19話 ナマズの洗い
デンキナマズ(モンスター)の泥抜きは、エミィに丸投げした。
「よろしく!」
「え? 嫌だけど……」
俺とノエルは必死に説得した。このナマズは泥抜きをして食べると絶品だと。エミィの研究対象としても適合すると。あと何かこっちも言うことを聞くと。エミィしか頼れないと。
結果。
「しっっっっっっっかたないわねぇ! いいわ! 私がきちんと責任もって、お世話してあげようじゃないの!」
俺とノエルはイエーイとハイタッチだ。エミィはここまでで無限にヨイショしたので、かなり得意げになっている。皆無な胸をこれでもかと張っている。
まずリーダーエミィの指示に従って、適当なサイズの生簀をみんなで作成した。近くの川を利用した、かけ流し状態を構築するまでは、大変だったがスムーズだった。
問題はそこからだ。
エミィの戦いぶりはすごかった。初日は目を覚ましたデンキナマズに放電され避難。翌日はお手製の妙なアーマーを着込んで対抗し、翌々日には見事勝利していた。
「……で、この戦いって何の意味が?」
「モンスターって序列を作る習性があってね。一度負けた個体は、勝利した個体に逆らわなくなるの。エクスが生簀にナマズを入れるときも静かだったでしょ?」
そうなのか、と思う。道理で目覚めてそうなのに抵抗しないと思ったら。
「で、私も色々調査したかったから、一回勝っておく必要があってね。さぁて、じゃあここから泥抜きが終わるまで、研究ね」
にんまりと笑ったエミィに、何も問題なさそうだな、と俺は一任した。
それから五日間程度した頃、ノエルが俺に「そろそろいいと思う」と言ってきた。
「おーい、エミィ。ノエルがそろそろだって」
「はいはーい。最後にこれだけさせて?」
俺が川の生簀に降りていくと、エミィはナマズの糞を瓶のようなものに採取していた。鼻歌交じりに手袋を外して、上機嫌そうだ。
「……何してんの?」
「最後の調査。色々薬飲ませて経過見てたんだけど、いい感じだったから」
俺は目を褒めて言う。
「まさかとは思うけど、マンドラゴラ」
「んな訳ないでしょ」
睨まれてしまった。俺は両手を挙げて降参のポーズを取る。
「危ない薬じゃないわよ。虫下しとか、病気の調査とか、そんな感じ。放電してた通りかなり強い個体だったから、病気の心配はなかったわ。でも虫下しは必要だったわね」
「虫下し」
俺が繰り返すと、エミィは「寄生虫よ」と言う。
「うげ」
「まぁ釣りで取ってきた魚にはつきものだからね。泥抜き中に投薬したから、もうほぼいないはずよ」
「お、おう……。流石、エミィに任せてよかったな。でもそう言うのって、火を通せば問題ないって聞くけど」
俺がそう言うと、エミィは得意げに笑って、こう言った。
「だって食べたいでしょ? ナマズの刺身」
ナマズの解体は、エミィの指示を受けながら俺がやった。
場所は家の中。エミィがどこからか持ってきたドデカイまな板に載せて、食卓机の上で大解体だ。
「まずトンカチで締める!」
「おらぁ!」
トンカチで二メートルもありそうな巨大ナマズの頭を打つ。俺の腕力に掛かれば、一撃だ。ナマズは動かなくなる。
「次に内臓を取り出して、三枚におろす!」
「ぬめぬめしててやりにくいな」
「工程が抜けてたわ。まだ頭落としてないし、目打ちがいいわね」
釘を渡される。俺の右手にはトンカチ。俺は理解して、まな板にナマズの頭を打ち付けた。
「で、腹を掻っ捌いて、内臓を取る」
生き物を捌くところから、というのは、殺すだけ殺して死体はダンジョンの吸収機能に任せていた俺としては新鮮だった。
今まで、生きていくには金が必要だと思っていた。食べるにも寝るにも金は掛かる。生きているだけで金は掛かる。だから稼ぐしかない。
だが、こうやって捕まえて食べて、と言うことが出来ると、実際問題はさておき、金に頼らずにも生きていけるのだ、という自信が出てくる。
「次は、三枚におろす」
俺は真剣に包丁を、ナマズの身に通していく。背骨に沿うように刃を滑らせていくと、骨に引っかかって、カカカカカッ、と音がする。
