#142 後始末した、王都 14
それから引き続いてガルドルと交渉を交わし、隠し部屋の物を含むこの商会にある全ての金品が俺達炎山の取り分となった。
それに加えてここの連中を奴隷として売った場合に予想される総金額の半分を明日中に俺達が押さえてある宿の方へ届けて貰える約束も取り付けた。
それと引き換えにアリスやジアトルが命を狙われた事を含む俺達が見聞きしたグリシャムの醜聞と今日このジェルマン商会での出来事をこれ以降口外しないように要請された。
まあ、それは俺達にとって何の問題にもならないんで文句をつけずに快諾した。
交渉の最後にもう一度ガルドルと握手を交わし、相変わらず呆然としているグリシャムを一瞥して応接室を後にしたが、この商会を出ていく前に確かめたい事がある。
人の気配がなかったので後回しにしていた隠し通路の先がどこにつながっているのか確認しておきたい。
俺達だけでやって不正を疑われないよう商会内を巡回していた大地の盾の面々を2〜3人捉まえ、通路を調べに行く前に隠し部屋や金庫室に執務室といった所を回って金目の物を回収しておく。
それを済ませてから、かけていた魔術での封鎖を解いて地下通路へ降りていく。
志願して先頭に立ってくれたガディに続いて100mほど進んでみると建物内に作られたドックに行き当たった。
多分ここはドゥルガス海賊団の隠し船着き場だな。
ざっと周りを一瞥してみても大型船が停泊できそうな広い建物だが、ここにも人気はないんで魔術を使い構造を把握して外へ出てみる。
ジェルマン商会からも見えるここの外観を一望してみると潰れた造船工房のように偽装してあり、そうする事でドックの存在を隠してあった。
幸いこの建物には俺達がこの辺りへ着いた頃から見張りや警備の類は出入りしていないんで、取り逃がした奴はいないだろう。
ジェルマン商会との位置関係も把握できたんで、俺も建物内の捜索に参加する。
先に始めていた仲間達に合流して全ての部屋を一通り見て回ったんだが、残念ながら金目の物は見つけられなかった。
代わりに保存のきく食料なんかが少し残っており、その周りには最近物を動かした痕跡がある。
となるとこの数日の間にここからドゥルガス海賊団の船が出港したのかもしれない。
どうせなら出て行った船の連中も纏めて仕留めてしまいたかったが、タイミングが合わなかった以上しょうがないな。
あるかと思った金目の物もなにもなかったし、約束通りに俺達はここで手を引こう。
後の始末は一緒に来ていた大地の盾の面々へ任せて宿へ引き上げた。
翌日俺はガルドルから謝礼の受け取りがあるんで宿に残ったが、他の皆には王都内と外に残してきた獣人やドワーフ達の所へ二手に分かれて行ってもらう。
仲間達が先に着いた王都内の獣人やドワーフ達に鉱山へ出稼ぎに行っていた面々が全員無事に王都のすぐ外まで戻ってきている事を伝えると皆一様に笑顔で喜んでくれた。
それに合わせて砦への移住に関してもどう考えているのか聞いてみたら、王都の面々も全員が前向きに考えているそうだ。
それならと出稼ぎに出ていた面々も移住に賛成している事を伝えると、善は急げという事で荷物を纏め始めてくれる。
今夜中には準備を終えて明日の朝には今の部屋を引き払うと決めてくれたんで、それを外の連中へ伝えてそのままそこへ残ってもらうように、まだ王都外へ向かい移動中の仲間達へ頼んでおいた。
明くる日ガルドルの使いから約束の金を受け取った俺も王都に残っていた面々の所へ出向き、約束通りに纏めて置いてくれた荷物を俺の格納庫へ収めてしまう。
荷物運びの手間が省けると感謝してくれた面々と共に部屋を引き払って王都を出た。
特に問題なく郊外にあるあの丘に着いて、久しぶりに再会した獣人やドワーフ達はお互いの無事な姿を確かめて喜びあっていた。
