#69 踏み入った、氾濫した森 10
ヴォーガイ達を見送ると話がうまく纏まった時すぐに避難が始められるよう新しく楔を作り出し魔力を満たして地脈への干渉地を探してみる。
エルノアのようなエルフのいる集落なので弱くても霊気泉の上に作ったのかと思っていたがどうやら魔物避けは精霊術で行っていたようで集落の方へ楔は反応しない。
予想外だったが楔の感度を上げ周囲を捜してみれば、占有領域をほとんど展開できない位に弱いが取り敢えず楔の刺せる干渉地が丁度足元にありそうでホッとした。
これで持ちかけた取引内容を実行出来そうだが、話が話だけに即決とはいかず結論が出るには時間がかかるだろう。
あの群れが近づいているというし仲間達にはすぐに移動できる体勢を維持しながら周囲を警戒してもらい、俺はグリアの背に寝転がりどう交渉を進めていくか考える。
数時間単位で待つ事も覚悟していたがものの30分程で複数の足音が近づいて来た。
ゆっくり起き上がりその足音の方へ眼を向けると先程送り出したヴォーガイ達に加え、顔を覆うほどの白いひげを蓄えたドワーフの男にかなり美形だが表情が乏しいように見えるエルフの男が混ざっていた。
話を有利に進める情報が少しでも得らえれないか新しくやって来た2人を看破眼で見ていると白ひげのドワーフが一団の前に出てきた。
「お前さんが儂らを奴隷ではなく配下にしたいという変わり者の魔人か?」
「ああ、そうだ。で、あんたと後ろのエルフがあの集落の代表者でいいか?」
「その通りじゃ。時間がないからの、早速本題に入らせてもらうぞ。儂ら集落一同お前さんの配下に入ろう。じゃからすぐに避難を始めさせてくれ」
「・・・ずいぶんあっさり要求を呑んでくれるんだな。正直言って最低でも反発や何か条件提示があると思ってた」
「ふん、確かに屈辱じゃが、戦えぬ者達や子供達の命に比べれば儂ら戦士のプライドなど取るに足らん物じゃ」
「その口ぶりだと魔物の襲来は確定だと思っていいか?ここにいる俺の仲間には数キロ以上離れた場所からの音を聞き分けられる奴はいないんだ」
「獣耳の者達がそろって間違いないと言っておる。足音が段々近づいて来ておるようで早ければ2時間程でここが見つかる可能性もあるそうじゃ」
「分かった。そういう事ならすぐに退避の準備を始める。急ぐ話だから取引の詳細を詰めるのは後回しにしよう。ただ伝わっていると思うが俺は切り札を見せる事になる。この事態が収まった後に話をひっくり返して取引をなしにするようなら、俺達と命のやり取りになるぞ」
「ふん、その程度の事が分からぬほど儂らも愚かではないわ。そちらが自身で持ちかけてきた話を守ってくれるなら、こちらもお前さんと争って仲間を無駄死にさせるつもりなどない」
「なら、いい。取引成立だ。じゃあ、きちんと名乗らせてもらおう。俺の事はリクと呼んでくれ」
「リク殿じゃな。儂はここに居るドワーフの長老で全体の取り纏めも務めておるザイオじゃ。もう一人連れてきたのはここに居るエルフの長老で儂の補佐をしてくれておるヘムレオンじゃ。見知りおいてくれ」
ザイオに紹介された男エルフが鷹揚に一礼してきたので俺も目礼を返しておいた。
さて、取り敢えず話は纏まった上時間も限られているようなので早速動こう。
考えていた通り楔の転移機能で避難してもらう訳だが、下手に説明するより見て体感してもらった方が話が早い筈だ。
(ネイミ、これから楔を打ち込むからエルノアを連れて砦へ飛んでくれ。向こうについたらティータとティーエにエルノアと一緒にこっちへ来るよう伝えて欲しい。その後ネイミは向こうにいる眷属達へ集合をかけて一緒に戻ってきてくれ。ただしアグリスとアデルファには向こうの楔の警備を頼んでくれ)
(了解。まーかせて、リク)
念話を終えてグリアの背中から地上に降り、魔力を満充填しておいた楔を格納領域から取り出しさっき目星をつけた干渉地に突き刺して各種機能を有効化する。
