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207/212

【書籍版7巻電子刊行記念】EX19 古き世界のハッピーニューイヤー

アニメが1月8日から放送開始します。

小説も7巻が発売しました。

今後も色々と盛り上がっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします!

 



 年越しは好きな人と抱き合って過ごしたい。

 そんな馬鹿げた願いを、呆れるどころか笑いもせずに大真面目に受け止めてくれる私の彼女は、たぶん世界一かわいい女の子だと思う。

 かくして私、フラム・ウォータームーンは願いを叶えて無事に西暦2198年の1月1日を迎えた。

 私は嫁(彼女)ことミルキット・ソレイユと二人で、ベランダから年明けを祝う花火を眺めていた。

 外は身を寄せ合ってもちょっと寒すぎるので、毛布を二人でシェアしてくるまっている。

「フラムさんと出会うまで、私は年を越すことを特別なことだと思ったことはありませんでした」

「そっか……私はそこそこ楽しんでたけど、今年は例年の何倍もスペシャルかな」

「私がいるから、ですか」

「もち。そして今年からは寿命を迎えるまでフォーエバースペシャルだね」

「私は退屈な人間なので、飽きられなければいいのですが」

「せいぜいそう思っておくといいよ。その間に、私がミルキットの放つ楽しさを満喫しつくしておくから」

 そう言って私はミルキットにキスをした。

 彼女はくすぐったそうに微笑む。

 遠くで咲いた花火に笑顔が照らされて、宇宙一綺麗な星が輝いた。

「ほら、こんなにハッピー。退屈だなんて口が裂けても言うんじゃないぞ」

「それはフラムさんが特別だからですよ。世間一般では、私は退屈な人間なんです。フラムさんと付き合い始めてから、余計にそう思うようになりました」

「まったく、正式に交際を始めたらこんな卑屈になるとは思わなかった」

「だって……幸せすぎるんです。こんな幸せを与えてくれるフラムさんに比べたら、私は退屈すぎます」

「お互いに、でしょ。私たちは幸せを与えあってるんだから、一方通行だなんて思う必要ないんだよ」

「がんばります」

「うん、気長にがんばりなー。どーせ何十年先もいっしょにいるんだから」

 我ながらよくもこう恥ずかしいセリフが出てくるものだと感心する。

 ミルキットと付き合いだしてからというものの、ずっとこうだ。

 恋は人を変えるというけれど、ちょっと変わりすぎて怖い。

 まるで自分が自分でなくなったかのような。

 螺旋の電波に侵されて接続するような。

 分断しきれぬレコードがアカシックからダウンロードされてスティグマされるような。

 滅びた世界を旅したような。

 大切な友達が潰れ堕ちたような。

 両親をこの手にかけたような。

 目の前でミルキットがバラバラに引き裂かれたような。

 私は反時計回りにねじれて死んだような。

 反転して。

 お前を――そうお前だよ、見ていたんだろうこのときも、けれどもう死んだから、死ねないから死んだからどこにもいないお前を――殺したような。

「フラムさん?」

「ん……ああ、ごめん。またぼーっとしてた?」

「はい、最近多いですよ。悩み事……ではないんですよね」

「うん、ではないの。白昼夢だね」

「病院には行かなくていいんですか」

「病院の先生もタイムマシンとパラレルワールドの話をされたら困るでしょ、窓のない病室に入れられちゃうよ」

「……よくわかりません」

「わからないことが幸せなんだと思う」

「では、わかっているフラムさんは幸せではないんですか?」

「幸せだよ。でもこの幸せの定員は一人だけなのさ、すまないねソレイユくん」

「ごまかされました」

「その分だけ幸せをお裾分けするから許してほしいな」

 再びキスをする。

 今度は正面から抱き合って。

 何度かキスを繰り返して、頬を赤くしたミルキットが言った。

「では、さしあたって今、どういう幸せをいただけるのでしょうか」

「卑屈なくせに強情だ」

「我慢できない欲望を植え付けたのは、フラムさんですよ」

 そんな色っぽい表情で言われたんじゃ、私の欲望だって止められない。

「それじゃあ朝まで、二人で甘い夢でも見ちゃおっか」

 花火が終わる。

 そして始まる。

 何がかって?

