第59羽 それからと、おねがい
〜ハラジュクダンジョン・深層〜
土のドームに蜘蛛の巣状の亀裂が入り、光が差し込む。土壁がサラサラと崩れると、メイが覗き込んでいた。ニニも背中におぶられている。それからメイドローンも。
「終わりましたか?」
「ああ。助かったよ、ありがとな」
俺はクロネをお姫様抱っこして立ち上がる。
下半身が宝石化しているので少し重いが、これまでの道のりを思えばなんてことはない。
「それで、結果の方は?」
「誤解も解けて仲直りできた。みんなのおかげだ。──心配かけたな」
ニニとメイ、それからリスナーの皆に向かって頭を下げる。
▽『よかったよかった』
▽『クロネちゃんも早とちりだったな』
▽『けどニニちゃんを介抱しようとしてたカラスくんが、性的に襲っているように見えちゃうなんてドジっ子だな』
▽『あれはカラスくんの誤魔化し方が悪かったよ〜』
? ? ?
なんの話か分からずにメイの方を見ると、無言でサムズアップを返してきた。
えっなに!?
いまそういう話になってんの!?
……ま、まあ、本当のこというわけにもいかないし、実際はナイスフォローなんだが……好き放題に盛られた気がする。後で詳しく話を聞かねば。
▽『誤解は解けたんだしあんまりイジってやるな』
▽『じゃあ告白の方もうまくいったのか?』
▽『なんて言ったか気になる』
? ? ?
またもやなんの話か分からずにメイの方を見ると、またもや無言でサムズアップを返してきた。このメイド、さては遊んでやがるな!?
「いえーいご主人の彼女だにゃ〜!!!」
クロネ!?
「ご主人っ♥ ご主人っ♥」
すりすりと何度も頬をこすりつけてくる。かわいい。
ちょっとテンションおかしい気もするけど、すっごい元気になったみたいで、よかった。
勇気を出してキスした甲斐があった。クロネからは何度かされたけど、自分からするのは初めてだったな。
▽『おめでとー!!』
▽『おめでとう』
▼『おめ』8888円
▼『おめでとう』8888円
▼『ご祝儀』8888円
▽『俺も鼻が高いよ』
「いえーい私の勝ち〜」
メイ!?
表情変えずによくそんな声出せるね!?
「五千円っ 五千円っ」
「ぐううっ……!」
財布から5000円札を取り出してメイに渡すニニ。え? まさかこいつら、俺がクロネに告白するかどうか賭けてたの? マジで遊んでるじゃん。
▼『ちっしゃあねーな』5000円
▼『ニニちゃんドンマイ』5000円
▼『これで美味しいものでも食べてもろて』5000円
お前らは払わなくていいんだよ!?
▽『推しの結婚尊い』
▽『だけど子どもの名前大丈夫かな』
▽『ああ……』
▽『カラスくんネーミングセンス壊滅的だし不安だ』
早い早い気が早い。
「にゃらはははははははははははっ♪ うちも一緒に考えるから大丈夫にゃ〜ん♥」
クロネ!?!?
ほんとにどうしたの!? 酔っ払ってんのお前!?
まあ、いっか。
──幸せそうだし。
…………
……
≪怒りの大目玉から
反魔鏡を獲得したにゃ♪
……まぬけな顔のネコがうつってるにゃ!≫
▽『反魔鏡か』
▽『鏡の盾だよね』
▽『魔法攻撃を反射できる超レア装備だよ』
なかなかすごいアイテムだ。
使い所はきっとあるだろうし、防御力の低いうちのパーティーにはありがたい。
──けど、俺は受け取るわけにはいかない。
「ニニ。持ってけよ、お前のおかげで倒せたんだし。それに──」
「それに?」
「俺はもう、一番欲しいものを護れたから──さ」
「いやだにゃご主人ったらも〜〜〜っ♥♥♥ も〜〜〜〜〜っ♥♥♥」
クロネにバシバシと肩を叩かれ、ニニとメイからは冷めた視線を贈られる。だがクロネというスターを手に入れた今の俺は無敵状態だ。
▽『どうしたカラスくん』
▽『すごくかっこいいせりふ』
▽『全世界配信中だけど大丈夫?』
▽『酒でも飲んでんのか』
▽『後で思い出してジタバタするやつなのだ』
ごめん。やっぱ少しはダメージあるわ。
お手柔らかに頼む。
「ま、まあ、戦利品をわたくしが貰うのは当然ですわね。──と言いたいところですが」
「どうした?」
「そんな重そうなもの持っていけませんわ。アイテムボックスもありませんし、メイのポーチにも入りません」
「ああ。それもそうか」
