第48豚 悪役令嬢ニニちゃん、愚かな鴉と黒猫を断罪する!?
★前書き★
★大企業の社長令嬢ニニの視点です★
〜ハラジュクダンジョン中層〜
わたくしは二二・真珠。
メイドのメイと共にウエノダンジョンで死にかけていたところを、親切な狐面の女性に助けられたのですわ。
しかしモンスターに喰い千切られた四肢は戻らず、わたくしの白く美しい手足は義手と義足に置き換わってしまいましたわ。ひとまず日常生活に支障ないくらいには動かせるようになりましたが──。
悲劇はそれだけでは終わりませんでしたわ。
親に黙って使用人をダンジョンに連れて行った挙句に大勢死なせてしまったわたくしは、絶縁状を突きつけられて屋敷を追い出されてしまったのですわ。
わたくしに残されたのは別荘と使用人のメイ、それにわずかな手切れ金のみ。
「たった50億と別荘ひとつに使用人ひとり、わたくしはこれからどうやって生きていけばいいんですの……」
「それはわりと余裕では?」
──ですが、嘆いてばかりもいられませんわ!
今のわたくしには"為すべきこと"があるのです。
物陰から"ターゲット"の様子を確認しますわ。
「くくく……中層ボスを倒して完全に油断しきっているようですわねえ、バカラス──!」
「お嬢、台詞と表情が完全に悪役です」
「お黙りなさい! あいつは人殺しですのよ? 正義はわたくしにあり、ですわ!」
わたくしは命の恩人である狐面の女性から頼み事をされたのです。
彼女が言うには、最近不審死したカミテッドやタイガーアドベンチャーは、あのバカラスによって殺されたみたいなんですの!
まったく信じられませんわ! 信じられませんわ!
カミテッドの不祥事を晒してわたくしのイメージガールの話をパアにしただけでは飽き足らず、邪魔な人間を殺して人気を獲得していただなんて!
「何人も殺しておいてあんな風に平然と配信するなんて、いったいどんな神経をしていますの?」
「教室で拝見したときはフツーの高校生に見えましたがね。……彼は」
「ああいう地味な見た目のヤツが一番危ないんですわ!」
悔しいですわ! 悔しいですわ!! わたくしがこんな目に遭っているのも、それもこれも、元を辿ればみんなあのバカラスのせいですわ!!
「社長令嬢であるこのわたくしをコケにした罪は重いですわよ」
「お嬢、それを言うなら"元"社長令嬢です」
「ぐっ……お黙りなさいっ!」
「それより──動作テストもなくいきなりブッ放す気ですか、それ」
メイはわたくしの義手に目を落とす。
真紅の引鉄。"魔導粒子砲"──と、狐面の方は説明していましたわ。ダンジョン内で使えばビーム砲が射出される兵器。それがわたくしの義手に内蔵されているそうですわ。
「テストなんて必要あります? 危険は無いと言っていましたし、音や光で気づかれたら元も子もありませんわ」
まあビームといって見た目や音だけで殺傷能力はなく、あたると痺れてしばらく動けなくなる程度だとか。これを使ってバカラスをこらしめ、二度とダンジョン探索ができないようにする。それが狐面の方の依頼なのですわ。
そしてわたくしは正義の鉄槌を下すシーンを配信し、英雄としてバズりまくり、バカラスも両親も土下座させてやるのですわ!
「メイ、配信準備はできてますの?」
「え? ……ああ〜、もう配信やってますやってます」
「コメントが見えませんわよ?」
「ああ〜……なんか機材の調子がおかしいみたいです。それよりほらほら挨拶しなきゃですよ。こんブヒこんブヒ〜」
「挨拶は"ハロニニ"ですわ!?」
まあいいですわ!
そろそろ油断し切っているバカラスを叩きのめす時間にしましょう。この距離ならダンジョン内の雑音に紛れて物音は聞こえない筈。右の義手の指を開いて、手のひらをバカラスの後頭部に向けますわ。
これでジ・エンド! ジ・エンドですわ!!
「────────あら?」
「どうしました?」
「クロネが居ませんわ」
「お嬢! 上です! 避けてください!!」
ゴッ ガゴゴッ
メイに身体を押されたわたくしは、地面に倒れ込んだ。頭上からスイカ大の岩が落下してきたのは、その直後だった。
避けきれず、義足を片方潰されてしまった。
ゾッ
血管に雪を流し込まれた心地になる。
時間が凍りつき、ぞわっと肌が冷える。
呼吸が苦しくなるほど心臓が早鐘をうつ。
今、死んでいた。
避けなければ死んでいましたわ。
なあ
「ぅうぐああっ!!」
「メイ!?」
メイの頭部が、青い炎を纏って燃えている。
無理矢理岩をどかし、メイを助けるために近くまで這い寄って、ぎょっとした。炎の形をした何匹もの猫が、メイの頭部に愉しそうにじゃれついているのだ。猫達はメイの髪の毛をひっぱって焦がしたり、顔の肉に噛みついたり叩いたりして遊んでいる。
なあ
なあ
「う゛……うぎいっ……」
「このっ──メイから離れなさい!!」
倒れ込んだメイの顔から燃える猫を引き剥がす。
まるで生きた高熱の火の塊だ。近づくだけでも熱風に髪を焦がされる。
義手でなければわたくしの両手も焼け爛れていただろう。実際、振り解こうとするメイの手は赤黒く焼け爛れていた。
なあ… …
… …なあ
「しっ! しっ!!」
どうにかすべての猫を追い払う。
メイは地面に蹲ったまま、動こうとしない。
もしメイが死んだら、わたくしはどうなりますの──?!
