#73 踏み入った、氾濫した森 14
一夜明け、砦にいる時の日課で食堂へ顔を出したら厨房は集落の女性たちに占拠されており彼女達が作った朝食を食べる獣人やエルフにドワーフが長卓に何人も座っていた。
ティータやティーエの手間が省けるので俺も厨房へ声をかけ朝食を頼む。
注文を聞くのため振り返ってくれた獣人の女性に一瞬怯まれたが、そこから表面上は愛想よく頼んだ通りに食事を用意してくれる。
それを長卓へ運んで腹に収めているとヴォーガイを先頭にこの砦へ侵入してきた面々が近づいて来た。
「リクさん、ここの周りを探っているっていうヤバい魔物の群れを討ちに行くんだってな。ザイオさんから話が回ってきた。ここに危険が迫ってるなら俺達にも他人事じゃない、手伝いをさせてくれ。聞いた話の通りなら未熟なやつは返って足手まといだろうから連れて行って欲しいのはここにいる俺達だけだが、許可してくれるか?」
ヴォーガイの独断かどうか意思確認のためギャッベイにナージュ、エルノアへ順に視線を向ければ、皆頷き返してきた。
ヴォーガイ達はこう言ったが他にも戦闘の勝敗を直に確認しておきたいという思惑もあるんだろう。
まあ、邪魔さえしなければ邪険に扱う必要も無い。
「分かった。手を貸してもらうが、俺の指示には従ってもらうぞ?」
ヴォーガイ達は一様に頷き返して来たので準備を整え南門へ集合するよう指示し、もう一度頷いて足早に食堂を去っていく背中を見送って俺も朝食の手を速めた。
食事を終え食器を返す時に厨房の女性たちへ礼を言い、俺自身の準備は済ませてあるのでそのまま南門へ向かう。
城塞を出るとハックとメウロ以外の招集をかけた仲間達がもう集まってくれていた。
気が利く仲間達に声をかけているとヴォーガイ達も武装に身を包んで城塞から姿をみせる。
これで対処に向かう面子は揃ったので俺の号令で砦を出発した。
城門を潜った後は発見者であるバルバスの先導で森の中を進んで行く。
俺自身としては状況がそれ程切迫しているとは考えていなかったんだが、普段なら外を歩くと行く道で頻繁に近接する小規模な群れの気配が全くしない。
方法は俺も幾つか思い当たるが恐らくバルバスが目をつけた群れの主が俺達を探しやすいようにこの辺りから一般の魔物を追い払っているんだろう。
加えて砦を出て1時間もしない内に見張りについていたシャドウフレイムが姿を見せたのでこれは事態を楽観しない方が良さそうだ。
改めて気合を入れ直していると俺の前まで来て一礼したそのシャドウフレイムが監視対象のいる方向を教えてくれる。
そちらへ指向して気配探知を広げると確かに大きな気配を放つ一団が周囲を捜索するような円状の陣形を敷いてゆっくり動いていた。
その中にはバルバスの話通り頭一つ抜けた強い気配があり、昨日倒した3本角のオーガを超えているように感じとれ俺に匹敵する大きさがありそうだ。
勿論気配だけで正確な強さは図れないが、本当に気を引き締めて向き合わないといけないようだ。
勿論戦闘になっても負けるつもりはないし命に関わるほど危なくなれば躊躇なく逃げるが、戦闘中余計な雑念が入らないよう予め打てる手は打っておいた方が良さそうだ。
その為俺達と同じように気配を探っているヴォーガイを手招きした。
「何か用か?リクさん」
「ちょっと指示しておきたい事があってな。ヴォーガイ達も気配を捉えていると思うが、これから接触する魔物達はかなりの力を持っていそうだ。戦闘になる確率が高いしそこで負けるつもりは毛頭ないけど、ヴォーガイの目で俺の負けが決まったと思ったら決着がつく前でも4人の内の最低2人は砦へ伝令に走らせろ。結局俺が勝って誤報になったとしてもヴォーガイに責めが無いよう手配する。いいな?」
「分かった。ナージュとエルノアへ今の話を言い含めておく」
返事と共に一つ頷いてヴォーガイは仲間達の元へ戻っていった。
俺達も何か行動の基本方針が必要なのかもしれないが、事前情報がほとんどないので後は出たとこ勝負だな。
「よし、もう少し近づいてみるぞ」
余り声の張っていない俺の号令だったが、みんなそれぞれ気合の入った返事を返してくれた。
号令をかけた勢いで先頭に立って歩きだし10分程歩いた所で目標の群れの最外縁にいる魔物が見えてきたんだが、それで相手の正体がほぼ分かった。