その間にマドラから飛び降りたネイミがエルノアの手を引き俺の前まで来ていて楔が起動すると連れだって砦へ転移していった。
それを見てザイオ達は結構驚き説明を求めるよう俺に視線を向けてきたが手を挙げてそれを制する。
そのまま1分程待つと再び楔が起動し、俺の指示通りエルノアと共にティータとティーエが転移して来てくれた。
「今見せたようにこの楔には近くにあるものを遠隔地へ転移出来る力があってな。これを使って避難してもらう。行先はヴォーガイ達も侵入してきた俺の制圧しているあの砦だ。間違いないだろう?エルノア」
俺が話を振るとザイオ達の視線もエルノアへ集まり、若干呆けていた表情を正してエルノアは口を開く。
「正直に言って向こうにいた時間が短いですし、あの砦の城塞の中には入っていないので絶対と言えません。でもよく似た城塞に囲まれた中庭へ出たのは間違いありません」
取りあえずは満足できる答えだったようでザイオが頷きヴォーガイ達へ視線を向けると事前に対応が決まっていたんだろう元捕虜の4人が集落へ向けて走り出した。
「すぐに集落の者達を呼んで来させよう。その砦とやらへ順次避難させてくれ。」
「分かった。今来たダークエルフの二人にやらせる。この二人も俺の配下で問題なくこの楔を扱えるから指示に従うように言ってくれ。じゃあ、取引通り家財も運び出す準備に入ろうか。回収して回るから案内をつけてくれるか?」
「それには及ばん。儂らも格納庫位は幾つか持っておるし、ここへ話をしにくる前からそれらへ家財の収納を始めさせておる。儂らの格納庫に収めた物でも問題なく転移で運べるんじゃろ?」
「まあ、そのはずだ。以前海賊から奪ったこの格納庫が問題なく使えているからな。もし問題が出てきたらその時はきちんと使えている俺の格納庫に移しかえればいいさ」
納得してくれたようでザイオとヘムレオンが頷いてくれた。
さて、これで最低限決めておく事は話し合ったがその最中に限定因果状態の看破眼を向けていたザイオとヘムレオンから興味深い情報が見て取れた。
ちょっと試してみたい事も思いついたし集落の住人が避難を始める前で時間がある今のうちに話を振ってみよう。
「これは命令じゃなく提案なんだが、俺は眷属をここに呼び寄せて近づいてくる魔物の群れと一戦交えるつもりでいる。そこでだ、ザイオ達の中で腕に覚えのある奴はここに残って一緒に戦わないか?」
「リク殿は返り討ちに出来ると考えておるのか?」
ザイオとヘムレオンは驚いているが流石に俺も殲滅できるとは思っていない。
「いや、近づいてきてるのが想定通り森を溢れさせた問題の群れなら、まだ相当の数が残ってるはずだから恐らくこっちが先に消耗してどこかのタイミングで撤退する事になる筈だ。それでもあの群れは近いうちに潰したいから削れるときに出来るだけ削っておきたいんだ」
勿論他にも思惑があり、ヴォーガイ達以外の戦士達へ実際に俺達の力を見せ反意を削ぐと同時に一緒に戦う事で少しでも仲間意識を持ってくれるのではと考えている。
「その考えはよう分かるが、そうそう上手く撤退できるものかの?」
「そこは楔を使えば問題ないと思ってる。重傷を負ったり消耗した奴から転移で撤退して最後は俺が楔を引き抜いてしまえばいい。残る俺達にしても足自慢の眷属がいるから追手くらい簡単に振り切れるしな」
ここまで話すと二人とも納得の表情に変わってくれた。
「ザイオ、森を鎮める為にはいずれ避けて通れない道である以上、悪くない話だと思います。私が行って戦士達の意見を纏めてきましょう」
「よろしく頼む。ヘムレオン」
お互いに頷き合いヘムレオンは鷹揚に俺へ一礼して言葉通り集落へ引き上げていった。そうしてしばらく待つとヴォーガイ達を先導に避難する集落の住人が近づいて来た。
お読み頂きありがとうございます。