アイテムボックス系のスキルを持っていない探索者は、アイテムをリュックやポーチに入れておいたりする。
剣や盾などの装備品は大きくて重いため手持ちになるが、装備する分を一式揃えておくのがやっとだ。
ニニは力が無いため、盾なんて持つだけで精一杯。モンスターが現れても構えて防御なんてしてるより攻撃した方が速い。メイも土魔法で防御する方が手軽で合理的だろう。
そうなると、高性能とはいえ重い盾は宝の持ち腐れだ。
「じゃあ俺がダンジョン協会に持ってって、換金してから渡すよ」
「ええ。そうしてくださいな」
「──ありがとな、ニニ」
「は!? なんですの急に!?」
ニニが顔を真っ赤にして防御のポーズを取る。
本心から溢れた言葉だったが、脈絡がなさすぎたか。
「いや、ほんとに感謝してるんだよ。メイも。最初はクロネを見つけるまで手伝ってほしいって約束だったのに、結局、巨大目玉のモンスターを倒してクロネを助けるのも協力してくれたし」
「べ、別にっ! 気にするほどのことじゃありませんわ! あそこまで行って見捨てたら恨まれそうですし、毒を食らわば皿までというヤツですわっ」
「お嬢、お嬢。それをいうなら乗りかかった船です」
「うるさいですわねっ!」
ぷいっと顔を背けるニニ。
「それに、元はといえば、わたくし達のせい、みたいなところも、なきにしもあらずですし──」
「ホントですよねえ」
「お黙り、メイ」
「…………そんな事はないにゃ」
クロネが小声で呟くのが聞こえた。ニニ達には聞こえていないのか2人の反応は無かったが、クロネはそれ以上は何も言わなかった。
ニニが俺達を殺しかけて、クロネはニニ達を殺しかけた。だけどニニ達が命懸けで俺をここまで運んでくれた事はクロネにも伝わっているはずだ。
きっとこの救出劇で、互いを許すことができたんだと、俺は信じてやりたい。
「それじゃ、もうここに用はないし地上に戻るか」
「ああそのことなんですけど提案が」
メイがスッと挙手をする。
「もう脅威は去りましたし、まずこのダンジョンをクリアしてから戻りませんか?」
まあせっかく深層まで来たし、それは思わなくもないけど。
「無理しない方がいいんじゃないか? クロネは下半身が、俺も利き足が宝石化してる。ニニも義足が両方壊れてるだろ。全員が全員、満身創痍だ」
「私は無傷ですが?」
「知っとるわ。だから、まともに動けるのメイだけだろ? 移動すら大変なのに、とても深層ボスに挑めるコンディションじゃねえよ」
▽『いやカラスくん』
▽『じつは深層ボスはもう倒してるんだ』
え? なに? どういうこと?
「先程の告白タイムのときヒマだったんで、雑談がてらちょっと探索してたんですよ」
「お前、探索者の素質あるよ」
「カラス殿はそうでもないですよね」
「悪かったな???」
メイとリスナーの皆の話では、そのとき深層ボスのフロアを見つけたらしい。しかし扉は破壊され、夥しい数の赤い宝石が地面や天井から生えていたそうだ。通路の先にダンジョンコアのフロアが見えたが、道が宝石でほとんど塞がっていたため引き返してきたのだという。
つまりあの大目玉は深層ボスだったという事らしい。それならあの厄介な能力も納得だ。付け加えるなら、この深層は、ボスが徘徊するダンジョンというわけか。とんでもねえトラップだな。
▽『深層ボス相手によくひとりで持ち堪えたよクロネちゃん』
「愛の力にゃ♥」
クロネはドローンの向こうのリスナーさんに向かってポーズを取る。
▽『飛ばしてるなあ』
▽『ダンジョンクリアできるならした方がよくない?』
▽『トラップ全部停止するからね』
▽『モンスターも消滅するんだっけ?』
▽『それはクロネちゃんがクリアした場合ね』
▽『それならこのまま深層から戻るよりも安全だよね』
リスナーのみんなの意見もダンジョンクリアに傾いている。手負の状態で帰還するなら、むしろクリアしたほうが安全というわけだ。
カラスキック使えないと、下層のモンスターですら厄介だしな……。
「よし、そんじゃサクッとこのまま深層クリアして地上に戻るか!」
「えいえいおーにゃ♪」
▽『おー!』
▽『えいえいおー』
▽『おーっ!』
▽『おーっ!』
▽『おー』
▽『応ッ!』
▽『おおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
