#128 引き入れた、王都までの道 13
俺が承諾したのを見た女魔人は笑みを消し、取り巻きの一体へ視線を向けて前にでるよう合図を送る。
それに合わせ俺も前に出て前衛にいる周りのゴーレム達に戦闘が出来る空間を確保するため少し距離を取らせた。
そうしている間に女魔人を取り巻く魔物の群れから大型のワニに人型の手足付けたような俗にいうリザードマンのような魔物が俺の前に進み出てきた。
俺を上回る2m超くらいの身長がありそうなそいつは、骨か陶器のような質感の剣を手に下げ強烈な殺気をぶつけてくる。
俺も身に纏う魔力を強めて威圧し返した。
しばらく睨み合いが続き強めの風が吹いたのに合わせて俺が刀の鯉口を切るのと同時に戦闘が始まった。
俺の居合抜きにリザードマンも遅れず反応し、お互いの剣が正面から激突して双方の剣が弾き返される。
リザードマンはその反動を無理に殺さず、自身が回転する力に転換して尻尾を鞭のようにしならせながら打ち込んできた。
この動きの初動は見切れていたんで俺も激突の反動を利用しバックステップで間合いを取ってその尾撃を躱し、再び俺から突っ込み切りかかっていく。
両者の剣が再び激突して今度は鍔競り合いにあるが、しばらく拮抗した後不意にリザードマンが力を緩め俺を自分の懐へ呼び込んで大きく口を広げ上から噛みついてきた。
これにはちょっと驚いたが、俺から更にリザードマンの懐へ踏み込んで間合いを外し噛みつきを躱す。
それと同時に距離が詰まったのを利用してこいつの脇腹あたりへ左フックを打ち込んだ。
この一撃でリザードマンを後ずさりさせながら俺も反動を利用しバックステップして距離を取った。
そこからもすぐに間合いを詰めて剣を打ち合わせ、空いている拳を正面から激突させリザードマンの尾撃を俺は蹴りで打ち返していく。
こうして戦闘を続けているとこいつの大まかな力量が分かってきた。
このリザードマンと超人体の俺の膂力はほぼ互角、剣術や体術は俺が明確に上でこいつは魔力をほとんど使ってこない。
総じてこいつの強さは以前戦った3本角のオーガくらいで勝つ事自体はそれほど難しくなさそうだ。
もし奇襲がうまく行き今も油断なくこの戦闘を注視しているあの女魔人との戦いを見据えて、魔力を最大に纏って精霊武装や霊気外装も展開した全力状態でこいつと当たっていたら、恐らく2〜3合切り合うくらいで仕留める事も出来たと思う。
けどここでそれをやるのは間違いなく悪手だ。
幾ら生死を厭わない勝負とは言え、こいつを殺してしまえばあの女魔人にも他の配下への面子があるだろうから取り決めを反故にする可能性が十分にある。
そうなった場合でも俺達との全面衝突かドワーフの集落へ行かれるのなら予定通りだったり実害はなかったりする。
ただその後で間を置かずエルフの集落を襲撃されると多分あそこの住人達の避難が間に合わず面倒な時間稼ぎや退却戦が必要になる。
それは出来れば避けたいんでこのリザードマンは殺さず無力化して勝つのが最低条件、加えてドワーフやエルフ達の力も感じさせる勝ち方が出来れば言う事なしだ。
それをどうやるか手を抜いているように見えないようリザードマンと戦いながら考えていると、何度目かの尾撃を蹴り返した時不意に足のすね当が目に留まりいい考えが浮かんできた。
これなら多少のリスクはあるがドワーフの力を少しは示してこのリザードマンを殺さず制圧できる筈だ。
となれば後はやるだけなんで戦いながら策を成功させるのに必要な力をため込んでいった。
それが済んだ後は間合いを詰めなきゃいけないんで、タイミングを計り剣を打ち合ったのに合わせて俺から鍔迫り合いへ持ち込みリザードマンの剣を抑え込む。
そこから予測しやすいようにわざと動き出しを見せ大振りのモーションでリザードマンの顔面へ拳を打ち込んだ。
これに対してリザードマンも予想通りその打ち込む拳に噛みついてきて、ドワーフ達の作ってくれた小手にその鋭利に尖った歯が突きたてられた。
