#93 舞い込んだ、指名依頼 5
気分よく一夜が明け、今日からはパルネイラ行きの準備を順序良く済ませていこう。
まずは午前の内にアリス嬢と面会を片付ける。
会いに行くのは女性なんだからティータとティーエを連れて借家を出た。
朝食を提供する屋台が一段落して人通りが増え始めている街中を抜け、昨日貰った地図に書かれてある場所を目指す。
目的地は港の近くにある海運を生業にする商人御用達の宿屋みたいだ。
サラの地図通りの大通りに面した場所にちゃんと宿はあり、一応入口付近を掃除していた下男に声をかけて宿の名前も確かめた。
ついでにその下男にチップを渡してアリス嬢の部屋へ俺達の到着を知らせに行ってもらった。
女性の支度は何事にも時間が掛かるものだから暫く宿の前で待つ事を覚悟していたんだが、戻ってきた下男が俺達を宿の食堂へ招いてきた。
どうやらアリス嬢の侍女メリエラからの指示されたようだ。
お茶を出してもてなすようにとも言われたそうで暇つぶしにはいいので1杯ごちそうになろう。
宿の食堂へ移動し3人とも宿から出されたお茶を飲み干した頃侍女のメリエラが俺達を案内しにやってきた。
通された部屋では正装したアリス嬢に出迎えられテーブルを挟んで対面するソファーへ腰を下ろした。
「朝早くから足を運んで頂き、ありがとうございます。リクさん」
「面会の要請はそっちからだが、出向いてきたのは俺の都合なんで気にしなくていい。ついでに言わせてもらうとアリスさんは今回の騒動に巻き込まれた側なんだからあんまり気を遣わなくていいと思うがな。まあ首輪の代金を支払ってくれるのはありがたいんで、遠慮せず受け取らせてもらう」
話を早く進めるためこういったんだが、アリス嬢は深々と頭を下げてきた。
「そう言って頂けるとありがたいのですが、実を言うとお詫びやお礼は半分くらい面会して頂く口実で、リクさんへ依頼したい事があるんです。でもその前にきちんとお支払いを済ませるべきですね。メリエラ、お願い」
顔を向けて声をかけられた侍女のメリエラが俺の前にチャラチャラとコインのこすれる音がする子袋を置いた。
お納めくださいとメリエラ女史に促されたので中身を確かめる。
以前限定因果状態の看破眼で見た奴隷化の首輪の相場よりかなり上乗せした額が入っていて、お礼や謝罪の気持ちにもそう嘘はなさそうだ。
ガルゴ・アルデスタ男爵へ一泡吹かせるためアルトン伯爵の護衛をすると決めているが、最低でも依頼の話くらいはきちんと聞こう。
「確かに。これで廃坑での一件はお互いに遺恨なしにしよう。貸しや借りのない対等な立場でアリスさんの依頼の話は聞かせてもらう」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。リクさん達へお願いしたのはもうすぐここを立つので道中私や配下の者達を護衛して欲しいのです。目的地はパルネイラにあるコランタ商会の支店。陸路ではなく私共が王都から乗ってきた船を使い海路での移動を考えていますから、リクさん達のも同乗お願いする事になります。報酬は最大限リクさんの要望に答えさせて頂きますし、前金と後金に分けてのお支払いになりますが食費や滞在費などの諸経費にパルネイラからの帰りの旅費もこちらで負担させて頂きます。お願いしたい依頼の概要はこんな所ですが、ご不明な点があれば説明させて頂きますので何でもお聞きください」
驚くくらい俺達にとっても渡りに船な依頼だが、すぐに了解を出したら俺達の事情を勘ぐられそうだな。
あと昨日の思いつきが実行できるかもあるし、確認したい疑問もある。
船を捜す手間が省けるのでありがたい依頼だが、もう少し話を聞こう。
「そう言うなら遠慮なく聞くが、まず行先がパルネイラなのは何でだ?まあ王都には命を狙ってきた奴がいるんだろうから戻れないのは分かるがな」
「それはパルネイラの支店を任されているのが母の弟にあたる叔父なんです。リクさんも聞いていた通り私を狙った兄と叔父は不仲ですから、今回の事を話せば父よりも私に協力してくれると思っています。だからまず叔父を味方にしておきたいんです」
「なるほどな。それなら納得だ。次はこっちの問題でもあるんだが俺達は海上の護衛には向いてない。一応全員最低限の魔術は使えるし、後ろにいるティータとティーエは水の精霊も扱えるが水上での戦闘経験はほとんどない。まあ襲って来る海賊を返り討ちにする位は楽勝だろうけど、水中の魔物の相手は難しいかもしれないぞ?」
「失礼かもしれませんがリクさんに護衛をお願いする主目的は魔物対策ではないんです。実はリクさんに捕らえて頂いたあの男を証人として連れて行こうと思っています。ですがあの男が自滅覚悟で暴れた場合に生かして取り押さえられるだけの腕のある者が今の私の配下にはいません。リクさんにはその場合の備えを優先してお願いするつもりでした」