そんな姿を横目に見ながら俺達が捕えて帰ったジェルマン商会の連中がいないのがちょっと気になったんで、昨日からここに残ってくれているアグリスとアデルファにその理由を聞いてみた。
どうやらは昨日の内に大地の盾の面々がここに訪れ、あの連中を全員引き立てて行ったようだ。
流石に商会で雇われている傭兵団だけあって素早い対応だし、扱いの面倒な連中が居なくなってくれたのはありがたい。
そんな説明を聞いている間に再開を喜び合っていた面々も一段落したみたいなんで、転移門を開いて順番に砦へ移動してもらう。
預かった荷物も門から手を出す形で砦側に全部取り出しおいた。
最後に残ったゼペットとザイオが頭を下げてくれ、その二人共が門の向こうに消えたのを見届けて転移門を閉じた。
王都でやるべきことはこれで済ませた。
明日からはこの街の観光が出来るかと思ってたんだが、宿へ引き上げてみるとグライエンさんから伝言が届いていた。
どうやら向こうも昨日の内に予定を全て消化出来たみたいで、明日の朝この王都からアルデスタ領へ向けて出港したいそうだ。
ちょっと残念だがこっちの要望通りの報酬で雇われている以上クライアントの要望にはきちんと応えないとな。
それに王都の近くに楔を確保できたし、ここの観光はまた今度時間を作ってやろう。
翌朝宿を引き払い指定された港の桟橋へ行ってみるとアルトン・アルデスタ伯爵一行ももう到着していた。
船の手配も向こうがやってくれたみたいで、その桟橋に停泊していた大型の帆船に全員で乗り込み王都の港を出港した。
それから散発的な魔物の襲撃以外は特に何事もなく、5日程で水平線にトロスの港が見えてきたんだが進路上に停泊していた船が急に動き出してこちらへ向かって来た。
こっちの船は港へ入るための速度調節に入っていたんで逃げられず、横付けされる形で接舷されてしまう。
いきなりこの連中が仕掛けて理由は最初分からなかったが、動き出してからその船のマストに掲げられた旗を見て近づいてくる理由が分かった。
あれは確かドゥルガス海賊団の2番船が掲げていたのと同じやつだ。
多分王都のあのドックから出港したドゥルガス海賊団の船が待ち伏せしていたんだろう。
2番船を仕留めた俺達へ意趣返しにきたのか、ガルゴ・アルデスタ男爵から暗殺を依頼されたのかは判断できないが、仕掛けてきた以上は返り討ちにするだけだ。
船同士が接触するタイミングに合わせて海賊達が一斉に乗り移ってくるが、事前に配置へ付いてくれたアグリスにアデルファとガディが飛びこんでくる段階で半分以上を向こうの船へ叩き返してくれる。
その迎撃を潜り抜けてこちらの甲板に着地できたとしても、間髪を入れずティータやティーエに呼び出しておいた精霊たちの術で叩き伏せられていく。
そんなやり取りが3分も続くと海賊達の乗り込みががくっと減っていったんで、事前に決めてあった作戦に従いアグリスにアデルファが敵船へ乗り込んで行った。
ここまでは予想通りに事態は展開している。
それは連中が近づいてきた段階から気配探知で探っていた通りに大半の海賊が大した事ないからだ。
けど1人だけずば抜けた力量を持つと感じる気配を纏う奴が海賊の中にいる。
船内での立ち位置からいってもこいつが船長の筈だ。
こういう奴の相手は俺かバルバスが当たるのが妥当な所で、戦場が船の甲板の上という事もあって俺が相手をする事にした。
代わりに最重要なアルトン伯爵の護衛をバルバスに頼み、俺は戦闘に手を出さずそいつの動向だけを注視している。
今の所他の海賊達の向こうに引っ込んで指示だけ出しており、動き出す気配はないが即応出来るよう俺も敵船へ乗り移った。
この時点で先に乗り込んでいたアグリスとアデルファの働きにより、戦える海賊達は3分の1以下に減っている。
一番の腕利きだろうあの船長各に俺が負けさえしなければ、このまま順調にこの海賊船を制圧できそうだ。
