27 カタリナと玉座の間
◇◇◇◇
魔王軍襲撃の次の日のこと。
カタリナはルードの家を出たあと、まっすぐに王宮へと歩いていった。
王都の大通りを、王宮目がけて歩いていると、
「殿下、ずいぶんとご機嫌なご様子」
護衛の騎士の一人が、カタリナを見て言った。
「そうみえるか?」
「はい」
「そうか。……恐らくだが、仲間になれたことが嬉しいのだ」
「仲間ですか?」
「うむ。昨夜、騎士の皆や冒険者の皆とともに命を懸けた。それで仲間になれた気がする」
「ありがたきお言葉。ですが……不敬を承知で言わせて頂ければ……我らは殿下のことを仲間だと思っておりました」
「そうか……、ありがとう」
騎士たちに仲間だと思っていたと言われたことは、カタリナにとって本当に嬉しかった。
涙が出そうになるのをこらえる。
自分は許されない存在だと思っていた。
仲間と騎士たちの捨て身の献身により、おめおめと生き延びた咎人だと思っていた。
「そうか……仲間か」
しみじみと呟く。
そして、カタリナはこぼれた涙を拭って笑顔で言った。
「仲間のそなたたちに頼みがある!」
「なんでしょう?」
「昨夜、場所こそ離れていたが同じ戦場で共に戦った仲間であるそなたらならば、錬金術の有用性を理解しているだろう?」
「はい、私もヒールポーションに命を救われました。有用性は理解しております」
「うむ。王宮内に錬金術の有用性を広めることが私の使命だ。そなたたちにも協力して欲しい」
「わかりました。我ら、護衛騎士、微力を尽くさせていただきます」
「うむ。頼んだぞ」
一人では大変なことも仲間と一緒ならば、より簡単に成し遂げられるだろう。
王宮に入ったところで、騎士達と別れ、侍従に案内されて奥へと進む。
新品のように輝く全身鎧を身につけて、堂々と歩くカタリナの姿は王宮でも目を引いた。
歩きながらカタリナは侍従に声をかける。
舐められぬよう威厳を持った低い声を出そうと意識する。
「陛下のお体の調子はどうだ?」
父である国王は病がちなのだ。
武勇で知られた兄王子が戦死してからは、特に気落ちして床に伏しがちだった。
「今日は気分も大変よろしく」
「なによりだ」
「殿下の戦功を殊の外お慶びでございますれば」
「そうか」
カタリナは王宮の中心部、玉座の間に向かっていた。
父である国王陛下が、カタリナに会うことを望んだためだ。
「お褒めの言葉をいただけるでしょう」
侍従はそういって、優しく微笑んだ。
玉座の間の前に到着すると、ほどなくして案内された。
通常でされば数時間待たされるのが常だが、カタリナが王女であることと、その大きな戦功を鑑みて優先的に謁見が許されたのだ。
玉座の間には父王に加えて、宰相、宮廷魔導師長、侍従長や尚書などの重臣たちが揃っている。
カタリナが王の前に進み、跪くと王が直接声をかけてくる。
「立ち上がって顔をよく見せてくれ」
「御意」
カタリナは立ち上がって王の顔をまっすぐに見た。
父王は優しく微笑んでいた。とても顔色が良い。
これほど元気そうな父は何年ぶりだろうか。
「カタリナよ。昨晩は活躍したようだな。戦功著しいと報告があったぞ」
「は、もったいなきお言葉」
玉座の間において、臣下が王に直接言葉を返すのは失礼だが、カタリナは王族なのだ。
直答を許されずとも、直答できる。
「だがな、カタリナ。そなたが前線で戦っていると聞いたとき、肝が冷えたぞ」
「陛下と国家の危急の時において、身命を掛けることは当然のことゆえ」
「うむ! よくぞ申した!」
国王は大げさに喜んだ。
「自ら先頭に戦うことは、高貴なる者の義務ではあるが、簡単にできることではない。のうゲルマー」
国王は宰相であるボリス・フォン・ゲルマーに笑顔で語りかけた。
だが、目は笑っていない。
宰相は腹心である宮廷魔導師長に一瞬視線を向けた後、
「カタリナ殿下の振る舞いは我ら貴族の見本となるべきものです」
「そうだな。朕もそう思う。そなたも残念であったな。あと十年若ければ、カタリナと肩を並べて戦えただろうに」
「まことに。老いと病気には勝てませぬ。ですが、もし王宮が襲われるようなことがあれば、我が命を懸けて」
「わかっておる。そなたが忠臣であり、臆病者でも無いことは、朕もよくわかっておる」
「もったいなきお言葉」
国王と宰相とにこやかに会話をしているが、二人とも目が笑っていない。
そして、宮廷魔導師長は顔色を青くして冷や汗を流している。
王は宰相に語りかけているが、実際には宮廷魔導師長に語りかけているのだ。
「お前はまだ若く病気でもないのに、なぜ前線に立たなかったのだ?」と。
直接問われれば、宮廷魔導師長にも言い訳ができただろう。
だが、王は宮廷魔導師長には何も語っていないのだ。
言い訳をする機会もない。
当然、王が宮廷魔導師長に不快感を覚えていることは、宰相も気付いていた。
玉座の間の空気が冷え切ったところで、
「私も前線に立ちたかったのですが」
尚書が太ったお腹を揺らし、頭髪の後退したおでこを撫でながら、冗談めかして言う。
「カールはよい。足手まといであろう」
国王は尚書のことを名前で呼んだ。
「陛下、手厳しいですな」
尚書は楽しそうに笑った。
「そなたは少しやせるがよいぞ。魔法の才も剣の才もないのでは、前線に立っても役には立たぬ」
「まったくもって」
「だがそなたは頭が良い。一人で輜重を取り仕切ったそうではないか。その功績は大きいぞ」
「もったいなきお言葉」
王は甥である尚書を褒めるついでに、また宮廷魔導師長を牽制した。
「一人」で輜重を取り仕切ったと敢えて「一人」と言うことで、宮廷魔導師長に、お前は後方にいたのに役に立っていないと告げているのだ。
顔を真っ青にして、プルプル震える宮廷魔導師長に一瞬視線を向けた後、国王は笑顔で言う。
「カタリナ、我が愛しの娘よ。褒美はなにがよいか?」
王に尋ねられたら、遠慮するのが礼儀である。
遠慮して、そのお言葉だけで充分だとか、臣として当然のことをしたまでとか、そういうことを言うのだ。
そうすれば、王が尋ねる前から用意していた褒美をくれるのである。
だが、カタリナは遠慮をしなかった。
「それでは、陛下。恐れながら申しあげます。このたびの戦いにおいて、我らが勝てたのは錬金術の力が大きいのはご存じでしょうか――」
カタリナは堂々と錬金術の有用性を語っていく。
宮廷魔導師長が遮るタイミングを計っていたが、王に睨まれて黙り込んだ。





