24話 これはノーカンでしょ
巣穴から出ると、山火事だった
「わぁ」
俺は予想外の展開すぎて間抜けな声を上げてしまう。
え? 俺の爆発漏れてた? いやそんなことはないはず。ここ数年の失敗例はほぼゼロの職人技だぞ。ありえん。
考えながら木々の間を歩く。周囲の木々は全て燃え上がっている。もうもうと煙が上がっていて、魔眼がなければ前も見えないほどだ。
ちなみに俺は煙で窒息したりしないので、普通に呼吸している。
「何でこんな事に」
そんな時、不意に倒れているゴブリンの荷物に目が行った。近づいて確認すると、薄いツボに何か液体が入っている。
「これは」
俺は勘づいて、その壺をポイと炎上している木に投げつけた。炎上の勢いがさらに上がる。俺は凍り付いて、「なるほど……」と呟いた。
他のゴブリンを見る。大抵のゴブリンは血を吐いて倒れるのみだったが、ごく一部、腹部が燃え焦げているゴブリンがいる。
―――ダンジョンでは、こういう死体は残らない。
何故なら、ダンジョンは生きているものだからだ。その中で死んだ者は、モンスターも人間もすべて粒子となってダンジョンに吸収されてしまう。
だから、俺は殺してからその死体が粒子に変わるまでの時間で、爆炎が体内からはみ出ないようにするコツは分かっていた。
しかし一方で、ダンジョン外で死体が残って、残留する体内の炎が体を食い破るところまでは、考えが及ばなかったのだ。
「……俺の爆発って、死体を放っておいたらはみ出ちゃうんだ……」
そして、先ほどのツボ。恐らく火炎ツボという奴だ。ゴブリンたちが、村への襲撃に際して用意していたのだろう。それに、残留する炎が引火した、という訳らしい。
「オーケイオーケイ。分かった」
俺はうんうんと頷く。状況は把握した。ならここは、冒険者の流儀で判断させてもらおう。
「事故だからノーカン。しーらね」
俺は足元を爆発させ、高らかに飛び上がった。俺の魔法じゃ鎮火作業とかできないし、さっさと帰るべし。
さて、そんなクズ行動を取った俺だが、どうやら夜にもかかわらずお天道様はちゃんと見ていたらしい。
翌日の朝。俺は忘れることに長けた便利な脳でもって、昨晩の山火事をすっかり忘れてベッドから起きた。
カーテンを開ける。今日は暗雲が空に掛かっている。こんな日もあるか。そんな風に、今日はひとまず報告してお金貰わなきゃと考えつつ、朝の身支度をしていたところだった。
呼び鈴が鳴る。エミィもノエルも起きていたが、たまたま玄関に一番近いのが俺だったので、俺が玄関を出た。
「はーいどちら様で?」
扉を開ける。そこに立っていたのは、全身鎧の兵士だった。これ、もしかして呼ぶことになっていた、ここの領兵だろうか。
「早朝に失礼する。私はオー=ラン伯爵領の領兵だ。金等級の冒険者、エクス殿だな?」
名乗りを聞く通り、俺の推測の通りらしい。ちなみにこの村は、オー=ラン伯爵領のリボーヴィレ村というところだ。
しかし、それにしても随分と話が早い。早くても今日の昼に、領主の方にゴブリンジェネラル以上の~、という話が行くくらいだと思っていたが。
そう思っていると、領兵は俺に聞いてきた。
「昨晩、山火事があったのは知っているか?」
おっと?
俺は冷や汗をかき始める。これは……まずいか? マズイ流れか?
