#86 交渉した、商売人 4
昼食後トロスへ向かう偽装のためドワーフ達に見送りをしてもらっているとサラ達やコランタ商会の面々も集まってきた。
サラやアリスからもう少し話がしたいと頼まれたが一旦休息と物資補給のためだと理由をつけ、先にザイオともう少し話して後で報告して欲しいと断った。
ついでに要注意人物であるギルド職員も傍にいたので何か企んでいるなら行動を促すため明日の昼過ぎにはまた戻ってくるとも告げておく。
休息や物資の補給なら仕方ないと諦めてくれ、サラ達にも見送られて廃坑を出発した。
戻って来る事を悟られないよう後ろを振り向かずトロスへの道を進んで行く。
完全記憶領域のおかげで廃坑周辺の地形は全て頭に入っており、向こうからの視線が途切れ一番広いバルバスの探知範囲から廃坑が外れた所で道を逸れて脇に広がる森に入った。
そこからは気配や足音を殺し、道には添わず大回りをして森の中をゆっくり廃坑の方へ引き返していく。
大分時間が掛かったが日がある内に廃坑前の廃屋が見渡せる位置まで戻ってこられた。
ゾンビやスケルトン狩りに雇ってる連中やドワーフ達が寝泊まりしている廃屋の周りで夕食の準備を始めていた。
やってきた面々もサラやアリスなど女性陣は持ち込んだ馬車を使うようで、男性陣は少し距離を取ってテントを張り野営の準備をしている。
一応気配探知で警戒していたし何か事を起こすにしても日が出ている内には動かないだろうと思っていけど、直にその様子を確認して少しほっとした。
さて、ここからは気づかれないよう明日の昼前まで監視を続けていくんだが、森の中から俺達の気配探知だけでは万全じゃないだろうから人手を追加しておこう。
廃坑でいつもロックモールの管理をしてくれているメウロへ念話をつなぎ、楔の転移でシャドウフレイム達を呼び寄せる。
完全に日が暮れるまで待ってから気づかれないよう廃坑を出てもらい、死角がなく監視出来るようシャドウフレイム達にも配置へついてもらった。
やってきた面々にも見つからず上手く監視網は引けたが、夕食後暫くしても何も起きず眷属達の勧めで俺は仮眠を取った。
「リク様。起きてくれますかね」
その呼びかけで一気に意識が覚醒する。
夜半過ぎの夜番が受け持ちだったアグリスが俺の前でひざまずき報告してくれているんだから今の時間もそれ位だろう。
俺の意識の焦点が合うまでの一拍を待って報告を続けてくれる。
「リク様の読みが当たってギルドの傭兵共が動き出してます。全員完全武装したままテントから出てきてますから、物騒な企みがあるのは決まりですね。俺達が雇った魔物狩りやドワーフ達の宿舎へ気配を殺して向かってるのは予想の範疇なんですけど、連中の女達が使っている馬車の方にも一人傭兵が向かってるんですよね。どうしますか?」
確認のため俺も気配探知を拡げシャドウフレイム達へ念話をつなぐ。
廃坑前の廃屋周辺を取り巻くように配置したシャドウフレイム達の視界と気配探知が合わさって俯瞰したように今の状況を把握できた。
確かにギルドの傭兵達が魔物狩りに雇った者達の宿舎やドワーフ達の仮宿舎の包囲を始めている。
加えて女性達が休んでいる馬車から一番近い廃屋の陰にアリスたちが護衛として連れていた男が身を潜めて馬車の方をうかがっていた。
恐らくギルドの傭兵達がしかけるのを待っていて、何をするつもりか大体予想はつくが確証はない。
ギルドの傭兵達への対処は仲間達だけでもお釣りがくる位だし、能力も看破眼で把握しているのでこいつには俺が当たった方が良さそうだ。
「俺の方でも確認してみた。コランタ商会の護衛とあの馬車へは俺が対応へ向かう。みんなは決めていた通りに動いてくれ」
「御意。ただリク様が当たるあの傭兵が一番腕が立つみたいですから十分注意して下さいよ」
「分かってる。もし剣を抜くなら捕らえて事情も聞き出したいから、みんなの手が空いて包囲できるまで無理はしないさ。じゃ、俺達も対処に動こう」
アグリスだけじゃなく会話を聞いていたみんなも頷き返してくれ一斉に動き出してくれた。
まずバルバスとガディの組が気配を殺したまま森の茂みの間を滑るように魔物狩りに雇った者達の宿舎へ向かってくれ、ほぼ同時にアデルファとアグリスの組がドワーフ達の仮宿舎へ向けて同じように動き出してくれた。
ティータとティーエはここに残って精神を集中し魔術や精霊術の高速発動の準備に入ってくれ、俺も一人気配を殺して馬車の方へ移動を始めた。
俺達の隠行術は体術や武器術の応用で本業である盗賊やアサシンのそれには劣るんだが、襲撃をかけようとしてる傭兵達は自分達の標的への警戒に集中しているようで俺達に気づく様子はない。
けどお互いの距離の関係やどうしても後手に回らなければならなかったので、傭兵達が先に配置に着きリーダーとみられる奴が合図として挙げた手を振り下ろした。
2つの宿舎を囲んでいる10名程の傭兵がその合図とともに剣を抜くが仲間達も間髪をおかず対処に動いてくれる。
