第66羽・幕間 方向音痴、悪役令嬢との約束を果たす 1
〜とあるカフェテラス〜
呼び出しを受けた俺が近所のカフェに着くと、ニニはネット記者から取材を受けているところだった。あ、義手と義足新しくなってる。少し女の子らしいデザインになっていた、前のゴツかったからな。
ニニは俺にウインクして"少し待ってて"と唇を動かす。……ちょっとうざい。仕方ないので近くの席に座ってコーヒーゼリーを注文する。
「ではニニ氏。貴女はなぜ四肢を失っても果敢にダンジョンに挑むのでしょうか?」
「ふっ──例えどんな身体になっても、わたくしを待っている人が居るなら諦めない。それがノブレスオブリージュというものですわ」
「おおおおお! 金言いただきました!」
「それがノブレスオブリージュですわ♪」
「なんと気高く勇気溢れる精神──女神か?」
「そんな、褒めすぎですわ。もっといってくださる?」
「まさに令和のジャンヌダルク!!」
「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
なんでも、大怪我を負っても戦い続けるニニの姿が一部の層に刺さったらしい。まあ、それに関しては俺も認めてやってもいいと思うが。
「ジャンヌダルクは例えとしてよくわからないから、土屋昌恒とかのがよくない?」
「誰ですのそれ?」
「戦国武将」
「…………ははは…………」
「バカラス、素人は口を出さないで。恥ずかしいですわ」
横からアドバイスを入れてみたら、呆れた表情で一蹴されてしまった。……あれ? ……俺がおかしいのか……?
それからそのライターはニニと一言二言交わして、握手の後帰っていった。俺の方にも軽く会釈をして。別にいいのに。
「待たせましたわね、バカラス」
「思ったより元気そうで良かったよ」
「ふふっ、残念でしたわね? へこたれたわたくしを見れなくて残念でしたわね?」
「ああ残念残念」
「クロネは居ないんですの?」
「"わざわざアイツの顔見にいくくらいなら、庭にいるアリさんの数でも数えてるにゃ"って言ってた」
「あの腹黒猫!!!」
それからニニがタクシーを呼んで屋敷に向かう事になった。ちなみにどうしてわざわざこのカフェを待ち合わせに選んだかというと、ここが俺のアパートから通学途中にあるカフェだからだ。
ここなら、ギリ迷子にならない。
「足元、段差あるから気をつけろよ」
「あら、いい心掛けですわね♪」
多少は心配したが、新しい義足で歩きづらいという事は無さそうだ。最近の技術ってすごい。
「──バカラス、なんか少し雰囲気変わりました?」
「え、どんな風に?」
「大人っぽくなったというか、男らしさが上がったというか──経験値が上がったというか──」
「気のせいだろ」
「あとバカラスの身体から漂ってくるクロネの臭いが前にも増して強くなってる気がしますわ」
「き、き、気のせいだろ」
「ですわよね〜気のせいですわよね〜気のせいですわよね〜♪」
そういえばこいつ鼻がめちゃ効くんだった。
……気をつけよう。
〜ニニの部屋〜
広い屋敷の扉をいくつも通り過ぎ、ニニの部屋へと通される。新しいお手伝いさんは雇っていないのだろう、玄関からここまで人の気配は一切無かった。
「そこに座りなさい」
「はいよ」
クロネがふかふかと言っていた噂のベッドだ。確かにこれは雲の上に座ってるみたいだ。横になったら一瞬で熟睡できそうだな。
「──さあて、バカラス? お前をここに呼んだ理由は察していることでしょうね!」
「あの"約束"の事だろ、忘れてないから安心しろって」
ハラジュクダンジョンでクロネを探す際、臭いを追跡できるニニの力が必要だった。ダンジョン探索に付き合ってもらう代わりに、ニニと約束をしたのだ。
ニニの言う事をなんでもひとつ、聞いてやると。
「この数日バカラスになにをやらせようかと、ずっと妄想──じゃなかった、考えていましたわ。じゅるり」
「うわー、こ、光栄だなあ……」
「どの案も魅力的でいろいろ悩みましたが、やはりこれしかありませんわ♪」
ニニは机の引き出しから小さな箱を取り出す。
嫌な予感しかしない。
嫌な予感しかしないが……。
だがニニは命を賭けてクロネの探索に協力してくれたんだ。どんな"お願い"だろうと、今更しのごの言う気はない。
「バカラス、腕を出しなさい」
「こう?」
「わたくしからプレゼントですわ♪」
右腕にくるりと何か巻かれる。黒と銀色の男物のブレスレットだ。鍵のついたシンプルなデザインで、ニニの名前が彫られていた。
……くっ、ちょっとかっこいい!
「ありがとう。お返しとかした方がいいかな?」
「不要ですわ。主人が下僕にほどこしをするのは当然ですもの♪」
カチャカチャ。
カチャカチャ。
……カチャカチャカチャカチャ?