「えいえいお〜」
「……え? な、なんですのメイ、こっちをじっと見て」
「えいえいお〜?」
「まさかこれ、わたくしもやる流れですの?」
「えいえい?」
「…………お、おーですわ」
──なにも出ませんように。
俺がクロネを、メイがニニを抱えてボスのフロアに辿り着く。クロネはこの状態で猫に戻るとなにがあるか分からないので、人間態のままでいてもらっている。俺は片脚がろくに動かない状態なので、移動だけでもかなり時間がかかる。
「ご主人、大丈夫ですかにゃ? 重ければうちはその辺に置いて行っても……」
「平気平気。この重さもむしろ幸せだから──さ」
「やだもーご主人ったら♥♥」
後ろから何度かニニの舌打ちと、メイのからかうような声が聞こえた気がした。
うん。俺もちょっと情緒バグってるかもしれん。自重するわ。
数分後、ボスのフロアと思しき場所にたどり着く。
メイの言った通り扉は破壊され、赤い宝石が至る所に生えていた。この扉から深層ボスが脱走して暴れてたなんてな。
コアへ続くと思われる道も、赤い宝石で塞がれている。
▽『これぜんぶ探索者の死体なのかな……』
▽『食べ残しっていうか残骸っぽいな』
▽『残酷……』
もう死んでいるとはいえ、彼等を崩して進むのは気が引けるが、ここを通らないわけにもいかない。
「──申し訳ありません、皆様。ドローンのバッテリーが心許ないので、配信切りますね」
▽『マジか! 充電大事に!』
▽『帰還が最優先な』
▽『おつからす〜』
▽『おつくろね!』
▽『おつからくろ』
▼『おつニニ』22円
俺が悩んでいると、メイが配信をストップした。死体を崩す様を配信にのせるわけにはいかないと、配慮してくれたのかもしれない。
「なるべく丁寧に取り除きましょう」
「ああ。そうだな」
俺達は手を合わせて彼等の冥福を祈り、先へ進んだ。
〜ハラジュクダンジョン深層・コアと台座のフロア〜
このダンジョンも他と同じように、広いフロアの中央で、台座の上に浮かぶコアがあやしい輝きを放っていた。
キョウキピエロに襲われたときのことを思い出し、少しだけ肝が震える。
「このコアを押し込めばクリアできるんですわよね?」
「あ。普通はそうなんだけど、クロネに頼んだ方がいいかな」
「なんでですの?」
ニニとメイに特殊クリアの事を説明した。クロネがコアに触れると猫幽霊さんがイタズラでコアを転がし、壊してしまうのだ。すると普通にクリアするのと違い、モンスターも即消滅する。
メイは俺達の動画を見ていたのか、知っていたようだった。
「合成にしか見えませんでしたけどね。ダンジョンコアが壊れるなんて聞いたことありませんし」
「まあねえ……俺も初めての時は焦ったわ」
「もしかして私でも壊せたりするんですかね?」
「どうだろ? やってる人見た事ないからな」
メイは土魔法で椅子を作ってニニを腰掛けさせると、ダンジョンコアを横に押したり叩いたり蹴ったりしていた。かなり激しめに攻撃しているように見えたが、コアは微動だにしなかった。
「やはり無理なようですね」
「そうだな……ってメイ! 拳から血が出てる!」
「おや。ほんとですね」
メイの手から、血が滲むという表現では生ぬるいほど、ぼたぼたと血が流れ落ちていた。アイツなんであんな怪我してるんだ?
「なにやってんだよもう!」
「いえ。それよりカラス殿、ひとつお願いがあるのですが」
「え、なんだよ。っていうかそれ、すぐ手当したほうがいいぞ」
「約束しましたよね“クロネ殿を見つける代わりに、ひとつだけなんでもお願いを聞いてくれる“と」
「したけどさ、それ今じゃなきゃダメか?」
「はい」
「わかったよ。それで、メイのお願いって?」
「死んでください」
「え、なんて?」
「死んでください。と、そう申し上げたのです」
……なに言ってんだ?
メイの様子がおかしいのはいつものことだし、これもただの冗談だよな?
この瞬間まで俺は忘れていた。
ダンジョンコアのルールの事を。
「いますぐここから離れるにゃ、ご主人!!! そいつ、自分の血をダンジョンコアに捧げたにゃ!!!」
フロアの入り口が土魔法の壁で覆われたのと、クロネが絶叫したのは、ほぼ同時だった。
「メイは今、このダンジョンの、ダンジョンマスターになったにゃ!!!」