傭兵達が飛び込もうとするドアや窓を塞ぐようにティータやティーエが精霊術で土壁を作り出して行く手を塞ぎ、初速を殺すためつんのめって姿勢を崩した傭兵達に隠行を捨て全速を出したバルバス達が襲い掛かった。
不意を突け格下相手だったこともあり4名とも最初の相手は一撃で昏倒させ次の相手へ向かって行った。
俺も隠行を止め全速を出しながらそこまでは目で追えたが、向こうの騒ぎにあわせて気配を掴んでいたコランタ商会の護衛も動き出したのでそちらへ目線を向けた。
廃屋の陰から飛び出したと同時に腰の剣を引き抜いたのでこの護衛にも害意があるのは確定だ。
取り押さえるのも決まりだが、後ろを気にせず戦えるようまずあの馬車を隔離してしまおう。
ティーエ達に倣って準備していた土魔術を発動し、女性陣が眠っている馬車の四方を土壁で一気に覆ってしまう。
あの廃屋の物陰から2つの宿舎は見えないのでいきなり地面からせり出してきた土壁に面食らっていたが、この護衛は流石にレベル30を超える手練れだけあって近づく俺の気配を察知して振り返ってきた。
俺を視界にとらえるとこの護衛は瞬時に迎撃態勢を取ってくるが、構わず踏み込んで刀を抜き打つ。
横薙ぎの一閃が剣を立てて受け止められ互いの刀と剣を押し合う膠着状態になるが、ここまでは予想通りなのでこの間を利用してこの護衛の腹を探らせてもらおう。
「悪いが俺の庭で勝手はさせない。寝ている相手に剣を向けようとした以上取り押さえさせてもらうが、何か言いたい事はあるか?」
勘違いや誤解だと何か言い訳をしてくるかとも思っていたんだが、小さく舌打ちをして剣を弾きこの護衛は俺から間合いを取った。
俺としてはもう少しこいつの腹の内へ探りを入れたいので鍔迫り合いにでも持ち込もうと思い間合いを詰めようとしたら向こうから仕掛けてきた。
間合いは離れたままだが剣へ魔力を纏わせ全力で振り込んでくる。すると剣が纏っていた魔力が剣閃に沿って難視で刀身長の刃となり俺目掛けて飛んできた。
こういう技を身に着けているという事自体はこの前看破眼で見ていたので俺もとっさに刀へ纏わせている魔力を強めてその魔力の刃を打ち落として霧散させるが、その隙にこの護衛は間合いを詰めて斬り込んでくる。
勿論その一撃にも反応して受け止め鍔迫り合いのような状態になるが、俺の姿勢が悪い分向こう有利の競り合いになった。
少し劣勢だがこの状況事態は望む所で腹の内を探るため次に何を言おうかちょっと考えて閃いた。
時間稼ぎの良いモチベーションになりそうだしやってみるとしよう。
今度は俺から刀を弾いて鍔迫り合いを解消し距離を取って仕切り直すが、すぐに間合いを詰めていく。
ただ俺からは切り掛からず、この護衛の剣を受けとめ受け流した。
そうやって何合も切り結んでいくとお互いの力量差がはっきり分かってくる。
悔しいが純粋な剣術の腕はこいつの方が上のようだ。けど身体能力に体術や魔纏術は俺が上回っており、総じて俺が少し有利だが拮抗して斬り合いが続いて行く。
俺としてはこの状況に不満はないが、この護衛は増援がくると分かっているようで全力でしかけてくる。
バルバス達が見せてくれた事の無い剣の型を使ってきたり、魔力の刃を別の振り込みや突きから繰り出してきたが警戒し守勢に回っているので小さな切り傷がつけられた程度で対処できた。
技のコンビネーションを含め一通りこの護衛の剣の見極めが済んだ所で丁度待っていた人物が視界に入って来てこの護衛越しに合図を送ってきた。
さて、ここからはこいつを取り押さえに掛かるんだが、折角なのでさっきの閃きが何処まで上手いったか確かめるとしよう。
運よくこの護衛の打ち込みを弾いて間合いが開いたので、最後に俺から仕掛ける。
刀に全力で魔力を纏わせ見取った軌道の内一番しっくり物を選んで一閃させ、こいつの模倣をして魔力の刃を撃ち出した。
慌てて同じ技で迎撃してくるが、魔纏術では俺の方が上回る分相殺は出来ず半分ほどに威力の減じた魔力の刃が飛翔を続ける。
連続で魔力の刃は放てず実剣を盾にして受け止め、それでも完全に威力を殺し切れず革鎧に幾つもの傷が出来たが何とかその程度で堪えてみせた。
「おまえ、俺の技を盗んでいたのか」
「ああ、正直剣の腕はあんたの方が上みたいだし、仲間から一人で無理をするなって釘を刺されてたんで時間稼ぎのついでにな。まあ、その必要も無くなったんで最後に即興で何処まで物に出来たか試してみたんだよ」
そんな俺のセリフにコランタ商会の護衛はハッとなって周囲へ目配せするがもう遅い。
俺が放った魔力の刃に紛れほとんど気配もなく神速且つ無音でバルバスが踏み込んで来ていて、螺旋の回転が加わったその槍の石突が隙だらけのこいつの脇腹に革鎧を貫いてめり込んだ。
声を上げる事も出来ず悶絶しながらコランタ商会の護衛は膝から地面へ崩れ落ちた。
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