 そんなの決まってる――ハッピーニューイヤー・ハイパープリンセスタイムさ!


 ◇◇◇


 爛れた冬休みが終わった。

 爛れた日常が始まる。

 色違いの手袋をつけて、マフラーを巻いて、両親に見送られながら手を繋いで外へ出る。

「うはぁ、息が真っ白だ」

「今年の冬は寒いですね。一人だったら凍えていたかもしれません」

「うんうん、こんなときに世界が滅びたりしたら、生き残れる人なんていないよ。二人だから実にホットな冬になってるけどねぇ」

「ふふふ、世界は滅びませんよ。今日も平和です」

「そうだねー……平和だ、嘘みたいに」

 駅に到着。

 学校の最寄り駅に向かう電車に乗り込む。

 首吊り死体の飾りはどこにも見えない。

 切断された生首も。

「フラムさん……最近、なにかありましたか?」

「んー? ずっとミルキットといっしょだったんだから、何かあってたら巻き込まれてるはずだよ」

「そうなんですが」

「違和感がある?」

「……少し、フラムさんが変わったような気がして」

「恋をしたら誰だって変わるよ」

「そういうものでしょうか」

「そうだよ。だって私、前よりずっとミルキットのこと愛してるもん」

 ミルキットの顔がぽっと赤くなり、隣の席に座るサラリーマンが気まずそうにそっぽを向いた。

 私は堂々としたものだ。

 恥ずかしさなんて感じない――というより、恥じらいより優先すべきことがあるから。

 ミルキットのすべてが、そういうものだから。

「やっぱり、変わりました」

「それはミルキットにとって嫌なことだった?」

「そんなわけありません……ぜんぜん、これっぽっちも」

 そう言って、こちらによりかかるミルキット。

 愛おしい。抱きしめたい。せめて唇だけでも奪えないか。

 しかしさすがに行動には移せなかった。

 ああ残念だ、まだ私の理性はそこまで突き抜けられていないらしい。

 いや、むしろ日常を愛おしく想う気持ちがあるからこそ、それは狂気とならず手前で留まっているのかもしれない。

 ミルキットという存在の次の次ぐらいに、愛おしいものだから。

 私たちは肩を寄せ合い、手を繋いで、見つめ合いながら電車に揺られた。

 他の乗客――特に同じ学校の生徒の視線を強く感じたけれど、むしろミルキットという存在を自慢したい私にはちょうどいい状況だった。


 ◇◇◇


 教室に入ると、友達がしっかりと繋がれた私たちの手を見て大げさにのけぞった。

「おぉ……あんたら、冬休み前より露骨じゃない?」

 私は自分の席に荷物を置くと、友人の隣に座った。

 ミルキットは元々この近くの席なので、わざわざ他人の席を借りる必要もない。

 うらやましい。授業中もミルキットの横顔が見れるなんて贅沢なやつめ。

「そりゃまあ、冬休み中は……ねえ?」

「はい、ねえ? です」

「ねえだけでわかりあわないでよ……私もわかるから嫌なんだけど。と言っても、あんたらの家って両親いるんでしょ? よく堂々といちゃつけるわね」

「親はもう諦めてるから」

「フラムさんが幸せそうだからそれでいいとおっしゃってました」

「早くももうその境地なの?」

 呆れ顔から始まった、久々の友人との会話。

 冬休み中は声しか聞いていなかったので、少し懐かしい。

 今ばっかりは彼女が飛び降り自殺をする心配もないので、安心して会話ができるのも、懐かしさを引き立てる要因になっている。

「ああ、そうそう。忘れてたわ。あけましておめでとう」

「あめよろー」

「略しすぎよフラム。しかもそれ、百年以上前からそういう言われ方してたらしいわよ」

「面白いと思って言ったのに化石ボケだった……」

「ふふっ、あめよろ……ふふふふっ」

「でもミルキットに受けてるからまあいいや!」

「あんたたち平和ね……」

 平和。

 平和ってなんだろう。

 正常であることをそういうのなら、きっと今は平和ではない。

 けれど異常でも穏やかな日々をそう呼ぶのなら、日々は平らであってほしい。

