30 のんびりした日々
◇◇◇◇
ヨハネス商会に石鹸を卸してから、俺は平和に過ごした。
午前中は子供たちに魔法を教えるついでに、リアたちにも魔法を教える。
午後からは、発毛剤兼育毛剤と石鹸を作った。
十日後、ヨナとトマソンがやってきて、発毛剤兼育毛剤と石鹸を取りに来た。
ちなみに、三日に一回の頻度で、ヨナとトマソンはやってきてくれる。
そして、石鹸を取りに来るついでに、売れ行きや客からの評判、要望などを伝えてくれるのだ。
「相も変わらず、錬金石鹸が凄い勢いで売れてますよ!」
最近のヨナはいつも興奮気味だ。
余程売れ行きがいいらしい。
当初、商品名に錬金とつけることが、どう売れ行きに影響するか不安ではあった。
だが、今のところ、受け入れられているらしい。
まず衣類用として売れ始め、徐々に髪の毛や体を洗う石鹸が売れるようになった。
歯磨き用石鹸が売れ始めたのは遅かった。
やはり体に使ったり、口に入れたりするものの方が抵抗感があるのだろう。
「おお! それはよかった。新作の評判はどうだ?」
客からの意見を聞いて、石鹸の匂いの種類を増やしたのだ。
「新作も評判も上々です! 匂いは柑橘系と――」
俺は客からの評判を聞いて、どんどん石鹸を改良しているのだ。
「徐々に発毛剤兼育毛剤も売れ始めていますよ」
発毛剤の方には錬金の名をつけていない。
いまはまだ、ヨハネス商会に錬金の名の付く薬を売らせるわけにはいかないからだ。
錬金術は詐欺師の代名詞。
錬金薬を名乗れば、ヨハネス商会がうさんくさい商品を扱っているとみなされてしまう。
だから、錬金の名をつけたのは石鹸だけにしたのだ。
俺たちの狙い通り、錬金石鹸を魔法のように汚れが落ちる石鹸と、客たちは捉えてくれたようだ。
「これで錬金術に対する偏見が収まればいいのだが」
「それは順調だと思います。錬金術の発毛剤をくれと言ってくる顧客も増え始めましたし」
「おお! 素晴らしい」
「どうやら、カタリナ王女殿下が弊商会で発毛剤兼育毛剤を売っていると宣伝してくださっているらしく……」
「ほう? 貴族の顧客も増えつつあるのか?」
「はい、順調に。それに騎士の方々も武器や防具を買い求めに来られるようになりました。それも殿下が宣伝してくださっているとのこと」
「そうか……カタリナは頑張っているんだな」
「私達も負けていられませんね! ……それでお忙しいと思うのですが武器と防具の強化もお願いできますか?」
「もちろん、任せてくれ!」
今は錬金術の有用性が少しずつ口コミで広がっている最中なのだ。
もっと評判が良くなれば、ヨハネス商会でも錬金薬も扱って貰えるようになるだろう。
さらに十日後。
「もうこんなに生えたぞ!」
ギルバートがやってきた。
「おお、生えそろったな」
ギルバートの髪は大分生えている。
もはやスキンヘッドではなく、短髪と言ってもいいだろう。
「薬を止めたら、抜けはじめるからな。油断しないで塗るといい」
そういって、俺はギルバートに発毛剤兼育毛剤を手渡した。
「ありがてえ!」
「今はヨハネス商会にも卸しているから、そっちでも買っていいぞ」
「おお、それは知っているんだがな。初回無料の試供品だろう? 効果を報告したほうがいいと思ってな」
「それはありがとう。助かるよ。念のために頭皮を見せてくれ」
「おお。いくらでも見てくれ」
俺はギルバートの頭皮を診察する。
「痒みや痛みは?」
「ないぞ」
「そうか。発赤もないし順調そのものだな」
「ありがとう。髪が生えてくると……気持ちまで若返るな」
「……わからんでもない」
千年前俺の髪は、百八歳になっても比較的残ってくれていた。
だが、ひざや腰が痛くなったり、息切れするようになると気持ちが萎える。
顔や手のしわもそうだ。
まだ、ギルバートは若いのに、毎日鏡を見る度に老化の証しを見せられれば、気が萎えるだろう。
「ルードは若いのに、わかるのか!」
そういって、ギルバートは楽しそうにと笑う。
「ガウも大分伸びたな!」
「がう!」
発毛剤兼育毛剤に助けられた者同士と言うことで、ギルバートはガウに仲間意識を覚えているらしい。
「会う人会う人みんなに若くなったって言われるから、そのたびに発毛剤兼育毛剤のアピールをしているぞ!」
「それは助かる。口コミの力に頼らないといけないからな。ところで、奥さんからの評判はどうだ?」
「ん? 前までもかっこよくて大好きだったけど、今のあなたもかっこいいって……」
「あ、そうなんだ」「りゃ~」
不意にのろけられたので、返事が適当になってしまった。
適当な返事を気にすることなく、しばらくの間ギルバートはのろけ続けた。
帰り際にギルバートが言う。
「グルル暴行事件の被害届は提出しておいたぞ」
「おお、助かる」
提出されたところで捜査がはじまるわけではない。
だが、被害を受けたという記録になる。
今後、狼藉者たちの犯罪行為がエスカレートしたときに効果を発揮するのだ。
俺は気になっていたことを尋ねた。
「ギルバート、最近カタリナはどうしている?」
「そうそう、これを渡すのも、ここにきた大事な目的だった」
そういって、ギルバートは封書を取り出した。
「これは……カタリナからか」
封書には封蠟が施されていて、差出人としてカタリナの名前が、受取人として俺の名前が書かれていた。
「そうだ。封蠟には殿下の紋章印が押されているから間違いない。今日の朝方、殿下の護衛騎士が持ってきたんだ」
「そうか」
俺は封筒を開いて中を読む。
「……カタリナは王宮で錬金術を広めるために頑張ってくれているようだ」
「そうか。殿下も順調か」
順調に法改正に向けて動いているし、高位貴族や王族達の中にも錬金術製品を使う者が増えているようだ。
「殿下は勲章をもらったが、ルードの褒美に関してもまだ連絡が無いんだ。そろそろ連絡があっても、おかしくないころなんだが」
「それは気にしてないさ」
勲功一位の褒美に関しても音沙汰は無かったが、俺は心配はしていなかった。
こういうものは時間がかかるものなのだ。
錬金術製品は順調に売れ、錬金術自体が少しずつ人口に膾炙しつつあったある日。
平和な日々を過ごしながら、更に十日、狼藉者の襲撃から数えれば一月が経った日のこと。
朝早くトマソンが一人でやってきた。
これまで、トマソンはヨナの護衛として来ていたので、いつもヨナが一緒だったのだ。
俺はトマソンを家の中に通して、尋ねる。
「一人か、珍しいな」
「……ルード」
いつも笑顔だったトマソンは、こわばった表情をしていた。
その表情を見れば、良くないことが起こったことがわかる。
「なにがあった?」
「……錬金術禁止令がでた」
「なに? 禁止令? 誰が出した、具体的に何を禁じる命令なんだ?」
「勅令だ。禁じられたのは錬金術行為全て」
勅令とは、国王の命令のことである。
「錬金術全てって、そんなめちゃくちゃな。王宮にいるカタリナは……」
「カタリナ王女殿下は、国王陛下の暗殺を企てたとして処刑されることになった」
「……りゃ」
静かな家の中に、リアの悲しそうな鳴き声が響いた。





