#67 踏み入った、氾濫した森 8
俺がした問いかけへの答えをしばらく待つが、一か所に集まっている侵入者達改め捕虜達は表情だけでなく動きまで固まり何のリアクションもない。
これだと交渉が進まないので俺からもう一度話を切り出す。
「沈黙は交渉の余地アリと取らせてもらうぞ。でもまあ、先にお前達の勘違いを正そうか。俺をこの森に魔物を溢れさせている元凶だと思ってるみたいだが、人違いならぬ魔人違いだぞ。俺が初めてこの森に足を踏み入れたのは10日程前だが、もっと前からこの森に魔物は溢れていたんだろ?」
ここまで話してやっとヴォーガイの表情が動き、俺へ怒鳴り返してきた。
「嘘をつくな!お前のような森に魔物を溢れさすほどの力を持った魔人が二体も同時に同じ森にいる筈がない!」
吼えたヴォーガイの後ろにいる残りの三人も猜疑心に満ちた目を俺に向けてくる。
これは勘違いを正さないと交渉になりそうにないな。
「分かった。取引の話をしたかったが、先に俺がこの森を溢れさせた魔人じゃないと証明しよう。具体的には万近くいるこの森が魔物で溢れる原因になっているだろう群れを俺と眷属達で攻撃し、殲滅は無理だろうが数をごっそり削ってみせてやる。お前達の勘違い通り俺があの群れの主なら配下を殺して得する事なんて何もないんだから、少なくともあの群れと俺達が敵対している証明には十分だろう?」
4人共俺に向けてくる眼差しに変わりはないが、黙ったままなので俺の言葉の真偽を図りかねているんだろう。
まあ、露骨に否定の言葉が飛んでこないので後は実際に証明して見せてやれば話が早いだろう。
(ガディ、今言ったようにこれから討伐に出るから固有の仕事を任せているハックとメウロ以外のみんなをこの砦に呼んで来てくれ。それとティータとティーエにはシャドウフレイム達と楔の警備を頼むと伝えて残りはそのままここに来させてくれ)
御意っと念話と共に一礼を返してくれたガディは足早に城塞内へ向かってくれ、物の10分程で眷属達を引き連れ戻ってきてくれる。
捕虜達は城塞から出てくる眷属達を見てその技量が分かるんだろう表情が強張っている。
眷属達の中でも特に気合が入っているマドラがぬうっと首の一つを俺に近づけてきた。
(リク兄、討伐に出るんだよね、なら今日は僕に先陣を切らせてよ!)
ふむ。囮による釣り出しは上手く行っているが他の戦術も試してみた方がいいだろう。
やる気に水を差す必要も無いのでマドラへ頷いてやるとドグラとグリアがそろって近づいて来た。
(頭、そういう事なら俺やグリアにもハナを切らせて下さいよ)
隣のグリアも力強く頷いてくる。
ただこの3名だけだと先陣としては心許ないので戦況判断できるマグマゴーレム組にも入ってもらおう。
これで先陣の構成は問題ないと思うが後はこの先陣が包囲されないためにはどうするかだな。
まあ知識がある者に聞くのが一番話が早いか。
(バルバス、ガディやアデルファにアグリスと先陣に入ってもらいたいんだけど、お前達が包囲されないようにするにはどうすればいいかな?)
(それでしたら前衛の左右や回りこもうとする連中へリク様の指示で後衛から魔術などで攻撃を加えれば十分阻止できると思いますぞ)
(なるほどなって俺は今回後衛の方がいいのか?)
(御意。多数の敵に正面から当たる場合は引き時が重要ですので戦況を判断しやすい後衛にいて下され。もちろん前線で何かあれば即座に報告を上げますぞ)
バルバスの言う通り引き時は重要そうだから判断を迷わないよう機械的な条件を付けておいた方が良さそうだ。
(分かった。後衛の指揮は俺がとるから前衛はバルバスに任せる。あと誰かの魔力が総量の半分を切ったら退却を始めようと思うんだがどうだ?)