 刺激はミルキットから勝手に受け取っておくから。

 チャイムが鳴った。

 先生が入ってくる。

「ホームルーム始めるぞ、席につけ」

 情けない猫背、頼りない垂れ目、抑揚のない低い声。

 白衣。白髪交じりの頭。諦めと安寧が宿る眼。

 オリジン・ラーナーズ。

 うちの担任で、授業では化学を教えている先生だ。

 正直、先生の中では人気はあんまりない方だと思う。

 けれど私は嫌いではない。

 人の形をした人を見るだけで、私は安堵するから。

 どうしてだろう、あれが人の形をしていることは、一切繋がりのない他人を見たときよりはほっとできた。

 とはいえ、通りすがりの一般人を見ても安堵するぐらいなわけで、つまりは世界は安堵の塊。

 たぶん、これは病気なんだと思う。

 けれどこんな症状、誰かに言えるはずなんてないし、何よりミルキットを抱けば忘れてしまう些細なものだから――違和感のある西暦2198年を、私は生きている。

 そう、生きている。


 ◇◇◇


 放課後、夕暮れの教室で私とミルキットは二人きり。

 制服での逢引というのはそれはそれは素晴らしいもので、私はミルキットを並べた机の上に押し倒して、上から見る光景を堪能していた。

「……本当に、誰も来なくてよかったですね」

「鍵は閉めてたからね」

「それでもですっ。さすがに見られていたら停学でしたよ……?」

 ミルキットはそっちが心配であんまり集中できていなかったらしい。

 それは反省。

「あ、あの、ですが楽しかった、ですから。決していやではなく、むしろ……嬉しくって」

「気を遣わせちゃったね。大丈夫、今日で満足したから今度からは控えるよ」

「そういうことでもなくっ!」

「私も別にそういう意味で受け取ってるわけじゃなくて、そういう目的なら、早く帰って家でゆっくり抱き合った方がいいかなと思って」

「ですが一応、言わせてください」

「どぞどぞ」

「明日からは、この場所もフラムさんとの思い出になると思うと……教室で受ける授業も楽しくなる気がします」

「ミルキット、それはちょっと愛おしすぎる」

「きゃっ!?」

 私はぎゅっと抱きしめた。

 最初は驚いたミルキットだけれど、すぐに抱き返してくれた。

「そっか、思い出は上書きできる……よね」

「フラムさんは、この教室に何か思い出があるんですか?」

「……」

 黙り込むと、ミルキットはふいに抱き寄せる両腕に力を入れた。

 そして耳元で囁く。

「どんな内容でも構いません、教えて下さい」

 私が抱えるものを、ミルキットは知りたがっている。

 だから素直に教えることにした。

 たとえ理解されなかったとしても。

「飛び降り自殺の授業。みんなどんどん死んでくんだ。そして私たちは、あの子の潰れた頭を校舎の下で見つけるの」

「はい」

「ミルキットは知ってる?」

「残念ながら」

「そっか……」

「その景色に……私もいるんですね」

「うん、いるよ。でも知らなくてよかった。知らない方がよかった。あんなもの、見ない方がいい」

「でも……フラムさんは知っているんですよね」

「知ってるからこそ愛おしく思えるよ。何十倍も、何百倍も」

 そう言ってミルキットの顔を見つめる。

 自然と彼女は目を閉じた。

 何千回とキスをしたから、条件反射で閉じてしまうと言っていた。

 そういうところも愛おしくて、私は唇を重ねる。

 離れて、改めて顔を見て、頬に触れて、現実を確かめる。

「ミルキット」

「はい」

「私のこと捨てないでね」

「何を言っているんですか、私にはフラムさんしかいませんよ」

「私にも……ミルキットしかいないから。少し重いかもしれないけど」

「もっともっと重くなってください。私を、縛り付けてください。たとえ風が吹いても、吹き飛ばされないように」

 できればあんな暴風雨はもう吹き荒れないでほしい。

 けれど、それでも時間さえあれば、ミルキットを私のもとに繋ぎ止めることはできるだろうか。

 今はただ、離さないように、ぎゅっと強く抱きしめることしかできなかった。

