#60 踏み入った、氾濫した森 1
特に何事もなく出城での一夜が明け身支度をしてみんなで食事を取り、俺以外には出発の準備を頼んで俺はサイデルさんと話したい事があったので城塞を出て中庭の一角に集まっている輸送隊の馬車まで足を運んだ。
綺麗に整列している馬車の周りを輸送隊の面々が荷物を抱えて動き回っており、もう荷卸しを始めていたようでサイデルさんは声を張って指示を飛ばしていた。
「おはようございます。サイデルさん」
「おお、リク殿か。おはよう。何だ、荷卸しの手伝いにでも来てくれたのか?」
「俺達も今日から森へ偵察に入るつもりですから、それは無理ですよ。実はサイデルさんに2、3聞きたい事があるんですけど今いいですか?」
サイデルさんは顔だけ俺に向けてからかうような表情を浮かべていたが、1つ頷き部下に幾つか追加で指示を飛ばして向き直ってくれた。
「それで何が聞きたいんだ?」
「昨日貰った地形図についてです。あれの信頼性ってどれ位なんですかね?昨日は世話にならずに片が付いたんでどの程度か知りたいんですよ」
「ああ、偵察に使おうってことだな。それならそう悪くはない筈だ。あれは大地竜山脈の主が狂う前に山脈内で掘った鉱石を運び出す効率のいいルート開拓のために作られたやつでな。地形が変わるほどの山崩れが起きたなんて話は聞いた事がないから、変わった所があっても森の境界線位だと思うぞ」
「そうですか、じゃあもう一つ。地形図には森の中に砦みたいなのがあるって出てますけど、これについて何か知ってたら教えて下さい」
「それは今言った鉱石を輸送するルート上にあったやつだな。結構な量の物資が行き来してたから森に湧く魔物対策に宿営地を段々拡張して砦が出来たんだ。まあ鉱石が運び出せなくなって放棄されたんだが、砦自体は今も残ってる筈だ」
「偵察の拠点に使えますかね?」
「流石に今の状況は分からないからな、実際にリク殿が足を運んで確かめた方が早いと思うぞ」
「ですね。自分で行って調べてきます。質問に答えてくれてありがとうございました」
「何、構わんよ。リク殿やお仲間の腕前なら問題ないと思うが、十分気を付けてな」
「サイデルさんも帰りの道中お気をつけて」
「俺達は重症の負傷兵を連れて戻るがほとんど空荷で行き足は上がるから心配ないさ。お互い無事でまた会おう」
サイデルさんへ1つ頷きその場を後にした。
その後傭兵ギルドの臨時出張所を訪れ詰めていたグライエンさんの部下に敢えず1週間程森に入って偵察してくる事をグライエンさんへ伝えるよう頼んだ。
快諾してくれた部下の人へ礼を言い、臨時出張所を後にしてきた門へ向かう。
城門前に集まり始めていた定期巡回に向かうんだろう部隊の近くに全員揃ってくれていた仲間達へ合流し、門衛に開けて貰った北門を潜って出城を出発した。
大分荒れているが鉱石を輸送していた当時の道の跡がまた多少は残っていてそれに沿って北上しすぐ森の中へ足を踏み入れた。
出城付近程ではないが森の中にも道の跡は若干残っていてそれを道標に木々の間を進んで行く。
当然ゴブリンやオークの群れにも遭遇するが、気配探知スキルを持つ俺達の方が先に気づき奇襲を仕掛けて50から100位の群れを幾つも潰していった。
魔物の密度が高いせいで下手に立ち止まれず昼食は携帯食をかじり水で胃に流し込んで済ませ、夕方近くまで休みなしで歩いてようやく目標である砦の城壁が見えてきた。
外観から見た砦にはほとんど傷んでいる所は見られず、これなら十分使えるだろう。
ただ気配探知で内部を探ってみれば幾つもの魔物の気配を感じるので、これは大掃除が必要なようだ。
「シャドウフレイム達。砦内部の様子を探ってきてくれ。間取りと罠の有無に魔物の数や配置を調べて来て欲しいが見つからない事を最優先で頼む」
行ってくれの声と共にグリアの背中から消えたシャドウフレイム達に続いて他の仲間達を見回す。
「俺達は砦の制圧時外から増援が来ないよう周辺にいる魔物の群れを片付けておこう。二手に分かれてシャドウフレイム達の偵察が終わるまでに済ませておくぞ」