その動きを警戒している船長各も同じように考えたんだろう、いきなり他の海賊を全員見捨てて船内へ飛び込んでいった。
一瞬リスクの回避にこのまま見逃そうかとも思ったんだが、一度姿を眩ませ船の側面から海上に出てこちらの船を直接狙う可能性もあるか。
それに後顧の憂いを立つにはあいつをここで潰しておいた方がいい。
そう一瞬悩んだ分だけ遅れたが俺も走り出し、逃げ惑い始めたその他大勢の海賊達を飛び越えて俺も船内へ駆け込んだ。
反応は遅れても当然あの船長各の気配は捉え続けている。
迷いなく船底の方へ向かって行くんで、その後について行く形で追いかけた。
位置的に船底の中央部分でそいつが足を止めたんで俺もこの船の最下層へ駆け下りていく。
向こうもこっちの気配を捉えていたようで、俺が船底へ片足をつけた瞬間ニヤっと笑みを浮かべ迷いなく自分の足元の床を打ち抜いた。
予めそこに何か仕掛けがあったんだろう連動して船底の全面が一気に砕け、俺だけじゃなくあの船長各もそろって海中へ放り出された。
流石にこれは予想外の展開だが、水魔術を使えば最低限の呼吸が必要なこの超人体でも2〜3時間は楽に溺れず海中で活動できる。
そんな余裕のある俺より今この海賊船が沈むのは不味い。
出港した日の夜に転移門で呼び寄せ今は周囲で魔物を警戒しているザシルトを念話で呼び、この船を下から支えて沈没を少しでも遅らせてもらう。
念の為この海賊船の甲板上にいるアグリスとアデルファにも念話で警戒を促し、最悪周りの海賊達を見捨てる許可も出しておいた。
勿論この指示を出している間もあの船長各の動きには注意を払っている。
俺と同じように水魔術で息をつなぎこの場から逃げつもりだと思ったんだが、あいつの顔や上半身が不自然に膨らみ始めて背中に大きな背びれが盛り上がり首から上はサメの顔をした魔人の姿に変わっていた。
ああ、なるほど。あいつは俺の同類だった訳だ。
多分今のような窮地に立つか都合が悪くなるたびに自分の海賊船を自ら沈めて囮にし、当の本人は海中を逃れ他の地域に移って別人となり新しい海賊団を作って暴れまわる事を繰り返してきたんだろう。
向こうの外見からして海中は得意な戦場の筈だから敵としての難易度は上がるが、相手が魔人なら俺の方も制限なく体を換装できる。
それでも逃げの一手を取られると厄介だったが、体の変化を終えると同時に向こうから突っ込んでくる。
それに合わせて海水の砲弾や刃も俺に向けて撃ち込んできた。
まあ大した威力じゃないんで刀で打ち落とし、すれ違いざまにサメ魔人が繰り出してくる拳も魔力を纏わせた鞘を盾に受け流す。
拳撃の威力も十分防御できる範囲だったが、海中なんで踏ん張りが効かずどうしても後ろに合わせて海底へ向けて弾き飛ばされてしまった。
スピードを維持して離れていくサメ魔人はそんな俺に向けて間断なく水魔術を撃ち込み、十分助走距離を取るとまた最初と同じ戦法で仕掛けてくる。
続く攻撃もきっちり防御して俺がまだ様子見をしているのもあるが、サメ魔人は隙なくこの突撃を繰り返してきた。
そうか、これは俺を海底へ追いやりながら魔力の消耗を強制する策だ。
今の俺は普通の人間に見えるだろうし、魔力が尽きればそれで溺死させられると考えるのは手堅い順当な作戦だ。
それに加えて切り札や奥の手を持っている可能性もある。
俺としてはそれらを使わせず、こいつがまだ俺をただの人間と思っている内に勝負に出てたい所だ。
向こうの行動から考えて殴りかかってくるのに合わせたカウンターの一撃かそれに続く連撃で仕留めてしまいたい。
そのためには一撃の火力が重要で、オールラウンダータイプの超人体は向かないな。
海中なんで溶岩体はさらに向かないし、精霊石体は近接戦闘での防御力が心許ない。
丁度いい機会だ、接近戦向きの新しい換装体を実戦で試させてもらおう。