一旦足を止めたここから見て取れる散開して周囲を探る数体の斥候役が全て2本角のオーガだからだ。
あの万を超えていた群れとの戦闘には少数だがいつもオーガが混じっていた以上、これはバルバスの予想が当たり目の前に展開している群れはあの群れの主が率いていると考えるのが妥当だろう。
そしてすでに問答無用で俺達から戦端を開いていて、この森での魔物の氾濫を鎮めるという目的がある以上話し合いでの決着は無いな。
戦闘が避けられないなら最大の目標となるこの群れの主が何処にいるか気配を頼りに群れの中心へ目を移すとどの個体がその主なのかそれもすぐに理解できる。
14〜5体程2本角や3本角が集まっているその真ん中に3本角よりさらに顔半分くらい背の高く頭に5本の角が生えた筋骨隆々のオーガが陣取っていたからだ。
身に纏う気配が明らかに周りの2本角や3本角を上回っており、こいつが目標となる主だろうし直接その姿をこの目で見てより正確にその実力を測れた。
恐らくこの5本角は最低でも俺と同等でより強い可能性も十分ありそうだ。
眷属達の内で俺以外に1対1で勝てる可能性があるのは多分生前からの技量や経験のあるバルバスにアグリスとアデルファだけだろう。
こうなるとバルバス達の消耗を出来るだけ抑え、逆に5本角を少しでも消耗させ手の内を暴いた所で連携して当たってもらうのが一番勝率が高い筈だ。
2本角や3本角は他の眷属でも何とかなると思うから、そんな状況をどうやって作り出すか立ち止まった策を練っているとバルバスが俺の横に並んできた。
「どうやら、わたしの予想通りに件の群れの主がこの群れも率いているようですな」
「だな。こうなるとこの森への移住を希望しているエルフにドワーフや獣人を傘下に収めた以上あのオーガ達は排除するしかない。それであいつらを討つ策を考えてみたから、一通り聞いた後でバルバスの意見も聞かせてくれ」
「御意」
バルバスが一礼を返してくれた所で続けて俺の策を話していく。
まずあの5本角には俺が当たる。
次いで脅威になる3体いる3本角にはアグリスとアデルファに連携して対処してもらいたい。
この俺達だけで5本角と3本角をみな仕留められれば御の字だが、最低でもかなりの時間を稼げると思う。
その間にバルバスには他の皆を率いて2本角をすべて排除してもらい、続けてアグリスとアデルファへ加勢して3本角も仕留めてもらう。
そこで一旦手を止めネイミにバルバス達の魔力や疲労を回復してもらい状態を万全に戻してから俺が押さえている5本角を全員で袋叩きにしてもらう。
それでも止めをさせないようなら俺も回復してから戦線に復帰し5本角を仕留めるという段取りだ。
ここまで黙って聞いてくれたバルバスには特に異論は無いようで既に任せる部分の戦術を考えてくれているようだが、一緒に俺の策を聞いていたアデルファが後ろから声をかけてきた。
「リク様の策に異存はありませんが、自分に一つだけ付け加えさせて下さい。もしリク様があの5本角のオーガとの戦いで重傷を負うなどして戦えなくなった場合は自分とアグを殿に戦場を離脱すると約束して下さい」
「殿は武人の誉ですからね。もしもの時はきっちり時間を稼ぎますし、無駄死にもしないと約束しますから俺とルファに任せてくださいよ」
続けてそう後を引き継いだアグリスのセリフにアデルファやバルバスも頷いている。
俺としては仲間の犠牲が出るような策に頷きたくないんだが、俺自身がしくじらなければ問題ないか。
「分かった。俺もそう簡単にやられるつもりはないがもしもの時は二人に任せる」
「ではリク様の策通り致しますので、先陣もわたしにお任せ頂きますぞ」
不意に話しに加わってきたバルバスが俺に一礼し同じように話を聞いていた皆に指示を出し始めた。
俺が話している間に作戦は練り終えたようでバルバスは戦力が均等になるように仲間達を二分していく。
それが終わった所でバルバスが考えた2本角の掃討作戦を話してくれるが妥当な内容だったので口出しはしない。
他の皆もそれは同じようで確認以外の反論はなく、バルバスの話が終わると開戦の指示を求めて俺へ視線が集まってきた。
気合の入っている皆へ俺も頷き返し、
「戦闘開始だ」
号令と共に腕を振り下ろした。
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