 そうしてしばらく抱き合っていると、誰かが教室のドアをノックした。

 私は慌てて体を起こす。

 カーテンがあるから中は見えないはずだけど、さすがに先生に見つかるとまずい。

 私はミルキットに隠れているよう指示を出して、ドアに近づいた。

 カーテンを開けると、そこにはオリジン先生の姿があった。

「すみません、自習してたんですが、勉強に集中するために鍵をしていたんです」

「そうか。話がある、ついてきてくれ」

 そう言って彼は早々に背中を向ける。

 私は慌てて呼び止めた。

「待ってください! 待ち合わせしてる友達がいるんで、遅れるって伝えてから行きたいです。場所だけ聞いていいですか?」

「生徒指導室だ。待っている」

 そう言って去っていくオリジン先生。

 その姿を見送ると、私は教壇の裏に隠れていたミルキットと合流する。

「ど、どうしましょう、もしかしてバレているのでは……?」

「怒られそうな雰囲気ではなかったけど、生徒指導室かあ……とりあえず行ってくるね」

「部屋の前まではついていきます! さっきの話の流れなら、不自然ではないはずです」

 たしかに、友達に伝言をすると言ったし、その流れでついてきたと言えば済む話だ。

 私はミルキットと二人で、オリジン先生を追って生徒指導室に向かった。


 ◇◇◇


 部屋に入ると、ソファに座らされた私の前に緑茶の入ったカップが置かれた。

 目の前にはオリジン先生と――スーツを着た、髪にパーマのかかった男性。

 誰……と聞こうとしたけれど、私はその人物に見覚えがあった。

「茶谷さん……ですよね」

 恐る恐るそう尋ねると、スーツの男性は驚いた様子だった。

「俺のこと知ってるのか」

「そっちも知ってるから私のことを呼んだんじゃないんですか?」

 そう答えると、茶谷さんとオリジン先生は顔を見合わせた。

 一体何だっていうんだろう。

 するとオリジン先生が困り顔で話し始める。

「僕と彼は、かつて同じ研究所に所属していた。そこでオリジンというエネルギー生成システムを開発していたんだ」

「オリジンって、世界中に無限の電力を供給する夢のシステム、ですよね。そちらの茶谷さんが作った」

 話を振られた茶谷さんが答える。

 そう、この茶谷――世間的にはドクターブラウンと呼ばれる人物は、“オリジン”を生み出した日本が誇る科学者の一人である。

 オリジンとは、異空間に存在する物体から無限のエネルギーを引き出すというシステムで、ノーリスクで無限の電力を生み出すことができるため、世界平和にも貢献した、なんて言われるような代物だ。

 ただ、もちろんそんな都合のいいものが存在するなんて、と疑う人もいる。

 しかしそこは心配無用。

 なぜならオリジンはこの世界ではなく異空間に存在するため、いざというときは繋がりを断てば問題は起きないのである。

 そもそも、異空間に存在する“オリジン”と呼ばれる物体には、自我と呼べるようなものは存在しない――と表向きは言われているのだけれど。

「“そっちじゃない方”のオリジンだ」

「ああ……人間を狂わせて、世界を滅ぼす方の?」

 私がそう答えたのは、ある種の“信頼”を彼に抱いていたからだ。

 ここに私が呼ばれた意味。

 そして目の前に茶谷さんと、オリジン・ラーナーズという名前の人物がいる状況。

 そこから導き出されるものは、それ(・・)以外に考えつかなかったから。

「まさか、あちら側の記憶を持っているとは。ラーナーズ、このことを知っていたのか」

「いいや、僕も今はじめて聞いた。生徒とはできるだけ私的な会話をしたくない。疲れるからな」

「つくづく教師に向かない男だな。なぜこの職業を選んだ」

「向かないことをした方が、あの未来に繋がる可能性は薄れるだろう」

「あの……私には何の話をしてるのかさっぱりなんですけど。結局、私がここに呼ばれたのは、私の頭の中にある身に覚えのない、けれど妙に生々しい過去と未来の記憶について、で間違いないんですよね」