確か、確か、火傷ポーションがあったはず!
鞄からポーションの瓶を取り出す。……義手でなければ指が震えて取り出せなかったかもしれないですわね。
──これでなんとか──
「メイ、しっかりなさって────ぎゃっ!?」
脇腹に鈍い痛みが走り、ダンジョンの床をゴロゴロと転げる。仰向けに止まり、何者かに横腹を蹴飛ばされたのだと気づいた。
「げほ、あ、あなたはっ」
薄い闇の中に、黒髪の少女が立っていた。
獣のような眼光が、ぎょろりぎょろりとあたりを見渡している。
「クロ、ネ…………」
ぴたっ と、クロネの目の動きが足元で止まった。
自分の名前を呼ばれたことに反応したのかと思ったが、そうではないとすぐにわかった。クロネは足元の拳大の石を拾い上げる。
探していたのだ。
凶器を。
「ま、待ってください! 降参ですわ! 降参ですわ! 驚かそうとした事は謝ります! ですがここまでする必要は──」
クロネは私の方へひたひたと歩いてくる。
その顔を見てすぐに、命乞いは無意味だと気づいた。
彼女は、クロネはこんな顔をしていただろうか。
わたくしの事を見ているのに、わたくしの事をまるで見ていない。
ああ、思い出した。この顔、見た事がある。
わたくしがクッキーを落としたとき、使用人が拾ってゴミ箱に捨てていた。丁度そのときのような顔だ。
クロネは、わたくしに、これから殺す相手に、一切の興味を持ってない。なるべくはやく視界から消えてくれればいいと思っている。
そういう顔だ。
「たっ、助け──」
彼女はわたくしの頭上で石を振りかぶった。
「カミテッドのユウヤ達も、そうやって殺したのですか?」
クロネの動きが止まる。
瞳がわずかに揺れ動く。
能面のような表情に"どこでそれを?"という驚きが混じった。
「誰から聞いたにゃ?」
「彼等を殺したのはカラス殿ではなく、クロネ殿なのですね」
「誰から聞いたにゃ?」
ゴッ
クロネが石を、わたくしの残った義足に落とした。
これで義足は二つとも破壊されてしまった。
「カラス殿が知ったらどう思うでしょうね」
「誰から聞いたにゃ?」
ドゴッ
「あぐうっ」
わたくしの鳩尾に石が落とされる。
口から血の泡が噴き出す。
あばらが折れたかもしれない。
痛い。息ができない。死ぬ。死んでしまう。
「この人殺し」
「あいつらは死んで当然だにゃ。で、誰から聞いたにゃ?」
クロネは再度石を拾い上げながら、冷たい視線はまっすぐメイの方に向けている。はやく喋らないとこいつを殺すぞ、と、メイを脅しているのだ。
「──ッああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「──!!」
わたくしはクロネに手のひらを向け、真紅のトリガーを引く。"魔導粒子砲"。威力は無いが、動きは止められるはず。
────そのはず────
────でしたのに────
凄まじい爆音と反動を伴って放たれた"それ"は、光とともにダンジョンの岩壁を削り取った。わたくしとメイは爆風で壁に叩きつけられる。
いくつかの箇所で天井が落盤する。
これが"安全な兵器"などではない事はすぐに理解できた。
「ぐッ──土魔法"ドーム"ッ」
メイが土魔法で屋根を形成する。土魔法は瞬発力はないですが、頑丈な防御壁を作れるのです。
ドーム……といっても前面の開いたかまくら型だ。完全に塞げば酸欠になるし、こちらも脱出が難しくなってしまうためですわ。ひとまず落ちてくる岩に押し潰される問題は無くなりましたわ。
残る問題はひとつ。
クロネは、どうなった──?
跳んで逃げたようにも見えたが、薄暗くてハッキリとはわからなかった。直撃していれば命は無い。ですがもし打ち損じていれば、今度こそわたくし達を殺しに来るでしょう。
そうなれば今度こそ──逃げ場はない。
やがて。
崩落が落ち着き、土煙が晴れる。
「────何を、やって、いるんだ。お前らは────!」
そこに立っていたのは、巨大な盾を構えた黒髪の少年。
骸屍カラスが、怒りの形相で此方を睨みつけていた。




