22話 ゴブリンジェネラル
そのゴブリンは、人間の呼び名で言うところのゴブリンロードという存在だった。
通常のゴブリンよりも強く、巨大。通常人間の子供ほどしかないゴブリンだが、ゴブリンロードは人間が見上げるほどもある。
だが、ロードの最も優れた点は、その頭脳だ。
ゴブリンロードは、主の役割を担っていた。生まれ落ちた時にはこの巣穴は無数のゴブリンで溢れていて、食料も足りなければ場所も足りないありさま。
だから、指揮を執った。言う事を聞かないゴブリンを殺して見せ、全員に言うことを聞かせた。恐怖で支配した後に、住処を増やし、食料をさらに確保させ、主と認めさせた。
だが、山を一つ支配した程度では、もはやこの人口をどうすることも出来なかった。
「……グルルルェイア」
ゴブリンロードは、数百というゴブリンたちに魔法越しに言い聞かせる。目立つ行動はするな、と。森の中を潜むように動き、一瞬の内に新たな拠点を奪え、と。
新しい拠点は、人間たちが多く住む村の中心を挟んだ先にある、ポツンとした大きな屋敷を選んだ。住んでいるのは平凡な雄が一匹に、小さな雌が二匹。簡単に奪ってしまえると考えた。
だが、昨日の襲撃は撃退された。ならば、念には念を入れねばならない。どうせあの家の奪取は、決まったことだ。
ロードの狙いは、村そのものの奪取だ。山の拠点と、反対の屋敷の拠点。その二つから総攻撃を仕掛ければ、人数と兵の質で圧倒できると考えた。
ロードは、ゴブリンマジシャンに視覚共有の魔法を頼む。ゴブリンマジシャンは、今回第二拠点を確保するための軍隊の統率、ゴブリンジェネラルと視界を繋いだ。
それは、ロードが移動というリスクを冒さずに、襲撃部隊の状況を把握するためのものだった。それに加え、ジェネラルとロードは離れていても意思疎通ができる。
つまり、万全を期していたという訳だった。
『グルルェイアイエ』
繋いだ視界から、ジェネラルの「準備完了」の言葉を聞く。既にジェネラルの部隊は、闇夜に紛れて第二拠点近くの森に身を隠していた。
村の監視役からも、目立った動きはないと聞いている。ならば、今回の戦は実に簡単なものとなるだろう。速やか奪い、殺し、犯すだけだ。
『グルルウィヘヘハ』
ジェネラルが、楽しみだと呟く。先遣隊の見つけた雌二匹は、ジェネラルの趣味に合ったらしい。ロードは小さく笑い、好きに犯せと告げる。
そして、命じた。
「グルルルァ!」
始めろ。その命令一つで、ジェネラルのと他ゴブリンたちが一斉に森から飛び出した。
兵たちはまっすぐに田舎道を走り出し、屋敷へと向かって行く。荒れた畑を踏んで、数百の大群が家へと向かう。
そこで、影が家の屋根から降りてきた。
『やっと来たぜ、結局その森だけだったんだな。他も警戒してて損したわ』
影は、先遣隊の言っていた雄のようだった。目だったところのない、平凡そうな一匹。ロードは鼻を鳴らし、踏み潰せと命じる。
その直後、爆炎が上がった。
「!?」
ロードは、驚愕に体を固くした。共有した視界がもうもうと上がる土煙で埋め尽くされ、何も分からない。
だが、爆発音は連続して響いていた。その度にゴブリン兵たちの声が上がる。『ギャッ』とか『グェッ』とか言って、ドンドン倒れていくのが分かる。
ジェネラルは闇雲に大木のような剣を振るい、敵が近づけないようにしていた。その動きもあって、煙が晴れていく。
そこには、先ほどの雄だけが立っていた。
『グル……ァ?』
ジェネラルの恐怖が伝わってくる。オスはにっこりと笑って、じっとジェネラルを見つめている。他のゴブリンたちは、全て死んでいた。
一匹残らず、全員、ぐちゃぐちゃの死体を晒して倒れている。
『残るはお前ひとりだけだぜ』
敵の雄が言う。ジェネラルが思わず一歩下がる。それに、ロードは叱咤した。
「グルルルァア!」
退くな、怯えるな、挑め。ジェネラルはハッとして剣を構える。ジェネラルはロードより大柄で、傍から見れば勝負にもならないような対格差に見える。人間が子供に見えるほどだ。
だが、明らかに人間の雄が強かった。ジェネラルは、構えはしたものの、どうすることもできない。一方人間の雄は、何をどうしても勝てる。
人間の雄が、口を開く。
『ん、お前の目、何か妙だな。魔法がかかってるな? 俺の目、色々あって魔眼になっててさ、そう言うの分かるんだ』
『グルァ?』
『じゃ、そうだな。いい機会だし』
人間の雄が、一歩踏み出した。
『その魔法で何見てんのか、覗かせてもらうわ』
肉薄。人間の雄は、一瞬にしてジェネラルの懐にもぐりこんだ。ジェネラルは剣を振るおうとして、距離が近すぎてまごついてしまう。
その一瞬で、勝負はすでについていた。
『エクスプロード・ミニマム』
人間の肘に、小規模の爆発が起こる。それを推進力に、人間はジェネラルの胴体に拳を突き入れた。突いたのではない。突き入れたのだ。
人間が、その手をジェネラルから引き抜く。内臓を鷲掴みにして、胴体の穴から引き抜き、畑にばらまいた。
『グルァ、ギャ、ガァ……』
ジェネラルが、静かに息絶える。視界共有の魔法が途絶しようとする。だが、人間は許さなかった。
人間はジェネラルの目を掴む。魔眼と言ったその目で覗き込む。人間の魔眼の中で、魔法陣が蠢く。
人間は言った。
『なるほど、視界共有してたのか。場所も分かった。山の方だな? 今から行くからさ、待っててくれよ』
にっと笑って、人間は言った。
『じゃ、またあとで』
視界共有の魔法が、切れた。ロードは呆然として、ゆっくりと背もたれに寄り掛かった。




