23話 ロードの絶望
ロードは、数秒忘我してから、こんな事をしている場合ではない、と我に返った。
「グ、グルルァエイオア!」
マジシャンに出陣を開始せよ、と命じる。事情を理解しないマジシャンは戸惑うが、この山のゴブリンにとって、ロードの命令は絶対だ。
ロードは、焦っていた。こんな事が起こるなんて。まさかロードとして生まれた自分が、村の一つも落とせない訳がない。だが、事実としてそうなろうとしている。
人間は、いつ来ると言っていた。後で? 後でとはいつだ。分からない。分からないが、巣穴に閉じこもっていてはあの爆発の餌食になる。
展開すべき陣は何か? 考える。ここは山だ。爆発させれば炎が広がり、山火事になる。あの人間も無事では済まないだろう。つまり、山に陣を展開されば爆発されない。
「グルルアアィア!」
山に陣を展開せよ、と命じる。マジシャンはその命令を群れ全体に拡散させ、ゴブリンたちは慌てて巣穴から這い出していく。
そしてロードは、ようやく立ち上がった。さぁ、どうする、人間よ。お前は、どう我らを倒そうというのか。
俺は足元を爆発させて、上空から一気に山へと移動していた。
「思いっきり暴れるの、やっぱ楽しいなぁ。スカっとするわ」
冒険者を引退してから数日たったが、一人で暴れるのがこんなにノンストレスだとは。いっつもバニッシュに嫌味言われてたもんなぁ。
そんな事を考えながら、俺は上空数十メートルの高さを進む。推進力に爆発させた足元は、傷一つない。靴もだ。魔法印が完成してから、そう言うことが出来るようになった。
俺にまつわるものは、俺の爆発の影響を受けないのだ。家の二人はまだちょっと危ないので、厳しく言うこともあったが。
余談だが、魔法印の完成以前は、俺の爆発の影響を俺も受けていた。最初は怪我をしていたが、段々体が頑丈になって、ろくに怪我もしなくなったのだ。
多分最大火力の魔法でも、今の俺の頑丈さなら受けてもどうという事ないのではないか。そんな事を考えながら、俺は山に着地する。
着弾。土が舞い、血が飛び散った。見れば、足元にゴブリンが。どうやら踏みつぶしてしまったらしい。
「グ、グゲガ!」「ギギ!」「ギャガ!」
ゴブリンたちが俺に気付いて、果敢に剣を向けてきた。襲い掛かってくるのを、俺は受け止めもしなかった。
ゴブリンたちは俺を刺してくる。だが刺さらない。何度やっても、チクチクするだけだ。
「ゴブリンども。俺の皮膚を破りたいなら、伝説武器でも持ってきな」
エクスプロード・ミニマム。
俺は爆発を推進力にして殴る。それだけでゴブリンの身体は潰れた。周囲のゴブリンたちが、恐怖に武器を落とす。そのまま逃げていこうとしたから、俺は言った。
「エクスプロード・ミニマム・シーケンシャル」
ボタンを押し込む所作。ゴブリンたちの体内で小爆発が起こる。内臓が破裂して、ゴブリンたちは全員途中で倒れた。
俺は「さって」と視線を巡らせる。巡らせながら、魔眼に力を入れる。
俺の目は、とある魔人たちを殺した時から魔眼になった。右目が魔視の魔眼。左目が照準の魔眼。
魔視の魔眼は、字面の通り魔力のつながりや、魔法そのものがどういう作りなのかを見ることが出来る。
一方照準の魔眼はシンプルで、かなりの遠距離を見たり、その正確な位置を把握できたりする。
敵の体内で爆発を起こし、爆風が体外に漏れないようにする、という芸当は、照準の魔眼あってのものだ。
逆に、魔法しか痕跡がない相手を探す、となると魔視の魔眼は大助かりだった。例えば、今のように。
「こっちだな」
一直線に、俺は山を進む。崖がそびえていれば爆発で登り、他のゴブリンたちが襲い掛かってくるなら体内を爆破してやった。
俺は先ほど掴んだ視界共有の魔法のラインを辿っていくと、洞穴を見つけた。俺はニンマリ笑って言う。
「ねぐら、はっけーん」
俺は「お邪魔しまーす」と言いながら、のそのそと穴に入っていく。
穴を進んでいると、何やら大柄の強そうなゴブリンがいた。奴は俺を見付けるなり、「ギャッ!?」と驚いたように目を丸くし、武器を構える。
「フレイルか、いい武器だな。人間から奪ったか? それとも作ったか」
ゴブリンは鎖につながれた棘の鉄球の武器、フレイルを手にしていた。素早い動きで俺をかく乱し、隙を見出したか襲い掛かってくる。
「エクスプロード・ミニマム」
俺は肘を爆発させ、その勢いでフレイルの鉄球に拳をぶつけた。棘の鉄球にひびが入り、砕ける。無論おれの拳は無傷だ。
「ギャ、ギャ、ギャ」
