#83 交渉した、商売人 1
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グライエンさんの出城で一夜を明かし、ヘムレオンに護衛としてついて来たヴォーガイ達は砦へ戻っていった。
俺達とザイオ含むドワーフ達はギラン商会の補給隊に同行する形で出城を南に向けて出発する。
討伐に向かう時に北上した街道を今回は南下して行き、前回の時と同じように野営のため寄った街道脇の村々では避難命令が解除されたんだろう住人達が戻り始めていた。
その住人の移動を護衛する兵達ともよく街道上ですれ違うので盗賊や魔物とかち合う事も無く順調に移動できた。
5日ほどでアルデスタに到着し、その夜はギラン商会の建物で一泊して討伐証明の証書を納め報酬を受け取ったりもした。
翌朝トロスに向かおうと準備を始めた所で、内密の話があるとエクトールさんに呼び出された。
「二人だけでしたい内密の話って何ですか?」
「そうですね、ご出発まで時間もありませんし早速本題に入りましょう。以前リク殿に補給隊を護衛して頂き、その途中で襲撃を受け一人だけ自害し身元不明のままの男がいたと思います。その素性がある程度判明したんですが、確証がない上にやんごとなき方とつながっていたようでそれは公にせず身元不明のまま葬りました。ただその素性についてお教えしないのも後で問題になる可能性が高いと思い、リク殿だけにはお伝えしようとお呼び立てしました。」
「なるほど。そういう事ですか。仲間内以外へは漏らさないので教えてくれますか?」
「分かりました。お仲間内なら構いませんが、他言無用をお願いします。それで件の男ですが、どうやらガルゴ・アルデスタ男爵に裏仕事を専従で任せる者として飼われていたようなんです」
「・・・アルデスタっていえばここの領主家ですよね。自分の部下への補給物資を奪おうとしたって事ですか?」
俺自身懐疑的で一応そう問いかけてみたが、やっぱり違ったようでエクトールさんは首を横に振った。
「当地のご領主家が抱える内部事情をご存知無いんですね。よろしければお教えしましょうか?」
「お願いします。俺達は数か月前この半島に来たばかりなんで」
「それでは仕方ないですね。」
続くエクトールさんの説明では今話に上がったガルゴ・アルデスタ男爵はここの領主家であるアルデスタ伯爵家から別れた分家の当主で、本家の現当主であるアルトン・アルデスタ伯爵の伯父でもあるらしい。
弟にあたる先代のアルデスタ伯爵と当主の相続を巡りかなり揉めて敗れた過去があるそうで、今でも本家当主の座に着くという野心を持っているのは公然の秘密に近いそうだ。
「分家と本家の仲が悪いのは今の話で分かりました。でもだからといって魔物討伐の妨害をして何か益があるもんですかね?」
「それについては私見ですが、アルデスタから北部は本家がグライエンを代官に立てご領地を運営しております。そこから溢れた魔物を抑えきれず大きな被害がご領地に出たとなれば現当主のアルトン様の責任問題になったでしょう。加えてガルゴ様が兵を率いてその魔物達の討伐に成功すれば、公然と当主の座を自分に譲れと要求出来た筈です」
「ああ、なるほど。・・・じゃあ、もしかして俺達と討伐に向かうはずだった2次増援部隊の動きが鈍かったのって?」
「はい。ガルゴ様が裏で手を回していたと私も見ております。幸いリク殿の働きでほとんど魔物の被害は出ませんでしたが、だからこそ邪魔をしたリク殿に腹いせで何かしかけてくるかもしれません。魔物を討つため集めた戦力もまだ手元にいるでしょうし、十分お気を付け下さい」
「分かりました。しばらく身の回りには注意しますよ。あと情報提供に感謝します。エクトールさん」
「礼など必要ありませんよ。魔人を討てるリク殿達のような腕利きの傭兵との縁は、私どもにとっても重要ですから」
そう言ってくれたがもう一度エクトールさんには礼を言っておいた。
話をしている間に仲間達は出発の準備を整えてくれていたようで同じように準備の終わっていたザイオ達ドワーフと共にアルデスタを立つ。
特に問題なく街道を移動出来て、その日の夕方にはトロスへ着けた。
移動は順調だったが流石にドワーフたちの宿の手配までは出来なかったので借家の空き部屋を開放したり庭でテントを張って一夜を明かして貰う。
俺としては翌日このままドワーフ達を廃坑まで案内するつもりだったが、移動中に廃坑周りの現状を説明しておいたドワーフ達はその様子から先にトロスで生活に必要な物資を準備してから行きたいそうだ。
