03:とんでもない夢(2)
「そ、そうか。なんだか大変そうだけど、くれぐれも気を付けてね?」
「うん、気を付けるね、行ってきます!!」
スニーカーを履き終えた私は玄関の扉を開けて外に飛び出した。
春の風が吹く廊下に千聖くんの姿はない。
早く、早く来て。お願い!
気持ちばかりが焦って、その場で足踏みする。
十秒と経たずに302号室の扉が開いて、さっきの私みたいに千聖くんが飛び出してきた。
太陽の光を浴びて金色に輝く茶色の髪。
大きな茶色の瞳。
今日の千聖くんは縞模様のシャツに上着を羽織り、黒いズボンを履いている。
私のランドセルは水色で、彼のランドセルは紺色。
一緒にお店に行って、同じメーカーのものを買ったから、お揃いの色違いだった。
さらに、彼と私のランドセルにはお揃いの猫のキーホルダーがついている。
これはハンドメイドが得意な優夜くんが作ったもの。
私が飼っているハチワレ猫をモデルにして作られた、お気に入りのキーホルダーなんだ。
「おはよう!」
「おはよう! 行こう!!」
私は千聖くんと一緒に廊下を走り、マンションの階段を下り始めた。
5階建てのこのマンションにはエレベーターがないのだ。
お父さんは「エレベーターがないと不便だし、もっと大きくて綺麗なマンションに引っ越そう。我慢しなくていいんだよ? お金ならあるんだよ?」ってこれまで何度か言ってくれたけど、私が反対した。
マンションの隣同士、家族ぐるみで仲良しの成海一家と離れたくなかったから。
急いで階段を下りていると、足を踏み外してバランスを崩した。
ぐらりと視界が傾く。
――やばいっ、落ちるっ!!
階段の踊り場まではあと四段。
この高さなら落ちても死にはしないだろうけれど、それでも落ちれば痛いに決まってる。
心臓が恐怖でぎゅっと縮まった。
そのとき、千聖くんの手が横から伸びてきて、抱き留められた。
強い力で引っ張られ、浮いた足が再び階段に戻る。
「………………」
ドキドキしながら横を見れば、千聖くんが私を抱きかかえてくれていた。
くっついた腕に、千聖くんの息遣いすら感じる超至近距離に、頬の温度が跳ね上がる。
私を強く抱きしめたまま、千聖くんは安心したように息を吐いた。
その息が私の顔にかかって、心臓の音がさらに大きくなる。
「……あのさ」
千聖くんは私の身体に回していた手を離し、私の肩にその手を置いた。
「園田さんを助けたいっていう気持ちは立派だけどさ。園田さんを助けようとして愛理が怪我したら何の意味もないだろうが。気を付けて。マジで。本当に。頼むから」
私の両肩を掴んでお説教する千聖くんは苦い薬でも飲まされたような顔をしている。
「うん……助けてくれてありがとう。ごめん」
私はしゅんと項垂れた。
もうちょっと速度を落として階段を下り切る。
マンションの前の通りを走り、『ひまわり公園』に向かう。
黒い鞄を持ったサラリーマンを追い越して、お喋りしている中学生の間を走り抜け、ひたすら足を動かす。
ぜえ、はあ。
息が上がる。
耳の横に心臓が移動したみたいにバクバク鳴る。
喉からヒューヒューと壊れた笛のような音がしている。
急げ、頑張れ、私!!
絶対に絶対に、あんな未来を現実にしちゃダメ!!
気持ちとはうらはらに、だんだん走る速度が落ちていく私を見て、千聖くんが私の手を掴んだ。
「えっ」
いきなり手を掴まれてびっくりした。
「おれが引っ張ったほうが早いだろ」
「う、うん……ごめん」
「いいよ」
体力のない私の手を引っ張って、千聖くんはぐんぐん先へ進んでいく。
汗だくになって走り、走り、やっと私は目当ての公園の前に着いた。




