#94 舞い込んだ、指名依頼 6
アリスが持ち込んできた依頼で思ったよりかなり早くパルネイラ行きの船の手配が済んでしまった。
まあ準備が順調に進んで行くのはいい事だし、この調子で他の準備や用事も片付けてしまおう。
そうなると街に出ているんだからついでにミシェリさんの様子を確認して完全に仲間へ引き込む段取りをつけてこよう。
アリスの泊まっていた宿を出たその足でミシェリさんの店へ向かった。
港側から朝方の閑散とした花街に入り、人の気配がほとんどしない裏路地を抜けて店の扉を潜った。
ほとんどの商売から手を引くと言ってくれた通りに客の姿はなく、ミシェリさんは忙しなさそうに商品の薬や魔道具を片付けていた。
「少し時間をもらっていいかな?ミシェリさん」
「あら、リクじゃない。様子を見に来てくれたの?」
「それもあるんだが、俺達の予定が変わってな。しばらくはトロスの周辺にいるつもりだったんだけど、依頼が入って遠出をする事になったんだ。それでミシェリさんの身辺整理が終わる頃にはここにいない可能性が出てたし、多分暫くトロスへは戻ってこられない。だから仕事の整理は終わってないだろうけど、俺達が出発する前にあの腕輪を作ったうちの錬金術師と引き合わせようと思ってるんだが、ミシェリさんの意見を聞かせてくれ」
「そういう事なら私にとってもありがたい話だから、異存はないわよ。それでいつ引き合わせてくれるの?」
「たぶん出発する準備に最低でも4〜5日位はかかるから、その間でミシェリさんの都合がいい時に俺達で合わせるよ」
「だったら今日は予定が何もないし、これからすぐがいいわ。それでも構わない?」
「大丈夫だ。早く用事がすむのはこっちにとってもありがたい」
「じゃあ、決まりね。出かける支度をするから、少しここで待ってて」
笑顔で答えてきたミシェリさんはカウンターの上に広がっていた魔道具や魔法薬だけは棚へ片付けて店の奥へ引き上げていった。
片付けのため汚れてもいいような地味な格好をしていたミシェリさんだが、華やかな服に着替えて戻ってきた。
「お待たせ。行きましょう」
ここまで話が早いのは本当にありがたいがクライフに合わせるとなると絶対にやっておく事がある。
「わかったが、その前に約束通り言動を縛る魔術を使わせてもらう。構わないよな?」
「勿論よ。どうすればいいかしら?」
「俺が直に触って術をかける。触った場所に跡が残るけど、治癒術ですぐに消すから。それでも一応髪に隠れるうなじの辺りがいいだろうから見せてくれるか」
「分かったわ。これでいいわね」
髪をかき上げ背中を向けてミシェリさんが見せてくれるうなじへ指先に小さな火を灯して触れる。
同時に隷属刻印のアビリティを発動し、しっかり刻印が出来た手応えを感じて指先を離しついでに火傷になっている部分に回復魔術もかけておいた。
「魔道具や特別な準備もしてないのにすごい強制力のある術ね。でもこれでリクお抱えの錬金術師さんに合わせて貰えるのね?」
ミシェリさんへ頷き返し、戸締りをして4人で店を出た。
真っ直ぐ借家へ戻りそのまま地下室へ案内する。
興味津々という顔でミシェリさんは俺の後ろをついてきて、4人も入ると中が手狭になりそうなので外から研究室へ声をかけた。
「クライフ、出てきてくれるか?」
俺の声にすぐ道具を机へ置く音がしてひとりでに扉が開いた。
続けて部屋から出てくるスカルウィザードの姿に後ろにいるミシェリさんから流石に息を呑む気配が伝わってくるが、これだけは慣れてもらうしかないな。
「お呼びですかな。リク様」
「ああ、クライフが希望してた助手を連れてきた。紹介は必要ないよな?」
「ええ、わたしが人間だった頃に弟子だったミシェリ君で間違いありません。あのころから綺麗でしたが増々女ぶりが上がりましたね、ミシェリ君」
クライフに声をかけられ俺が振り返った所でやっとミシェリさんの強張りが取れて口を開いた。
