#91 舞い込んだ、指名依頼 3
問題の書状は昨日の夜、俺達がギラン商会へ戻ってきた後で仲介するよう送られて来たそうだ。
夕食の時ガルゴ男爵がしかけてきた揉め事の話もしたのでどうするかかなり迷ったみたいだが、向こうとの取引の兼ね合いもあるので仲介を断る訳にはいかないと申し訳なさそうに番頭さんは頭を下げてきた。
どうして俺達の動向がガルゴ・アルデスタ男爵へ伝わったのかちょっと驚いたが、少し考えてみるとそうおかしい話じゃないか。
一昨日の夜にはトロスの傭兵ギルドへガルゴ男爵が裏で糸を引いてた職員と揉めたと報告してるし、半日あればアルデスタへもその報告は伝わる。
アルデスタのギルド傭兵ギルドには息が掛かった職員がまだまだいる筈だからそこからガルゴ男爵へ情報が伝わるし、馬車の手配も頼んだんだから俺達がアルデスタへ向かうという情報も同じだろう。
後は俺達と縁があるギラン商会へ書状の仲介を命じて、アルデスタへいる筈の俺達を勝手に探させればいい訳だ。
そうなると何故呼ばれたのかが次の問題で、番頭さんから受け取った呼び出し状へさっと目を通しても最低限の礼儀を保った文体ですぐに来いと書いてあるだけだった。
用件が不明の呼び出しなんかに答えたくはないんだが、ここで断ると俺達がアルトン伯爵の護衛に着くと確信に近い疑念を持たれるだろう。
グライエンさんからは内密にと要請されたし、護衛についた時点でばれるんだろうけどまだ軽く疑うくらいで明確な対応を取られたくないな。
気乗りしないが出向かないといけないようだし、ガルゴ・アルデスタ男爵とどうやれば揉めずに上手くあしらえるかもエクトールさんに助言してもらおう。
恐縮して俺の返事を待ってる番頭さんへガルゴ男爵低への案内と俺達の乗ってきた馬車の準備を頼んだ。
ホッとした表情になって素早く一礼し食堂を出て行く番頭さんを見送り、面倒な用件が舞い込んでげんなりしそうになる気分を少しでも上げるため残りの朝食を一気に腹へ収めた。
食後みんなには出発の準備をしてもらい、俺はエクトールさんの執務室へ足を向ける。
お互い朝の挨拶を交わした所でエクトールさんが書状を2枚手渡してくれた。
「お約束の添え状です。お納めください。それと朝から面倒な話が伝わっていると思います。当会の事情でお断りできなかったのを私からもお詫びします」
「それってガルゴ・アルデスタ男爵様の呼び出し状の件ですよね。領主一族からきた手紙の仲介依頼を断れなんて無茶は言いませんよ。俺としてはアルトン様の護衛の件を下手に勘ぐられたくないんで一応出向いて会ってくるつもりです。ただ依頼の件を疑われず無難に面会をこなせるよう助言位はお願い出来ませんかね?」
「勿論お教えします。基本的には下手に出てガルゴ様を持ち上げておけば問題はないと思いますよ。加えて何か依頼や取引を持ちかけられたならガルゴ様に取って良いように解釈されないよう明確な返答をするべきですね。書面にするのが尚良いですが、ガルゴ様はご自身の発言が記録に残るのを極端に嫌われています。ガルゴ様本人のサインが入った依頼書や契約書を要求すれば間違いなく向こうから話を打ち切ってきますからお断りするなら話が早いですよ」
「・・・それって依頼が完了した後や手を引くと損が出る所まで話が進んだ取引でもそこから話をひっくり返してくるって事ですか?」
「ギラン商会としてはその疑問へ明確にお答えできないので、リク殿のご想像にお任せします」
エクトールさんは色々と含みのあり怒気もはらんだ笑顔でそう答えてくれた。
どうやら俺の言った通りの上、エクトールさん自身も商売で相当嫌な思いをさせられていそうだな。
領主家の分家の当主であるガルゴ・アルデスタ男爵はギラン商会にとっても極端に面倒だがそれでも縁の切れない商売相手って訳だ。
「そうそうもう1つご忠告すると昨日夕食時にお話し下さったガルゴ様が裏で糸を引いた職員との揉め事についてはお話にならない方が賢明ですよ。もしその話題を向こうから切り出してきても喧嘩をしかけてきた傭兵を返り討ちにしただけだと受け答えして、裏の事情は口にせず知らないふりを通した方が良いでしょう」