大柄で強そうなゴブリンは、信じられないものを見たような顔で後ずさる。かと思えば虚を突いて向かってきたので、俺は受け止めてやることにした。
組み合う。力は互角だ。大柄のゴブリンは、普通体型の俺に何でこんな力があるのか、と困惑している。
「悪いな、ゴブリンよ。俺、色々と死線くぐってるからさ、こう見えてまともな身体じゃないんだ」
じわじわと俺は、大柄のゴブリンを押し込んでいく。大柄ゴブリンは体中からぎちぎちと音を立てて壊れていく。そこで俺は力を緩めてやると、真後ろに倒れて這う這うの体で逃げ出した。
「エクスプロード・ミニマム」
親指で人差し指を押す。這っていたゴブリンの体内で、内臓が爆ぜた。俺はそれを乗り越えて最奥を目指す。
それ以外の敵という敵は居なかった。恐らく、山肌に陣を広げているのだろう。お蔭で本丸はスカスカという訳だ。戦争。いつ振りかなと思う。
「剣の冒険者証は金等級止まりなんだよなぁ。多分こっちの方が向いてたと思うんだが」
なお弓は銅等級止まりだ。マジで才能がない。殺すまでは良いが、殺し方が雑なので剥ぎ取りができないのだ。
しかし、剣の冒険者証か。以前一度だけ会った、白金の剣は元気だろうか。そんな事を考えながら進むと、最奥に至った。
巣穴の一番奥には、三匹のゴブリンがいた。先ほどよりもさらに大柄で鎧を持ったゴブリンウォーリア。杖を手にローブを羽織ったゴブリンマジシャン。そして王、ゴブリンロード。
「グルルァ」
ロードが低く唸る。ウォーリアが高らかに咆哮を上げてこちらに突進し、マジシャンが杖を振りながら奇怪な声を上げ始める。
「エクスプロード・ミニ」
二匹が、その一言で血煙と化した。肉が爆ぜ、霧状になった血のしずくが岩肌に跡を残す。
ロードは玉座に腰かけながら、震えつつも俺を睨みつけていた。
「グルル……」
「よう。いやぁやっちゃったな? まさかまさかって奴だ。手始めに襲おうと思ってた場所に、世界最強の一角がスローライフを決め込んでるとは」
「……」
ロードは動かない。鋭く俺を睨みつけながらも、奴には打つべき手立てがない。
俺は意気揚々と足を踏み出す。
「良くないよなぁ。良くない。お前らの存在は良くないよ。ゴブリンってのは増えて脅威になるし、変異種でお前みたいなのが生まれる余地がある種族だ。定期的に殺さなきゃな」
「グル……」
俺はロードの顔を鷲掴みにする。ロードは恐怖に震えているが、抵抗もせず、俺を睨みつけたままだ。
「肝が据わってんな。お前は確かに、ロードだったらしい」
けどな、と俺は魔視の魔眼を発動させる。この魔眼は今直接つながっている魔法の通り道だけではなく、さらに力を入れれば過去にさかのぼってつながりを見出せる。
そうすると、無数にロードから伸びる魔法のパスが見えた。
先ほどのゴブリンジェネラルもそうだったが、このロードは自分の目で見て確かめたがる。だから、それで他のゴブリンたちにもほとんどつながっているだろうと考えたのだ。
俺はそこに照準の魔眼で正確な位置を割り出し、親指でスイッチを押す動作をした。
「エクスプロード・ミニマム・シーケンシャル」
山肌に展開していたゴブリンたちが、次々に死んでいく。一人残らず、全員、内臓が小爆発を起こして血を吐いて倒れていく。
それがロードにも分かったのだろう。ロードは顔を真っ青にして、とうとう動揺を隠せずに俺を見た。
そこにあるのは、恐怖だ。恐らくは、自分が死んでも他ゴブリンが生き残ればいいと考えたのだろう。
無論、そうは問屋が卸さない。
「ロード、お前は俺を見た瞬間に死ぬべきだった。俺が他二人を殺してお前を殺さない意味を考えるべきだった」
俺は両手でロードの顔を挟む。ロードは歯をガチガチと打ち鳴らしながら、蛇に睨まれた蛙のように俺を見つめている。
「俺はゴブリンの恐さってもんをよくよく分かっててな。お前らに轢き潰された村々は悲惨なもんだ」
俺はにっこりと笑う。
「男は殺され、食われ、女は攫われ犯され、死ねばやっぱり食肉だ。お前らは増えるだけ増え、ただ奪うばかりで何も生み出さない」
だから、と俺は告げた。
「俺の故郷が狙われてるって聞いて、はらわたが煮えくり返るのは当然だよな?」
エクスプロード・ミニマム。
ゴブリンロードの頭が爆ぜる。奴は首から血の噴水を上げ、力なく倒れた。
「―――じゃあな、ゴブリンロード。お前はもう、生まれてくるな」
俺は踵を返した。歩きながら伸びをして、一息つく。
「よし、害獣駆除、終わりっと」
明日からはまた、スローライフと行こう。俺は巣穴の出口へと向かう。