「本当にクライフ先生なんですね。あの腕輪を見てもしやと思っていましたし、そのお姿だったんでかなり驚きましたけど、声を聴いて何とか納得できました。でもクライフ先生はどうしてアンデットになられたんですか?先生は死霊魔術の研究をなさっていなかったと思いますけど」
「ああ、それはですね。ミシェリ君達にも内緒で進めていた錬金術の実験に失敗して、逆に僕の体が分解され地脈へ取り込まれて地縛霊のようなものになっていたんですよね。そこをリク様からこのスカルウィザードの体を与えて頂き配下として働いているんですよ」
「あの時急にいなくなったのはそういう理由だったんですか。いきなり行方不明になられたんで後始末が大変だったんですからね?」
「いや、申し訳なかったですね。代わりにはならないかもしれませんが、これからまたミシェリ君の指導をさせてもらいます。ここはドワーフの名工と共作なんかもできますからきっと楽しいですよ」
「はい、またお世話になります。クライフ先生。それにしてもリクの死霊術は大したものね。先生の姿は変わったけど、今話した感じは昔のままだもの。腕利きだとは思っていたけど、剣士としての力量だけじゃなく魔術の腕も並はずれているのね」
俺の株が上がるのは素直にうれしいし努力もしているつもりなんだが、神様にもらった魔体が高性能なお蔭が大きいんで少し面映ゆくもあるな。
そういえばミシェリさんへ俺が魔人だとまだ話してないし、隷属刻印も打ち込んだんだから秘密にしておく必要も無いか。
「一応その理由を説明すると、俺はこういう者なんだ」
魔体を超人体から溶岩体へ換装して見せたらまたミシェリさんは息を呑んで驚いてくれた。
「うそ・・・魔人?」
「ああ、心配いりませんよ。ミシェリ君。リク様は人間との共存共栄を目指いている変わり種の魔人ですから」
「どういう事ですか?」
ミシェリさんはクライフへ問いかけていたが、横から俺が口を挟んで答えた。
殺すよりの支配領域で生活してくれた方がより力を得られる事を説明して、敵対していない人族へ手を出すつもりはないと話した。
加えて支配領域下の人族がより活発に暮らしてくれたらさらに力を得られるので、トロスの経済を少しでも良くしようと考えているとつけ加える。
そこまで話した所でミシェリさんの強張りが取れて納得顔になってくれた。
「ああ。だから魔人なのにトロスの海運へ投資しようなんて思ってるのね。かなり驚いたんだけど、よく考えたら高位の魔人の守護する領域の方が下手な領主の納める土地よりよっぽど安全よね。そうだ私もここへ越してきていい?空いている部屋はまだあるみたいだし人手があって困る事は無いでしょ」
「まあクライフだけがこの借家に残る事もあるから、誰か普通の人間がいてくれるのはありがたいな」
「じゃあ、それも決まりね。今日中に最低限の引っ越しは済ませたいからリクや後ろの2人も手伝ってね」
相変わらず即断即決ですねぇとつぶやいてクライフは研究室へ戻り、喜々としたミシェリさんに引きずられるように俺達はまたミシェリさんの店へ向かった。
何とかその日の内にミシェリさんの引っ越しを大まかに終わらせた翌日、廃坑を監督しているというアリバイ作りに俺はガディを連れてトロスを出発した。
ついでに廃坑の最下層へ北の砦や隠れ里の責任者を集めて転移許可証の首飾りを配ってしまおうと考えてる。
2人だけなのでかなり早く歩け昼前には廃坑に着けた。
坑道の入口付近の工事は基礎を広げる一方で上物も作り始めてもいて順調そうだ。
そんな作業をしてくれているドワーフ達をトロスから持ってきた食事を振舞って労い、俺も昼食を取ってから坑道内へ入った。
気配探知と作業しているドワーフ達からの聞き込みで採掘をしていたザイオを見つけだし一緒に最下層へ下りた。
