17話 ノエルの冒険者登録
今日は、ノエルと共に冒険者ギルドに赴いていた。
「まっほう、まっほう」
小さな声ながら、ノエルは上機嫌のようだった。弾むような足取りで歩く様は、落ち着いていても子供だな、と思う。
一方で、俺もこの街のギルドに行くのは久しぶりで、何だか懐かしくなってきてしまう。
街、というかまぁ村の中心部なのだが。リボーヴィレ中心部だ。郊外は畑ばかりで片田舎だが、中心部は栄えて見えるのだから気合が入っているというもの。
リボーヴィレという村は、村と言いつつ中心部は手が込んでいる。カラフルな街並みに、タイルを敷き詰められた道。中心部だけ見れば、都市と変わらないお洒落さがここにある。
基本的にこの国は白い家が多いので、カラフルな家が立ち並ぶのは国境沿いのためだろう。村長は外国かぶれでいけ好かないが、こう言うところは評価できる。
そんな事を考えながら、俺たちはのんびりとギルドへ向けて、歩を進めていた。
何でギルドに冒険者登録しようとしたのかと言うと、ノエルに魔法を教えるためだった。
俺の使う変身魔法というのは、前提として刺青を入れる必要がある。そしてそれを許されているのは、ギルドだけなのだ。公的には。
エミィのように詠唱魔法というなら杖を買い与えればすぐに始められるのだが、生憎とノエルが師匠に選んだのは俺だった。そのため、ギルドに赴いたわけだ。
「っていうかさ」
俺は尋ねる。
「まだ俺、ノエルに魔法見せてないよな。何で俺なんだ?」
「狩りと釣りはわたしが師匠だから。これでおあいこ」
「あ、そういう……」
借りは返せ、ということだった。逞しいな。
「あと」
ノエルは続ける。
「エミィ、言ってた。エクスはすっごい強いって。だから、わたしも強くなりたくて」
ちょっと照れ気味に言うノエルに、俺はクスリと笑う。それからその頭に手を置いて、「任せとけ」と言った。
そうしていると、俺たちはギルドに到着する。俺は緊張するノエルに笑いかけてから、ギルドの扉をくぐった。
都市のギルドなら、いかにも人相の悪い連中が、ギロと睨んでくるところだ。奴らは仕事がないとギルドの食堂でたむろして、情報屋的に金を稼ぐために常に目を光らせている。
一方このギルドは、そんなことはなかった。代わりに青年が受付嬢と話し込んでいる。窓口は一つだけで、食堂も爺様が集まって世間話をしているほどだ。
「のどか……」
「エクス。早く」
「ああ、はいはい」
俺はノエルに連れられて受付カウンターに並ぶ。青年は俺たちに気付いて、「ん、おお!」と声を上げた。
「エクスじゃんか! いやー久しぶりだなぁおい! 覚えてるか、おれのこと」
「お? おー! リードじゃんかよ。久しぶり」
拳をぶつけ合う。懐かしいやり取りだ。
リード。俺の一個上の幼馴染だ。当時はほとんど背丈が変わらなかったが、こうしてみると随分差をつけられてしまった。
背格好は割と長身で、弓を背負っている。胸元には、銅の弓の冒険者証。普通に普通の冒険者になったのだな、と思う。
リードは俺の肩を組みながら言った。
「最近帰ってきたのは聞いてたからさ、来ねーかなーってずっと待ってたんだよ! おい、都会の冒険者ギルドはどうだった。お前がいない間にこの村にもギルドが出来たんだぜ」
「ハハ、まぁ積もる話もあるが、一旦用事を済まさせてくれよ」
俺はノエルの背を押す。ノエルはちらっとリードの顔を伺ってから、カウンターについた。
「……エクス、その子」
「事情は知ってる。その上でやってる。協力してくれとは言わんが、見過ごせ」
「あ、ああ。分かってるならいい。おれは身内の死人がいないからその分冷静でな。だから、仕打ちそのものには反対してたんだ。ただ」
「ただ?」
俺が軽く睨みつけると、リードは言った。
「ノエルって、まだ14じゃなかったか」
「えっと、ノエルちゃん? ごめんなさいね、冒険者は、15になるまではなれないの」
「え」
ノエルがキョトンとして俺を見た。俺は目を瞑って考える。
そしてノエルに言った。
「いや、15だよ。な、ノエル。15だよな、お前」
「う、うん。わたし、15」
「……」
受付嬢の女の子が困っている。というかこの子も幼馴染の一人だな多分。リードほど関係が深くないから思い出せないが、顔を覚えている。
「14、だよね? ノエルちゃん……」
受付嬢は戸惑った様子だ。完全に嘘がバレている。んー、どうしようか。ギルドの罰則っていくつかあるけど、ガチのタブーは等級詐欺くらいだし、ちょっとくらいごり押ししても。