「それも納得できる理由だな。後は報酬について聞きたいが、その前に一つ教えてくれ。船の2隻動かすだけの船員を余分に連れて行けるか?」
「船の大きさにもよりますが、船倉にはまだ空きはあるので大丈夫だと思います。でもそれが報酬と何か関係があるんですか?」
「いや、今話をしている間に思いついたんだ。詳細は言えないんだがこの半島の西海岸にある瘴鬼の森に接した砂浜に海賊船が2隻うち上げられてるんだ。ここトロスから半島に沿ってパルネイラへ行くなら必ず近くを通るよな。人手があればその海賊船を回収してパルネイラで売れないかと思ってな。報酬の代わりにその船を輸送する人手の手配を頼もうかと思ったんだ。中古で傷があっても海賊船として使える大きさの船2隻なら普通の護衛依頼の報酬なんて目じゃない金額で売れるだろ?」
これが昨日トロスへの帰り道に閃いた思いつきで、アリスには売ると言ったがトロス、パルネイラ間の海運に使いたいと思ってる。
トロスの活性化に少しでも役に立つと思うので上手く回収出来たら支援を確約してくれているギラン商会へ話を持ち込んでみるつもりだ。
「それはリクさんの言う通りですし、質問された意味も分かりました。でも最後に確認されたのがいつかは分かりませんが、今も修理可能な状態でその海賊船が残っているとは限らないんじゃないですか?」
アリスの懸念はもっともだが話に上げた2隻の海賊船は楔の格納領域に保管していて、乗っていた連中を仕留めて回収した時のままだ。
乗っていく船があの砂浜に近づいてから気づかれないように2隻の海賊船を戻せば確実にパルネイラへ運べると思うがそれは明かせない。
ここは損が出れば俺が被ると約束して納得してもらおう。
「確かに上手く回収できない可能性が高いかもしれないが、もしだめでも追加で報酬の要求はしない。書面に残してもいいぞ。ただ回収する船の権利が俺達にあるとも明記してもらうからな?」
「分かりました。こちらから護衛をお願いしているんですから、リクさんがその報酬を望まれるならわたし達に異存はありません」
「じゃあ、決まりだ。パルネイラまでアリスさん達の護衛させてもらう」
「お願いを聞いて頂きありがとうございます。少し肩の荷が下りました。こちらとしてはリクさんとの間に遺恨を残したくないので出発前までにこちらで書面を用意します。事前に確認してサインをお願いします」
一礼してくるアリスへ俺も頷き返しておいた。
パルネイラ行きの準備で一番苦労すると思ってた船の手配があっさり済んだな。
でもまだ片付いてない用事もあるし出発までどれ位の時間があるか聞いておこう。
「一つ確認したい。トロスを離れるとなると準備が必要なんだが、出発はこれから直ぐって訳じゃないよな?」
「はい、追加の水夫を手配しないといけませんから。それでその大まかな人数を決めないといけないので回収する船の大体の大きさを教えて下さいますか?」
言われると確かに重要なので、絵心に自信はないが完全記憶領域から船の形を思い出して概略図を2隻分描いてみた。
どうやらそれで必要な事は伝わってくれたようで、必要な頭数をそろえるのに4〜5日は掛かるみたいだ。
2日後にギルドからの賠償金の受け取りもあるから俺にとってもその方が都合がいいし、アリス達の準備が終わったらメリエラが知らせてくれる事になった。
これで依頼について最低限の事は決まったと思うが、護衛を引き受けるならもう少し突っ込んで質問しないといけない事がある。
「護衛を引き受ける以上必要だと思うんで聞くんだが、腹違いとはいえ実の兄に狙われる心当たりがあるのか?」
この質問にアリスの表情が一気に曇った。
「残念ですが今考えると思いあたる事があります。兄の母が父の正妻なのですが、実家の商会の経営が傾いて潰れ兄には有力な後ろ盾がいません。一方私の母は妾なんですが、祖父はコランタ商会で現役の重役なんです。ここからは推測になるんですが私に婿を取らせて後を継がせてはという話でも商会内で上がっているんだと思います。だから兄が仕掛けてきたんでしょう」
「十分な説得力のある推測だな。そうなるとその兄の資金力しだいだが、パルネイラへ移動するまでの間に次の刺客がしかけてくると思うか?」
「可能性はゼロではないと思います。私を襲おうとしたあの男はギルドに監視してもらっていますし配下の動きにも注意していますが、兄に通じている者がいないとは断言できません。そこからあの男の失敗が伝わっていてもおかしくありません」
「なら海上で個人の暗殺者がしかけて来る事はまず無いだろうから、雇われた海賊あたりが襲って来るのを想定して戦い方を考えておくよ。じゃあ、今日はこれで引き揚げて俺達も出発の準備を始めさせてもらう」
「分かりました。よろしくお願いします」
一礼するアリスに見送られて部屋を出た。
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