魔体の換装は瞬きする間があれば切り替えられるくらい手馴れているが、一撃の威力の上げるため発動にどうしても時間がいる能力を予め先に使用していく。
サメ魔人が突撃してくるのに合わせて海中戦闘を想定し待機してもらっていたウォルトを呼び出して精霊武装で鎧として纏う。
並列して霊気具装も発動し魔力の刃に霊気の刃を重ね掛けした。
この段階で脅威と捉えられ逃げに回られたら面倒は展開になるんだが、サメ魔人は残りの魔力を振り絞った最後の悪あがきとでも捉えてくれたみたいで、さらにスピードを上げて間合いを詰めてきた。
水弾や水刃も連射してくるが、それらはウォルトが拡散させ無効化してくれる。
サメ魔人が突っ込んでくるコースを先読みし、わざと少し早いタイミングで刀を振り込んでいって避けられるがこれは予定通りだ。
回避させる事で動きを限定し、誘ったとおりに打ち込んできたサメ魔人の拳を接触寸前で持っていた鞘を格納庫へ収め手首をつかみ取る事で受け止めた。
捕まえられるとは思ってなかったんだろう、突っ込んできた惰性で俺を押し込んでいるサメ魔人の顔に驚愕が浮かぶがもう遅い。
スピードを上げて俺を振り解こうとするが、すでに俺は魔体の換装を終えていた。
今サメ魔人から俺の姿は体格が一回り大きくなって肌の色が黒めに変わり、口に犬歯が額から頭頂部にかけて5本の角が生えてきたように見えている筈だ。
この鬼王体はあの盆地から戻ってきてすぐ扱いを保留にしていた魔人結晶を取り込んで身につけた換装体で、魔力や感知では他の魔体に劣るが生命力と体力、特に筋力に優れている。
他にもあの翼がある女魔人に会って以降炎山のみんなと相談し、パルネイラの楔が集めてくれる大量のポイントを俺とバルバスだけに振り分けレベルを上げてあの時より地力を上乗せしてある。
これらと発動してあった他の能力の相乗効果により、鬼王体を見て驚愕を深めるサメ魔人を胴薙ぎにすると一刀で上半身と下半身に両断で来た。
そのまま返す刀で驚愕を浮かべたままの首を刎ねて止めを刺した。
瘴気が抜けていくサメ魔人の体は海へ溶けるように崩れて行き、最後に人間だと心臓があるあたりに魔人結晶だけを残して消えて行った。
それを手に取ってみると新しい力が手に入る時に感じるあの引かれる感覚がすんで後で取り込むとしよう。
これで俺のノルマは果たした訳だが、海賊船の方を見るとザシルトがまだ沈没を遅らせてくれている。
どうしても助けないといけない義理はないが、海賊達も生かして捕えれば奴隷として引き取ってもらえるだろう。
気配からするとアグリスとアデルファ以外にまだ10名を下らない海賊達が甲板へ残っているみたいなんで、魔人結晶を格納領域へしまい体を超人体へ戻して俺も海賊の捕縛作業へ参加した。
ザシルトは頑張ってくれたがそれから30分ほどで海賊船は完全に沈没していく。
それでも助けられなかったのは襲撃前から船内に隠れて逃げ回っていた2〜3名くらいで、後の海賊達はこっちの船に拘束回収して再びトロスへ向けて移動を再開した。
戦闘もありトロスへの入港が夕方頃なったんで手伝ってもらった桟橋の管理人達には超過勤務になり悪かったが、その日の内に捕えた海賊達を傭兵ギルドへ突き出し奴隷として売り払っておいた。
アルトン伯爵達も領内でガルゴ男爵の襲撃は絶対にありえないというんで、船を降りた所で護衛契約を終了にしてくれ、後日報酬をグライエンさんが届けに来てくれることを確約してアルデスタへ引き上げて行った。
これでガルゴ男爵へ意趣返しできただろうし、当面やるべきことも済ませた。
これからも異世界魔人生活を周囲の人間にばれないように楽しませてもらおう。
お読みいただきありがとうございます。
ここで完結とさせていただきます。
これまでお付き合いいただきありがとうございました。




