#84 交渉した、商売人 2
カウンターへ真っ直ぐ歩いてくるその少女は、十代半ばくらいの美少女でこの辺りだと珍しい黒髪に日本人的な顔立ちをしていた。
その後ろには侍女の格好をした20代半ばでこちらも綺麗な女性が続き、最後に革鎧を纏い帯剣をした護衛だろう30軽く上回る男性が店に入って来て扉を閉じた。
先の2人は普通の女性のようだが、その護衛が纏う気配や身ごなしは腕利きのそれで、看破眼も使い2〜3秒腕前を推し量っていると先頭の少女が隣まで来て俺を見上げてきた。
「あなた。悪いんだけど席を外してくれる?すぐにミシェリさんと商談がしたいの。勿論私が割り込むんだから謝礼も払うわ。どうお願い出来ない?」
俺の話し合いはほぼ終わっているし、残っている話も無理に急ぐ必要は無い。
ミシェリさんは今の仕事のほとんどから手を引くので商談を持ちかけても無駄になりそうだが、金を払ってでもこの少女が急いで話をしたいなら譲ってやろう。
そう思い了解と返事をしてカウンターから離れようとしたらミシェリさんが口を開いた。
「少し待って。確かアリスさんだったわよね。わたし達の話はほとんど終わってるからあなたの用件が先でいいのだけれど、今日のお話が先日のお話と関連するならこの人にもいてもらった方がいいわよ。それに秘密の保持なら気にする意味がないわ。だって彼は私の上役になる予定の人だから」
話の最中からミシェリさんへ視線を移したアリスと呼ばれた少女はかなり訝しがっているが、それでもきちんとカウンター越しにミシェリさんと向き合った。
本当なの?という問いかけにミシェリさんが頷き、ある程度は納得したようでその少女は訝しげな表情を引っ込めた。
「分かったわ。一応貴女の言葉を信用する。じゃあ、早速本題だけど、貴女が今言った通り私の用件は、先日のお願いと同じであの廃坑を所有しているという傭兵たちとの仲立ちよ。貴女が前に言ってた通りリーダーは出払っていたけど、どうやら昨日戻ってきたみたいなの。また依頼を受けてここを出て行く前に私達と引き合わせて。そうしてくれるならこちらもきちんと約束を守るわ」
「やっぱり、その話だったのね。大丈夫よ、すぐにあの傭兵達のリーダーを紹介するわ。でも報酬として提示してくれた王都へ販路を拡大するための援助は無かった事にして頂戴。こっちの事情が変わって必要なくなったの」
「・・・報酬無しでもそのリーダーを紹介してくれるの?」
「ええ、簡単な話ですもの。じゃあ紹介するわね、こっちの彼が紹介して欲しいってあなたが言ってた傭兵達のリーダーでリクよ。で、リク。この女の子は王都を中心に海運で商売をしているコランタ商会会頭の娘さんでアリスさんよ」
俺としては発動していた看破眼を向けるだけでその説明に納得できたが、アリスという少女はそうではないようで俺を一瞥しまたミシェリさんへ訝しげな顔をした。
「本当にこの人がそうなの?」
アリスがしたその呟き位の問いかけにミシェリさんが答える前に後ろに控えていた侍女が口を開いた。
「お嬢様。この方が目的の人物かどうかは分かりませんが、傭兵ならかなりの腕前なのは間違いありません。これ程の方が金銭にもならない騙りに手を貸すとは思えないので間違いないかと」
「メリエラがそう言うんなら間違いなわね」
アリスはそう助言をくれたメリエラという侍女へ振り向いて頷き、訝しげな表情を引っ込めて俺へ向き直った。
「一応紹介してもらったけれど、改めて名乗らせてもらいます。私はアリス。王都に本店を構えるコランタ商会に所属しています。以後お見知りおきください」
「アリスだな。覚えておく。じゃあ、俺もきちんと名乗らせてもらおう。あんたが紹介を頼んでた傭兵達で結成した傭兵団炎山で団長をやらせてもらってるリクっていう。よろしくな。で、俺達が戻ってくるのを待ってたみたいだけど、何で俺達に会いたかったんだ?」
「お会いしたかった理由ですね。単刀直入に申し上げて商談のためです。あなた方は魔物狩り専門の傭兵で、ここトロスの郊外にある魔物の湧く廃坑を所有し、そこを主な狩場にしているそうですね。どうでしょうその廃坑を鉱山として再生してみませんか?そちらで魔物を狩り続けてくれるなら販路を含めて他に必要な開発は私共が行いますので」
「あ〜そういう理由で俺達に会いたかったのか。悪いがその話は断らせてもらう。恐らくだいぶ待たせた上でこういう返事を返すのは申し訳ないがな」
拒否されると思っていなかったんだろう自信満々だったアリスの表情が一気に曇った。
「どうして詳しい条件も聞かず即答で断るんですか。一度傭兵ギルドの依頼で大量に鉱石を納めていますが、それ以外であなた方はあの廃坑から取れる鉱石を持て余している筈です。傭兵団を新しく作ったというのは初耳でしたが、それなら余計にお金が必要になってくる。私達との取引を断る理由が分かりません。」
「確かに依頼でここを出るまであの廃坑で取れる鉱石を持て余してたのはその通りだ。けど運よく今回の依頼で向かった遠征先でドワーフ達と知り合えてな。手元の格納庫に残ってたあの廃坑の鉱石を見てもらったら、採掘したいってドワーフ達から申し出てくれたんだ。その上取れた鉱石を使って俺達の傭兵団へ武具を無償で提供してくれるとも約束してくれてる。あんた等のそのコランタ商会がどれほどのものか正直俺は知らないんだが、今上げた以上の条件が出せるとは思えなくてな。だからあんた等の申し出を断ったんだが、もしかしてもっといい条件を出してくれるつもりだったのか?」
「そうですね。鉱石の採掘は任せて頂けますが、傭兵であるリクさん達にドワーフ製の武具の無償提供以上の条件なんて私達には無理ですね」
答えてくれたアリスはさらに表情を曇らせて考え込みそうになるが、間をおかず後ろの侍女が口を開いた。
「お嬢様。この方たちがあの廃坑を持て余しているという前提条件が崩れ、より好条件も提示できない以上、ここは一度引いて戦略から練り直すべきではないですか」
「メリエラの言う通りね。リクさん、廃坑開発のお話はいったん取り下げます。ただ諦めた訳ではないのでまた話を聞いてください。できればいつまでここにいるか教えて下さいますか?」
「ああ、いいぞ。依頼が来れば別だが、しばらくはここか廃坑のどちらかにいるつもりだ。あと調べれば分かると思うが、採掘を任せるドワーフ達はこの辺りが本拠のギラン商会と取引をする予定になってる。次の話はそこも考慮に入れて考えてくれ」
「そうですか情報提供感謝します。では今日はこれで失礼します。」
アリスに続いて侍女も俺へ一礼し踵を返し、入ってきたのと同じ順番でミシェリさんの店を出て行った。
お読み頂きありがとうございます。




