33 レイナ・メニル
「そろそろお昼ご飯の時間だな」
「りゃあ~」
「王都に向かうとして……グルルとガウのお昼ご飯を用意してからだな」
王都では、こっそりと情報収集をしなければならない。
大きなグルルは留守番させておいた方が良いだろう。
そして、グルル一頭では可哀想なので、ガウにも留守番してもらうしかない。
そんなことを考えながら、家に戻ると、グルルが入り口の扉から鼻先だけだして、
「ぐるるぅ!」
警戒して吠えていた。
「グルル、怖くないよ。そこのお前。うちのグルルが怯えるから隠れてないで出てこい」
背後に向かって語りかけると、びっくりしたような気配を感じた。
殺気はない。気配を消そうとしていたが、バレバレだ。
俺が振り返ると、そこには血みどろの魔族の女がいた。
「失礼いたしました。ルードヴィヒさまですね」
「そうだ。なぜ隠れる?」
「事情があって、隠れていました」
魔族はそういって頭を下げた。
「立ち話も何だ、中に入れ」
「っ! よいのですか?」
「お前からは殺気は感じない。俺に話があるのだろう? 聞かせろ」
この名も知らぬ魔族の女は何者だろうか。
魔力を持ってはいるが、強くはない。
体つきも鍛えられていないことはないが、カタリナほどではない。
俺は家に入って魔族の女を見た。女はぼーっとリアをじっと見つめていた。
リアは可愛いので見つめてしまう気持ちはわかるが、そんなことをしている時間はない。
「何をしている、早く入れ」「りゃ?」
「は、はい」
俺は家に入ると、まずグルルの頭を撫でる。
「ぐる~」
「よく気付いたな。えらいぞ」
家の近くに知らない血みどろの女が現われたのだ。
怖くて警戒するのは当然だ。
「ガウも落ち着いていて偉いぞ」
「がう」
ガウのことも撫でる。
ガウは魔族の女に殺気が無いことに気付いていたのだろう。落ち着いたものだ。
グルルを勇気づけるように寄り添って伏せをしていた。
俺はグルルとガウを撫でた後、魔族の女をリビングに連れて行く。
「適当に座れ」
「……はい」
椅子に座った魔族の女の前に瓶を二つ置く。
「これでも飲んでおけ。話の途中で死なれたら困る」
「これは?」
「錬金薬だ。最近話題のな。こっちがヒールポーション、こっちがアンチドーテ、解毒剤だ」
魔族の女は血みどろだ。返り血と本人の流した血が半々である。
命にかかわるほどではないが、歩き回るのはしんどいだろう。
しかも、毒にまで侵されている。
「……ありがとうございます」
魔族の女はゴクリと唾を飲み込むと、緊張した様子で、ヒールポーションを一口で飲んだが、アンチドーテは飲まなかった。
みるみるうちに傷が塞がっていく。
「ありがとうございます……これが錬金薬の威力……」
「解毒薬は飲まなくていいのか?」
「後で飲ませていただきます」
「まあ、好きにしろ」
解毒薬を飲まない理由がなんなのかわからない。
だが、魔族の女の体内にある毒の量はさほど多くないらしい。
すぐに死ぬことは無いだろう。
「それでお前は何者で、俺に何のようだ?」
「はい、初めてお目にかかります。ルードヴィヒさま。私の名はレイナ・メニル。尚書の副官を務めております」
「ほう。発毛剤兼育毛剤の?」
「はい、尚書の頭髪は順調に生えつつありました」
「りゃあ?」
リアが机の上を歩きメニルの前に移動して、姿勢を低くする。
「あの」
「リアは撫でてもいいと言っているようだ」
「ありがとうございます」
メニルは何故かお礼をいって、リアを撫でた。
俺はお腹が空いているであろうガウとグルルのために食事を用意する
「沢山食べなさい」
「がう~」「ぐるる~」
「それで、メニル殿、食事は?」
「まだ……」
「じゃあ、これでも食べなさい」
「ありがとうございます。ですが食欲が……」
食欲がないのは解毒剤を飲んでいないからだと思う。
「そうか、食欲がもどったら食べなさい」
そういって、俺はリアの分の食事も用意する。
「りゃ~」
メニルの元から、俺の手元に戻ってきたリアにご飯を食べさせながら、尋ねた。
「それでメニル殿は、何をするために来たんだ?」
尚書は錬金薬によって毒殺されかけたとされている。
錬金薬は毒薬であると信じているならば、報復のために俺を殺しに来たのだとしてもおかしくはない。
だが、メニルは躊躇いなく俺の出した錬金薬を飲んだ。
「尚書は毒を盛られました。ですが、ルードヴィヒさまもご存じの通り発毛剤兼育毛剤によってではありません」
「お茶にでも混ぜられたか?」
「いえ、尚書が口にされる飲食物は私が全て管理しておりますから」
「ならば、どうやって?」
「注射です」
「注射だと?」
「注射とは……」
「注射の説明は必要ない。知っている」
注射の説明をしようとしたメニルを止めた。
注射は千年前にもあった医療器具だ。
薬液を体内の血管に直接注入するために使う。
「尚書は、宰相と宮廷魔導師長から重要事項を秘密裏に話し合いたいと呼び出されまして、部屋に入ったところで宰相の手のものに羽交い締めにされ、無理矢理毒を打ち込まれました」
「……なりふり構ってないな」
「宰相と宮廷魔導師長は、錬金術の普及に反対しておりましたから……」
「たとえ反対でも毒を使うか?」
「カタリナ王女殿下が推し進めているということが大きいのです。第一王子は宮廷魔導師長の従甥でございますから……」
「王位継承の争いか」
「はい。それで騒ぎに気付いた私が慌てて入室し、尚書を救い出そうとしたときには毒の注入は終わっていました」
秘密裏に話し合うということで、メニルは部屋の外で待機させられたらしい。
「尚書を救出しようとしたのですが、意識を失った尚書の喉元にナイフを当てられてしまい……」
メニルは本当に悔しそうだ。
死んでいないならば、意識不明でも人質としては通用する。
とはいえ、メニルは体つきと魔力から考えて戦闘職ではないのだろう。
一人ではどちらにしろ救い出すのは不可能だったと思う。
「それで尚書はどうなった?」
「命は助けると宰相は言っていました。……私は拘束され、毒を盛られ、地下牢に放り込まれました」
「殺されなかったのは幸運だったな」
目撃者ならば殺すのが確実だ。
「殺されかけました。……なんとか逃げ出したのです」
「そうか」
メニルは全てを話していない。
戦闘力の無いメニルが、脱出できるとは思えない。
とはいえ、メニルは嘘をついてはいない気がした。
宰相が俺の居場所にメニルを送り込むためにわざと解放した可能性はある。
だが、そうだとしても、メニルはそれを知らない可能性の方が高い。
「……それで、メニルがここに来た理由は何だ?」
「尚書を助け出すのに、協力してください!」
「なぜ俺なんだ?」
「カタリナ王女殿下から、いざというときはルードヴィヒさまに頼るようにと」
「ふむ」
カタリナがそういっていたのならば、協力しないわけにはいかない。
メニルが罠に嵌めようとしている可能性はある。
それにメニルが気付かないうちに、誘導されている可能性もある。
だが、構うものか。
もし、罠ならば、罠ごと踏み潰せばいいだけだ。
「なるほど。わかった。協力しよう」
「ありがとうございます!」
メニルはほっとした様子で、息を吐いて、リアのことを優しく撫でた。