 わかる人にしかわからない言葉でそう尋ねると、茶谷さんが頷いた。

「ちなみに言っておくが、俺は君のことを覚えていない」

「ああ、茶谷さんって会った頃には人間やめてましたもんね」

「そっちの世界の俺はどうなってたんだ……」

「有機コンピューターにでも人格を移していたんだろう。それでは、このあたりで本題だ。ウォータームーン、正直に答えてくれ」

「なんですかオリジン先生」

「僕を殺した記憶はあるか?」

 オリジン先生に感情のゆらぎはなかった。

 ただ単に、知的好奇心を満たすためだけに尋ねている様子だったから、私は素直に答えた。

「それが先生かどうかはわかりませんけど、オリジン・ラーナーズって誰かと戦った記憶はありますね。ああ、でも殺したっていうよりは――」

「死すらも奪って、永遠に苦しむようにした、か?」

 こくりと頷くと、彼は顎に手を当てて「ふむ」と何かを納得している。

 すると茶谷さんが言った。

「今日、俺がわざわざこんな田舎にまで来たのは、オリジンの由来を調べるためだ」

「システムを作った人なのに由来も知らないんですか?」

「異空間で発見された未知の物体だからな。だが調べていくうちに、あれが俺たちの世界で暮らす人間と同一の存在であり、常に声らしきものを発していることがわかった」

「それって、なんなんですか?」

 茶谷さんは大きく口を動かして、一文字ずつ順番に発声していく。

「フ、ラ、ム」

「恨まれてるんですね、私じゃない私」

「いいや、恨みというよりは恐怖や絶望、といった感情が検出された。なにせ、常に死を遥かに上回る痛みを与えられ、それでいて死ぬことも眠ることもできないのだからな」

「世界を滅ぼした仕返しなんで、それぐらいはやられても仕方ないんじゃないですか」

「らしいぞ、ラーナーズ」

 茶化すように茶谷さんは言うけれど、オリジン先生は反応しない。

 この二人、あんまり仲良さそうに見えないな。

「でも、先生が世界を滅ぼすほどすごい人には見えないんですけど」

「それは結果に過ぎん」

 先生はどこか遠くを見るような目をして語りだした。

「僕は元々、茶谷と同じ研究所で働き、無限のエネルギーを生み出す装置の開発に携わっていた。そしてその装置を使えば、世界中の人間の思考を汚染することも可能だと気づいていた」

 それが私の記憶の中にあるオリジン。

 本当に人々を狂わせて、世界を滅ぼした憎き存在。

 しかし、私が暮らすこの世界においてそのオリジンは生まれていない。

 止めた誰か――茶谷さんがいたから?

「けどそんなとき、俺が発見したんだよ。この世界から薄皮一枚剥いた先にある異空間、そこに無限のエネルギーを放出し続ける物体が存在することに」

「それが……先生の成れの果て、だったわけですか」

 死すら奪われながら、常にそれよりも大きな苦痛を感じ続ける存在。

 要は死に続けている物体から、世界を潤す無限のエネルギーが生まれてるなんて皮肉だと思う。

「最初は僕も信じなかったさ。だが茶谷から突きつけられるデータは、どれもそれが僕の行く末であることを表していた。そして同時に、夢を……いや、記憶を流し込まれるようになった。毎晩のように、僕が“あの”オリジンとなって、ひたすらに苦しみ続ける夢だ。それがただの夢でないことは、僕にもわかった」

 なんとなく、私と似たような現象だと思った。

 まあ、見てた内容は私よりエグいみたいだけど、自業自得――って言うのはちょっと冷たすぎるか、ここにいるオリジン先生は何もしてないわけだし。

「僕は……このままオリジンの開発を進めれば、死ぬことすらできない永遠の地獄に閉じ込められる。それを知ったとき、僕の科学者としての心は完全に折れた」

 そうだろうな、と思う。

 けどまだまだわからないことがたくさんあった。

「私、あんま賢くないんで混乱してきました……えーっと、つまりオリジン先生がヤバい装置を作って、世界を滅ぼす。でもそうすると遥か遠い未来で私みたいな誰かが、先生をやっつけてひどい目に合わせる。そして、その未来がなぜか今の私たちと繋がってる……ってことですか?」

 それはひとまず正解だったみたいで、茶谷さんが「ああ」と相槌を打ってくれた。

「あの異空間は、俺らが過ごす世界と時間の流れが違う。一億年先の未来に繋がったかと思えば、急に五千万年前の過去に繋がったりもする。一度迷い込めば、元の時代に戻るにはよほどの奇跡が起きない限りは不可能だろうな」