そう言われてみれば利があり、軍資金として今回の討伐の報酬を丸々ザイオに渡して物資の調達は任せた。
翌朝うきうきと買い物に行くドワーフ達を見送る。
予定が変わって時間が出来たしクライフが前言通りに準備を終わらせていたのでそれを受け取り俺も街に出た。
久しぶりにトロスの町中を通り抜け花街の傍の裏通りにあるミシェリさんの店へ足を運ぶ。
中に入ると偶々先客はおらずカウンターに近づく俺に気づいた向こうから声をかけてきてくれた。
「あら、リクじゃない。久しぶり。その様子だと無事戻ってきたみたいね。良かったわ」
「ありがと、ミシェリさん。こっちは何か変わった事があった?」
「特にこれといった事は何もないわよ。魔物の氾濫についても初期迎撃が成功して封じ込めが出来てるって伝わってきたし。でも、リクは戻ってくるのが早かったわね。膠着状態になったから一旦戻ってきたの?」
「いや、俺達で大物を仕留めて魔物の氾濫が収束し始めたから、もう完全に引き上げてきたんだ。」
「そう、それは凄いわね。大手柄じゃない。じゃあ今日は遠征で消費した薬の補充に来てくれたの?」
「いや、今日来たのは聞いて欲しい話があるからなんだけど、その前にこれを見て欲しい」
怪訝そうなミシェリさんを置いておいてクライフから受け取った物を格納庫からカウンターの上に出す。
その総ミスリルで作られた腕輪を手に取ったミシェリさんの表情が一気に喜色に染まっていった。
「これ凄いわね。土台になってるミスリルの腕輪は魔力が良く通り貯めて置きやすいよう作られてるし、その上に施されている魔術式が本当に精緻で効率化されてる。こんな見ただけで大容量だって分かる格納庫なんて滅多にない出物よ。これどうしたの?」
「ちょっと入り用があって、俺達が押さえている廃坑を今度開発してくれる事になったドワーフ達と俺の仲間の錬金術師に作ってもらったんだ。で、これが本題なんだけどその錬金術師がミシェリさんを弟子兼助手としてスカウトしたいそうなんだ。無理だと思うけど一応考えてくれないかな?」
「本当?これを作った術師から指導を受けられるの?」
ミシェリさんの問いかけに俺は頷いた。
「なら喜んでその話受けさせてもらうわ」
俺の予想外にほとんど即答してくれたミシェリさんの表情を念のため看破眼で見るが、嘘はついていない。
どうやらクライフの予想が当たりのようだけど、念のため即答してくれた理由は聞きたい。
「・・・俺から話しを持ちかけてなんだけど、そんなに簡単に引き受けてくれていいのか?分かってると思うけど、かなりの守秘契約を結んで貰う事になるし、この店が今受けている仕事のほとんどから手を引いてもらう事にもなるぞ」
「あら、弟子に付くんだから師匠の仕事が最優先なのは当然じゃない。それに錬金術の秘奥を伝授してもらうのよ、守秘契約を結ぶのなんて当たり前ね」
「・・・それでも正直俺は既に自分の店を持ってるミシェリさんがこの話を受けてくれるとは思ってなかったな」
「そうね。確かにお金や地位も嫌いじゃないけど、私にとって何より重要なのはより錬金術の深淵に触れる事なの。でも一つだけ続けたい仕事があるわ。確かリクはリーダーなのよね、その仕事を継続できるよう口添えしてもらえないかしら。」
「それってどんな仕事なんだ?」
「周りの花街で春を売っている娘達への薬の販売よ。彼女達が薬を買ってくれたから私自身は娼婦にならずに済んだし、この店を持てたわ。少なくとも私を助けてくれた娘達が上がるまでは薬を売ってあげたいの」
今の話でミシェリさんが売っているという薬は、恐らくだが避妊薬や性病の治療薬あたりだろう。
花街が活気を失ったり病気が広がるのはトロスから得られるポイントの減少につながるだろうから、この薬の販売を止めるのは明らかに悪手だな。
他にもやめたら街に害が出る仕事をミシェリさんがやっているかもしれないし、確かめておいた方が良さそうだ。
「分かった。口添えを約束する。あと他にも今どんな仕事をやってるか教えおいてくれるか?完全に手を引いてもらうか、無理してでも続けてもらうか考えておきたいから」
「ええ、いいわよ」
その後はミシェリさんが今手がけている仕事の内容を順に聞いて行ったが、手を引いても問題無さそうなものばかりだったので段階的にやめていく事にした。
ただ一つだけすぐに手を引くと揉めそうな案件があったので、どう対処してどの辺りを落とし所にするかミシェリさんと話し合って行く。
どう交渉を進めるかまで大体決まった所で店の扉が開き少女が中に入ってきた。
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