#85 交渉した、商売人 3
コランタ商会の一行が去り、ミシェリさんとの話し合いも俺が思った以上に早く片が付いたので予想外に時間が出来た。
家に戻って昼寝をしたり眷属達と魔物狩りに出てもいいが、億劫になる前にやる必要がある交渉を先に済ませてしまおう。
その交渉で関わりのあるミシェリさんへそう提案すると快諾してくれ、店を閉めて一緒に街へ出た。
ミシェリさんが行き付けだという食堂で長めに昼食を取り、交渉先である傭兵ギルドへ顔を出すといつものようにサラが受付に立ってくれていた。
「久しぶりだな、サラ」
「これは、リクさん。こちらこそお久しぶりです。無事お戻りになったんですね。それに向こうで大物を仕留めたとか。おめでとうございます」
「良く知ってるな。ああ、そういえばあの出城には傭兵ギルドの事務方が詰めてたな。そこから情報が回ってきてたのか」
「はい、リクさんのおかげで脅威度が下がって頻度は下がりましたが、補給物資の割り当てや、いざという時の人員の追加派遣のため随時最新の情報が送られてきていましたから。それで今日はどのような御用件でミシェリさんと一緒にこちらへ顔を出していただけたのですか?」
「ちょっとギルドへ通しておきたい話があってな。場所を移した方がいいか?」
「いえ、他の受付が空いているのでここで構いませんよ」
「分かった。で、話の中身なんだが、今回の依頼で大物を仕留められたからな。丁度良い機会だと思って傭兵団を旗揚げしたんだ。まあ、まだ名前だけなんだが少しずつでも体裁を整えようと思ってる。その最初の一歩としてミシェリさんをウチの専属錬金術師としてスカウトしたんだ。それでミシェリさんには今手がけている仕事のほとんどから手を引いてもらう事になるから、まず提携のあるギルドへ話を通しに来たんだ」
「間違いないんですか?ミシェリさん」
確認の問いかけと共に俺から視線を移したサラにミシェリさんはゆっくり頷く。
「ええ、間違いないわ。これまで援助してきてくれたギルドには悪いんだけどね。引き継ぎ先が探せるよう2〜3週間ほどかけてゆっくり手仕舞いしていくつもりよ」
「そうですか、残念です」
流石に受付嬢だけあってサラの表情にそう変化は無いが、落胆や苛立ちの気配が僅かに感じられた。
やっぱり予定通り補償の話もした方が良さそうだ。
「まあ、そっちを外して勝手に話を進めたのは悪いと思ってるし、ギルドと喧嘩をするつもりもない。だからミシェリさんをこっちに引き抜いた分の埋め合わせはするつもりだ。具体的には依然頼まれたゾンビやスケルトン用の魔術付与武器を新たに作って管理用の台座と併せてそっちに貸し出すよ。もう一つはあの廃坑のすぐ傍に俺達が費用を持ってギルドの出張所を作る。貸し出す魔術付与武器の管理のためもあるんだが、あの廃坑から出てくる魔石や鉱石を買い取り易くなるメリットがそっちにもあるはずだ。まあ、職員は派遣してもらわないといけないがな。あの廃坑は段々広がっていて魔物が湧く数が増えてるし、俺達が雇ったドワーフが採掘を進めていけばまだ増えると見てる。だから今上げた2つの条件は十分ギルドへ利益をもたらすと思うんだが、これで今回の件での遺恨は無しにしてもらえないか?」
「お話は分かりましたが、賛否をお答えする前に一つ質問させてください。その出張所を立てる場所はこちらで選べますか?」
「あ〜ここ2〜3日中に決めてくれるなら大丈夫だと思う。採掘を請け負ってくれたドワーフ達が廃坑の周りを暮らしやすいように整備するって言ってたから、それに合わせて建てる場所を決めてくれるなら問題ない筈だ」
「なるほど。そういう事なら今の話をお受けして、ミシェリさんの件を理由にリクさんの傭兵団を不当に扱わないとお約束します」
「・・・受けてくれるなら俺達としてはありがたいが、この場で即答して問題ないのか?」
「今出していただいた条件を守って下さるなら、問題なく幹部を説得できると思うのでご心配なく。明日か明後日には話の詳細を詰めにうかがえると思います」
「分かった。ただドワーフ達がもう整備に必要な資材の手配を始めてるから、早ければ明日にでも廃坑の方へ移動するかもしれない。もし借家にいなかったら手数をかけて悪いが廃坑の方へ出向いてくれ。あとミシェリさんとの提携解消は俺を通さなくていいから直接遺恨が残らないよう丁寧にやって欲しい。」
「承知しました。では、ミシェリさん。お聞きのように出張所の話が急ぐので提携解消のお話は後回しになりますがよろしいですか?」
「ええ、構わないわ。今のお店自体を引き払うつもりはないから、そっちの要件に目途がついたら話をしに来て頂戴」
「ご配慮感謝します」
その後ミシェリさんとサラが提携解消の話をする大まかな日取りを取り決めてギルドを後にした。
ミシェリさんとはギルドの前で別れて借家へ戻り、交渉疲れを癒すため昼寝をして過ごしていると夕方ごろドワーフ達が戻ってきた。
