20話 害獣駆除
夜、ノエルとチェスをしていた。
エミィが持ちだしてきて、やろうと俺とノエルに持ち掛けたのだ。しかし俺もノエルもチェスのルールすら把握していなくて、まずルールを覚えるところからになった。
それでたどたどしくチェスをすることになったのだが、面白すぎて白熱してしまった。お蔭で深夜もいいところだ。
ノエルは熟考の末、駒を進めた。
「チェックメイト」
「あー! そうだよなぁ! そこ置くよなぁ! クソ、もう一回」
「受けて立つ。次もわたしの勝利」
「二人とも、もう寝なさいって。日付もう回ってるわよ」
俺とノエルは、苦言を呈するエミィをチラと見る。それから言った。
「エミィ、強すぎて俺たちに相手してもらえないから拗ねてんだぜ」
「やっぱりエミィは子供」
「はー!? いいわよ! じゃあ好きにしなさいよ! 明日起きれなくなっても知らないんだからね!」
「お母さんみたいなこと言うじゃん」
「エミィ、拗ねないで。次はわたしとやろ」
「うぐっ、二人で飴と鞭を使い分けて……。やる!」
「勝負」
俺との再戦は、悲しいかな、流れてしまったようだった。だが、エミィはメチャクチャ強いので、どうせすぐにノエルが負けるだろう。そうしたら次は俺がエミィとやろうか。
そう思っていると、外が何やら騒がしいことに気付く。ギャッギャッという……鳴き声、笑い声?
「……なぁ、何か聞こえないか?」
「え? 鳥の鳴き声とかじゃないの」
「エクス、気を引こうとしたって無駄」
「そんなエミィみたいなことしねーって」
「私みたいなとこって何よ!」
俺は手でエミィを諫めつつ、耳を澄ませる。これは……。
「ゴブリンか?」
「えっ」
「!」
俺の言葉と共に、家の窓が割れた。投石。そこから、数匹の敵がなだれ込んでくる。
ゴブリン。緑色の小人。下卑た欲望の悪妖精。
それが、大体九匹ほど、家の中に侵入してきた。俺は目を丸くし、エミィとノエルは息をのむ。
ゴブリンたちは、棍棒を掲げてゲラゲラと笑っていた。ゴブリン単体はさして強くなく、訓練のない人間相手でも対格差で勝てると言われているが、人数を揃えてきた場合は別だ。
ゴブリンは徒党を組む。普通は二、三匹程度。だが、状況によっては五、十、下手すれば百、二百と徒党を組む。
で、今回は九匹か。男一人、少女二人の家なら十分制圧できるし、その後の地獄も容易に想像できる戦力だ。どっちかなぁと思いながら、俺は親指を立てた。
「エクスプロード・ミニマム・シーケンシャル」
人数が多いな。俺は右目を瞑る。左目の魔眼が起動する。
左の魔眼は照準の魔眼。狙いを細かく定めて外さない。
そして俺は、存在しない起爆ボタンを押した。
ゴブリンたちの脳が爆発する。頭蓋骨破壊しない程度の威力で。
ゴブリンたちはガクガクッ、と全身を振動させ、それから一瞬棒立ちになってから崩れ落ちた。エミィもノエルも余程怖かったのか、俺の腕に両サイドからしがみついている。
「え? え? 何? 何が起こったのよ……?」
「ご、ゴブリン……? 何で……?」
二人は俺に強い力でしがみつきながら、ブルブルと震えている。俺は少し考えて、ぷっと笑った。
「お前ら、いつも生意気な癖に、結構可愛いところあんじゃん」
俺にからかわれ、バッと二人して赤面して離れる。
「べっ、別にそんなんじゃないわよ! びっくりしただけ!」
「と、咄嗟に動いただけ。そういうのじゃない」
「はいはい。二人とも顔真っ赤だぞ」
「「~~~~~~~っ!」」
二人の悔しそうな顔にカラカラと俺は笑いながら、ゴブリンたちの死体を検分する。こう言うのは専門じゃないが、出来なくはない。
俺は左目を閉じ、右の魔眼を起動する。
「さーて、お前らはどこかとつながってるか~?」
俺は右の魔眼、魔視の魔眼でゴブリンたちを眺めた。すると青白い糸のようなものが、ゴブリンから揺らいで伸びているのが分かる。はーいこれ確定でーす。
「うっわーマジかよおい」
俺は面倒くささに声を上げてしまう。考え得る最悪のパターンだ。なんてこったい。
「な、何よ。何が分かったの?」
「エミィ、二次検死頼むわ。多分出来るだろ?」
「は? エクス検死なんかできるの?」
「ま、ちょいとな」
魔眼持ちであることは言わなくていいだろう。とある魔人を殺した時に受け継いだ二つの魔眼。貴重なものらしいから、ここで言って誰かに漏れて狙われる、なんてごめんだ。
エミィは釈然としない表情でゴブリンたちを検死し始める。
「死んでる、わね。即死。多分脳が破壊されてる。……エクスが殺したのよね?」
「おう」
「……マンドラゴラの時も思ったけど、エクス、あなた何者? 銀以上なのは間違いないとしても、金等級はギルドが自由にさせてくれないでしょ」
だって白金だもーん。俺に言うことを聞かせられる奴などいないのだフハハ。
「さぁな。ご想像にお任せする」
「食えない男よね。まさか白金なんて言わないわよね?」
「お、正解を引いたな」
「おバカ。そんな冗談に引っかかる訳ないでしょ。何で世界最高峰の冒険者がこんな片田舎に居るのよ」
エミィは案の定信じずに、検死を続ける。俺はニマニマ見つめながら、エミィからの続報を待つ。
「武器は棍棒。けど、通常ゴブリンが持ってるものよりも洗練されてるわね。調整した痕跡がある。これは、九匹程度のリーダーの知恵じゃないわ」
エミィは言う。ゴブリンは知能や能力で、率いることが出来るゴブリンの数が変わる。有能であればあるほど、従うゴブリンは増えるのだ。
「となれば、このゴブリンたちは先遣隊……? 先遣隊を送るようなゴブリンリーダーって、……まさか」
「先遣隊を送るゴブリンリーダーは、ジェネラル以上だ。だがジェネラルならもっと強い武器を持たせる。棍棒を持たせて、通常のゴブリンを偽装する知恵は、さらに上のゴブリンだ」
俺が言うと、エミィは苦しい顔をした。そのまま言う。
「ゴブリンは、上からロード、エンペラー、キング、ジェネラルと居たわね」
「変異種な。しかも確率で生まれるから、ただのゴブリンがいきなりロードを生ませたりする場合もある」
「……ギルドに行きましょう。明日、朝一で。もしかしたら、この村の壊滅の予兆かもしれないわ」
実に神妙な顔で言うエミィ。それを聞いて怯えるノエル。俺は肩を竦めながら、「ま、どうにかなるさ」と軽く言って、二人の気を少しでも紛らわせる。




