#64 踏み入った、氾濫した森 5
森から魔物が溢れた原因だと思う巨大な魔物の群れにタリンダとの飛行中に襲ってきた獣人達への偵察から戻ってきた翌朝、出城にいるだろうグライエンさんへ報告に向かうため擬人化した俺だけグリアに騎乗して砦を出発した。
この前も通った道の跡を飛ばして貰い、ニアミスする魔物の群れもあったがグリアのスピードにはついてこられず簡単に振り切ってくれる。
そうやって森の中を突っ切り平原へ出て出城が見えてきたが同時にその周辺で起こっている戦闘も目に入ってきた。
まだ距離のある戦場を俯瞰で一瞥すれば前進しようとする500程の魔物の群れを守備兵達が半包囲して迎撃している。
前面で戦っている個々の戦闘そのものは一進一退のように見えるが守備兵側は開いた城門の中に増援の準備が終わっているようなのでまず負けはないだろう。
俺とグリアが手を貸せばより早く終わりそうだが、優勢なこの状況だと手柄を横取りしたと取られないよう守備兵側に声をかけてから参戦するべきだな。
森を出た時点で足を止めていたグリアへ指示し、戦場を迂回して大回りする形で城門に待機している増援だろう守備兵へ近づいて行く。
戦闘中で殺気立っている筈の兵達に余計な警戒をされないよう俺の方から声を張った。
「俺はギラン商会に雇われている傭兵でリクって言う。偵察した森の様子を報告に戻った。グライエン様に取り次いでほしい」
先に声をかけた事が功を奏したのかグリアにスピードを落として貰い城門で陣立てを終えている兵達の傍まで近づいても特に威嚇されずに済んだ。
加えて守備兵達の指揮を執るため城門近くまで出てきていて声が聞こえたんだろうグライエンさん本人がお付の兵を何人か引き連れて俺の近くまで出てきてくれた。
「やはり今の声はリク殿だったか。よく無事に戻られた」
グライエンさんは満足そうに一つ頷くがすぐに表情を引き締める。
「お仲間の姿が見えぬが何かあったか?」
「ご心配ありがとうございます。仲間達は全員健在で森での狩りを続けて貰っています。今言った通り森の中で重要だと思う発見があったので帰還予定までまだ時間がありましたが仲間を代表して俺が報告に戻りました」
「それはありがたい。ただ戦闘の指揮を執る儂がここを離れる訳にはいかんので、今すぐには報告を受けられん。しばし城内で待っていてほしい」
横目で見る戦場は守備兵側優勢で推移しているが、まだ決着には時間がかかりそうだ。
ただ待つのは暇だし、指揮を取ってるというグライエンさんから助勢の許可を取れば参戦した兵からの文句は押さえてくれるだろう。
「そういう事なら俺も助勢させてください。まあ、多人数を率いた事がないので戦場を迂回しあの群れの後方から単騎で仕掛けて指揮を混乱させる位しか出来ないと思いますが」
「助勢の申し出、感謝する。ではリク殿は今言ってくれたように動いてくれ。儂もここにいる兵を率いて出陣する。戦場を迂回しやつ等の後方に回り込んでリク殿が起こす混乱に乗じ攻めかかるとしよう。乱戦へ巻き込まれるのが嫌なら儂らが突入する前にリク殿は離脱してくれてもいい。どうだろう、何か異存は?」
「では一つだけ、仕掛けるタイミングは俺が決めていいんですよね?」
「無論そうだが、儂らが上手く奴等を包囲出来るよう動いてくれ」
「分かりました。じゃあ、先に行きますね」
頷いてくれるグライエンさんを見届けてからグリアにこの場で旋回してもらい、駆け出すのとほぼ同時に出陣するという声が背中から響いて来た。
後ろから続いてくれるだろうグライエンさんの部隊との速度差を考慮し、魔物の群れの後方へ大回りで回り込むようグリアへ指示して俺は戦況を詳しく見ていく。
前面の戦闘はさっき一瞥した時とそれほど変わらず一進一退を推移しているが、短い時間の観察で見落とした所もあった。