仲間達も俺の指示に意見は無いようで自然と二手に分かれてくれ行動を開始してくれた。
思った通り砦周辺の魔物の群れの密度も高くガディにティータとティーエを連れ軽く偵察しただけで幾つかの魔物の群れを見つけ随時相手に気づかれる前に奇襲を仕掛け仕留めていく。
続けて砦の制圧中に増援へ来そうな距離まで索敵の範囲を広げ見つけた魔物の群れを全て片付けて元の場所に戻るとシャドウフレイム達やアデルファ達も戻っていて砦内部の様子を念話で見せ始めてくれた。
目を閉じた視界にまず広がったのは城門の真上から見える城塞までの庭の様子で草が生い茂る中を数匹ずつゴブリンやオークが巡回している。
その庭に下りたシャドウフレイム達は壁抜けも出来るが隠密性を優先して空いている窓を捜したようで庭を軽く一周しそれぞれが別の空いている個所から内部に侵入したようだ。
そこからは目を閉じた視界が幾つかに別れ砦内の様子が映し出されていく。
侵入した部屋や廊下から始まり砦内の各部屋が次々に出てきて内部の間取りに魔物の配置や数が分かってくる。
その内会議室のような一番の大部屋に一体だけ一本角のオーガがゴブリンやオークの取り巻きと共に陣取っていて恐らくこいつがこの砦の大将なんだろう。
そこまで確認してシャドウフレイム達は引き上げたみたいで映像が途切れた。
ゆっくり目を開きどうこの砦を制圧するか考えてみるが、お互いの戦力を比べると城門さえ潜ってしまえば難しい策は必要ないだろう。
その門も今は開いていて強引に突破する必要も無い。
内部に入ってからの魔物の排除もあの数と配置なら力押しで十分最後まで押し切れるはずだ。
後は俺達に気づかれて門を閉められてしまうのが一番厄介なので早速仕掛けるとしよう。
「よし、あの城門が開いている内に砦へ突入するぞ。アグリスにアデルファとガディは俺と城塞内の制圧だ。人目は気にしなくていいし擬人化を解いて全力でいくぞ」
御意っと三名は声を合わせて答えてくれる。
「狭所戦闘向きじゃないグリアとティーエにティータは城壁と城塞の間にいる魔物達を片付けてくれ。それが終わったら逃げ出す魔物がいないか見張ってくれ。精霊達も実体して残していくから頼むぞ」
「お任せください、リク様」
答えてくれたティータに続いてグリアとティータも頷いてくれる。
残るシャドウフレイム達には俺の班に続いて城塞内に入り打ち漏らしがいないかの確認作業を指示し、
「じゃあ、行くぞ」
仲間全員へ向けて作戦開始の号令をかけた。
身に着けていた防具や服を格納領域へ仕舞うと同時に体を溶岩体へ換装し砦へ向け走り出す。
同じように格納庫へ装備や服を仕舞いマジックマグマアーマーへ戻った三名が俺と並んで先頭を走り残りの三名もすぐ後ろに続いてくれた。
砦を覆っている森を素早く駆け抜け大柄な大人が通れる程度空いていた城門を体当たりするようにさらに押し広げ砦の中へ踏み込んだ。
丁度この門から城塞の門までの間にゴブリンやオークはいなかったが門を開く音を聞き付けたようでここへ集まってくる。
指示通りティータ達は迎撃を始めてくれ目配せをしてアグリス達を先に行かせ、俺は精霊達を実体化しティーエ達に協力するよう指示して城塞の門を目指した。
ティータ達の術やグリアに精霊達が問題なく魔物達を蹴散らして行くのを横目で確かめ、城塞へ視線を戻すとアグリスにアデルファが内部に続く門を蹴り広げ飛び込んでいた。
俺も足を速めて城塞に侵入し迎撃に出て来たのだろうゴブリンやオークとガディ達がもう始めていた戦闘へ刀を抜いて参戦した。
それからはシャドウフレイム達に見せて貰った映像を参考に立てた城塞内部の制圧ルートに添って魔物の群れを潰して行く。
廊下で鉢合わせたり部屋に潜むゴブリンやオークを切り捨て叩き潰しながら進んで行き最後に残ったオーガのいる大部屋の前まで来た所でアグリスが俺の方へ振り返った。
(リク様、この中にいるオーガは俺にやらせてくれませんかね?)