一応鉢合う魔物は仕留めながら楔の元へ行き、警備をしてくれているロックガーディアン達を労って冥炎山の隠れ里の里長タイトスと同自警団の団長ブルトを呼び出して連れてくる。
続けて北の砦へ出向きヘムレオンと獣人の顔役を捉まえて廃坑の最下層へ戻った。
初対面となる隠れ里と北の砦の面子は互いに警戒していたが、構わず俺の要件を話し始めた。
まず転移許可証となる首輪を配ってその役割を説明し、隠れ里と北の砦の転移での行き来を許可する。
これを契機に両者の間で食糧なんかの取引を行うようになってくれるといいんだが、俺が強制して取引自体に悪印象を持たれても不味いので自然と始まるのを待つしかないかな。
ついでにザイオへ俺達の予備の武具の注文も合わせてしておいた。
最後に大地竜山脈の北を回って王都へ向かう俺の予定を話し連絡が取り辛くなると告げて散会したんだが、話の途中から思案顔だったザイオが話かけてきた。
「リク殿の予定を聞いて一つお願いしたい事が出来たんじゃが、聞いてもらえるかの?」
「ああ、いいぞ。言ってくれ」
「では、儂らがあの森へ移住してきたというのは前にも言ったと思うがの、あそこへ移る前に暮らしていた場所がこのあとリク殿が足を運ぶという大地竜山脈の北部なんじゃ。リク殿のおかげで確保出来たあの砦にはまだまだ住む場所が空いておるし、この坑道前の整備も順調に進んでおる。丁度良い機会なので残った者達にこっちへ移ってくるよう伝言して欲しいんじゃ。勿論無駄に疑われたり話がこじれんよう手紙や手紙を保証する証拠の品も儂らで用意させてもらう。お願い出来んかの?」
ザイオの話は理にかなっているし北の砦や廃坑を管理する人手が増えるのは俺にとっても悪くない話だ。
でもザイオ達と最初に接触した反応を考えると手紙やそれを証明する証拠だけで魔人である俺の支配下への移住を簡単に納得してくれるとは思えない。
移住の話をしに行くのはいいが、もっと強力な説得材料が絶対に必要だろうな。
「ザイオ達が住んでた場所へ出向くのはいいが、魔人の支配下へ移住しろって話を手紙だけで納得してもらえるとは思えないな。それより近くまで行ったら楔を打ち込んでザイオ達を転移で呼びよせるから、お前達自身で説得してくれ。俺達が顔を出すのはある程度話が纏まってからの方がいいだろ」
「・・・確かにそうして下さるならありがたいのじゃが、よいのかの?」
「ああ、北の砦やこの坑道に人手が増えるのは俺にとってもありがたいからな。ただ楔の転移機能は移住の説得が終わるまでは黙っててくれ。砦に着けば絶対にばれるが、移住を拒否するやつが出る可能性もあるだろ?」
「言われてみれば、その通りじゃの。この坑道の話をすれば儂らドワーフは絶対断らんと確信できるのじゃが、エルフや獣人の中には袂を分かつ者が出るかもしれんな」
「それなら楔の転移機能の絶対に口外しないでくれよ。話がうまく纏まったら移住を円滑に進めるため楔の転移を利用してもいい。まあ腕と足に自信がある連中の何人かには転移を誤魔化すアリバイ作りで実際に歩いて砦へ向かってもらうがな」
「承知した。説得に行く面子をなるべく早く決め、よく言い含めておこう。リク殿が出発するまでに大まかな地図を用意させるから受け取りに来て欲しいの。目的地に近づいたら儂らを呼び出してくれ、きっちり案内をさせてもらうぞ」
「頼む。そうだ今思いついたんだが、最低でもザイオ達が住んでた場所へ着くまでには頼んだ武具を仕上げてくれよ。無理やり力ずくで作らされたとは言えない出来の武具を俺達が着て行けば、いい協力関係が成立してるって残っている連中を納得させるいい材料になるだろ?」
「なるほど良い案じゃの、リク殿。丁度質の良いウーツ鉱石が取れ始めておるし、残った連中が悔しがるような品を作らせてもうぞ」
気合の入った表情で鉱石の採掘に戻るザイオを見送ってから俺は坑道を出て廃坑の前でテントを張って一夜を明かした。
お読み頂きありがとうございます。