「三枚おろしがおわったら、次は皮引きね」
皮と身の間に包丁を入れ、皮を引っ張っていく。そうすることでナマズのぬめぬめした皮が取れ、白身の部分だけが取れる。
生臭い。だが、臭くない。悪臭と言うのではなく、強烈な生の臭いと言う感じがする。
「にしても、ものすごい量ね……食べる分だけ取って、他は冷凍しちゃいましょ」
「臭い部分は魚の餌にしたい。おいしいところは食べたいけど、マズいところは他の魚を釣るのに使うのがいい」
「ノエル、冴えてるわね。んー……尻尾の方が臭くないし、そっちを食べましょうか。胴体は……―――強烈ね」
「胴体を魚の餌だな」
俺は手慣れてきた包丁捌きで、今日の飯分を確保した。余った部分はエミィが魔法で冷凍だ。
俺は今日食べる部分を台所に持っていき、さて、と気合を入れ直した。ここからだ。ここから、『ナマズの洗い』作りに移行する。
「分かる? 薄く削ぎ切りするのよ? 昨日みっちり教えたから、包丁使いは心配してないけど」
「昔は剣を振ってる時期もあったもんなぁ」
今は全くだ。武器とか要らないし防具も付けてない。
とはいえこのナマズの白身塊を爆発させるわけにもいかないので、俺は包丁を手に取る。
「まず薄切りよ。こう言うのは薄ければ薄いほどおいしいから、頑張って」
「任せろ」
俺はなるべく薄く薄く削ぎ切りしていく。やっべ分厚い。修正して、あ、途切れた。
「……私がやる?」
「一枚成功したら」
「わたしもやりたい」
「ノエルも包丁使えたわね。じゃあ半分までエクスが、もう半分はノエルね」
俺は半分切るまでに何とか薄いそぎ切りをマスターする。ノエルも最初苦戦していたが、俺より少し早く薄切をマスターしていた。
「ふふん。この分野においてはわたしが師匠」
「参りました師匠!」
勝ち誇るノエルに俺はひれ伏す。ノエルは「精進してね」と言いながら俺の頭をポンポン叩いた。エミィが呆れたような声で言う。
「あなたたち元気ね。じゃあ次にぬるま湯につけて臭みとかとる。で、そこから一気に氷水で冷やす」
後ろで桶にそれぞれの温度の水を作っていたエミィが、刺身を上手い具合に移していく。すると温度が下がり、白身が小さく引き締まるのが分かった。
最後に、エミィは手早く洗いをさらに盛り付けていった。俺たちは他の邪魔なものを片づけたり、簡単なものならもう洗い始めたりしておく。こう言うのは分担作業だ。
「最後に調味料用意して、と。何がいいかしら。ポン酢醤油? あ、紅葉おろしもいいわね」
「ノエル、エミィが言ってる調味料知ってる?」
「全然知らない」
「生魚はね、イタリーの方もいいけど、ジパングのが私は好きなのよ。出汁文化が私の舌にはよく合うの。あーおいしそう! 早く食べたいわ」
俺たちは最後に酒を用意して、食卓に着いた。この洗いという生魚の料理は、ナマズの白身がキラキラとしていて実に綺麗だ。中にすーっと通っている赤い部分も、アクセントとして美しい。
「じゃあさっそく」
「「「いただきます!」」」
俺たちは早々にフォークで刺身を取って、ポン酢なる調味料に刺身を浸して食べる。んー! うまい! これはうまいぞ。引き締まった白身は歯ごたえがあって、食感が楽しい。
ポン酢も醤油に比べて酸っぱいのが、この冷たい刺身によく合っていた。歯ざわりがきゅっきゅとして実によい。
「あぁ……おいしい。昔ジパングに行って以来だわ。たっかい調味料取り寄せた甲斐があったわね……」
エミィはほろりと泣き出してしまう。余程思い入れのある料理だったのだろう。俺は感傷に浸るエミィを放っておくことにする。
一方ノエルは、よほどおいしいのか物凄いスピードで食べていた。うおやべ。油断してたら全部食われる。嫌でもまだ全然あるし足りなくなったら足せばいいか?
となれば、気にすることはない。俺は俺のペースで、ナマズを食べていく。その豊かな風味と確かな歯ごたえに、苦労した甲斐があったと充足感を得ながら。