(出城の時この中でお前だけがやれなかったからか?)
(ええ、ダメですかね)
(いや、任せるから好きに戦っていいぞ)
(感謝しますよ)
俺の返答でさらに気合の入ったアグリスが大部屋の扉を蹴破り先頭を切って中へ突撃していった。
襲い掛かってくるゴブリンやオークをアグリスは一撃で薙ぎ払って道を開きオーガへ向けて真っ直ぐ進んで行く。
俺達も続いて大部屋に踏み込みアグリスに群がろうとする魔物達を切り捨てているとオーガとアグリスの一対一の戦闘が始まった。
もう俺が手を出す必要が無いほど取り巻きの魔物は仕留めていたので誰の邪魔にもならない間合いを取ってその戦闘へ注目する。
アグリスの大槌とオーガのメイスが正面から激突し、メイスの方が呆気なく砕け散りもう勝負ありかと思ったが、アグリスは対等にオーガを叩きのめしたいようで大鎚を手放し間合いを詰めて両者の右拳が正面から激突した。
相当な衝撃が発生したようで双方の拳が弾けるが、間髪をおかず今度は両者の左の拳が衝突する。
再び双方の拳が弾けもう一度右拳が正面から激突するが今度はグシャという嫌な音を立てオーガの拳が潰れていく。
その痛みからか絶叫を上げてオーガは一瞬無防備になり、そこからが一方的な展開になった。
素早くもう一歩踏み込んだアグリスが放つジャブのようなストレートの連打がオーガの上半身へ幾つのめり込んでいく。
最後に魔力を纏って顎を直撃した一撃で顔の半分が崩れ首が一回転し膝から崩れ落ちたオーガはそれでもう動かなくなった。
アグリスが勝負をしている間にアデルファとガディはこの大部屋の掃討を終わらせてくれていた。
城塞内はこれで一応片が付き後はシャドウフレイム達の確認待ちなので外の様子を念話で確かめておこう。
気配探知で外の様子探り周囲に魔物のいないティーエへ念話を繋いだ。
(そっちの状況を報告してくれるか)
(はい、リク様。城壁と城塞の間を巡回していた者達はみんなで全て仕留め終わってします。城壁から出てくる魔物も今の所いませんね)
(分かった。城門を完全に閉めて閂をかけシャドウフレイム達が城塞内の確認を終えて周囲の監視を始めるまで警戒を続けてくれ)
(お任せ下さい)
ティーエ達も問題なく片が付いたようなのでこれで砦は制圧出来たし、ここを俺の占有領域下へおこう。
楔を作り出し部屋にいた三名へシャドウフレイム達の手伝いに指示したが、全員から護衛をつけるよう反対されたのでガディを連れて大部屋を出た。
砦中を歩いて回りほとんど同規模の干渉地を2つ見つけ、楔を隠すなら地下牢に在ったものの方が良いんだが城塞の中庭の干渉地に楔を刺し砦周辺を俺の占有領域下へおいた。
砦を領域下におけた事で城塞内の魔物排除も確かめられたので今夜は久しぶりにトロスの借家へ楔の転移で戻り自分の部屋で休んだ。
お読み頂きありがとうございます。




