#41 呼び出された、トロスの高級住宅街 2
俺が転生魔人として占有している廃鉱山の持ち主と面会して欲しいとギルドから要請された翌朝、気乗りしないがそいつに会ってみるため家を出る。
昨日の夜読んだギルドの受付嬢サラから貰ったプロフィールによると持ち主の名前はギヌーボという資産家のようだ。
性格は傲慢で金に汚いらしい。
元は商船主だったようだがその船を売り払って得た金を元手にトロスの傭兵が偶然見つけたあの鉱山を開発したという事だ。
盛んに鉱石が採掘されていた頃はかなり儲かっていたようだが、魔物が湧いて坑道が閉鎖されたので資金源の大半を断たれたみたいだ。
残っていた資産で他の商売へ手を出しているそうだが上手く行っておらず、少しでもあの鉱山から利益を得ようとして今回の面会を要請してきたではとサラは予想まで書いてくれている。
交渉がこじれて鉱石の卸が滞らないようにとの配慮だろう。
無駄に侮られないようバルバスだけを連れて地図の通りにトロスの住宅街を歩いて行くと比較的大きな邸宅が並ぶ所謂高級住宅地の一角にギヌーボの屋敷はあった。
壁に囲まれた邸宅の入口を警備している守衛へ呼び出された傭兵だと告げ主との面会を求める。
俺もバルバスもきちんと傭兵だと見えるよう革鎧を着こみ刀と槍を携えていたおかげか、そう待たされる事無く応接室のような部屋に通された。
その部屋にはすでに小太りで初老の男が護衛を後ろに従えてソファーに座っており、俺も体面のソファーに腰を下ろし箔がつくようにバルバスは俺の後ろに立ってくれた。
「お前らが儂の鉱山を荒らしている傭兵共か?」
俺が座るなり目の前の男が不遜な態度で心外な事を言って来るがここは少し様子を見よう。
「あんたがあの鉱山の管理を委託している傭兵ギルドには話を通してるんだが、まあいいか。確かにあそこで鉱石の採取をしている傭兵は俺達で、リーダーのリクっていう。あんたが俺達を呼び出したあの鉱山の所有者のギヌーボさんでいいのか?」
「ああ、そうじゃ。」
「そうかい、だったら早速呼び出した理由を聞かせてくれないか?これでもそこそこ忙しくてな、前置きなしで本題に入ってくれ。」
対等に話す俺の態度がギヌーボさんには気に入らないようで、返答をする度に多少顔をしかめていたが仕切り直すように態度を不遜な物に改めた。
「ふん、まあいいじゃろ。お前達、儂の専属になってあの鉱山から鉱石の採掘をしろ。」
本来ならこんな依頼は断ると即答する所だが、この話の流れだとこの後に鉱山の所有権を盾に採掘料を要求してきそうだ。
ここは雇用条件を聞いてどれ位の額の採掘料ならギヌーボさんが納得するか腹の中を探ってみるのが得策だろう。
「悪いがその話だけじゃ、返答のしようが無い。もっと具体的な雇用条件と報酬を提示してくれ。」
「察しの悪い奴じゃな。雇ってやる期間はお前達が魔物と戦えなくなるまでに決まっておるじゃろ。報酬は特別に月に2万、ロブロで出してやる。文句はないじゃろ。」
「俺達には後2人仲間がいるから合計で月に8万ロブロって事だな。」
「何を寝ぼけた事を言っておる?お前達が何人いるのか知らんが全員で月2万に決まっておろう。大して名の通ってない傭兵が図に乗るな。」
この男、今の俺達が1回の魔石や素材の精算でこれ以上稼いでいるのをギルドから知らされてないんだろうか?
