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#68 踏み入った、氾濫した森 9

 後で数えさせたら2500個以上あった魔石を丁度拾い終えた頃、計ったように偵察に出たアデルファとアグリスが戻ってきた。

 どうやら問題の群れは本当に撤退したようで俺達を包囲するような動きを取る魔物達は2組とも見当たらなかったようだ。

 これで捕虜達へあの群れと俺達が敵対関係だと証明できたと思うが、先程まで戦闘があった場所で話をするのは少し物騒なので退却ルートの入口付近まで引き上げ捕虜たちと向き合った。

「さて、これで最低でも俺や眷属達があの万を超えてた群れと敵対しているって証明できたと思うが異論はあるか?」

 捕虜達は皆渋い表情で首を横に振った。

「次は確認だが、お前達の集落では森に魔物が溢れた原因は何だと考えてる?俺達はあの群れにいる筈の魔人が原因だとみてるんだが、どうだ?」

 俺の問いかけに捕虜達はお互いの顔を見合わせ若干の間をおいてヴォーガイが代表して口を開いた。

「確かに俺達の集落でもお前達が今戦った群れを率いているだろう魔人がこの森に魔物を溢れさせた原因だろうと考えている。言った通りお前達があの群れと敵対しているのも間違いないようだが、だからと言ってお前が原因じゃないとも言い切れない」

「まあ、その通りだが俺が原因じゃない可能性が出てきたなら取引の交渉をする余地くらいは出てくるだろう?単純に俺クラスの魔人が敵対しないだけでもお前達あの集落の住人にとっては十分な見返りになると思うがな」

「・・・ああ、それにこの首輪を嵌められてる俺達が拒否なんて出来ないだろう?」

 ヴォーガイは渋い表情をさらにしかめる。

 まあ奴隷化の首輪を嵌められて交渉だと言われても眉唾なのは分かるし、俺としては擬人化して接触する時の交渉が本命なのでここは魔人らしく気にせず話を進めていこう。

「前にも言ったが、お前達にその首輪を嵌めたのは無駄な抵抗をさせず尋問や話をし易くするためだ。あの集落の全員へその首輪を嵌めるつもりならこんな取引の話なんてしないで見つけた時点で眷属を率いて襲撃してる。それに俺は利害の対立しない人族とは基本的に敵対するつもりはない」

 ここまで話すと俺の行動の基本方針が意外だったのか捕虜達は全員驚きを浮かべた。

 これはその理由である地脈炉の能力を一部明かしてさらに好感触を引き出してみよう。

「俺は条件さえ合えば害なく生きている人族から力を得られるからな。その条件も簡単で俺の支配領域内で生活してもらうだけだ。しかも半年程で殺した時と同等の力が手に入るんだから、瘴気さえ湧いていればすぐに幾らでも生まれてくる魔物と違って増えていくのに時間がかかる人族を簡単に殺そうとは思わないんだよ。まあ前置きはこれ位にして取引の話をしよう。具体的には霊気泉に守られた居住地を俺が提供するからそこに集落を移してみないか?あとエルフにドワーフは高性能な魔法薬や武具を作れるんだろう?それを取引させてくれ、勿論相応の対価を払う。どうだ?悪い話じゃないと思うがな」

 俺の話が終わっても捕虜達は少しの間驚きを顔に浮かべていたが、表情を引き締めるとヴォーガイが口を開いた。

「お前の考えについては何も言うつもりはないが、魔人のお前が霊気泉の湧く地など用意できるかの?」

「1回だけじゃなく継続する取引で嘘をつくほど頭は悪くないつもりだぞ。まあ、これも後で証明してやる。他に何か聞きたい事があるか?そうだ、お前達からも何か注文があるなら聞いてやるぞ、なんせ取引だからな」

「・・・俄かには信じられないが、お前の言う通りなら確かに悪い話じゃない。だが俺達には決定権なんてない。集落へ帰してくれるなら、お前の話はちゃんとみんなに伝えよう」