「あの、これ、外れないんだけど?」
「その鍵を開ければ外れますわ」
「鍵は?」
「安心なさい。わたくしが責任を持って保管しますわ」
……ええ……。
「わたくしの願い、わかりましたわね?」
「わかんない」
「わかりましたわね?」
「わかんない」
「もうっ、鈍いですわねえ、バ・カ・ラ・ス♥」
そう言いながら、ニニは俺の身体を正面からぎゅうっと抱き寄せる。そのまま抱き枕のようにベッドに倒れ込んだ。
「これで今日からお前は、わたくし専用の下僕ですわ〜♪」
頭を撫で、すりすりと頬ずりをされる。
……それ下僕っていうよりペットにやるやつじゃ……?
いや、もういいや。なるようになれ。あのダンジョンで、とっくに覚悟は決めている。
むしろ"探索者を辞めろ"とか"クロネと別れろ"とかいう願いじゃなくてホッとしたまである。
「あのバカラスがわたくしの所有物に──おーっほっほっほ、いい気味ですわ♪ いい気味ですわ♪」
「マジで願いそれでいいのかよ。たいしてメリットないぞ」
「ほかに何かわたくしにメリットのある事ができますの?」
「…………できないけど…………」
「ほら見なさい!」
正論が痛すぎる。おっしゃる通り、所詮俺はダンジョン攻略くらいしか能の無いチビだよ。
「そんで、具体的には何すればいいんだよ。こうしてお前の抱き枕になってればいいなら楽でいいけど。少し呼吸が苦しい点に目を瞑れば」
「生意気な下僕ですわねえ……心配しなくてもちゃんとやりたいことは色々考えてありますから、急かすんじゃありませんわ♪」
「ワーイ、タノシミダナー」
俺はニニの指示でベッドから降りる。ニニはベッドに腰掛けて足を組む。
「ふふっ、夢にまで見た光景ですわぁ」
「そりゃ良かったな」
「まずは跪いて、足の甲に口づけなさいっ!」
膝をついて座ると、ちょうど俺の目の位置にニニのつま先が差し出された。想定はしていたが、やっぱりそういう流れか。なにがノブレスオブリージュだいい趣味してやがるぜこの野郎。
ニニの足の甲に、触れるか触れないくらいかの浅いキスをする。
「どう?」
「バカラスの恥辱的な表情、とても良かったですわ」
「ありがとよ」
「……ですが、感触がないせいか思っていたより面白くないですわ……」
「ハァ?」
当たり前だがニニは義足。足先に口付けしたところで唇に伝わるのはコップと変わらない無機質な感触だけ。ニニからすれば、俺がニニの私物にキスをしたくらいの感覚だろう。
「それにしたって俺も恥を忍んでこんな真似したんだし、少しは満足していただきたいもんだけどな?」
「口の減らない下僕ですわね────そうですわねぇ……ここに軽く噛みつくとか?」
ニニはワンピースの襟ぐりを引っ張って、首元の白い肌を露出させる。
「………あのさ。言っとくけどそれ、下僕じゃなくて吸血鬼とかがやるやつだからな?」
「い、いちいち細かいですわね! わかってますわよ!」
ブーブー怒りながら襟を整えるニニ。
しかし名案でも思いついたのだろう、パンと柏手を打つ。
「そうですわ! バカラス、椅子になりなさい!」
「椅子?」
「そこに馬のように四つん這いになるのですわ!」
……どういう教育受けて育ってきたんだこのお嬢様……けど、まあ、躊躇しても仕方ない。言われたとおり床に腕をつけると、背中にどすんとニニが乗ってくる。
とてつもない衝撃だ。俺じゃなきゃ背骨が折れるわ!
「あら♥ これは意外といい座り心地ですわ♪」
「そ、そうか。それはよかった」
「ふふっ、バカラス。お前、椅子の才能があるかもしれませんわね♪」
背中にぐりぐりとでかい臀部を擦り付けられる。
俺はまるでバランスボール扱いだ。こいつ胸だけじゃなくて尻まで肥えてやがるのか。
「……なあ。これが本当にお前のやりたかった事なのか……?」
「勿論ですわ♥ 楽しいですわ♥」
「……そうなんだ……」
「バカラスはどうですの? わたくしのような美少女の椅子になれて、嬉しいでしょう♪」
「いや重い」
「…………嬉しいでしょう?」
「重い」
「…………。」
すんっ、と背中が軽くなった。
ようやくニニが退いてくれたらしい。
起き上がってみる、ニニは頬を膨らませてそっぽを向いていた。
「なに怒ってんだよ?」
「知りませんわっ!!!」
「……じゃあもう帰っていいか?」
「いいわけないでしょう!!!」
なんかよくわからんが怒られてしまった。
さてはこの女、面倒くさいな?
「……はあ。運動したら少し汗ばんでしまいましたわ」
「俺もだよ……」
「あら♪ それはちょうどいいですわ♪」
「何が?」
「次は浴場で、わたくしの背中でも流してもらいましょうか♪」
…………。
マジで言ってんのかこいつ。