ここの家主であるララナさんに幾つか紹介してもらった建材屋で大まかな資材は揃ったようで機嫌がよく、自分達の格納庫に大半は納められたようだが残った分の回収を明日の朝一で頼まれた。
格納庫の容量が足りなかった所為だというので快諾し、翌朝建材屋を回って残りの資材を回収してトロスを出発した。
移動中街道脇の森から2〜3匹のゴブリンが襲い掛かってきたが、軽く一蹴し昼過ぎには廃坑の入口に着けた。
落ち着いて遅めの昼食を取り、スラムからスカウトしてきた魔物狩りの者達が使っていない空いている廃屋を取り敢えずドワーフ達には使ってもらう。
部屋割りをした後は格納庫から家財道具や買いつけた建材を取り出していき、終わった頃には日が暮れその日の作業はそこまでとなった。
俺達も廃坑の入口付近で野営をして一夜を明かし、朝からは廃屋の補修や新たな建物の整地には当たらないドワーフ達の要請で廃坑の上層の案内をした。
ただ午前中だけでは上層全ての坑道を周り切れず一旦昼食のため廃坑を出ると遠目に見て10数人はどの集団が整地をしているドワーフ達に話かけていた。
近づいて行く内にその集団の詳細が見えてきて、例のコランタ商会の3人にサラとギルドの職員の制服を着た男が護衛を連れてやってきたようで整地組として残ったザイオが相手をしてくれていたようだ。
サラが他のギルドの職員とここへやってきたのは出張所の場所決めのためだろう。
コランタ商会の3人も先日の商談の仕切り直しできたんだろうから、俺も話に混ざった方が良さそうだ。
「来客の対応、ご苦労さん。ザイオ」
「おお、リク殿。戻ってきたか。知り合いじゃというから話を聞いておったんじゃが、間違いないかの?」
「ああ、その通りだ。サラの用件は大体察しが付くが、アリスさんだったかな。もう次の商談を練ってきたのか?」
俺が話を向けるとザイオと近くで話していたアリスとその後ろで控えていた侍女が一礼を返してくる。
「名前を覚えて頂いていてありがとうございます。私達としても新しいお話を提案できれば良かったのですが余りに前提条件が変わりすぎているので、メリエラとも相談して会頭の判断を仰ぐため一旦王都へ引き上げる事にしました。それでもただ帰るのはしゃくなのでこの廃坑の今後の開発予定を少しでも教えて頂こうと思い、今日はこちらを訪ねさせてもらいました」
「なるほどな。こっちとしても取引先が多いにこした事はない。ザイオ、上層の開発予定だけでも話してやってくれ」
これは暗に立坑の封より下の話はしてくれるなという示唆で、了解じゃとザイオは頷いてくれが、後でちゃんと念を押しておこう。
「で、サラたちは例の出張所の場所決めに来てくれたんだよな?」
「はい、その通りです。あとその出張所の所長候補が決まったのでリクさんと引き合させようと思い連れてきました」
その言葉に続いてサラの隣にいたギルドの職員が頭を下げてきた。
この男が出張所の所長候補だろうから限定因果状態の看破眼を向けて素性を見てみると看過できない情報が見て取れた。
けど看破眼がどれほどの情報を引き出せるかは明かせないので、ここで文句をつけるのは不味いな。
「分かった。そっちの職員の顔も覚えとく。後の武装した面子は移動中の護衛って事で良いんだな?」
「そうです。アリスさん達がこの廃坑への案内役兼任の護衛の手配を依頼されてきたので同行を申し出て快諾して頂き、わたし達の方でで護衛を用立てました」
さて、これでやってきた面子の大まかな素性と目的は分かったが、出張所の所長候補いうギルド職員の男に懸念要素がある。
監視をするのは勿論だが、ここはわざと隙を見せてどう動くか確かめてみるとしよう。
「それでサラ達とアリスさん達が一緒にここへ来た訳だ。ここへ来た目的は分かったし話の邪魔をするつもりもないが昼食がまだでな。俺達は一旦引き上げさせてもらう」
「それならわしらも昼はまだじゃ、お客人には悪いが一旦お開きにしてくれるかの」
ザイオのセリフにサラ達やアリス達も頷き返しこの場は散開となった。
ドワーフたちの仮宿舎へ俺達も引き上げ、昼食の準備が始まるのを横目にザイオと向かいあった。
「実は今の集団の中に要注意人物がいた。こっちから手を出す訳にはいかないから、わざと隙を見せてどう動くか様子を見ようと思う。具体的には昼食後予定を変えて俺達はトロスへ帰る振りをする。勿論今の一団にばれないようここに戻ってくるつもりだけど、ザイオ達も十分注意してくれ。特に日が暮れてからな」
「承知した。ならば儂らも坑道の視察は後に回してこの宿舎の整備をしておこう」
「よろしく頼む」
続けて楔や俺の正体などの秘密を洩らさないよう念を押した所で昼食の用意ができ、みんなで平らげた。
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