「取り敢えずは俺の話が伝わるなら今は十分だ。問題の群れが動いて森の様子がどう変わったが分からないから集落まで送ってやる。戦闘とその後始末に案外時間がかかったから、今日は砦へ引き上げて出発は明日の朝でいいな?」

 ついでに俺も出向いて直接交渉すれば上手く行くにせよ決裂するにせよ話が早いだろう。

 捕虜達も一様に頷き返してきた。

 話はまとまったので退却ルートを通って砦へ引き上げたが後で問題になりそうなのでダルクの仕掛けた地雷もどきだけは俺達が離れた後爆破処理させておいた。


 寝る前に楔を操作し砦の干渉地を霊気泉へ変えから自室で休み明けて翌朝、朝食を用意してくれたティータとティーエに続けて楔の警備を頼み連れて行く眷属を決める。

 あまり集落の住人を威圧せず移動速度を重視してガディが騎乗したドグラを護衛に俺と捕虜の一人がグリアの背に乗り、残りの捕虜はマドラに運ばせネイミも連れて行く事にした。

 残る者達には砦周囲の警戒と魔物掃討の続行を指示し、丁度転移してきたタリンダへ空から森の様子の偵察を頼む。

 渋々そうだが了解してくれ飛び立っていくタリンダを見送り、連れていく眷属達と城門へ向かって城塞を出ると捕虜達も出発の準備を終えていた。

 ちなみに捕虜達は俺や眷属達と一緒の建物で眠るのは気が休まらないと思い城塞と城門の間で野営するよう提案するとホッとした表情で間をおかず了承した。

 野営道具を貸し出すか尋ねもしたが断りを入れてきて、エルノアが持っている格納庫に収めていた自前のテントで休んでいたが様子を見るとどうやら体調に問題はないようだ。

「指示通り出発の準備は済んでいるな。それならここを出る前に確認するが、昨日帰ってからここの瘴気泉を霊気泉へ変えたんだが気付いているか?」

「ええ、気づいている。霊気泉に守られた居住地を提供するなんて魔人の戯言だと思っていたのに本当に驚いたわよ」

 先頭にいるヴォーガイではなく女エルフのエルノアが渋い表情で答えを返してきた。

「気づいているなら、それでいい。ちゃんと報告してくれよ。じゃあ、出発するか」

 グリアに乗せる捕虜は獣耳をしていて索敵能力の高いナージュを選び、俺の前に座らせてグリア、マドラ、ドグラの隊列で砦を出発した。


 マドラが疲労を蓄積しないで出せる最速に合わせて移動するようグリアやドグラに頼んでいるがそれでも中々の速さが出ていて、頻繁に近接する小規模な魔物の群れは全て無視し簡単に振り切って進んで行く。

 ただあの万を超える群れと鉢合わせしないように森の北縁へかなり大回りをしたので近くまでは来られたが明るいうちには集落へ着かず、無用な警戒をされないため明るくなるまで野営をして待つ事にした。

 俺の格納領域に仕舞っておいた食事を眷属達へ振舞い夜警を頼んでグリアの背中で眠らせてもらう。

 捕虜達は自前の野営道具を出して休んだが、夜半を過ぎた頃そのテントからの物音で目が覚めた。

 そちらへ目を向けると今日俺の前に乗せていたナージュが外へ出てきている。

 俺達に何か用があるのかと思ったが東を向いたまま驚きを顔に浮かべ固まっているので俺から声をかけた。

「確かナージュだったな、いきなり飛び出してきて何かあったか?」

 俺達の事が意識から抜け落ちていたのかビクッと震えてこちらを一瞥し、さっきの物音で俺と同じように目を覚ましたんだろうテントから続けて仲間達が出てくるとそちらも一瞥して俺の方を向いた。

「東から百や二百じゃ聞かない数の足音が近づいてきます。多分あなた達が退けたあの万を超えていた群れがそのまま西進してきたんだと思います。このまま進んでくれば集落が見つかって飲み込まれるかもしれません。向こうでも気付いている筈ですが報せに行かせてください」

