35 襲撃者
「メニル、長官は体力がある方か?」
「健康ではありましたが、寝不足気味で、体力もさほど……」
「なるほどな、過労気味の文官といった感じか」
そうなると、一層急いだ方が良い。
毒を盛られた長官がいつ死ぬかわからないのだ。
病気がちだったという王は更に危うい。もう死んでいてもおかしくないほどだ。
「王が死ねば、カタリナの罪状が暗殺未遂から暗殺になるな」
「そして、第一王子が即位されます」
即位式などの儀式は後で行なわれるとしても、王位が空位となることはさけねばならない。
だから、即座に第一王子が即位する。
そして、新王が最初にやることは、先王を弑逆したカタリナを殺すかもしれない。
そのうえ、カタリナは第一王子のライバルだった娘だ。
反第一王子派の貴族が担ぐ神輿となりうるカタリナは早々に消したほうがいいと考えるかもしれない。
死体は神輿となり得ないからだ。
「とりあえず、急ぐか」
「夜を待った方が……」
「大丈夫だ。数時間が惜しい」
俺はリアを肩に乗せ、ガウとグルルとメニルと一緒に家を出た。
そして入り口に鍵を閉めていると、
「ぅぐぅるるぅぅ」
グルルが怯えた声を出して、俺にぴたっとくっついた。
そして、次の瞬間、屋根に巨大な岩がぶつかって、
――ゴオゥン
と大きな音がした。
岩は屋根で弾んで、後方へと飛んでいく。
「一体、な、なにが……」
メニルはきょろきょろと周囲を見回した。
「……ぐるるるぅ」
グルルは怯え、
「ガウ!」
ガウは一点を見据えて、吠えた。
「大丈夫だよ。グルル。怯えなくていい。守るからね」
「ぐる」
「ガウ。わかっている。ありがとう。安心しなさい」
「ガァウ!」
すると、宙にいきなり巨大な岩が現われて、俺たちの方に飛んできた。
岩は俺たちの右二メトルのところに着弾すると、地面ではねて入り口にぶつかった。
「惜しいな。もう少し左だ」
「な、何が起こって……、これは錬金術?」
「なわけあるか。魔法、おそらく魔道具だな」
魔道具で姿を隠し、攻城兵器で岩を飛ばしているのだ。
「姿が見えない敵と戦うなんて、無理です! 一旦逃げて立て直し――」
「その必要は無い」
俺は傍らに転がる岩に手を触れた。
「メニル、錬金術を使った戦闘を見せてやろう」
「は、はい」
「まずは【形状変化】だ」
俺は岩の形を、大きな一つの塊から、数百の小さな塊へと変えて、空中に保持する。
「そして、これが【物質移動】」
宙に浮かぶ数百の石のつぶてを、ガウが先ほど吠えた方向へと高速で飛ばした。
「ぐぎゃっ」「ぎゃあ」
何も無いところから、複数の悲鳴が上がる。
「なるほど、ダメージを与えても姿は見えないか。やはり魔道具だな」
魔法で姿を消しているならば、術者がダメージを負えば、魔法を維持するのは難しい。
だが、魔道具ならば、起動してしまえば、起動した者が怪我をしても効果は続く物が多いのだ。
「やはり、魔道具は性能の良いものがあるなぁ」
ギルドカードとカード読み取りの魔道具、それに従魔登録の魔道具など、優れた魔道具があることは知っていた。
姿を消す魔道具もあるならば、他にも戦闘に有効な魔道具もあるのでは無いだろうか。
もしかしたら、魔道具を上手く使えば、魔王軍とも戦えるのでは無いか?
そんな気もした。
「さて……」
俺は悲鳴が上がった方に、歩いて行く。
悲鳴が聞こえるということは、姿だけを隠す、つまり光を操る魔道具なのだろう。
そして、魔力と気配も感じないので、それも隠すようだ。
「やはり便利な魔道具だな……」
「りゃあ~」
「リア、火球は吐かなくていいよ。俺がなんとかするからね」
「……りゃ」
リアが口を開いて、火球を撃ち込もうとするので止めた。
いくら相手が悪党だからといって、赤ちゃんに人を攻撃させるのはよくないと思ったからだ。
「りゃむ~」
リアは不服そうだ。
敵がグルルを怯えさせたことを怒っているのかも知れない。
「リア。大丈夫。敵の姿が見えないのが厄介だけど、どうにでもなるからね」
俺は魔法で誰もいないようにみえる場所を探る。
「総勢二十人か。魔道具は中心かな?」
「ひぃ……」
俺が近づいていくと、悲鳴が上がり、突然一人の男が現われた。
姿消しの魔道具の効果外に出たのだろう。
男は悲鳴を上げながら、逃げていく。
「逃がすわけないだろう」
俺は【形状変化】の術式を展開し、地面の形を巨大な握りこぶしの形に変える。
それで逃亡する男の足をがっしりと掴んだ。
その腕から小さな手を枝分かれさせて腕も拘束した。
これで、手も足も動かせない。逃げることも不可能だ。
それを見た様子の姿隠しの範囲内にいる男たちが、
「ひぃいい」「ぎゃああ」「くるなぁ」
うろたえる声と
「ひぃう魔法だ! や、矢をいかかけけろ! いいいいから、はやく!」
呂律が回らないほど、慌てて混乱しながら指示を出す声が聞こえた。
そして直後に矢が飛んでくる。
何も無いところから、眼前に矢が現われるのだ。
姿隠しの魔道具と弓矢は非常に効果が高い。
「ふむ? ただの矢だな」
ただの矢ならば、恐ろしいことは何もない。
俺はその矢を右手で掴んだ。
「ば、化け物、ま、魔法だ」
眼前に火炎弾が突如現われる。
「魔法も効果が高いなぁ。眼前に現われるから、対処が難しいぞ」
俺は火炎弾を右手で握りつぶした。
握ると同時に錬金術の【形態変化】の術を使い、魔力の形態を変化させるのだ。
「ば、ばぇ、ばけ……」
「遠慮するな。化け物ぐらいはっきり言えよ」
そのとき、
「りゃぁむ!」
リアが口を開けて、何か不思議なものを出した。
魔力弾。いや、魔力弾ではない。似ているが別物だ。
白くて熱い。白熱した火炎弾か? いや、それも違う。
雷の弾? いや、それも違う。何だこれは。
困惑したせいで、俺の対処が遅れる。
リアが吐いた謎の物体は魔道具の効果範囲に飛んでいき、
――パァン
という音を鳴らして破裂した。
次の瞬間、姿隠しの魔道具の効果が消えた。
「ひ、ひい……」
「お前らか」
中にいたのは先日グルルを虐めて、俺の家を燃やした奴らだった。