「えーっと……ですね」
俺が言葉を濁しつつ、どうしようか考えていると、領兵は「まぁ焦ることはない。一通り、話を聞いてくれ」と諫めてくる。
それに俺は、キョトンとして首を傾げた。後ろから、「なになに? どうかしたの?」とエミィが。ノエルも「……?」と静かに俺たちの様子を伺いに来る。
「ともかく、山火事があってな。昨日は禁猟期間だったから、正式な認可証を持っている人間も入らないことになっていたのだ。というか、領兵が守っているので入れないはずだった」
「……はい」
「つまり、山火事が起こる余地は、本来ならなかった、ということになる」
迂遠な話をする領兵。これは……そういうことか? いや、どっちだ? 何も分からん。何も分からんので、本当に何も分からんという顔を保つ。
昨日俺が全部片づけてロードを処した時、すでに深夜だったため、報告していないのだ。山に入るのもジェネラルからの情報から決めたことだし、俺以外知らないことだ。
だから正直、山火事はギリギリしらばっくれられるかな、と思っていた。思っていたのだが、ううむ。ダメかな。ダメかも。
「え? きのむぐっ」
「ノエル、私たちには関係ない話っぽいし、二人で朝ごはん作りましょうか」
口を滑らせかけるノエルに、流石の老獪さでそれを阻止するエミィ。しかし領兵は「待ってほしい。すべて話せと言われている」と釘を刺されてしまう。うぐ、という顔のエミィ。
「一方で、昨日、ギルドマスターからもゴブリンジェネラル以上の変異種が発生している可能性がある、と聞いている」
領兵はそのように語る。爺様も仕事が早い。良くも悪くも。
「その討伐は、エクス殿が受けてくれたそうだな。オー=ラン伯も貴殿に礼を伝えるように言伝を預かっている。報酬に関しても、事が終わり次第伯爵手ずからお渡ししたいと」
「ははぁ。それはその、ありがたい話で」
「だが、それとは別で、事実関係もちゃんと明確にさせておきたい、というのは伯爵の考えでもある」
ですよね。
「山とゴブリンについてだが、情報収集の過程で、元々あの山にはゴブリンが生息していた、という話は聞いている。だが近年は妙に姿を見かけず、不思議に思っていた、と」
山の麓の人間の話だ、と領兵は語る。
「オー=ラン伯はそのような調査を細かくやるお方でな。この情報と、山にジェネラル以上のゴブリンの発生という可能性は、簡単に結びついたそうだ。そして」
領兵は続ける。
「年単位での巧妙な工作は、ジェネラルでは足りない。キングでも、エンペラーでも難しい。まず間違いなくロードだろう、というのが伯爵の推測だ」
大正解です。え、ウチの領主様って、もしかしてメチャクチャ優秀な方?
「話をまとめよう。オー=ラン伯爵閣下は、以下のように考えている」
領兵は言う。
「『類まれなる冒険者であるエクス殿が、ゴブリンロードの発生した軍隊ゴブリンに挑み勝利したが、小さな失態を原因に山火事に発展した。冒険者はそういった被害を省みないことを美徳とするが故に、放置してその場から立ち去った』と」
俺は冷や汗をかき始める。これは言い逃れできる奴じゃないわ。だって完全に事実だもん。マズイね。
「よって、『金等級の冒険者』エクス殿に、伯爵家への招待状及び賠償金を言い渡す」
領兵は二つの巻物を取り出し、それぞれ広げて読み上げた。
「『エクス殿。ぜひあなたのお話をお聞かせ願いたく、招待状をお送りします。本日中に我が屋敷に赴きください。賠償金についても、報奨金についても、正しく協議いたしましょう』」
招待状の内容がこれ。続いて、賠償金について。
「『エクス殿。我が領における山火事について、もっとも疑わしいそなたに大銀貨二枚の賠償金を言い渡す。不服な場合は伯爵邸に出頭し、仔細説明せよ』」
領兵は二つの書状をくるくると丸めて、俺に手渡した。俺は粛々と受け取り、大きく息を吸いこむ。
「とのことだ。我が領主様は、バカモノではない。話せばわかってくれる人だ。だから逃げることのないように」
「はい……」
「では、失礼した」
領兵はくるりと方向転換し、去って行った。エミィもノエルも俺を見ている。俺は天を仰いで、こう言った。
「頭のいい貴族は、マジで手ごわいんだよなぁ……めんどうくせぇ~!」
うぎゃーと俺は、頭を抱えた。そして項垂れ、思うのだ。
スローライフ、難しすぎる。