(それで良いと思いますぞ。前衛の者達の監視はお任せあれ)
(決まりだな。後は戦場へ移動しながら退却ルートの設定とその周辺へ足止めの罠を仕掛ければいいな)
バルバスが力強く頷いて同意してくれる。
作戦も決まったので捕虜達を立たせ砦を出発した。
移動中少し大回りをして砦から出てきたと類推されないよう特に緑が濃い場所を繋いで退却ルートを決めていく。
俺のように完全記憶出来ない仲間達や捕虜達のために仲間内だけが理解できる目印を残しながら安全な道筋を定め、その脇に落とし穴やダルクの榴弾を利用した地雷などの罠を仕掛けていく。
仲間達だけじゃなく捕虜達に手伝わせても手間な作業だったが、退却時の安全確保のためなので手抜きをせずにやり終えた。
退路の確保が済むと戦闘時の陣立てに別れて移動を再開し、捕虜たちは主人と設定している俺についてこさせた。
移動中近くを通る小規模の群れはいつもと違う戦術を取るので消耗を押さえるため避けたが、進路が交錯する群れについては下手に避けると余計に他の小規模の群れに当たりそうだったので手早く殲滅する。
森に溢れる魔物と魔人の俺の戦闘が珍しいのかありえないと思っていたのか捕虜達は絶句していたが、俺の宣言した証明には十分ではないと思うので予定の変更はしない。
そうやって森の中を進んで行くとようやく問題の群れが前方に見えてきた。
相変わらず魔物で出来た壁ように見えるがそれ以外問題の群れには以前と変わった様子は見当たらず、バルバスへ頷き討伐開始の合図を送る。
頷き返してきたバルバスは素早く指示を出し、ドグラにバルバスとガディがグリアにアデルファとアグリスが騎乗してその2体を両脇に従えたマドラが突撃を開始した。
勿論多少の距離を取って俺の指揮する後衛もその後に続く。
ドグラやグリアのトップスピードには及ばないがマドラの地面を這う速度はかなり早く、問題の群れへ気付かれた時にはもう間近まで迫っていた。
慌てて迎撃行動を始める魔物達へマドラの首の一つが最初に噛みつく瞬間、騎乗していたバルバス達も地面へ飛び降り先陣が一斉に戦闘を開始した。
中央にいるマドラは三本の首を縦横に動かして魔物を噛み千切ったり鞭のように振り回して吹き飛ばしており、たまに懐まで飛び込んでくる奴は残してある首で上から的確に仕留めている。
その左右を固めるドグラにグリアも縦横に爪を振るって魔物を引き裂き目の前にくるヤツは楽々と噛み千切っている。
加えてグリアは外皮に棘や刃を生やし体当たりやその場で一回転しながら尾撃を放って周囲の魔物をなぎ倒し、グリアは炎のブレスを吐いて群がってくる奴らを焼き払っていた。
そのさらに外側を固めるバルバス達も溶岩で作った得意武器を自在に操って行く手の魔物を仕留めてき、前衛が接触している魔物の壁は熱湯を掛けられた氷のように融けていった。
戦闘開始から5分程は前衛の活躍で俺達の一方的な攻勢が続いたが、当然魔物達の反撃も始まる。
まずは前衛を数で押し返そうとするが接触部分の密度が上がった分逆に犠牲者が増えていく。
するとバルバスの予想通り前衛が接敵している部分の左右が回りこもうと動き始めたので、後衛である俺達も戦闘を開始した。
俺の指示でダルクは両肩両腕に生み出した砲身から榴弾や岩の弾丸を回りこもうとする連中へばら撒き始め、ギャルドも地面から作り出した岩の矢を降らせ同じく連中の足元で岩の槍を作り出し串刺しにしていく。
クライフもトロスでバルバスに頼んで手に入れて貰った十数本の鉄槍を自作の格納庫から取り出し、念動魔術で縦横無尽に空中を舞わせ先の二人の取りこぼしを確実に仕留めてくれる。
これだけでも前衛への包囲の阻止は十分に見えたが、精霊達を4体とも召喚し各々の属性弾で攻撃を始めさせさらに手数を確保しておいた。
また暫くすると魔物群れの奥から魔術による火球攻撃が始まったがこれはネイミに魔術で相殺してもらい、今の所目立ってはいないが前衛が負うだろう怪我の治療も頼んでおいた。
そうして俺達の優勢が続いたが魔物達にもきちんと戦術の概念はあるようで今度は俺達後衛のさらに後ろへ回りこもうとする魔物の一団を気配探知で取られた。
かなり大回りをしてきただろうその連中に退路を塞がれる訳にはいかないので精霊達に迎撃へ向かってもらう。
そのため手数が減る前衛への支援には俺も土魔術を使って参加し、捕虜達もただ遊ばせておくのは無駄なので戦闘の邪魔にならないよう倒した魔物がすでに変化した魔石の回収をやらせた。
大回りをして俺達後衛の後方へ出ようとする最初の一団を精霊達が潰してくれた後も同じような行動を取る連中が幾つも現れる。
その都度遊撃に回した精霊達が確実に殲滅してくれ俺達の優勢は続いているが、それでも時間が経つにつれ確実に仲間達の疲労は蓄積されていく。
後衛のなかではギャルドの魔力が一番消耗していて撤退を始めると決めた残り半分に近づいており、退却の準備に入るかポイントで回復させるか考え始めていたらバルバスから念話が飛んできた。
(リク様、敵の群れに動きがあります。どうやらゴブリンやオークだけの足止めを残して本隊はここから撤退するようですぞ。追いますかな?)
逃げる敵には追撃をかけるのが常道だが、後衛の俺達だけじゃなく前衛も消耗が進んでき筈だから無理をするべきじゃないな。
(いや、追撃はせず向こうが引くのに合わせて戦闘を終えよう。足止めを全て仕留め終えたら後衛に合流してくれ)
バルバスが御意っと返事を送ってくれるとすぐに念話での話の通りに戦況が動き出す。
一旦下がっていた前衛たちへ群がる魔物の密度がまた急上昇し、それに呼応して波が引くように問題の群れが一斉に森の奥へと遠ざかっていく。
残った魔物を前衛と後衛が協力して掃討し終えた時には問題の群れはもう大分離れていて後衛の後ろへ回りこもうとしていた集団もいつの間にか姿を消していた。
先の俺が出した指示通り前衛組が戻ってきてくれるが、問題の群れのこの撤退が偽装で無い事を確かめるため次の指示を出す。
「アグリスとアデルファはグリアとドグラに騎乗して二手に分かれて引き上げたあの群れが大回りをして俺達を包囲するよう動いてないか確かめてきてくれ」
力強く頷いて飛び出して行ってくれるアデルファ達を見送って残った俺達は周囲を警戒しながら戦利品である魔石回収を始めた。
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