 俺にはそんな音聞こえないし周りにいる眷属達も懐疑的だが砦を出る前に看破眼で調べたナージュの感覚は飛び抜けて高かったので満更嘘じゃないか。

 それに必要性が低くとも危急の報を伝えれば俺達の印象が多少はマシになる筈だ。

 真剣な表情で俺の許可を待つ捕虜達へ許可を出し頷いてやる。

 眷族達は懐疑的なままだったがナージュ以下の捕虜達は全く疑っていないようであっという間に野営道具を片付け昼間と同じ隊列で出発した。


 そうやって慌ただしく移動を再開した訳だが森の中を進み始めてすぐある考えが頭に下りてきた。

 多少悪辣な取引だが集落の連中にも十分な利益があるし、俺も秘匿しておきたい切り札を切る事になる筈だからお互い様だろう。

 上手い考えだと思うがどこかに穴がないか、どう切り出せば話がうまく進むか考えを纏めていると目的地の集落が見えてくる。

 集落の警備を無駄に刺激しないよう出発時に決めた通りヴォーガイの合図でグリア達は足を止め、捕虜達がマドラの上や俺の前から飛び降りるが待ったをかけた。

「そこで止まれ!お前達」

 首輪の効果か捕虜達は一斉に足を止めるが、振り返ったその顔は一様に不愉快そうだ。

「危急を伝いに行く許可は貰った筈だぞ。勿論取引の話もきちんとしてくる」

「確かに間違いなく話を伝えてほしいが、取引を持ちかけるなら相応の態度で臨むべきだろう?だからその首輪を外してやる。ついでにもう一つ交渉したい事が出来たからそれも伝えてくれ」

 まあ俺が証明してやった事を首輪の効力で無理やり喋らされていると思われたら俺が損するだけだからな。

 ここまで話すと捕虜達も不機嫌な表情を引っ込め俺の前まで戻ってくる。

 俺もグリアから下り先頭のヴォーガイの首輪に手を掛けると向こうから切り出してきた。

「それで追加の話とはなんだ?」

「実はな、ここに来るまで考えたんだがナージュの予想が当たり集落が魔物に飲まれたら取引なんて意味がなくなるだろ?そこでだ、住人やある程度の家財を避難させてやるから、集落丸ごと俺の配下にならないか?」

「・・・俺達に奴隷になれっていうのか」

「いや、もっと軽い関係でいい。そうだな、領主と領民くらい間柄が適当だろうな。それも税に当たるだろう力は俺が害なく勝手に集めるし、加えて住人の頭数を増やしてほしいから生活の援助もしてやるぞ。まあ、避難には俺の切り札を使う事になるだろうからある程度の命令権は認めてもらうがな。もしも予想通りに魔物が襲ってきたら足の遅い奴と持久力の足りない子供や生活に欠かせない家財は諦めないといけないんだろう?それらを失うのに比べたら悪い取引じゃないと思うんだが、どうだ?」

「確かにその通りだが、本当にそんな事が出来るのか?」

「ああ、間違いないぞ。流石に今回は証明してやれないが、あの集落の規模だと人だけなら1時間もあれば十分な筈だ。家財も含めるならそれらをさっき見せた俺の格納庫へ納める時間がプラスして必要になるだろうがな」

「分かった。一言一句とまでは言えないが、出来るだけお前の言った通りを長老たちへ伝える」

「それで十分だ。最後に付け加えると配下になる誘いを断っても前に上げた取引の話をそのせいで止めるつもりはないとも伝えてくれ。どうなるにしろ集落が残ったなら改めて交渉するつもりがあるってな」

 奴隷化の首輪を外し終わっているヴォーガイ達は全員で俺に頷き返すと揃って踵を返し集落へ向けて走っていった。

 さて、あの集落の住人達はどんな答えを返してくれるかな?


お読み頂きありがとうございます。

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