「謝罪はないでしょうけど、賠償の話が極端に面倒になるんですね?」
「いえ、騒動を引き起こしたとでっち上げガルゴ様の名誉を傷つけようとしている辺りの理由で返って謝罪や賠償を請求される可能性があります」
「あ〜なるほど。一介のギルド職員の証言なんて自分の権力で簡単に握り潰せるから、抗議や謝罪の要求を逆に利用しようって訳ですか。きっとギルド職員を唆した時の面会なんて会った事から記録に残ってないでしょうしね」
「その通りです。傭兵ギルドは他の王国領への面子があるのでガルゴ様へ噛みつくでしょうが、リク殿はもうそのお話へ関わり合いにならない方がよいですね。大体これらの事に気をつけておけばガルゴ様との面会は無難にこなせるでしょう。最後に当分はトロスにいる予定だとつけ加えれば、アルトン様の護衛へ参加するのではという疑惑をある程度は逸らせると思いますよ」
「予定、ですから急な変更があっても文句を言われる筋合いはありませんね。助言ありがとございます、エクトールさん。ガルゴ男爵へ面会したらトロスへ戻るつもりなので今回はこれで失礼します」
「もうお立ちになるのは残念ですが、またお会いできる時を楽しみにしています。合わせてリク殿の御武運もお祈りします」
最後に握手を交わして一緒にエクトールさんの執務室を出た。
俺が話している間にみんな準備を済ませてくれ、用事を頼んだ番頭さんも俺達が借りている馬車へギラン商会の案内役と御者を載せて商会の表に回してくれていた。
エクトールさん達に見送られながら馬車へ乗り込みギラン商会を出発した。
まだ朝方だけあって街中に人は疎らで馬車は快調にアルデスタの中心部を進んで行く。
曲り角以外ではほとんど減速もなく案内役の指示通りの場所に着けた。
これから憂鬱な面会だが、それだけにミスは出来ない。
先に揉め事を仕込んできた相手だし礼を尽くす必要は無いので嘘を見抜けるよう最初から看破眼を起動し、それでも威嚇しすぎて疑念を持たれないようバルバスだけを連れて馬車を下りた。
ガルゴ男爵邸はグライエンさん宅の倍以上はあるだろう豪華な城館で、閉じられた門の前には警備兵も二人立っていた。
城館から人を呼ぶ手間が省けるのでその警備兵へ声をかけて名乗る。
傭兵が何の用だと訝しがっていたが、呼び出し状を見せると城館へ人を呼びに行った。
すぐに執事のような男と警備兵が戻ってきて、もう一度その執事が呼び出し状を確認すると城館内へ案内されこれも中々豪奢な応接室へ通された。
勧められたソファーに座りバルバスは俺の後ろに立って控えてくれる。
執事が出て行ったあとすぐにお茶を振舞ってくれたが、呼び出した当のガルゴ男爵がなかなかやってこない。
小一時間ほど待たされもう面会をキャンセルして帰りたくなってきた所で、老年に差し掛かった小太りの男が案内してくれた執事と数名の武装兵を引きつれて入ってきた。
ガルゴ男爵だろう先頭の男が纏う雰囲気からして座ったままだと何か嫌味がきそうなので、気を引き締め直し向こうが口を開く前に俺の方から立ち上がって頭を下げておいた。
「初めまして。傭兵団炎山を率いるリクといいます。後ろの者は補佐のバルバスです。ガルゴ・アルデスタ男爵様でいらっしゃいますか?」
鷹揚に頷いたガルゴ男爵が俺の対面する上座へ回って腰を下ろす。
勧められた訳じゃないが俺も座り直し今度もこっちから口を開いた。
「ギラン商会を通じて呼び出し状を受け取りましたので即刻参上しました。それで今回はどのような御用件で我々を呼び出されたのでしょうか?」
俺の問いかけを聞いてガルゴ男爵が少し不機嫌になる。
表情から察すると面会のチャンスが勝手に転がり込んで来たんだから仕込んだ揉め事について俺が謝罪や賠償を求めてくると思っていたんだろう。
エクトールさんの予想通り喜々として無礼だの名を貶めているだのと難癖をつけてくるつもりだったな。
