と化したクロネによって無惨にも散らされてしまった。


「はっ……離れてくださ〜いっ」

「むにゃんっ!?」


 ナギサがクロネの鼻先に黄色い花を押し付ける。あれはさっき先生が言ってた"睡眠タンポポ"だ。


「ふにゃぁあぁ……」


 クロネは大きな欠伸をするとぴょんとテーブルの上に飛び乗り、猫のように身体を丸めて眠りこけ始めた。


「むにゃむにゃ……」



 わぁかわいい。


 ──じゃない、助かった。



 クッキーがもたらした予期せぬハリケーンは、ようやく過ぎ去っていったようだ。ハリケーンの原因はというと、しょんぼりしょげかえっていた。


「ごめんなさいですわ、クロネ、わたくしのせいで……」

「……ま。まあ、お前も悪気は無かったんだし」


 あまりニニを責める気にはなれない。

 ただでさえ精密な動作ができない義手でのお菓子作りは、簡単なことじゃなかっただろう。マタタビだって、クロネが喜ぶと思ってした事だ。

 ニニはニニなりに、クロネと仲直りというか、仲良くなろうとしていたんだと思う。腹黒猫と呼びながらも。


 きっとその気持ちは、クロネにも伝わってるさ。


「うぅ〜ん……謝ってもぜったい許さんにゃちちぶたぁ……もっとマタタビクッキーよこせにゃあぁ……」


 クロネは寝ぼけながらそう言うと、ポンッと黒猫の姿に戻ってしまった。


 ──うん。

 これたぶんニニの気持ちは伝わってないな。

 ドンマイ、ニニ。


「ぼ、ボクの……ファーストキスが……こんな乱暴に……」

「ご、ごめんなナギサ。うちのクロネが……」

「……えへっ、えへへぇ……♪」

「あれっ喜んでる?」


 ナギサも思ったよりは落ち込んでいないようだ。

 あとは────


「すみません先生。お見苦しいところをお見せしました」


 案内用ドローンに向かって、頭を下げる。カメラから一部始終を見ていたであろう先生にも心労をかけたことだろう。


「どどど、どうか退学だけはご勘弁をですわっ」


 俺に続いて慌てて頭を下げるニニ。


 だが、ドローンから返答は無い。

 ひょっとして呆れてしまったのだろうか?


「あ、あの……先輩方……たぶん大丈夫かと……」

「どうしたのナギサ?」

「このドローン……通信機能が停止してるみたいです……! だから先生は、クロネ先輩の、ぼ、暴走は見てないかと思いますっ……!」

「あ。そうなんだ。それなら安心───────通信機能が停止してるの?」

「は、はいっ」


 ドローンをよく見れば、確かに通信中を知らせるランプが消灯している。ということはつまり。


「じゃあ俺達はこの先、なにを頼りにこのダンジョンを進めばいいんだ──?」

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