#44 呼び出された、トロスの高級住宅街 5
気配探知を広げ徘徊する魔物と鉢合わせしないよう気をつけながらあの鈍色のロックモールが残した足跡を追っているが、進んで行く方向からするとどうやらあいつは楔があるホールへ向かっているようだ。
丁度徘徊する魔物の気配を感じないので走るスピードを上げ残った足跡を追って行く。
ギヌーボの配下が最下層にも入る可能性もあると思ったので楔があるホールの出入り口は一応土魔術で壁を作り封じておくよう指示したんだが、案の定辿り着いたその壁には円形の穴が開いていた。
今日の楔の警備はガディにネイミとマドラへ任せてあるし気配も感じるから楔が破壊されてはいないと思うが、どうしてか中に魔物の気配もあるのに戦闘をしている感じが全くしない。
念話で確認してもいいがもしも睨み合っていて3名の集中を乱したら不味いので、出来るだけ気配を殺しホールの中を覗いてみる。
三名とも気配の通り無傷で安心したが、反面あの鈍色のロックモールが何故かその三名に対して土下座をしていた。
訳が分からないが取り敢えず危険は無さそうだ。
それでも事の推移は知りたいので顔を引っ込めネイミへ念話をつなぐ。
(リクだ。顔を出したから分かると思うが、そのホールのすぐ外にいる。ちょっと状況が掴めないんだが、何かあってその土竜はお前達に土下座してるんだ?)
(ごめん、リク。あたしにもちょっと訳が分かんない。)
返ってきたネイミの念話の声色にも困惑を感じ取れた。
(だったら、起こった事を順番に教えてくれ。)
(分かった。えっとね、リクに言われた通りにギャルドへ頼んでホールを塞いで貰って警備してたら、そいつがいきなり入口に作った壁に穴をあけて中に入って来たの。楔に惹かれてやってくるいつもの奴等かと思って倒そうとしたら、こいついきなり土下座を始めたんだ。後は配下にして欲しいだの、人が攻めてくるから倒してほしいだのずっと念話で喚いてるの。起こった事はこんな所だよ。)
言動から推察するとあのロックモールは俺達とネイミ達をぶつけて身の安全を図り、上手く行けば両方排除できるとでも考えているんだろう。
(なるほどな。そういう経緯か。)
(えっと、うるさいけど配下になるっていう奴を勝手に倒しちゃまずいと思って、このまま監視して後でリクに相談しようと思ってたんだけど、もしかしてさっさと片付けた方が良かった?)
(いや、ネイミの対応は間違ってないぞ。)
(そっか、なら良かったよ。それじゃあ、こいつどうしよっか?)
(この坑道を効率的に拡張するのに役に立つかもしれなから、本当に配下になる気があるのか確かめてみよう。マドラ、ちょっと頼めるか?)
(何?リク兄。)
(これから俺はホールの中へ入る。そうしたらそいつは俺に気づいてマドラへ背を向けると思うから、その隙に巻き付いて締め上げしてくれ。逃げられないように捕まえて真意を確かめてみようじゃないか。)
(了解。任せて、リク兄。)
念話を切り一息間をおいて横に開いている穴を潜った。
いきなり攻撃してくる事も考え一応警戒してホールに足を踏み入れる。
足音に気づいたのだろう土下座していた土竜が立ち上がって振り返り、多少脅えた感じで後退っていった。
続いて俺にも響いてくる程の念話でそのロックモールはネイミ達へ懇願し始めた。
(あ、あいつが姉さんたちの島に侵入してきた人間ですわ。えらい手練れみたいなんで気つけてください。)
俺とネイミ達を先にぶつけるためだろう鈍色のロックモールはさらに後退っていくが、そのおかげか動き出したマドラは警戒されず首の一本が簡単に巻き付け逃げられないように締め上げた。
(な、何で自分を締め上げるんですか?仕留めるんはあの人間ですよ?)