こっちから狙ってわざと噛みつかせたとは言え流石に魔力を纏わせて小手の強度を増し念の為小手の下に霊気外装も展開していたんだが、逆に噛みついてきた歯の方が砕け口の中へ突っ込む形になった手から無防備な口内に火球の魔術を撃ち込んでやった。
それが爆裂し力が抜け動きも止めて完全に無防備になったリザードマンの腹へ峰を返した刀を打ち込む。
さっき拳を腹に打ち込んだ感じからどのくらい手加減すればいいか凡その所は掴んでいたんで殺さずそれでも動けなく程度の威力にコントロールしておいた。
俺の前で膝から崩れ落ちたリザードマンの首筋に刀の刃を当て、魔力で威圧し動きを抑え込んで女魔人の方へ視線を向けた。
「これで俺の勝ちだと思うんだが、こいつに止めまで刺さないとダメか?」
「いえ、その必要はないわ。この勝負は私達の負けよ。悔しいけど取り決め通りこのままここから引き上げてあげるわ。だからこれ以上その子を傷つけず引き渡してくれないかしら?」
「約束した条件で手を引いてくれるんなら、こっちに異存はない」
女魔人が頷き返してきたんで、突き付けていた刀を引き女魔人から視線を切らさずリザードマンから距離を取った。
そうして俺が引くのを待って倒したのと似ている槍を持ったリザードマンが出てきて、倒した奴に手を貸し後ろについて来ていた大きな蛇へ乗せ群れの中に引き上げていった。
そうした様子を見届けた女魔人が再び俺に視線を向けてきた。
「これで引き上げるけど、最後にもう一つだけ教えなさい。この子の牙を寄せ付けもしなかったその防具は何?素直に答えるんなら待つ期間を延ばしてあげてもいいわ」
「ああ、これか。別に隠すようなもんじゃないから教えるよ。これは今回の依頼の前金代わりにドワーフ達から貰った物だ。アダマンタイト製でかなりの逸品だよ。ちなみにこれをくれたドワーフ達の装備もこれよりは落ちるが中々のもんだから、手を出すんなら手痛い反撃を覚悟しておいた方がいいぞ」
ドワーフ達の力を誇示するのには丁度良いんで、少しあざといとは思うが左手を前に出して小手を見せつけてやった。
「心配しなくてもこっちから勝負の結果を反故にするつもりはないわ。取り決め通り今日から3日ここのドワーフやエルフ達へ手出しはしない。その間に何処へなりと消えなさい。けどそれを過ぎても集落へ籠っているようなら今度は問答無用で私が全員排除するわ。それをよく連中へ伝えておきなさい」
「ああ、ちゃんとドワーフだけじゃなくエルフ達にも話を通すさ。出来ればもうあんたには会いたくないからな」
「こっちもそうなって欲しいわね」
最後にそう言った女魔人は手を振って合図を送り、配下の魔物達を引き連れて引き上げていった。
その姿を見えなくなるまで見送り、女魔人の事を説明する時の証拠としてリザードマンの砕けた歯の欠片を回収しておく。
一応あの群れ以外の魔物の視線を警戒し、転移門の事は知られたくないんでここでは使わず俺達も一旦元ドワーフの集落へ戻った。
そこから改めて転移門でエルフの集落へ移動し、女魔人と接敵して襲撃を思い止まらせた事や魔物の密度が急増した理由の推察を伝える。
もう車座を組んで今日の話し合いを始めていた獣人の代表達は最初半信半疑だったが、回収してきたリザードマンの砕けた歯の欠片を見せると纏う瘴気から事実だと納得してくれた。
この女魔人事が決め手となって獣人達もここを引き払う事は全員一致で決め、すぐ移住の準備に取り掛かってくれた。
そこから翌朝までの間にすべての準備を終えてくれ、荷物と一緒にこの集落にいるエルフとドワーフに獣人達を転移門で廃砦へ送り出していく。
ただどうしても廃砦へ行きたくないという獣人達も少数はいて、この者達は魔物の密度が下がる盆地を望む南の峰まで荷物と一緒に転移門で送った。
最後に俺達が残ってここにいた全員移動したのを確認してエルフの集落を後にした。
転移した廃砦ではもう部屋割りや仕事の分担を話し合っていて後の事はザイオやヘムレオンに任せ、代わりに一つ頼み事を引き受けて俺達はバーアフ領都近くの楔に転移した。
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