それは魔物の群れの後陣から放たれる複数個体による魔術の一斉攻撃で、守備兵側が押し込もうと前に出る場所へ的確に打ち込んでおりそれを阻んでいた。
有利な半包囲に成功した守備兵側が完全な優勢に立てていないのは恐らくあの魔術攻撃が原因だろう。
丁度魔術を使うゴブリンやオークは集団の後方で一塊になっているので、これを排除して守備兵側の優勢を決定づけよう。
ただグリアに騎乗しての一撃離脱だと回数が掛かって手間だし、単純に斬り込むだけだと近接戦型のゴブリンやオークに包囲され負けるとは思わないがこれも余計な時間がかかりそうだ。
目標は一塊になっている事だし、ここはティータやティーエに倣って魔術の範囲攻撃で一網打尽にしてしまおう。
ついでに草原での戦闘だし訓練してはいたが森や洞窟の中での実戦では使い辛い魔術を試させてもらうとしよう。
魔力を練り始めながら後ろを確認すれば、グライエンさんが率いる部隊と結構距離が開いていた。
魔術の効果が終了した直後位にグライエンさん達の追撃が入ると理想的なので、グリアに魔物達の後方の注意を引かない位置で一旦グリアには立ち止まってもらう。
戦況とグライエンさんが率いる部隊の動きに注意し、半包囲陣に添って回り込みを時点でグリアにもう一度駆け出して貰った。
急速に近づいてくる魔物の陣の中で一か所に固まっている魔術師型の連中を目標に発動準備を終えていた魔術を解放する。
以前冥炎山の火口で練習した時より大分大きめに炎と風の渦を同時に作り出し擬似的な火災旋風を作り出していく。
杖を持つゴブリンとオークの間で渦を巻く炎が立ち上がりそこへ風が流れ込んで一気に炎の柱が拡大していった。
その広がる速度は俺の予想以上に早く戦場全体を飲みこむ勢いがありそうで、慌てて風の渦を逆回転させ自分で作った火災旋風を抑え込んでいく。
何とか拡大を止め段々と炎の柱を細くしていき四散する所まで持って行けたがやっぱり予想以上に効果範囲が広がったようで、魔術を使うゴブリンやオーク達だけじゃなく魔物の群れの後方3分の1を一緒に焼き払ってしまった。
火災旋風が収まった後には炭化した魔物の死体が幾つも地面に転がっているが、恐らくオーガだと思う全身を炭に覆われた人型が2体まだ立っていた。
その炭も所々でひび割れ始めその下にもうオーガの真新しい皮膚が見て取れる。
ダメージを受けたオーガが捨て身で暴れれば一般の兵達に大きな被害が出るだろうからあの2体は俺達が仕留めた方がいいだろう。
おれが魔術を発動した時点で足を止めていたグリアに再度あのオーガ達へ向けて突撃してもらう。
一気に加速したグリアは目標のオーガの片方へあっという間に近づいてくれ間合いに入ると同時にその背中から飛び出す。
勢いを殺さないよう横をすれ違いざまに抜刀からの一撃でまだ動けないオーガを両断した。
もう一体は俺が飛び出した後に急速旋回したグリアが突っ込んで行き動き出す前に腹部を噛み千切って仕留めてくれた。
丁度その時グライエンさんが率いる部隊が半包囲陣を回り込むように魔物の群れへ突っ込んでくる。
これ以上は他の兵達に手柄の取り過ぎだと受け取られそうなので突撃してくるグライエンさんが率いる部隊と入れ替わるようにもう一度グリアに騎乗して戦場を離脱した。
グライエンさん率いる部隊が参戦し包囲が完成した後は一気に戦況は守備兵側に傾き、魔物の群れは包囲の中で磨り潰されていった。
ゴブリンとオークが全滅し残った数体のオーガが激しく暴れ、囲んでいた兵達に大分被害が出ていたが腕利きの兵の決死の攻撃で一体ずつ仕留められていく。
最後の1体が腕利きの突き込んだ槍で心臓を貫かれ地面に倒れると、一斉に守備兵達から勝ち鬨が上がり戦闘は終了した。