俺達が狙いを躱したので向こうから揉め事について口にしてくるかと思ったんだが、俺が無関係を通すと読んだみたいで、問いかけに不機嫌なまま30秒程黙っていたガルゴ男爵は全く物の事を口にした。
「・・・用件を教えてやる前に一つ確かめたい。お前達が今回の魔物討伐で魔人を仕留めたというのは事実か?証拠があるそうだな、見せてみろ」
一つ頷き返して格納庫から魔人結晶を取り出してガルゴ男爵へ掲げてみせた。
後ろの兵士や執事を含めガルゴ男爵も一瞬目を向いて驚いていたので本当に疑っていたようだ。
5秒程固まっていたガルゴ男爵が魔人結晶を俺から受け取れと言うように執事へ目配せをするが、そこまで付き合う義理はないので執事が動き出す前に魔人結晶をしまった。
ガルゴ男爵が不愉快そうに顔を歪めるがこれは無視だな。
「これでご懸念は晴れたと思うので、改めて呼び出した御用件を教えて頂けますか?」
「ふん、最低限の力はあるようだな。いいだろう、お前達を召し抱えてやる。この儂の配下になれるのだ、有り難く従え」
不機嫌だった表情を尊大なものに一変させてガルゴ男爵はそう言ってきた。
すでに喧嘩を売られているし配下を使い捨てるような奴の下になんてつきたくないし、出来れば依頼も引き受けたくない。
それでも護衛の件があるから過剰な不信感は持たれたくないので、ここはエクトールさんの助言に従いガルゴ男爵から要請を引っ込めてもらうとしよう。
「そういうお話でしかた。では我々へ任せて頂ける任務の内容や頂ける具体的な報酬を書面に起こしそこへ男爵様のサインも頂きたいです。その書面を確認した上でお受けするかお断りするかを決めたいと思います。またお願いする書面さえご用意頂けないなら、申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
「きさま儂が嘘をつくというのか!」
「そうではありません。男爵様の言葉を直に聞いていない私の配下を説得する証拠としてご用意願いました。それに男爵様が配下を使い捨てる事などないのでしょう?」
「当たり前だ!!」
ガルゴ男爵は多少怒気を含んだ口調で返してきたが、看破眼にははっきり嘘だと見えた。
コイツ端から俺達を使い捨てる気満々だったな。
何をやらせるつもりだったか少し考えると、嫌な案が一つ浮かんできた。
多分だが、俺達をアルトン様への刺客にするつもりだったんだろう。
失敗したなら無関係と切り捨て、成功して戻ってきても犯人として捕らえて殺し自分の手柄にする手筈だったな。
トロスの廃坑で揉め事を起こそうとしたのも俺達を刺客として引き込む狙いがあったと見ていい。
ガルゴ・アルデスタは俺の敵で決まりだな。
直接手を出すと流石に不味いので、まずはアルトン伯爵の護衛を完璧にこなして鼻を明かしてやろう。
この裏が読めた以上面会を続けていたら嫌悪感が伝わりそうなんで、この辺りが切り上げ時だな。
「希望する書面は出して頂けないようなので士官のお話は正式にお断り致します。まだ何か御用がおありでしょうか?」
俺の方から書面が出てこないと断定してみたが不機嫌なままのガルゴ男爵から反論は無く、代わりにこんな質問が来た。
「1つ答えよ。愚かにも儂の誘いを断って貴様らはこれから何をするつもりなのだ?」
エクトールさんの予想通り俺のこれからの動向を探ってきたので想定通りの答えを返しておけばいいな。
「取り敢えずの予定ではトロスへ戻り、押さえてある狩場で魔物狩りをするつもりです」
「ふん、儂への士官を断る下賤な傭兵には似合いの仕事だな。せいぜい励むか良い」
そう吐き捨て執事を連れて応接室を出てくガルゴ男爵の言葉に侮蔑はあっても疑念はそう見えない。
取り敢えず予定は疑われていないようなので面会は無難にこなせたようだ。
ここにはもう用はないのでバルバスと共に警備兵に前後を挟まれて先導されてガルゴ男爵を出る。
ギラン商会の案内役には悪いが礼を言ってガルゴ男爵低前で別れトロスへ向けて出発した。
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