31 法務委員会の変
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ルードの元にトマソンが訪れる前日のこと。
カタリナは法務委員会に出席していた。
法務委員会は、宰相が議長を務める国王の諮問機関であり、国法に関する実質的な最高意思決定機関だ。
重罪を犯した王族や高位貴族の裁判を行なうのも、法務委員会である。
今日の議題は、錬金薬を薬師ギルドの管轄外とするのは是か非かだ。
これが通れば、薬師ギルドの許可を得ずに錬金薬を売ることができるようになる。
カタリナは他の出席者を見回した。
まだ議場に来ていないが、メンバーの一人である尚書は味方だ。
だが、第一王子と宮廷魔導師長は反対するだろう。
議長でもある宰相はどうだろうか。
最近、カタリナは宰相が中立派になってくれるよう働きかけていたのだ。
そして、他の貴族たちはカタリナが味方に引き込んでいる。
ウドー勲章を授けられ、王位継承争いにおける最有力候補に躍り出たカタリナに迎合する貴族は多かったのだ。
たとえ議長である宰相が反対派にまわっても、辛うじて勝てる心算があった。
「尚書は遅刻か。珍しいな」
「…………」
いつもなら誰かが何か返事をするのだが、誰も口を開かなかった。
そこで初めて議場が異様な空気に包まれていることにカタリナは気付いた。
「何かあったのか? 公爵は何か知らぬか?」
隣にいた公爵に尋ねるも、
「……私めはなにも」
いつもにこやかな笑みを絶やさない公爵の表情がこわばっている。
顔色は真っ青で、冷や汗を流していた。
「大丈夫か? 公爵」
公爵が引きつった笑みを浮かべたのと同時に侍従の一人が入ってきて、宰相に耳打ちした。
宰相は頷いて立ち上がる。
「緊急の議題がございます」
「緊急だと?」
カタリナの声に宰相は反応しない。
「カタリナ王女殿下を、魔王軍への内通、陛下と尚書に対する暗殺未遂で告発いたします」
「はっ? 一体何を……」
困惑するカタリナをよそに、この場が、錬金薬について話し合う場から、裁判へと変わった。
宰相によって、カタリナの罪状が読み上げられていく。
尚書に錬金薬と呼ばれる毒薬を渡したこと。結果尚書は昏睡状態。
国王にも薬と称して錬金薬つまり毒薬を飲ませたこと。
王も尚書もいつ死んでもおかしくない状態だという。
「父上は無事なのか!」
そう叫んだカタリナに向かって、宰相は「しらじらしい」と呆れたように言った。
「あなたがやったことでしょう?」
「私は何もしらない、それに錬金薬は毒薬ではない!」
カタリナの叫びは無視される。
宰相はカタリナの罪状を読み上げ続ける。
魔王軍に内通し国家機密を流したこと。
結果として、第三王子の軍隊は壊滅することになり、今回の王都襲撃もカタリナが敵を招き入れた結果引き起こされた。
「冒険者ギルドの精鋭と宮廷魔導師団の調査で判明いたしました」
そう報告したのは宮廷魔導師長だ。
「宮廷魔導師団と魔導騎士団の水面下の働きで、王都陥落はなんとか防ぎましたが」
「お前らは何もしていなかったでは無いか!」
そうカタリナが叫んでも、宮廷魔導師長は鼻で笑った。
国王陛下の暗殺未遂、尚書の暗殺未遂、敵国に対する内通罪。
三つの罪状でカタリナは告発された。
出席している委員を陪審として、裁判が行なわれ、即座に有罪と判決された。
判決は勲章の褫奪、王位継承順位の剥奪。そのうえで、処刑。
「貴様ら! 人同士で争っている場合か! 魔王軍が――」
「魔王軍に内通していた殿下、いや、もう殿下ではありませんな」
宮廷魔導師長は楽しそうに笑い、
「お前のような者が、我と同じ王族を名乗っていたと思うと、反吐が出る」
兄である第一王子はカタリナに唾を吐きかけた。
そして、宰相が手を上げると、武装した十人の魔導騎士たちが突入してくる。、
「私が剣聖であることを忘れたか?」
「剣聖も剣が無ければ――」
「剣など無くとも、十人は不足だぞ?」
カタリナは素手のまま身構える。
魔導騎士たちの間に緊張が走る。魔導騎士たちも剣を抜いて身構えた。
「私の強さを知らないわけではあるまい?」
「我らは魔法があります」
「そうだな、だが私には錬金術で強化された鎧がある。そなたらの魔法など通じるものか」
剣はない。盾もない。だがルードが強化してくれた全身鎧は着ているのだ。
魔法は怖くない。剣も槍も弓も、鎧で受ければ怖くない。
戦える。戦って、脱出して、ルードを頼ればなんとかなる。
ギルバートもヨハネス商会も味方してくれるはずだ。
カタリナが大きく踏み込もうと、足に力を入れた瞬間、
「それは困りましたねえ」
魔導騎士の一人の声が議場に響いた。
続いて、女の声。
「カタリナどうかやめて!」
「……母……上?」
精神を病み、田舎で療養していたはずの母がいた。
「陛下を殺すなど、なんて恐ろしいことを……」
「母上、私は無実です」
「なんということを、なんということを」
カタリナの母は聞く耳を持たない。取り乱し涙を流し、わめいている。
母の背後にいた魔導騎士の一人が、構えていた剣先を、母の方に向ける。
「どうか、大人しく縛についた方がいいと思いますよ?」
病の母を人質に取られた。
宰相と宮廷魔導師長がここまでするとは思わなかった。
甘かった。宮廷政治を舐めていた。
「貴様ら……」
「どうされますか?」
「母上の無事を保証しろ」
「もちろんです。罪人ではありませんから、あなたとは違って」
カタリナは力を抜いて構えを解く。
途端に拘束され、手錠と足錠をかけられ、地下牢へと連行された。
地下牢に着くと、魔導騎士たちはキラキラした鎧をはがされた。
そして、美しかった髪はわざと不揃いになるように切られ、顔には馬糞を塗りたくられた。
美しさは、それだけで武器になるからだ。
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