「何言ってんの?リクはあたし達のボスよ?攻撃なんてする訳ないでしょ。」
(に、人間がボスやなんてとぼけた事言わんといて下さいよ、魔人の姐さん。)
とぼけてると言い返されたネイミの機嫌が急速に悪くなっていくのが表情から見て取れた。
仲間に引き込むなら感情的なしこりがこのロックモールと出来る前にタネを明かして選択を迫った方が良さそうだ。
「おい、土竜。こっちを向け。」
声を掛け土竜の視線がこっちへ向くのを待って、俺がボスだと納得できるよう超人体から溶岩体へ体を換装して見せてやった。
土竜の表情は読めないが驚いてるのは態度や雰囲気から伝わってくる。
(ま、魔人の兄さんが人に化け取ったんか。)
「そういう事だ。これで俺が頭だと信じる気になっただろう?で、ネイミ達に念話で聞いたんだが俺達の配下になりたいそうだが、本心か?」
(も、勿論そうです。弱いもんが強いもんに従うんは当たり前やないですか。もしかして兄さんに喧嘩売ってしもうたからダメですか?)
「ま、俺が人間の姿をしてたんだから無かった事にしてやる。もう一度聞くが、本当に俺達の配下になりたいなら名前を答えろ。無いなら正直にそう言え。」
今度も土竜の表情は読みにくいしマドラに締め上げられたままだが、どうやら居住まいを正したようだ。
(自分はメウロいいます。)
「じゃ、メウロ。お前はこれからこの俺、リクの眷属だ。」
眷属創操を起動しメウロの頭に触れて魔力を流して抵抗なく眷属化を済ませて、ついでに楔の回復機能で俺が斬り飛ばした爪も元に戻してやる。
マドラに目配せしてメウロを離してやると思いっきり俺へ頭を下げた。
(配下に加えてもろうただけじゃなく、爪まで元に戻してもろうておおきにありがとうございます、リク兄さん。それで自分はまず何をすればええですかね?)
「俺はさっきの人間達の所に戻らないといけないから、取り敢えず他の眷属達の所へ挨拶に行って来い。ガディ、案内してやれ。」
御意と頭を下げてくれたガディとメウロが楔の転移機能で移動するのを見送って、超人体へ体を換装してマドラやネイミを見た。
「じゃあ、俺はバルバスの所へ戻る。引き続きここの警備をよろしくな。ついでに俺が出たら扉の穴を一応塞いでおいてくれ。」
「あたしも土魔術が使えるんだから、まーかせて、リク。」
(リク兄の方こそ、戻る時気をつけてよ。)
返事を返してくれたネイミやマドラに手を挙げて答えホールを後にした。
幸い徘徊する魔物とは出会わず立坑の底には戻れたが、生憎まだボルトン達はついていなかった。
怪我人は一か所に集められ治療は終わっているようだが一応確認するためサラに近づくと向こうから声を掛けてきた。
「ご無事そうで何よりです、リクさん。」
「ありがと、サラ。それで怪我人の様子はどうだ。」
「十分の量の魔法薬をリクさん達に提供して頂いたので幸い死人はいません。ただ流石に自力移動は無理のようなのでリクさんの呼ばれた増援待ちです。リクさんの追跡はどうだったのですか?」
メウロを追ってここを離れたんだから当たり前の問いけだが、どう答えるべきだろうか。
仕留めたと言っても良さそうだが、メウロにはこの坑道で働いて貰うつもりなので数万分の1位の確率で人間の傭兵とかち合うリスクがある。
そうなると俺の証言が疑われるのでここは取り逃がした事にしておこうか。
「俺の方は空振りだ。足跡を追ったんだがどうやら途中で坑道の壁に潜ったようで残念だがそれ以上追えなかった。まあ、再襲撃の可能性を潰せたんだからそれで良しとするべきかな。」
「同意します。では、ここの防衛に復帰して頂けるんですね?」
「ああ、魔物が立坑へ入らないよう坑道を見張ろう。」
サラへ頷いて警戒に入るがそれ程待つ事無くティータに先導されたボルトン達が立坑の底へ下りてくる。