その後始まった戦場の片付けまで少し距離を置いて眺めていると兵士が伝令に来てくれる。
片付けはもうすぐ終わるのでグライエンさんが偵察の報告を聞きたいそうで、もう城塞へ引き上げたグライエンさん元へ案内しれくれるようだ。
伝令に来てくれた兵が先導してくれ戦場脇から出城へ戻り城門を潜って城塞の前でグリアから下りここで待つよう指示する。
案内を続けてくれる兵士について城塞内を進み、通された部屋にはグライエンさんと傭兵ギルドの出張所で見た職員さんがすでに座って待っていて勧められた椅子に座るとグライエンさんから話を切り出した。
「待たせてしまったな、リク殿。まず先程の戦闘での助勢、改めて感謝する。魔術を使う厄介なゴブリンとオーク共だけでなくオーガも2体仕留めてくれたおかげで兵の損耗を抑えられた。戦果の認定書もきちんと発行するので傭兵ギルドの出張所へ顔を出しておいてくれ」
ここまでのグライエンさんの話に不満はないので一つ頷く。
「では早速で悪いが、森の中の様子を話してくれ」
「分かりました。森に入って時点から順を追って話していきます」
まあ、グライエンさんにはそう話したが、タリンダや人化出来ない眷属達が出入りしている関係で森の中の廃砦を確保した事は告げず、ティーエたちの精霊術でキャンプ地を確保した事にして話を進めていく。
勿論タリンダに乗って空から偵察した事や俺達が先に接触したいので見つけた獣人の集落についても口にはしない。
本題である万を超えるだろう魔物の群れは森での魔物の密度変化から位置を推定して見つけた事にし、威力偵察についてはほぼ事実通りに話すがドグラの代わりに輸送隊の護衛をした仲間達を連れていったとしておいた。
「釣り出した魔物達を仕留めた後は森の北縁へ沿うように迂回してキャンプ地に戻りました。それで仲間達には魔物狩りを続けてもらい、俺が代表して報告に戻ってきたという訳です」
俺の話しを黙って聞いていたグライエンさんの表情は渋いものに変わっていて、表情の青くなっているギルド出張所の職員さんが口を開いた。
「今のお話、俄かには信じられません。何か証拠になるものをお持ちですか?」
「それなら討伐証明を出して貰おうと思って持ち帰っている威力偵察時に倒した魔物から回収した魔石があります。改めてください」
立ち上がり近くにあったテーブルの上に昨日ティータ達と整理した魔石の袋を出していく。
続いて立ち上がったギルド出張所の職員さんが袋を開けて中身を確かめグライエンさんへひとつ頷き俺へ向き直った。
「確かにリクさんの話通りの数がありますね。お求めの通りに伯爵家と当ギルドの連名で討伐証明はお出しできますが代わりにこの魔石を納めて頂きます。構いませんか?」
「ゴブリンとオークの分は提出しますが、オーガの分は手元に残す事にします」
「分かりました。証明書は今晩中に仕上げておきますから、明日の朝以降出張所まで取りに来て下さい」
職員さんへ頷きオーガの魔石が入った袋を格納庫へ納めていると今度はグライエンさんが立ち上がった。
「リク殿、貴重な情報の提供改めて感謝する。早速話してくれた魔物の群れについて部下達と対応を話し合わねばならんので、悪いが儂はこれで失礼する。森での狩りに戻るのだろうが、今夜はこの城でゆっくり英気を養ってくれ」
そう言い置いてグライエンさんは足早に部屋を出て行った。
代わりにグライエンさんの部下が入って来て城塞の一室を貸してくれると提案されたが、護衛もなしに一人で寝ると後で眷属達に文句を言われそうなので固辞し夕食だけ城塞の食堂で食べた。
夜は晴れたのでグリアの背中で毛布を被って休み、朝になって討伐証明の書類を受け取ると出城を後にした。
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