そういう呆れた気持ちが多少顔に出てしまう。
「そういう事ならこの専属の話は断らせて貰う。その程度の報酬で扱き使われるつもりはないんでな。」
「断るのは勝手じゃが、もしこの話に乗らんのなら今後一切お前達のあの坑道への立ち入りは認めんぞ。」
このギヌーボの口調から判断して採掘料の話を出しても法外な額を提示されそうなのでやめておいた方が良さそうだ。
楔がある以上坑道への出入り自体に問題は無いが、人として公には鉱石を入手できないという事になるのでミシェリさんとの取引に支障が出るか。
それでもカムフラージュのためのトロスと坑道の行き来をしなくてよくなるから1日以上時間が節約できるし、ミシェリさんとの取引はギルドと交渉の余地位はあるだろう。
ギヌーボから雇われる話はなしで決まりだが、ボルトン達の狩りは容認するよう話をねじ込んでおこう。
「ああ、それでいい。俺達はあの鉱山から手を引くよ。ただ要望が一つと、忠告が一つある。まず要望だがあの坑道の浅い部分で俺達の知り合いが魔物狩りをしているんだが、これは黙認して欲しい。坑道の浅い部分じゃあいい鉱石は取れないし際限なく湧いてくる魔物を勝手に始末してくれるんだ、管理の手間や費用が減る分あんたにとっても悪い話じゃないだろう?」
俺がもう一度明確に断ったのが意外なようでギヌーボの表情が多少歪んだ。
恐らく坑道からの排除をちらつかせれば俺達が折れると踏んでいたんだろう。
ただ提案には多少の興味があるみたいで歪んだ表情をすぐに立て直してみせた。
「ふん、まあよかろう。しばらくは静観してやる。それで忠告と言うのは何じゃ?」
「ああ、それは坑道下層の強力な魔物が上層や外へ出て行かないよう立坑の中程に俺達だけが通れる壁を仲間に魔術で作らせたんだ。あんた達が鉱石採取に坑道の下層へ行きたいなら同行してそれを排除するから坑道へ向かう時はギルドを通して連絡をくれ。俺達が勝手に坑道へ入ったらペナルティがあるんだろう?まあ俺達の魔術を破れる自信があるなら好きにしてくれ。」
他にもギヌーボの動向を知るという意味合いやトロスにティータやティーエの精霊術を破れる使い手がいるか確かめたいという思いもあるが喋ってやる必要は無いな。
話はこれで終わりだと思うのでソファーから立ち上がると少し焦ったような表情でギヌーボが俺を引き留めてきた。
「ちょっと、待て。本当に儂の善意を無にして去るつもりか?この話を蹴るつもりなら本当にあの坑道への立ち入りは認めんし、もし鉱石を街で売ろうものならお前が言っていたように相応の罰がギルドを通してあるんじゃぞ!」
「あんたは鉱石掘りか何かと勘違いしてるようだが、俺達は魔物専門の傭兵だぞ?あんたが提示した報酬以上の成果を得られる狩場なんて瘴鬼の森に幾らでもあるんだから固執する意味がない。今あの坑道へ入っているのは強めの魔物と比較的簡単に遭遇できるからで、鉱石掘りは小銭稼ぎに片手間でやっているだけなんだよ。」
これで本当に話は終わりにして部屋の外へ歩き出す。
ギヌーボはまだ何か言いたそうで腰を浮かせるが俺の意思を組んでくれたバルバスが槍を一閃して威嚇し黙らせてくれた。
ギヌーボが何を考えてあんな話をしたのか知らないが、表向きにはあの坑道から手を引く以上面会の話を持ってきたギルドへも事の経緯を伝えておくべきだろう。
ただ話をするなら今回も事情を知っているサラにするのが一番面倒が少ないと思うので一旦家へ帰り、バルバスの他にティータやティーエも交えて昼食を取って再び家を出る。
ギルドに着いたのが昼過ぎだったおかげか中にはほとんど傭兵はおらず、全く並ばずに受付をしているサラの前に立てた。
「いつもご利用ありがとうございます、リクさん。今日も買取りでしょうか?」
「いや、別件だ。実は今日の午前中ギルドの要請通りギヌーボの屋敷まで足を運んで本人と話して来たんだが、話の結果だけ言うとあの坑道への出禁を言い渡された。おかげで鉱石もここへ納められなくなると思うんで一言断りに来たんだ。」
正面から俺の話を聞くサラの表情を見ていたが珍しく呆気に取られていく。
だが話が終わるとすぐに表情を正し口を開いた。
「申し訳ありませんがその話の詳しい経緯を教えて頂けますか?」
「ああ、いいぞ。」
その言葉に続いてギヌーボの屋敷でした話をしてやるとまた呆れたような表情をサラは浮かべるが話し終えると再びさっと引っ込めた。
「お話の経緯は分かりました。ですがこの一件少し私達に預けてくれませんか?」
「もしかしてギヌーボに要求を撤回させるつもりか?」
「はい、そのようにお願いするつもりです。実は鉱石の納品依頼が当方に入っていてもうすぐ納期なんです。ただギヌーボ様との交渉次第では、もしかしたらリクさんの方にも採掘料の支払いをお願いするようになるかもしれませんがよろしいですか?」
「まあ、法外な料金じゃなきゃ一考するよ。だけどあの男が妥協しなかったらどうするつもりなんだ?」
「その時はギヌーボ様にギルドを通してあの場所で鉱石採掘が可能なリクさん達とは別の傭兵を雇ってもらうか、ギルドがあの坑道の管理から手を引く事を盾に独自で鉱石の採取をお願いする事になると思います。」
「なるほどな、だったら俺からも提案だ。ミシェリさんとの取引をこれまで通り黙認してくれるなら、もしサラが今言ったどちらかの事態になった場合に俺達があの坑道で鉱石を採取していたノウハウをギルドへ提供しよう。」
「分かりました。立坑の封印の件もありますから当方でも一考してみます。」
「まあ、すぐに結論が出る話でもないしな。俺はここに住んでるからギヌーボと話がついたら連絡をくれ。」
サラに紙とペン借りてトロスの家までの地図を書き、お辞儀をしてくれるサラに見送られてギルドを辞した。
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