俺にバルバス、ティータやティーエが自由に戦闘出来るようボルトン達やギヌーボ配下で無傷の残りに怪我人を背負って貰い立坑の底を撤収した。
坑道前の廃屋で全員一泊し、一夜では怪我人が歩けるようにならなかったので今度もボルトン達の手を借りてトロスのギヌーボ邸へ彼らを運び込んだ。
歯噛みをしていたギヌーボは無視し、坑道へ戻るというボルトン達とはそこで別れて自宅に引き上げたが翌朝またギルドへ呼びされてしまう。
出向いてみるとサラにいきなり外へ連行されギヌーボ邸へつれてこられて屋敷の主人と面会させられている。
「朝早くから面会して頂きありがとうございます、ギヌーボ様。今日、お伺いしたのは治療費と賠償金をお支払い頂くためです。まず治療費ですが怪我をされた配下の方全員の魔法薬による治療と街までの輸送の費用、合わせて100万ロブロになります。次に賠償金ですが当ギルドとお約束頂いた鉱石納入は不可能になったと判断させて頂きますのでその違約補償が1000万ロブロになります。合わせて1100万ロブロの高額になりますのでお支払方法にご希望はありますか?」
1000万と聞いた辺りから顔が赤くなり始めたギヌーボがサラに噛みついた。
「ちょっと待て。小僧に払う治療費の方は魔法薬を湯水のように使ったというから仕方なかろうが、賠償金は法外じゃ。そもそも鉱石の売却代金は20万もいかんじゃろうが!」
「上乗せ分はギルドの信用に傷をつける分です。それがどれほど重いか商人をなさっていたギヌーボ様に分からないとは言わせませんよ?」
いたって冷静なサラの反論にギヌーボは顔を真っ赤にして歯噛みをするが言い返せないようで、暫く何かを考えているようだったがいきなり俺の方を向いた。
「小僧、取引じゃ。あの廃鉱山の所有権はくれてやる。変わりに治療費の払いは無しにせい。ギルドの小娘もまだ鉱石の納入期限は来ておらんのじゃ、いま廃鉱山の所有権を手放せば小僧が採掘できて納品分を確保できる。それ損害は発生せんのじゃ、儂に賠償の責任も発生すまい。」
悪くない取引だが答える前に確かめたい事がある。
「サラ、納入期限はいつまでで必要な鉱石の量はどれ位なんだ」
「そうですね。期限まではあと10日程で、必要な鉱石の量はこれまで1回に納めて頂いていた鉱石の平均量の1,5回分ほど必要ですね。」
そのくらいの量の鉱石は格納領域に備蓄してあるので俺がギルドから賠償を請求される事は無さそうだ。
「分かった。ありがとう、サラ。いいぜ、ギヌーボさん取引成立だ。ただしあとで反故にされたらかなわないから取引内容を書面で残して貰うぞ。」
サラに立会人の署名を頼むと快諾してくれたので取引内容を起こした書面を2枚ギヌーボに用意させる。
俺、ギヌーボ、サラと署名し出来上がった書類の一枚を持ってギヌーボがさっさと屋敷の奥に引っ込んだので俺達もその場を辞した。
ギヌーボ邸を出てサラをギルドへ送っていく途中ちょっと気になっていた事を聞いてみる。
「後学のために聞きたいんだが、今回の取引の流れ。ギルドが狙って誘導したんだよな?」
「はい、概ねの所は。ただギヌーボ様があの鉱山を手放したのは少し予想外でした。私達としてはリクさんに無条件での採掘権を認めて頂くくらいで良かったので。」
「やっぱりな。組織に不利益をもたらす相手には容赦なしか。まあ俺達はつかず離れずでギルドとは取引させて貰うよ。」
「そうして頂ければ十分です。まずは鉱石の納品をお願いします。」
「ああ、期日までには必要量を納めるよ。」
頷き返してくれたサラをきちんとギルドまで送り、トロスの家に戻ると今日の魔物掃討へ出かけた。
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