と思ったが、「ん~」と受付嬢は勝手に悩み始めた。
「でも、そうかもね……。ノエルちゃん、結構難しい立場だし、このくらい見逃しても、いいかな」
「おー! 良かったなノエル! これで冒険者デビューだ」
「! やった」
俺とノエルはハイタッチだ。ノエルは興奮した様子で、受付嬢に向かう。
「じゃあ、魔法。魔法の、刺青」
「うん、魔法印だね。じゃあ手を出して? 結構痛いけど、我慢できる?」
「できる」
ノエルは右手を差し出す。そこに、受付嬢はハンコのようなものを取り出した。
ノエルの手の甲に、ハンコを押す。そこからさらに、上のボタンを強く押し込む。「いっ」とノエルは顔をしかめたが、我慢した。
押し込まれて引っ込みっぱなしだったボタンが、少しして勝手に戻った。「うん!」と受付嬢はハンコを取る。
その下には、つまりノエルの右手の甲には、魔法印が入れられていた。成長していく魔法印の原型。すべての神の右手に入れられた刺青だ。
「これで終わりだよ。じゃあ、まずは鉄の卵の冒険者証をあげる。この村には訓練所はないから、徒弟制ね」
「徒弟制?」
「誰か師匠を仰いで、その弟子として半年稽古をつけてもらう仕組みだよ。エクスくんが連れてきたし、エクス君でいいと思うけど……一応、師匠側にも条件があってね」
受付嬢は俺に説明してくる。
「師匠は、経験豊富な銅等級か、銀等級以上って指定されてて。エクス君って、銅等級になってから何年、とか証明できるものある?」
「あ~……」
俺は考える。白金はバニッシュに取られたんだよな。松明の冒険者証。でも確か、剣の冒険者証と弓の冒険者証があったはず。
そう。冒険者というのは分野が分かれていて、分野ごとに別の冒険者証を貰えるのだ。
冒険者は、基本的に三種類いる。
戦争や盗賊狩りなど、人間同士の戦いに挑む『剣の冒険者』。
モンスターや動物を狩ることを生業とする『弓の冒険者』。
ダンジョンを潜り、手段を問わず財宝を持ち帰る『松明の冒険者』。
そのそれぞれに等級があって、下から鉄、銅、銀、金、白金となる。
十代の駆け出しは鉄等級。二十台で一端の冒険者になれば銅等級。三十代のベテランなら銀だ。
そしてそこまでたどり着くまでに、大抵の冒険者は死ぬか引退する。
では、金等級はどうか。金は、普通居ない。例外的に、引退を間近にした銀等級の冒険者が、ギルドマスターに就任するとき名誉職的に受け取るのが金等級と言われている。
そうでもなければ、現役の金等級の冒険者というのは、大都市に一人いるかどうか、という冒険者になってくる。間違いなくその都市のトップだ。
では白金は?
白金の冒険者は、それぞれ一人ずつ、計三人いるとされる。冒険者における世界最強の証。白金の剣。白金の弓。白金の松明。それぞれが常軌を逸した強さを誇る。
まぁその一人が俺なのだが。元白金の松明だ。いやー照れるね。
他にも訓練生用の『卵の冒険者』とか、暗殺や護衛をつかさどる『暗器の冒険者』などがいるが、例外だろう。ちなみに卵の奴は、今ノエルが貰った奴だ。
で、一通り情報をまとめたところで現実問題に戻るが。
「……」
俺の手元にあるのは、銅の弓の冒険者証と、金の剣の冒険者証だ。
俺の年だと、普通なのは銅の弓だ。マジで才能ないんだよな。派手に殺しちゃうから。その所為で、先月くらいにやっと貰った記憶がある。何きっかけか分からなかったが。
一方殺せばいい剣の冒険者証は、金だ。見せるのに躊躇いがあるが、師匠として有効なのはこっちだけ。
俺は受付嬢を見る。「えっと、もしかして、鉄、とか……?」と困った顔をする。
俺はため息を吐き、「その」と口を開いた。
「恥ずかしいからさ、見ても秘密にしてくれるか?」
「え、うん。いいよ。じゃあ見せて? 多少は融通利かせられるから」
優しいなぁ、と思いつつ、俺は手の内で、リードから見えないように冒険者証を見せた。
金の剣と、銅の弓、一応どちらも。
「ひゅっ」
受付嬢は息をのんだ。顔が真っ青になる。うおおここまで顔に出るか。リードに怪しまれる前に、俺はまくしたてる。
「じゃ、じゃあこれでいいよな! な!」
「う、うん。そう、だね。……え、っていうか、今の」
「じゃあな! ありがとな! さーてノエル! これからバシバシ魔法教えちゃうぞぉー!」
「やった」
俺はノエルの手を引いて、そそくさとギルドを出た。秘密にするって言ったもんね! 信じるよ! 俺信じるからな!