「じゃあ、今の世界は……未来の私がオリジンを倒したっていう結果が、その異空間を通じて影響を与えて、平和になったってことですか?」

「そうなるな。卵が先か、ニワトリが先かみたいな話だよな」

「……その異空間、うまく使えばタイムマシンとか作れそうですね」

「制御できりゃあな。けど無理なんだ、少なくとも今の人類にはあの時間の流れを制御する術がない。だから偶然にもあの空間と接続できたわずかな穴を利用して、置き去りにされたオリジンからエネルギーを抽出するのが精一杯ってわけだ」

 それでも十分すぎるほどだと思う。

「まあ、とにかくこれで、ラーナーズとあの肉の塊の遺伝子情報が一致する理由はわかったな」

 茶谷がオリジン先生の背中をぽん、と叩いた。

 おそらく彼らにとっては長年の大きな謎だったんだろう。

「説明が後になったが、俺はこいつに呼び出されたんだよ。生徒にフラムって女がいる、ひょっとしたら何かわかるかもしれない、って浅い理由でな」

「すまなかった。僕の知的好奇心のために君の時間を取ってしまったな」

「いえ、いいです。私の悩みも解決したんで」

 正直、ミルキットが隣にいれば――ってことであんま気にしてなかったけど、いざ解決してみると、実はそこそこ悩んでたのかもしれない。

「この世界はまるで夢みたいに幸せだから、本当に夢みたいに終わって、悪夢の世界が現実になるんじゃないかって……ちょっとだけ、そんな不安もありましたから」

 現実が覚めて、夢がはじまる。

 そんな悪夢が否定されて、この世界は安定した。

 それだけでも難しい話を聞いた意味はあったと思う。

「解決した結果、君はどう思うようになった?」

 先生にそう聞かれて、私は「うーん」と悩んだ結果、思い浮かんだ欲望をそのまま口にした。

「好きな女の子を今よりたくさん抱きたいと思いました」

 オリジン先生はきょとんとした顔をしたあと、茶谷さんと一緒に腹を抱えて笑いだした。

 私はその様子を見て、生徒指導室で言うような内容じゃなかったかな――と軽く反省しつつ、早くミルキットと合流したいな、というか抱きたいな、などと考えるのだった。


 ◇◇◇


 部屋を出る。

 すぐそこでミルキットが待っていた。

 私はひとまず彼女を抱きしめて、ミルキット分を補充。

 そして手を繋いで帰路についた。

「難しい話をしていましたね」

 どうやら外まで音は響いていたらしい。

「うん、私も半分ぐらいしかわかんなかった」

「でもフラムさん、とてもすっきりした顔をしています」

「わかる?」

「はい、フラムさんの顔をずっと見てきましたから」

 寝顔とかもじーっと見てるらしいもんなあ。

 まあ、私も先に起きたらしばらく観察するんだけどさ。

「前の私と今の私、どっちがいい?」

「今のフラムさんのほうがかわいいと思います」

「もー、ミルキットったらぁ。もー!」

 肩をぶつけて、でへへと笑って、私たちは幸せにじゃれあう。

 他の生徒もこっちを見てたけど、ぜんぜん気にならなかった。

「心のスペースが空いた分、今日からは全力でミルキットのことを愛していくからね!」

「今までも全力ではなかったんですね……」

「ふっふっふ、怖いか?」

「楽しみです。幸せすぎて壊れないようにがんばります」

「壊れても一生私がかわいがってあげるから安心しなさーい」

 そんなちょっぴりいかがわしい話をしていると、私たちの脚は自然と早くなる。

 まるで何かを求めるように、早く部屋に引きこもってしまいたい、と。

 爛れた夕方。

 爛れた夜。

 私たちの愛情は健全ではないけれど、けれど今日も、確かにそこに存在していた。

 きっと、明日も、来年も、二人がおばあちゃんになって死ぬまでずっと。




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― 新着の感想 ―
この話を読んでから改めて考えると、フラムが「あの場所」からたった4年の時差しかない場所に戻れたのは奇跡……いや、愛の力ってやつですかね。
これはッ!…行くべき場所に行った後のウォータームーンさんのエピソードですかっ!? 末永くいかがわしい関係を続けて欲しいです。
この後(近い将来)この世界は…って思ってらまさかの…!!
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